02 彼が用意した魔法の石
「まったく、あの時のオレは何を考えていたのやら。きっと聖女様の熱に浮かされて、こんな大そうな魔法力回復指輪を職人に作らせたに違いない。魔力を失いかけた聖女様に、せめてもの貢物として」
ティアラの視線が小箱に向かったことに気づいたのか、ジルは自嘲に気味に笑って指輪を己の手の上で転がす。プラチナの台座には細やかな刻印、エメラルドに似た魔石は、かなり上等の魔力を秘めている。
素人目に見ても、かなり高級な指輪であることは確かだが、それ以上に婚約指輪としての役割を果たす予定だったことが窺われた。
「すごく綺麗な指輪ね、きっと当時の私が最も必要としていたものだわ」
「ああ、そうだろうな。あの頃のアンタに一目惚れしたオレが、アンタの役に立ちたくて、魔力を回復させる魔石を探し必死に工面した代物だ。けど、今のアンタからすれば今日初めて出逢った男に、情念のこもった指輪なんか贈られたら迷惑だろ」
例え、ティアラが記憶を消されたとしても、もう一度惚れ直させるとの自信が砕かれているのか。行く宛のなくなった指輪をオレンジ色の灯りに照らし、切なげにくるくると宙に踊らせる。
こんなにいい男を惚れさせることが出来ていたとは、記憶のない自分が憎く感じてしまう。エメラルド色の反射光が、キラキラとティアラの瞳に射し込んだ。
当時のティアラはまだ、体裁上は精霊国家フェルトの次期お妃候補として、王太子マゼランスの婚約者扱いだったはず。新たな聖女クロエがやってきて、事実上の婚約者ではなかったものの、いっときはティアラ、マゼランス、ジルの三角関係だった可能性も。
(もっと知りたい、消された記憶のこと。私とジルがどのようにして、気持ちを通じるに至ったのか)
よっぽどの決意で準備したはずの指輪が、そのまま小箱で眠るのは忍びない。ティアラは思い切って、その指輪を貰い受けられるか訊ねることにした。