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第十一次ルミナス島防衛戦2

 フーシュラが腕を振ると、ガインを覆っていた炎の渦がゆっくりと拡散した。

 焼け焦げた跡が多少あるものの、大きなダメージを与えている様子はない。

「他にもお前のような強者がいるのか」

 ガインがシークをまっすぐ見た。

「姉さんは俺よりも強い」

「ならばますますお前たちを生かしておくわけにはいかないな」

 大剣を構え直すガインに、シークは魔法陣の展開で答えた。

「風よ氷よ! 嵐となりて押し寄せよ!」

 二つの魔法陣から生み出される合成魔法は、再度ガインの動きを止める。

「ぐぉおおおおおおお!」

 氷雪の嵐の中で、叫び声とともに魔力があふれ出した。魔力の放出だけでシークの魔法を押し返すつもりのようだ。

「姉さんの邪魔を差せるわけにはいかない!」

 シークがフーシュラを見ると、彼女は息と魔力を整えていた。

 後方には敵兵の襲撃に耐えてきた魔法師団。彼らには疲労の色が見える。

「ねえ、みんな! ここが命の張りどころだと思わない?」

「おぉおおおおおお!」

 フーシュラの周りを鼓舞する言葉に、魔法師団は歓声で応えた。

「私と一緒に、死んでくれる?」

 狂気のようなその言葉は、真剣そのもの。

 やはりそのつもりなのか。

シークは自身の持った予測が、真実であることを確信した。

 周囲の魔法師たちも最初は理解が追い付かず混乱していたが、徐々に理解し、一人、一人とまた姿勢を正した。

 魔法師団長が杖を天に掲げると、周囲がそれにならった。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 響く声は先ほどの倍以上。活力を取り戻した魔法師団は、敵兵への反撃を開始する。

これまで少しずつ押し込まれていたが、逆に押し返しだした。

「ありがと! 敵兵は任せたよ!」

 フーシュラの笑顔が、声が、周囲の力に変わっていく。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ルミナス王国の魔法師団は、これが最後と己の全てを絞り出すよう魔法を打っている。

魔法師たちの奮闘する姿を確認したのち、フーシュラは杖を抱くように抱え呪文を唱えだした。

「炎よ。大いなる炎よ。我の声が聞こえるか。我が民の熱を感じるか。これが貴殿への供物である」

 魔法を唱えているはずなのに、魔法陣が描かれる様子が無い。代わりに炎の杖の赤い宝石が輝きを少しずつ増していく。

「炎よ。この地をも焼き尽くす炎よ。我は貴殿に願う。この地を守るための力を」

 フーシュラの言葉とともに、炎の杖の輝きがさらに増す。

「炎よ。祈りの炎よ。我の、我らの全ての力をもって――」

 フーシュラが炎の杖を掲げた。

「この地の敵を焼き尽くせ!」

 もはや色が判別できないほどの輝きが放たれた。

 光に一時的に視覚を奪われたシークが、まず感じたのは熱風であった。立っているだけで汗が噴き出す。

 視界が戻ってくると、今度は周囲が炎の津波に埋め尽くされているのが分かった。フーシュラを中心に敵味方関係なしに炎が押し寄せている。港町丸ごと焼き尽くす代わりに、侵入した敵兵を一掃できる。

かろうじてシークには直撃していないのは、フーシュラがギリギリ制御しシークの周りだけ炎が来ないようにしたためだろう。シークの近くにいた魔法師一人がその恩恵にあずかり、炎の直撃を逃れていた。

これで島に乗り込んできたガインもろとも敵兵を一掃できる。

その後はシークの仕事だ。後ろに控えた敵兵を船ごと叩き潰すだけ。最愛の姉との別れとなる悲しみを実感する前に、シークも行動に移る必要がある。そう思った直後、聞き覚えのある叫び声が響いた。

「ぬぁああああああああああああ!」

「まさかっ?」

 ガインの大剣が炎と拮抗している。

 あの大剣は魔力の刃を飛ばすだけでなく、魔力の防壁をも作り出すのか。

 炎は港を、敵兵をとガイン以外を確実に焼いていく。ただガインが残ってしまっては意味がない。奴を生かしてしまえば、海上に控えている船を率いすぐに体勢を立て直してしまうだろう。

「はぁああああああああああああ」

 フーシュラが気合いの声を上げた。

 ガインへの炎が勢いを増し、少しずつ、だが確実に大剣を下がらせていく。

「ぬぉおおおおおおおお……」

 ガインも必死に抵抗するが、炎のほうが強い。

 このまま継続できればガインを倒すことができるだろう。ただそれだけの時間が、魔力がフーシュラに残されているのだろうか。

「まずい」

 シークは炎をまとったフーシュラの表情から、もって後数分だと推測した。一方まだまだガインは戦えそうだ。このままでは先にフーシュラの魔力と体力が尽きてしまう。

 それならば今ここでシークが加勢するべきではないか。いや、それをしてしまうと、島の外で待機している残兵を一掃する魔力が残らない可能性が高い。

「シーク! やりなさい!」

 フーシュラが苦しさをにじませながらも大声を上げた。

 残兵は放っておき、目の前の敵に集中しろということか。確かにここでガインを倒さなければルミナス王国に先はない。ただそれだけでは後に破滅が待っていることは間違いない。フーシュラは確かに激情的かもしれないが、短絡的ではない。

「あなたならできる! すべてを凍らせなさい!」

 シークの戸惑いを理解したのか、フーシュラが再度叫んだ。

「俺に、出来るのか……」

 シークは自身の手と握られた氷の杖を見る。

 魔力を注いでいない杖に光はないが、見つめると意識が先端の宝石の中に吸い込まれてしまいそうである。

 宝石を見ていると、不思議とできると確信できた。

 後必要なのは覚悟だけ。

「よし、やろう」

 シークは氷の杖を天に翳し、魔力の供給を開始した。

 必要な言葉は自然と頭に浮かんできた。

「氷よ。すべてを凍てつかす悪魔の氷よ。我の声は聞こえるか。我の心の凍てつきを感じるか」

 本来魔法に詠唱は必要ない。魔法陣に魔力を注ぎ込み、魔力を変質させるだけで魔法は発動する。だがそれでも魔法師たちは魔法を詠唱する。とくに難度の高い魔法を詠唱するときは、複雑な魔力の過程を円滑に行うために、詠唱により自己暗示をかけるのだ。

 シークにこれまでアーティファクト級の杖による魔法を使ったことはない。それでもどのような詠唱をすれば最大の力を出せるか、自然と頭に浮かんできた。

「氷よ。太陽の熱でも溶けない氷よ。我は貴公に願う。すべてを永久に凍らす力を」

 詠唱をするだけでどのような魔法陣かをイメージする必要は無かった。杖の先端の宝石の中に魔法陣が構築されている。シークが魔力を流し込むだけで、複雑な魔法陣が構成されていく。あとはひたすら魔力を注ぎ込むだけ。

「氷よ」

 シークは杖を掲げた。

 流し込む魔力を止められない。この杖がシークの魔力を全て吸い取ろうとしている。

 三色の杖は命を懸けて使うものだとルミナス王家に言い伝えられてきた。その原因がこの仕組みなのだろう。

 いいだろう。ここに降り立った時点で全て覚悟済みだ。すべて持っていくがいい。

「この地を、海を、そして時を凍てつかせよ」

 シークの足元が凍りだし、杖から吹雪が吹き荒れだす。

 すでに敵兵はガインのみ。

 叩きつけられた吹雪は、ガインの体を凍らせていく。頼りの大剣は炎とのせめぎあい以上の余力はない。

「ぬぁあああああっ」

 ガインの雄たけびが段々と叫びに変わっていった。

「くそっ! こんなところでっ!」

「それはこっちのセリフだ!」

 シークは凍っていく敵を冷ややかな目で見ていた。シークもフーシュラもこれから王家として国を率いていく立場にあったのだ。それがこの戦いで全て消えてしまう。

 体が少しずつ凍てついていく。この魔法には自身を避けるという機構が無く、だからこそ攻撃に威力を避ける自爆魔法なのだ。

 フーシュラを見ると、彼女自身も燃えだしており、目はうつろである。それでも魔力を吸い上げられて魔法に変えられている。

「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 最後の悲鳴とともに、ガインの体が凍り付いた。踏ん張りがきかなくなり、吹雪に流されて飛ばされていった。

 同時にフーシュラの体全体が炎に包まれ、姿が見えなくなった。それでも炎はまだ消えない。

「あとは外の敵か」

 シークは吹雪を島外全域に広げた。

 吹雪から伝わる様子では、雨の港の外に大量の敵船が控えている。

 それらを全て凍てつかせる。

 ただそれだけではだめだ。今回の襲撃で島の戦力はほとんどなくなってしまっている。長期間島を守れる結界が必要だ。

 まだ余力はある。

 シークは吹雪を島の外全体に飛ばす。

 敵の侵入できない結界が必要だ。この島全体を覆う結界が。

 氷の杖には魔力の吸入を止める機構が無い。

いいさ。すべて持っていくといい。その代りこの地を守る力となってもらう。

シークの吹雪が島全体を覆った時、ついにシークの体が氷に包まれ始めた。足から上に上にと徐々に氷が深くなっていく。

「賢者様……」

 シークの傍らにはシークより少し年上と思われる若き兵が立っていた。 フーシュラの炎とシークの氷がちょうど相殺される位置にいたため無事だったのだろう。

 この兵たちが背負うこの島国はこれから再建していかなければならない。だがシークとフーシュラの両親にとってそれは厳しいだろう。親としては優しい最高の人たちであるが、統率する力を持ち合わせていない。だからこそシークとフーシュラが若き賢者、若き魔女と呼ばれてほめたたえられていたのだ。

 両親も自身が統治に向いていないとわかっているからこそ、子供たちを自分たちよりも称え国の盤石な力としてきたのだ。

「父さん、母さん、ごめん。俺たちが国の力になるって約束してたけど、守れそうにない」

 ここにはいない最愛の人たちに告げる。

「そんなこと言わないでください! 俺達には賢者様と魔女様が必要です!」

 そんなこと言われても、もう体に力が入らない。氷が腕までたどり着き、もう身動きを取ることが出来ない。

 まだ動かせるのはこの口だけ。ならば、この口で、今後苦難の道を歩くこの国に指針を残そう。今度敵が攻めてきたときに、シークとフーシュラがいなくともこの国を守ることができるように。

「体を鍛えろ。武器を……兵器を作れ」

 この国に足りなかったものを告げる。こんな時でもなければこの国では一笑に付される内容だ。だが若き賢者の散り際の言葉ならば、皆も真剣に考えてくれるだろう。

「そして……魔法を磨くことも忘れるな」

 それが若き賢者、シーク・ルミナスの最後の言葉となった。

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