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妹のわがまま


鋭い光が飛んできた。

じゅ、と音を立てフェリクスの頬を掠めたそれは、彼の後ろの木に当たり焦げ跡をつける。


微かに香ばしい匂いが漂う。

フェリクスの肉と木が焦げた匂いだ。


何が起きたか理解できなかった様子のフェリクスも、すぐに立て直したのは流石騎士の卵、オルシーニ家の子、と言ったところだろうか。

フェリクスと従者は即座に抜刀し、いつのまにか近づいていたそれと対峙した。すぐにでも斬りかかれるようにジリジリと距離を詰める。

従者の片方はベルタの盾となるようにウィルオウィスプの射線を遮った。


「動かないで!」


今にも戦闘が起こりそうなタイミングでベルタが鋭い声を出した。

普段楽天的な彼女においては珍しい、剣呑とした語気にフェリクス達は動きを止めた。


「ベルタ」


フェリクスは状況を考えろ、と妹を叱るように名前を呼ぶ。優しい兄の声にも、命をやり取りするものとしての冷徹さが垣間見えた。

慣れない空気にベルタの足は竦みそうである。


「剣を収めてください」


ぴり、と張り詰めた空気。


「死ぬぞ」


兄から告げられた一言は真摯に重々しい。

この場面において武器を下げる、というのは相当な賭けである。

現に襤褸を着た光の精霊はひたり、とこちらを見据えたまま動かずにいる。何かあればすぐに殺す気だろう。


「この子は……恐らくウィルオウィスプです」


ウィルオウィスプをあまり刺激しないように、その精霊から視線は外さないままフェリクスに伝える。

従者二人はウィルオウィスプと相対したまま、ベルタとフェリクスは話し始める。


「ウィルオウィスプ……。松明持ちのウィリアムか?」


松明持ちのウィリアム、それはウィルオウィスプの名の意味するところである。

静かに頷いてから説明を続ける。


「ウィルオウィスプは怯えて興奮しているだけです。これ以上怖がらせては、もっと暴れるかもしれません」

「根拠は?」

「私の目と耳です」


強化したベルタの五感は、脈拍や息遣いまで感じ取る。そして、それらの情報から対象の抱いている感情や状態を察することが出来る。だいぶ大まかに、ではあるが。


恐らくウィルオウィスプは怪我をしているのだろう。先程から徐々に脈拍が弱くなってきている。事故か何かに襲われたか、どちらにせよ早く治療をしなくては。

そのためにはウィルオウィスプに信用してもらう必要がある。剣を向けるのは逆効果だ。


「キュ、グ、ガアア……!」


威嚇のためか、ウィルオウィスプが短く吠えた。フェリクス達は剣を構え直すが、ベルタからすればその声は虚勢にしか聞こえない。

今のひと吠えで更に脈が弱くなっている。

すぐさま処置しなければ命を落としかねない瀬戸際だ。


しかし、精霊は人一倍警戒心が強い。

ただでさえ怪我をしている状況で、新たに現れた人間を信じてもらうのも難しいだろう。

ベルタもフェリクスもそのことは理解している。

それゆえ、二人の意見は対立しているのである。


「万が一私達が命を落とした場合、ベルタは責任をとるか?」

「私がとらなければ誰がとると言うのですか」


即答であった。

とれるかとれないかではない、とらなければならないのだ。

ベルタはこの世に生まれて、僅か九年。

しかし、前世よりも遥かに死と隣り合わせなこの世界で、この場面で、選択をミスしたら終わりなことくらいわかっている。

だが、救いたいのだ。

いくら甘いと言われようが、前世で培った良心は簡単に捨てきれない。


「とれるのか?」

「いいえ」

「なっ・・・」


驚愕の意を示したのは、ウィルオウィスプに向かいつつ話を聞いていた従者。

とると言いつつ、とれるとは言わない。

矛盾しているこの言葉にフェリクスは動揺しなかった。


「ではどうする?」


柔らかい口調で問われたが、実際はベルタのことを見定めているのだろう。

ベルダもフェリクスも精霊から目をそらさないため目線は合っていない、顔色もうかがうことは出来ないがベルタには判った。

このあとの返答次第では、私たちはすぐに森を抜け出し、両親に報告だけして何事もなかったかのように暮らしていく。

そしてウィルオウィスプは一人寂しく死んでいくのだ。


それならばこうした方がいい。


「お兄様方はここから抜け出してください」


一瞬の沈黙。


「・・・・・・ベルタはどうするつもりなんだい?」

「もちろん残ります」


私だけならさほど問題ないでしょう?


続いた言葉は言外に多様な意味を含んでいた。

子爵の息子であり、有望な騎士の卵である兄は殺せない。

私のわがままに従者を付き合わせ、死なせることも出来ない。

ならば私一人でどうにかするしかないだろう。

たとえ万が一死んでも、幸か不幸か私は娘。

精々政略結婚の手駒ぐらいにしかなりないから、家に迷惑をかけることもない。


「お願いいたします。フェリクスお兄様」


これが私に出来る最大限だ。


フェリクスは今度こそ長いため息を吐いた。

従者達は固唾をのみながらフェリクスの反応を見守っている。


「兄に妹を見殺しにしろと?」


その言葉はひどく苦しげに語られた。

表面こそ凜としていて声に震え一つ感じない。

しかし、強化したベルタの五感は兄の葛藤が見て取れる。


「死ぬつもりも毛頭ありません」


ベルタも自殺願望があるわけではない。

ただぽつんと小さな命が潰えるのを放っていきたくないだけだ。

あわよくば救いたいが、無理なら最後を看取って終わりである。

ただ死んでも文句は言えないので、すべての責任は私にあり万が一が起きても自己責任である、と公言しておく。

ここまで言えば従者も証言者となって、フェリクスにそこまでの迷惑はかからないだろう。

フェリクスは一度目をつむった。

今からする決断が本当に正しいのか判断するためだ。

妹のこと、自分のこと、従者のこと、家のこと、すべてを天秤にかけて冷静な判断をしなくてはいけない。


フェリクスが逡巡していた時間は数秒ほどであった。


「お前は本当に昔から言い出したら聞かない手のかかる妹だよ」


剣を収めつつ放ったその言葉の意味。


「ありがとうございます。フェルクスお兄様」


ベルタはこの場に似つかわしくない穏やかな顔で笑った。


「ただし条件がある。

私が許したのは、この精霊が一撃でベルタを殺す力がないほど弱っていると判断したから。私たちは森の外で待機しているけど、もし叫び声が聞こえたらすぐさまその精霊を殺すよ。いいね?」

「もちろんです」


ベルタもそれがフェリクスの最大限の譲歩だとわかっている。


「じゃ、行くよ」


従者達は何か言いたげだったが、主であるフェリクスが決めたことだ。

フェリクスの指示通りに剣を収め、何か意見をすることはなかった。


三人がその場から離れてやっと彼に向き合える。


「さて、お待たせしたわね。精霊さん」


その目はまだ私を出し抜く機会を狙っていた。


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