03 跪き聖女に捧げる
「……ねぇ、ジル。もし良ければ、その指輪。今の私に下さらないかしら?」
「ん……いいけどさ。オレは下手すれば、横恋慕の末に駆け落ちまで計画して、挙句アンタを記憶喪失にまで追い込んだ追放の元凶かも知れないんだぜ……。それに、もう一度期待させたら、逃れられなくなると思わないか」
その言葉はジルが今のティアラに、『もう一度期待』していることを示唆しているものだった。
年の頃は二十代後半のジルだが、公爵様には珍しいニヒルな印象の男である。拳銃を扱っているせいか、手つきのひとつひとつが丁寧で、さり気ない色気が漂っていた。
(記憶のない部分の私が、こんな素敵な人に好かれていたなんて。なんだか、過去の自分に妬けてしまうわ。自分に嫉妬するなんて、馬鹿げているけれど)
今のティアラに好かれているのか、もしくは脈がないのか。自信が持てない様子のジルに、ティアラは今の自分でもジルに魅力を感じていることを伝えることにした。
「本当にあなたのことが嫌だったら、きっとプラチナチケットだって受け取らないわ。いくら王宮での暮らしが長いからって、そこまで子供じゃないもの。幻獣がついているとはいえ、男と女が一緒に旅に出るなんて……多少の期待はあるものよ」
「……はぁ参ったな。本当はアンタの記憶が蘇ったら、改めて渡したかったが。いや、アンタが……ティアラが変わっていなくてよかった。オレだって、自分の好きな女が本当にアンタでいいのか、最初は半信半疑だった」
最初は探るような雰囲気で近づいてきたジルの態度を思い出し、ティアラは黙ってその話に頷く。
「けど、アンタに比べて記憶少しだけあったし過去の自分を信じようと思ったんだ」
「もう、記憶が部分的になくなっても、私は私だもの」
すると、微笑みながら答えるティアラの前にジルはそっと跪き、王子様さながらのエレガントな仕草でティアラの甲に口付ける。
「この指輪を、あなたに……」
スッと嵌められた指輪は、まさにティアラのために作られたもので、ぴったりと彼女の指に収まった。
思わずティアラの乙女心が、キュンと高鳴っていく。このトキメキは過去の自分のものではない、今のティアラ自身のもの。
するとその瞬間、消されたはずの記憶が、魔石のチカラで僅かに蘇っていくのであった。