王家への呼び出し3
港町のルーマン宅から高台にある王城までは馬車で十五分程度であった。王城から遣わされた馬車を利用できたが、もし歩いて行っていたならば、シークは今頃汗だくだったであろう。
馬車から降りると、真っ白な宮殿が広がっていた。
「ここは昔のままだな」
「おっきーねー」
カーラが緊張感のない声を上げる。その隣でアルベルが緊張しているのか背筋をピンと伸ばしている。
「ようこそいらっしゃいました」
門の中から、黒い礼服に身を包んだ初老の男が出てきた。
「私は王家に使える執事長のルーカスといいます。よろしくお願いいたします」
ルーカスがシークの前に跪いた。
王家の執事長がである。
それだけで、王家がシークのことをどのように扱おうとしているのか、なんとなくわかってしまった。だが彼に言っても何かが変わるわけでもない。
「初めまして。シークといいます。王に招待いただき、参上いたしました」
「早速ですがご案内いたします」
立ち上がったルーカスが、見惚れるような動作で振り返り、王城へ向かって歩き出した。
シーク、カーラ、アルベルの三人がそれに続く。
「弟くん、まるで貴族様みたいだねー」
「たぶん、それ以上の者として思われているぞ」
シークはため息交じりに言った。
「もしかして、すっごくお金持ちになっちゃったりするのかなー」
「それよりも面倒なことになりそうだと思う」
「お前たち、ここでは静かにしてくれ……」
のんびりと会話するシークとカーラに、アルベルが頭を抱えていた。
シークにとって多少古くなったものの住み慣れた家なので、緊張感はかけらもない。カーラは、生来の性格のせいかこのような場所に慣れてないからか、シーク同様気を張っていないようだ。
中に入って少し歩くと王座の間に辿り着いた。
大きな扉の横に、扉と同じ大きさの絵が飾ってある。絵には王城の窓から海岸に向かって飛び立つ少年の姿が描かれていた。
その隣には炎を操る絵少女の絵も飾られていた
「これは……」
シークは恥ずかしさで頭を抱えた。
後姿のため顔が描かれてはいないが、描かれた少年は、間違いなくガインとの戦いへ飛び立つシークの姿であった。隣の少女はいわずもがな、実の姉フーシュラである。
少しの間頭を抱えて身もだえ、その後シークが姿勢を正すと、ようやく扉が開かれた。頭を抱えている間に扉が開かれなかったのは、ルーカスの温情であろう。
ルーカスが一礼をしてから中に入ったので、シークもそれにならって入る。
王座には一人の大柄な男が立っていた。
ルーカスに続いて王座の前に着く。
「初めまして。私は今代の王位を預かっている、トライド・ルミナスと申します」
トライドと名乗った王は、シークに向かって頭を深く下げた。
その行動に対してシークは、まず自身の立場をはっきりさせるため、その場に跪いた。
「トライド王、お呼びに応じて参上いたしました。シークと申します」
本来はここではフルネームを名乗るべきではある。しかし今の家の姓を名乗っても事情を知らない王と執事が混乱するだろうし、今更王家の姓であるルミナスを名乗ってもおかしいため、あえてファーストネームだけ名乗った。
ただしこの態度も王を混乱させたようであった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいシーク様っ?」
混乱しているところ悪いとは思うが、ここで自身の立ち位置を定めなければ後々の話が面倒になる。
「王が私などに様などと付けないでください。確かに私は四百年ほど前、王家の一員でした。ですがそれは過去の話で、私自身は今の王家とは何も関係ない身であると認識しております」
頭を上げず淡々と告げた。
「しかしそれでは……」
「国を混乱させたくないのです」
「……ならば、王家の養子に入ってはどうでしょう?」
「継承問題になるでしょう。王もお年を召しているようですし、子供の一人や二人、いるのでしょう」
「それはそうですが……」
「どうかご了承いただけないでしょうか。これは四百年間、もし解き放たれることができたらと考えてきたことです」
「まさか・・・・・四百年もの間……まさかあなたは意識がずっとあったのですか?」
「はい。体は凍り付いていようとも、意識はずっとはっきりしていました」
「なんと過酷な……」
思考することしかできない永久にも近い時間。
考えることを苦としないシークにとっても、それは地獄に近いものだった。
考えることはたくさんあった。考えて考え抜いて、必要なことをすべて考え終えた時にちょうど目覚めた。
もしもさらに百年と時間が経っていたら気が狂っていたかもしれない。いやもしかすると、今の時点ですでに狂っているのかもしれない。
「まぁ、なんとかなりました」
「ではあなたは今後どのように生きていかれるのですか?」
「ルーマン家の子息として、学院に入りたいと考えております」
「アルベル! 貴様まさか!」
怒号が王座の間に響いた。
シークが顔を上げると、洗脳でもしたかのような疑いの目を、王がアルベルに向けた。
びくっとアルベルが震える。
大の大人にとっても、というより大の大人だからこそ、王からの怒号など、恐怖以外の何物でもないのだろう。
だがシークを受け入れてくれたアルベルへの悪意は、許せるものではない。
シークは王とアルベルの間に立ちふさがり、再び跪いた。
「勘違いしないでください。私は最初、拾い子として孤児院に連れて行ってほしいとお願いしたのです。それに対して、彼は好意で私を一家に受け入れてくれました。たくらみがあったことではないでしょう」
「しかし……」
「私は未だこの国を愛しております。なので彼が私を使ってこの国へ害をなそうとするならば、それは絶対に止めます」
シークは跪いた状態から顔だけ上げ、王を見つめる。
数秒間、シークはトライドの目をじっと見つめた。
ふうっ、と王が視線を逸らす。それに合わせてシークは顔を床に向けた。
「トライド王、無礼な発言失礼いたしました」
これでお互いの立ち位置が決まったはずだ。立場はトライド王が上。シークが下。当たり前の話だ。
「いや、よい。それがあなたのお望みでしたら、いやお前の望みならばそうしよう」
王は敬語を取り去るのに苦労しているようだ。王はコホン、とわざとらしい咳をしてから話を続けた。
「お前の氷漬けの体の存在は代々王にのみ伝えられているため、情報を操作する必要はないだろう。連れてきてもらうため執事長のルーカスには話をしたが、口外は決してさせぬ」
トライドが視線を向けると、ルーカスは了解の意味を示すように深く礼をした。
「今回あなたに……いやお前に来てもらったのは、お前の身の振る舞いについて聞こうと思っただけではない。いろいろと聞きたかったことがあるからだ」
「なんなりとお聞きください」
「まずはこの島を覆っていた氷についてだ。あの氷は、数日前に全てなくなった。アルベルから聞いたシークの目覚めた時期と一致する。あれは何か関係が?」
「はい。あれは私を包んでいた氷と同じものです。さらに言うと、あれは第十一次防衛戦時、私自身が苦肉の策として、三色の杖の一つ、氷の杖を利用して発動した魔法です」
「なぜそのような魔法を……というよりお前は自身の魔法で眠りについていたのか……」
「あの杖は使用者の魔力を全て吸い尽くして魔法にするという特性を持っておりました。襲ってきた敵将、サンロード帝国のガイン王子はそれを使わなければ勝てないほどの強敵、いえそれほどの道具を一つを使っただけでは倒せないような相手でした。ですので、私の姉が、炎の杖を使い身をも燃やす炎で奴を無力化し、そのうえで私が身をも凍らせる吹雪で奴を凍らせることで対処できました」
「そんな化け物がいたのか……」
トライドは愕然としている。
「ただ奴を凍らせただけではまだ余力があったため、この島の海の周りを覆う氷の塊を作りました」
「なぜ……」
「防衛戦で戦力は壊滅、さらに姉さんの炎で港町の大部分が焼け野原になってしまいました。国主力の街がそうでは、復興には相当の時間がかかります。侵入経路をつぶさない限り、次の戦いで侵略されるのは目に見えており、せめて守る力を作る時間が必要かと思い……」
シークは王城の窓から外を見る。
港町の建物はほとんど変わってしまっていたが、海の見た目は変わっていない。
「それであのような言葉を残したのですね……いや、残したのか」
またトライドから敬語が出ていた。
「あのような言葉とは?」
「まさかこれはただの噂だったのか? 歴史書によると、シーク王子は凍り付く直前『体を鍛えろ。武器と兵器を作れ』と言ったことになっているぞ」
確かにその言葉には言った覚えがあった。
「あの戦いは大量の敵兵とその武器により押されてしまいました。そのため凍り付く直前、そのようなことは言いました。ただそれだけでなく魔法を鍛えろとも言ったはずです」
「それは記録に残っていない。歴史によるとその言葉により騎士と兵器の時代が到来し、魔法の衰退がはじまったとなっている」
「なっ……」
シークは絶句した。
魔法を衰退させるつもりは、これっぽっちもなかったのだ。