目覚めと出会い3
「ごちそうさまでした。宮廷の食事に近い味付けで、とても懐かしい感じがしました」
ルーマン家で一般的な夕食を優雅に食べ終えたシークが、布で口を拭きながら言った。
カーラはシークの隣に座り、カーラの両親がその前に座っている。
「懐かしいって、ずっと凍っていたのにー?」
「体は一日前に食べたと感じているけど、心は何百年ぶりに食べたと感じているからな」
「なるー」
体は何年も一緒に過ごしていたとはいえ、初めて会話してからほとんど時間は経っていない。
にもかかわらわず、カーラはシークに親しみを覚えていた。
これまでカーラには近い年の人がいなかったため、初めての友人が出来たような感覚だった。
「カーラ……お前の前にいる人は王子であり英雄なんだぞ……」
アルベルが口を尖らせた。
「でも本人が気にしなくていいって言ってたしー」
「それを真に受けてはいけないよ……」
アルベルは頭を抱えていた。
「ごめんなさい。私が少しでも礼儀を教えておけば……」
クロットもうつむきがちだ。
「仕方ない。まさかこの子が学院に入るまでに目覚められるとは思ってもみなかったんだ……」
「ちょっと、二人ともそんな言い方しないでよー」
目の前で育て方を間違えたかのように言われ、カーラはふてくされ気味に言った。
暗くなった雰囲気を振り払おうとしたのは、シークだった。
「正直なところカーラの接し方は非常に助かります。ただでさえ四百年も孤独に過ごしていたんですし、できるだけ親しく接していただけたほうが嬉しいです」
「だからと言って……」
「そうだ。国民の登録制度はまだ変わっていませんか?」
シークが、カーラには聞き覚えのないことを聞いた。
「はい。この制度は昔からの伝統が守られています」
「ならば俺の年齢は国民登録されているかどうか微妙なはず。ならこれから登録をしてもおかしくないですし、俺を孤児として届け出てくれませんか?」
シークの言葉にアルベルとクロットが目を見合わせた。
「どーいうことー?」
カーラは話について行けていなかった。
「俺の時代から変わっていないということは、この国の一般の国民登録は十五の年に学園に入るときに初めてされるんだ。俺は王族だったから生まれた時から登録されてたけど、もうその登録もないだろうしね」
「え? ってことは、私は今国民じゃないのー?」
ずっとルミナス王国の国民だと思っていたのだが、まだ認められていなかったというのか。
「いや、この国は島国で、島にいる人たちは全員国民だと思っているんだ。だから国民登録も形式的なもので、学院に入るタイミングでついでに登録するようになっていたんだ。だからたぶん俺もこれから国民登録することになるはずだ」
「なるー」
シークによる明確な説明で、頭の良くないカーラでもすんなりと理解できた。
「いえ。シーク様の国民登録はいまだ健在です」
「は?」
アルベルの言葉にシークが目を見開いた。
「ですからシーク様の国民登録は、今までずっと消されておりませんと申しました」
「えっ? じゃあ俺今何歳になってるんですか? 当時は十四歳だったはずなんですが……」
凍る前はカーラと同じ年だったようだ。
「それは……生まれてから今までの期間までの年数分でしょうね……」
つまり約四百歳ということだ。
「それは……勘弁してほしいです。そもそも王族として今更国に関わる気はないので、やはり、やはり俺を孤児ということにして届け出ていただけないでしょうか? それならば新たに国民登録を取り直せます」
シークが頭を下げた。
アルベルとクロットは首を振りながら狼狽している。王族から深く頭を下げられるというのはそこまでの衝撃なのであろう。
「王子を孤児になんて……」
「お願いします」
シークからは、意地でも譲らないという意思が伝わってくる。
そんな様子を見ながら、カーラの中に暗い気持ちが沸き上がってきた。
目の前の彼は、国の英雄であり、国のために自身の時を何百年もささげた人だ。
何年も何年も一人で過ごし、ようやく目覚めた。
それならばこれからはきっと楽しいことが待っているはず。
なのに、そんな人を孤児として放り出すなど、あっていいものなのだろうか。
「だめっ!」
カーラは思いっきり叫んだ。
「これまでずっと一人だったのに、また一人になんてなろうとしちゃだめ!」
「だが、俺が国にかかわると、今の国がどうなるか……」
「そんなの知らないよ。ってか国なんてどうでもいいじゃない! いっそ私たちの家族になってよ! 絶対楽しく過ごせるよ!」
目を大きく開いたシークに向かって、カーラは詰め寄った。
目からは涙がにじんでいるが、そんなことは気にしない。絶対に譲りたくなかった。
「それだとあなたたちに迷惑が……」
「誰が迷惑なんて言ったの? 私は、絶対にそんなこと言わない!」
「いや……」
「絶対言わない?」
これ以上悲しいことを聞きたく、言わせたくないと、カーラはシークを必死に見つめる。
「そうだな」
口を開いたのは、アルベルだった。
「そうね」
ふふっと、クロットが続いて笑った。
二人は、お互い見つめあい、それだけで意思疎通をしている。
「うん。王族に戻れないというならば、うちの子供になってください。あなたは……いや、お前は今日からシーク・ルーマンだ」
「最初は戸惑ってしまいそうだけど、あなたは私たちの息子ね」
シークは戸惑いながらカーラを、アルベルを、クロットをとゆっくり見まわす。
カーラは絶対に譲る気はないと、必死にシークを見た。
みんなを見回すことを三度繰り返しても、誰一人シークへの視線をそらさないかった。
そしてついに、シークはついに観念したようだ。
「ありがとうございます……いや、ありがとう。父さん、母さん」
「あれ、ってことは、私の弟になるの? それとも兄?」
「どう考えても雰囲気的に兄だが、弟になってもらわなきゃならないな。カーラは花の月生まれだから、シークを土の月生まれとしたらちょうど同じ年になって、母さんが生んだといってもおかしくは無くなる。頑張りすぎだと言われるかもしれんが、双子には見えんし。そうしたら二人とも、次の花の月から学院に通えるしな。雰囲気的にどう考えてもお前が姉はないが、そうじゃなければ父さんが不貞をしたと思われかねない」
この国の一月は九十日。花が咲く花の月から始まり、燃え盛るように暑い火の月、雨の多い雨の月、地から草のなくなる土の月とめぐっていく。なので同じ年の姉弟は珍しいだろうがありえない話ではないのだ。
「弟カー。なら、なんて呼ぼうかー。シーク……シーク君……」
「普通に呼び捨てでいいが」
「いやー、なんかしっくりこないなー。あ、そうだ! 弟くんってのがいい感じかな!」
「それは……不思議な呼び方だな」
「そうかなー。でも、うんうんしっくりくる。よろしく弟くん!」
カーラは座りながら、頭をシークの肩に持たれかけた。そうすることがとても自然なことに感じられた。
「あ、でもさすがに王様へは報告しなければまずいだろう。その時に、シークがそういう意思を持っているということは伝えておこう」
「もしなんか言いがかりつけてくるようだったら、俺が直接話しに行くよ。というか、その時は俺も行くよ。なんかあったら力づくでなんとかする」
「もしシークが力づくで殴り込みをかけたらすぐに王宮が制圧されるのはわかっているだろうし、間違いなく了解するだろう」
アルベルがとんでもないことを口にした。
「弟くんってそんなに強いの?」
「さすがにそこまでは……百人くらいなら倒せるかもしれないけれど、王宮全体を相手にできるとは思えない」
「いや、昔に比べて魔法の技術が衰えているからな。伝説が本当ならば、王宮警備の魔法使い全員かき集めてもシークに手も足も出ないだろう。騎士団が自滅覚悟で魔法を浴びながら突撃したほうがまだ倒せる可能性がある」
「そんなっ? それはまずい!」
シークの顔が驚愕にゆがんだ。
同時に大きな波音が、家の中にまで届いた。
「何っ?」
カーラは嵐が直撃してきたかのように錯覚した。大音が体にまで響き渡り身の危険を感じる。その瞬間、シークが外に向かって走り出していった。