表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

狩りと森

十五分ほど待った後、フェリクスは先程よりも軽装で現れた。装飾品などは取り外され、剣を腰にさげている。


狩りに行くのに弓などは必要ないのか、と思うかもしれないが、この世界なんと魔法がある。と言っても全員が魔法を使えるわけではない。魔力は誰でも持っているが、魔法を使えるほど魔力が多いのは半数ほど。それを戦闘で使えるほど攻撃力があるのは、その半数以下である。


基本魔力は貴族に多いとされるが、子爵家として歴の浅いオルシーニ家にも魔力がある。

成り上がりの貴族ではあるが、意外にも魔量は多いのは、魔力の多かった先々代の血を強く受け継いでいるからだろう。


フェリクスもその例外では無く、その才は王国騎士として存分に発揮されるに違いない。


顔良し、性格良し、頭良し、成り上がりとはいえ身分良し、その上腕も立つとなったら女性が黙っているわけがない。

今から兄の将来が心配だ。いや、逆に安泰……?


「じゃあ行くよ、ベルタ」


脳内で要らぬ世話をやいていたところで、フェリクスから声がかかる。

フェリクスの後ろには馬丁が二頭の馬を連れていた。艶々とした赤毛と黒毛の馬である。

了、の返事を聞くと、フェリクスは慣れたように黒毛に乗る。

ベルタも赤毛に近寄ると、筋肉質な首をひと撫でしてから跳び箱のように飛び乗った。


「今日もよろしくね、ティニー」


背を撫でながら言葉をかけると、ティニーは「任せろ」と自信たっぷりに鳴いた。


多くの貴族女性は従者の力を借りて乗るが、ベルタは一人で乗れて損はない、という考え方である。

加えて、本来ならば飛び乗ると馬を驚かせてしまうため、背丈が足りない場合はせめて踏み台などを用意したほうがいい。

ティニーが名馬であること、そしてベルタがずっと手をかけていたことで成せる技である。





屋敷を出発して、フェリクスとベルタは並走していた。その後ろに従者が三人ついてきている。


十分ほど走らせたところで、横のフェリクスに尋ねる。


「フェリクスお兄様。説明の内容をお聞きしても?」

「ああ、まだ言ってなかったね」


ベルタに聞かれるのを予想していたように、フェリクスは淀みなく答えた。


「目の前に森が見えるだろう?」


いつも狩りをする森だ。

このまま馬を走らせれば、五分ほどで着く。


「そこに光が落ちていくのを見た」

「雷、ということでしょうか?」

「いや、違う。雷ほどの速さもないし、最初は小さな隕石かと思った」


大ごとじゃないか、と冷や汗をかく。

もし隕石が森に落ちれば森林火災に繋がるかもしれない。そこに住む生態系も、ともすれば人も亡くなるだろう。


「けれど、そのような衝撃も音も感じませんでした」

「あぁ、直接見ていた俺もそうだった。先に森近くの家に一人行かせたが、現地の話を聞いても落ちてきたのは光だけでその他は何もないそうだ」

「それは……妙な話ですね」


雷でもない。隕石でもない。

落ちたと思われる場所に、被害が出ている様子もない。


「魔法かと勘ぐったが、誰が一体何のために?しかも打ち上げるのではなく、打ち下ろす。何かの合図にしろ、もっとやり方があったはずだ」


真剣な顔で悩むウィルヘルムも随分様になる、と場違いなことを思いつつ口を開く。


「そこへ私に白羽の矢が立った、と」


丁度くだんの森に着いた。

眼前の森はいつもと変わらない様子だが、どこか騒がしく感じるのは気のせいだろうか。

お疲れ様、とティニーに声を掛けて馬上から降りる。馬を従者に預けて、森を見据える。


「何もなかったら、狩りをしようと思ったのは本当だよ。もしかしたら誰かが魔法の練習をしていただけかもしれないしね」


と苦笑しながら馬を降りるフェリクス。


「ただ、むやみに森に入るよりベルタに見てもらったほうが安全だと思ったんだ」


それは確かに。

フェリクスの言葉に納得して、随分信用されているな、とちょっぴり嬉しくなる。


「では、やりますよ?」

「無理をしない範囲でね」

「わかりました」


何とも優しいその言葉に軽く笑ってから、魔法を発動した。


索視(サーチ)


体の中の魔力を目に集める。


こんな漫画前世に何個かあったよな、と思いつつ森の中に目を進める。


ベルタの魔法は「五感強化」、そして「共有」。

五属性魔法でもなく、身体強化といった使いやすい魔法でもないのであまりメジャーではない。それどころか何に使うんだ、と馬鹿にされやすい魔法でもある。


しかし、フェリクスなどベルタの魔法の本質を知っている者からすれば話は違う。


「ベルタ、どうだい?」

「まだ見つかりません。ただ森全体が騒がしいような……」


ベルタは一歩たりとも動いていない。しかし、森の中を探し回っているかのように話す。本来五感強化で目を強化した場合、見えるのは視界の中に入っているものだけである。望遠鏡のようなものだ。


「相変わらずベルタ様の魔法はすごいな……」

「五感強化で障害物の奥まで見えるなんて未だに信じられないがな」


そう溢したのはオルシーニ家の従者。

ベルタは強化を発動すると、障害物なども関係なく遠くまで見通せるようになる。

その分視界の処理能力も必要になるわけだが、生まれた時から自分の足で動けるようになるまで暇すぎたベルタはこの魔法を使いまくった。それこそ連日魔力切れを起こしそうなほど。最初のうちは自分の魔法で酔ったり混乱したりしていたのだが、いつのまにかこの通りである。

継続は力なりね、とベルタは思っているが、普通継続するだけではここまでにはならない。


頃合いを見て、フェリクスが尋ねる。


「そろそろ場所を変更するか?」

「いえ、この程度の森だったら大丈夫よ」

「またのびたのか」


のびた、というのは見える範囲の距離である。

前回ベルタを魔法を見たのは三ヶ月ほど前。

フェリクスの記憶では、この森を端から全て見通せるほど遠くまでは見れなかったはずだ。


「これくらいの年は魔量も増えるが、ベルタの成長には目を見張るものがあるな」

「ありがとうございます!フェリクスお兄様!」


尊敬する兄に褒められて嬉しい限りだ。


ここで森を端まで見終えた。

多少動物達が走り回っていたり、どこか落ち着かない様子ではあったが、動物達もその光を見て混乱した、とすればさほど気にならない。

これ以上は続けても、とベルタが魔法を切ろうと思った時。


「……あれ?」


覚えた違和感に思わず声が出る。


「どうした、何か見つけたか?」

「いや、今一瞬……」


違和感の正体を突き止めようと、眉間を狭め、目を凝らす。一見普通に見える景色の何かが違う。



ゆら。



まるで陽炎のように空気が揺らいだ。



「っお兄様。恐らくだけれど見つけました。ここから北西に1.5kmのカシの木あたり……」


そう言ったベルタに、フェリクスは冷静に指示を出す。


「人か?」

「そこまではまだ……。ただ何かが身を隠しているみたいなの」


フェリクスに報告をしながら、一瞬で消えてしまった陽炎を探す。ベルタが言うには、普通に見通すよりも根気と集中力が必要らしく、たらり、と額を伝った汗がそれを物語っている。


確かこの辺りと目星をつけて、ベルタは視線で布を破るように、とイメージする。ベルタが魔法を強めるほど、ベルタの目には陽炎の揺らぎが大きくなるように見える。


「あと少し……!」


一際揺らぎが増した瞬間、全てのベールが取り払われた。



そこにいたのは襤褸を被った何か。

ぱちりぱちり、と青白い光がそれの近くで踊っている。


「見えました……!多分生き物……。小さいわ、赤ん坊くらい。まだ生きているみたいだけれど、地面に伏せたまま動かない……」

「すぐ向かおう、人だったら大変だ」


フェリクスに伝えると、すぐに指示が返ってきた。状況は読めないが、赤子が魔力暴走を起こした可能性もある。馬番と何かあった時の連絡係として従者を一人残し、森へ入る。

ティニー達は頭がいいので、従者一人でもまとめられるだろう。


「担ぐか?」


と聞いてきたのはフェリクス。

今ベルタは視界を強化しながら森を進んでいる。しかも、兄達に合わせているためほぼ全速力だ。障害物の多い森の中では転んでしまう可能性も高いだろう、と思うのは当然である。


「そうですね……。お願いします」


強化はそれなりに自由が効くので、今回は自分の視点と対象をみる二画面で見ていた。しかし、二つのゲームを同時にやるようなもので、なかなか負担は大きい。

ベルタも無理をせず、従者に担ぎ上げられた。


これで心置きなく対象に集中できる。


フェリクスと従者はぐんぐんとそれに近づく。

ベルタも到着する前に正体を見極めようと襤褸の中身を見た。


「え?」


おかしい。そんな訳がない。

ベルタは自分に起きたことが信じられなかった。


「ベルタ様?」


少女の変化に最初に気づいたのは、彼女を抱き上げていた従者。続いて、フェリクスがベルタに目を向ける。兄の仕草の意味するところを察したベルタは、自分が体験したことをその通りに伝えた。


「中身が見えません……!」

「……どういうことだ?」


フェリクスの脳裏に浮かんだのは、魔力切れ、魔法妨害といったものである。

しかし、彼女の切羽詰まった様子を見るにそういうものではないのだろう。


「倒れているものは中身が真っ暗です……!まるで闇のような……中身がないのです……!」


ベルタも最初は色々な可能性を考えた。

襤褸で光が遮られている。却下。よく日が差すこの森で、そこまで厚くもない布が日を完全に遮れるとは思えない。魔法で妨害されている。却下。妨害されているときは、前世のテレビの砂嵐のような視界になるはず。

だが、どれも要領を得た答えにはならない。


兄もそれを聞いて、一度止まるか否か考え始めたようだ。フェリクスと従者達で目を見合わせている。その顔には緊張が隠れ見えた。


ベルタの瞼の裏には、先ほどの光景と兄から聞いた言葉が思い出されていた。


空から落ちてきた光、襤褸の周りでパチパチと弾ける光、そして光を一切失ったような闇。

人間でもない、動物でもないとすればそれは……。

はた、と思い浮かんだものは、そのまま口に出ていた。



「ウィルオウィスプ……?」



その瞬間。

伏せていたそれが頭を上げた。

顔と思われる部分の穴にはやはり闇が広がっているにもかかわらず、目があることは何故かわかる。

そしてその目が敵意を持っていることも。



「っ!!お兄様危ない!!!」

「……っ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ