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有罪判決


「さて、お待たせしたわね。精霊さん」

「グルルル……」

「そんなに警戒しないで?あなたを傷つけたりしないから。むしろその逆」


声をかけると唸り声が返ってきたが、酷い嫌われように苦笑してしまう。

それでもにこり、と警戒心を解くように笑いかける。


「あなた私達の言っていることが理解できていないわけじゃないのでしょう?」


精霊は普通人間か、それ以上の知能を有する、と書物で読んだことがある。

それに、さっきから私たちが口を開けば耳をそばだてる仕草が見て取れた。

表情が読めないから確信はないが、息を潜めて音を立てないようにしていたのは確かだ。


「さっきから話してたとおり、私はあなたを助けたい」


彼の目が疑念を抱く。

表情は読めないと言っても目は雄弁。


「なんでかしらね。理由なんてわからないわ」


別に何かメリットがあるわけでもない。

というかここまでリスクをかけてすることでもない。

我ながら馬鹿な選択をしていると思う。


あ、でも強いていうなら。


「精霊が好きだから、じゃダメかしら」


私は前世からファンタジーが大好きだ。

精霊なんて王道中の王道。

物語によって姿形能力などは違うが、その神秘性はファンタジー好きなら誰しも一度は憧れを抱く。


それを告げた途端、ますます訝しげな目になってしまった。

この場でそう言っても逆に怪しいか。


「お兄様たちはもういないわ。それにわたしは攻撃魔法の使えない丸腰の子供よ。あなたならいざとなったら反抗できるでしょう?」


そう言いつつ精霊の方へ一歩踏み出すと、チュインッ!と素早い何かが通った独特の音がする。

頬に広がるじくじくとした痛み。

手を這わせるとぬるり、と手に血がついた。

私の可愛い顔がぁ……、と内心戯ける。


「OK。わかった。あなたがいいと言うまで私はこれ以上近づかない」


つま先で地面に一本線を描く。

あ、靴が汚れちゃった。顔に傷もつけちゃったし、また怒られるなぁ。


一歩でも近づいてきたら容赦なく攻撃する。

その意思がある以上力尽くは避けた方がいいだろう。


「そうね、喋れるなら言葉で解決すべきだわ」


何も言わない精霊に代わり、一人で喋り続ける。

線の側にどかりと胡座で精霊と向かい合った。

服が汚れるのはもう気にしないことにした。

彼はもう杖を支えに立つので精一杯といった様相だ。


「ねぇ、辛いでしょ?私は使えないけれど屋敷に来れば治癒魔術を使える人もいるわ。もちろん治ったらすぐにどこかに行ったっていい。治すだけだもの」


人と動物にしか使ってるところを見たところがないので、精霊に効くかは少々不安だがやってみなければわからない。

しかし、彼からすればこれ以上ない好条件ではないか。

元気になって使用人たちに攻撃し始めたら困るけども。


「なんだったらここに呼んでくる?」


動くのが辛いなら来させたっていい。

だがしかし、唸られたのでお気に召さなかったようだ。

なんともわがままな精霊である。


埒があかない現状に、んもーと不満が漏れる。


「なんでそんなに警戒するの?」


彼が返したのは無言。


「精霊って元々そこまで人間嫌いじゃないわよね?むしろ好意的か無関心かのどちらかだと思うのだけれど」


間違ってないわよね?、と小首を傾げる。

本からの知識だから確証はないが、彼も何も言わないので当たってるということでいいだろう。


「どうしてそんなに……」


そんなに。

人間を、なんて……。


「もしかして……その怪我、人間に……?」


またもや帰ってきたのは無言。

私しかいなくなったからか、先ほどよりも脈拍は安定しているし、返事もできないほど衰弱しているわけではないだろう。

となれば。


人間が何故、と言う思いと今まで予想できなかった自分の至らなさに言葉が詰まる。


もしそうならば、この嫌がられようも納得する。

だがしかし、それこそ誰が、何のために、である。

精霊は王国騎士団でも平団員じゃまるで相手にならないほど強い。

正面から戦うとしたら部隊長以上が一人は必要な筈。

その上知能もあるので、実際はもっと手強いらしい、というのが兄からの受け売りだ。

しかも、素材が狩れるといる話もない。


考えられるとしたら、遊び半分か、力のある精霊を無理やり従えようとした、あたりだろうか。

バカか大物か、いや重傷を負わせている時点で実力は確かだ。


と、今考えるべきはそこではない。


「ぐ、があ……!」


現在進行形で敵意ばりばりの彼である。


「ねぇ、お願い。このままじゃあなた死んじゃうわ」


それでも構わない。

助けようとしているのもどうせ打算だろう?

諦念と軽蔑の感情が見えた。


「打算、ね。正直それもあるわ」


やっぱりお前も一緒だ。


「この辺りの土地は私たちの管轄なの。あなたがやられるくらいの力を持ったやつは誰なのか調査する必要がある」


傷つけたのが王国の者じゃない可能性もある。

敵国のスパイか、犯罪者か。

王国に仕える騎士として我が家も他人事ではない。


彼からの敵意が深まる。


「けどそんなのあなたには関係ないわ」


「……ぐ?」


訳すなら、は?といったところかな。


「あなたは怪我している。私は助けたい。それで終わり。あなたがこれ以上関わりたくないなら、手当てだけ受けて何も言わずに元の生活に戻ったっていいわ」


地面に触れていた部分を払いながら立ちあがる。

大雑把に服を綺麗にしたところで、地面の線を見つめた。

真一文字に描かれたそれ。

私が勝手に引いた線を、彼は消そうとも遠ざかろうともしなかった。


うん、やっぱり大丈夫だ。



脈絡もなく踏み込んだ一歩。

突拍子もない私の行動に慌てることなく、彼は魔力を発射する。

またもや光線が肌を掠めるが、気にしないで近づき続けた。


触れ合える距離まで近づくと、ストン、と彼の前にしゃがみ込む。


「そんなに人間を嫌わないでよ」


彼は自分の前に光を集めていた。

凝縮された、眩い魔力。

純粋で、綺麗で、とても鋭い。

当たれば軽い怪我じゃ済まされないだろう。


しかし手を伸ばした。

確証があったから。



彼に私は……いや、人間は殺せない。



「あなた本当は人間が好きなんでしょ?」



彼の頭にぽんと手を置く。

その瞬間溢れたのは彼の感情。


なんで、お前らのせいで、好き、嫌だ、近づくな、仲良くしたいのに、どうして、どうして。


魔力の塊は彼の感情に合わせたように霧散した。



頭を撫で続けながら、ふわりと笑って話しかける。

上手く笑えてたらいいな。


「だってあなた優しいんだもの」


最初から狙うのは頬や髪など、大した傷にならないものばかり。

本気で逃げたいのならば、いくら怪我をしてるとはいえ、たかが人間四人を殺して逃げるくらいの力はあるだろう。

よほどの手練れ相手でない限り、精霊とはそういう生き物なのだ。



「殺されたくない、けど殺したくない。だから遠ざける」


そして最後に命を落とすのは彼だ。

彼の目が揺れ動く。



「お願い。私に助けさせて?

じゃなきゃ私もあなたと一緒に死んじゃうんだから」



これは優しい彼に対する脅し。

とは言っても本気中の本気である。

もし彼が助けを求めずに死ぬのなら私も死ぬ。

彼の体が震えた。

もしかして、心配してくれたのだろうか。


「こんな可愛い子と心中するなんて幸せね?」


もう一押し、とこの場に似つかわしくない明るい声で戯けるとそんなこと言うな!と主張するように吠えた。

命を粗末にするな、例え冗談だとしても。


まさに命の危機に瀕している彼に言うのは流石に質が悪いか。


でも、そう思うのなら。



「じゃあ一緒にいきましょ!」



もちろん私の家に。



ひょいと抱き上げて来た道をまっすぐ戻る。

どうしてそうなった!と腕の中で彼が騒ぐが、確かに言質は取った。言質というかなんというかわからないけど。



「命は粗末にしちゃダメなのよね?」



にっこり、と俗に言われる悪どい笑顔で彼に聞く。

もしも喋れるなら、それは言葉の綾でとか、そんなこと言ってないとか言ってそうな彼の慌てぶりに失笑する。

彼絶対押しに弱い。


手足をバタバタさせても見た目がお人形みたいだから可愛いのよね。

本当に嫌がってるのかもしれないが、私に危害を加えるつもりが全くないのも可愛い。

ここまで来たらそのうち諦めるだろう。


たまにじ、と顔を見られるのは頬の傷を気にしているのだろうか。

けれど治る傷なんて彼の命を救えるのなら安いもの。



あ、でも。


「気が向いたらお兄様には謝って頂戴ね?」



イケメンの顔に傷をつけるのは有罪である。

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