目覚めと出会い4
カーラがシークを追って家を飛び出し、最も近い岸壁に着くと、海が崖を乗り越えようとしていた。
ごぅと押し寄せるのは、波というより嵐であった。
「こんなことって……」
カーラは、生まれて初めて見る大波に、体を震わせた。
波がこれ以上高くなると、ルーマン家の家屋まで押し寄せてくるのではないか。
「やはりこうなったか……」
アルベルが追い付いてきた。
「とーさん、どーなってるの?」
「おそらくシークが目覚めたからだ。彼は防衛戦の最終局面で、吹雪で敵を吹き飛ばし、そのまま島の周囲に決して解けない氷の壁を作ったといわれている。これまでは氷が海を固定していたから波などは立たなかったが、シークとともに氷が割れたからだろう」
「そんな昔話を聞いたことはあったけど……」
物語だからと盛りに盛っている話だと思っていたが、事実だったということか。
「昔はこんな並みだったんだな。家の補強を……いや避難の準備をする必要があるか」
「いや……はぁっ……その必要はない……」
いつの間にか置いてけぼりになっていたシークが、追い付いてきた。
「俺の時代もこんなに強い波はなかった。きっと氷壁が壊れ反動で大きな波が生まれたが、時期に治まるはずだ」
「ってか弟君、どんだけ強い魔法使ったのー……」
荒れ狂う波を見つめ、カーラは嘆息した。
「アーティファクト級の魔法の杖を使ったからな……はぁはぁ……自身の魔力と数百年の未来を使い、奇跡にも近い威力の魔法を起こせたんだ……はぁ……」
シークはふらつきながら、肩で息をしている。
「弟くん、体力なさすぎー。もしかしてずっと凍っていたから?」
「いや、肉体的には時が止まっていたから、体力の衰えはない。俺は、というより当時の俺たちは体を鍛えるよりも魔法を鍛えることに全力を注いでいたんだ」
「そんなので防衛戦、戦ったんだー……」
戦の基本は体力だと思っているカーラにとって、信じられないことであった。
「だから剣と数の暴力に負けそうになって、俺と姉さんが命を懸けることになった」
「若き魔女と呼ばれた、当時の王女だな」
アルベルがシークの体を支えた。
「ああ。姉さんは炎の杖で島の中に入り込んだ敵を焼き尽くし、おれは氷で杖で敵を外に追い出して絶対氷壁を作り出した。姉さんは……自身の体ごとすべてを焼き尽くそうとしたためこの世から去った。俺は……自身の未来をささげて全てを凍らせたため、何百年という時を氷の中で過ごすことになった」
「カーラも学院で、詳しくその歴史を習うことになるわ」
追いついてきたクロットが、カーラの肩を叩いた。
「いや、弟くんから話を聞いたほうが早くない?」
「それもそうね。私もぜひ色々聞きたいわ。でも、二人がここにいる時間はそんなにないわね」
クロットが悩まし気に首をかしげ、それからポンと手を叩いた。
「そうだっ! 私たちも花の港町に移住しましょう! この地にとどまる理由もなくなったんだし。カーラとシークと一緒に住めるし!」
クロットがぽんっと手をたたいた。
「やはり俺の体があったから、こんな何もないところに住んでいたのか……」
シークは申し訳なさそうに下を向いた。
「俺は辺境の地に、あなたたちの一族をいったい何年しばりつけてしまったんだ……」
「そんなの気にしてない! 私たちにはかわいい息子ができたし、これから一緒に楽しく過ごせばいいじゃない! ね! すぐにでも身支度をしましょうよ、あなた!」
「そうだな。すぐ準備しよう」
クロットが即答した。
「って、そんなに簡単に引っ越しできるのー?」
カーラ一人ならともかく、家族が丸ごと引っ越すとなるとかなりの手間となるはずだ。
「向こうの俺たちの家にはメイドや執事がいて、いつでも泊まれるように整っているから、荷物を持っていけばすぐに住めるぞ。たぶん王様はシークに会いたいと思うだろうし、ちょうどいい」
悲嘆にくれるシークの前で、アルベルとクロットは引っ越しの計画を話し出した。
「うちって本当にお金あったんだねー」
わいのわいの騒ぐ両親を横目に、カーラは父が上級騎士であるという事実をようやく信じることができた。
この両親のことだ。何一つ冗談ではないだろう。
「これから忙しくなるなー。でも楽しみ!」
カーラはこれからしなければいけないことを思い浮かべながら、まだ見ぬ港町に思いをはせた。
にぎわう街。
いったい何があるのだろうか。
友達はできるだろうか。
「ありがとう」
シークからぼそりと染み出た言葉は、カーラだけでなく両親の耳にも入っていた。
カーラ達三人は、新たな家族にただ微笑んで答えた。
―幕間―
目を開くと、薄暗い部屋の中にいた。
「ここは……」
あれからどれほどの年月が経ったかはわからない。凍り付いていたにもかかわらず意識は保たれていた。最初は様々なことが脳裏に浮かび、思考を潜らせ続けることに快感を感じていたが、いつしか心がおかしくなってしまった。
立った姿勢を維持できず、ひざから崩れ落ちた。
体の感覚は鋭敏だが、それを動かすための精神が参ってしまった。
目の前のドアが大きな音を立てて開き、何人もの足音が聞こえてくる。しかしその姿を見ることが出来ない。心が瞼を閉じる。
「まさかっ! 目覚めたのか?」
耳に入って来る声も、段々と遠くなっていく。
「我は……」
名を名乗ろうとして、意識が途切れた。