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第十一次ルミナス島防衛戦1

 島の防衛線がじわりじわりと押し込まれている。

 シークは前線の様子を高台から見渡しながら、どうにもできない歯がゆさに身を震わせていた。

 開戦当初は今まで明らかにこちらが押していた。海から攻めてきた敵軍を一、二発の魔法で簡単に沈めることができたのだ。これがこれまで何度も繰り返された戦争。

しかし今回はいつもと違った。

優勢が続いたのは開戦から数時間のみ。以降は海に落ちた敵が海岸に着き、彼方からは果てのない船が押し寄せてきた。

こちらには迎え撃つ魔法師が多数いたが、一人、また一人と魔力が尽きて倒れていった。

「くそっ。完全に甘く見ていた」

 シークは強く歯噛みした。

 魔法至上主義のルミナス王国では武力は甘く見られ、魔法師がいればなんとでもなると思われていた。

 魔法は人の才に大きく影響され、数をそろえにくい。魔法師で構成される部隊は、ここの能力にばらつきがあり、なかなか統率が取れない。

 対して武力を重視した敵国は平均的に強い兵がそろっており、一丸となって攻めてきている。ある程度までは魔法で圧倒出来ていたが、倒れても倒れても押し寄せてくる敵軍に、ルミナス島の防衛魔法団はついに押し返された。

 魔法をものともしない剛腕な敵の指揮官が最前線に出張ってきたのも、劣勢の要因の一つであろう。魔法を使う様子はないが、魔力を肉体と大剣にまとわせ、こちらの魔法を吹き飛ばしてくるのだ。

 若き賢者、などともてはやされ調子に乗っていた。

 敵が武力という数の暴力をここまで膨れ上がらせるとは考えてもいなかった。

「あなたのせいじゃないわ」

 隣から落ち着いた声が聞こえてきた。若き魔女と言われているフーシュラだ。すらっと背が高く、腰まで届く波を描く赤い髪が特徴的だ。

「でも、姉さん」

「シーク、いいからあなたは前線に向かいなさい。私はこれから三色の杖を取ってくる。私とあなたで一つずつ。これでこの戦いを終わらせなければならないわ」

「わかった。俺はそれまであいつを押さえておく」

 シークは風の魔法で空を駆け、一直線に最前線まで向かった。

 命を懸けてこの戦いを終わらせる。これは王族の中でも特に魔力が強く、まだ政に参加していない二人がやるべきことである。

 奥で全体に指示を出す両親、王と王妃に言うと絶対に止められるだろう。しかしこれしか方法はない。そしてその策ならば被害は出るもののほぼ確実に勝利することができる。

 ならばシークのやることは一つ。前方に大きな魔法陣を描く。

「数多の火よ! 雪崩込め!」

魔法陣から生み出された大量の火球は、様々な弧を描きながら敵指揮官に押し寄せていった。

大きな音と豪快な煙が広がった。

「これで終わり……ってことはないよな」

 視界が明らかになると、目の前には砲撃前と変わらない敵司令官が立っていた。

「貴様、やるな。名を名乗れ!」

 敵司令官が人の身の丈ほどもある大剣をシークに向けた。倒すべき敵をシークと認識したようだ。

 これでいい。敵がこちらに集中すればするだけ、時間を稼ぐことが出来る。

「あなたは自ら名乗らず人に名前を問うのか?」

 シークが問いかけると、敵司令官は何か考えるかのように黙った。

「ふむ。場所が変われば常識が変わるというのはこういうことか」

「どういうことだ?」

「なに、我らにとって先に名乗ることは名誉であり、それを相手に譲ることで敵を称えるという最大級の尊敬の証なのだ」

「そういうことか。失礼した」

 シークは空から敵司令官の前に降り立った。

「ではそちらの作法に則るとしよう。俺の名はシーク。シーク・ルミナス。この国の王子だ」

「なるほど。魔法の島の王子か。それならその力納得できる。我はガイン・サンロード! サンロード帝国の次期皇帝である!」

 次期皇帝、つまりはシークと同じ王子である。最前線にそのような重要人物が出てくるのはどうかと思ったが、それは自身も同じ。つまり両陣営ともここが勝負の枢と思っているのだ。

「お互い国を背負うという立場ということか」

「確かにそうだが、我は戦いが好きだからここにいるだけだ!」

「おい」

 共感できるかと思ったが、それは勘違いだったようだ。

 シークは再び空に飛びあがった。いくら剣が大きかろうが、届かない高さである。

「鋭き氷よ! 止めどなく貫け!」

 先ほどよりも大きな魔法陣の前に、目に見えるかどうかギリギリの細さの氷を大量に生み出す。氷がまとまることで、大きな一つの氷柱に見える。

 シークが右手を振ると、細い氷がそれぞれガインに向かって降下していった。

「ぬぁああああああああああああ!」

 ガインの野太い声が響く。

 ガインに触れる氷はそれだけで砕け散ってしまった。

「魔力の壁か」

 シークはガインの周囲に揺らめく空気、魔法を防いだ現象の正体を理解した。

 魔法ではない。ただし魔法を使うために必要な物質である魔力を、体の周囲に一気に放出することで魔法を吹き飛ばしたのだ。

 同じことをやれと言われればシークにもできるだろう。ただしそれは長くは続かない。おそらくガインの魔力量は圧倒的に多いのだ。

「まずいな」

 今はシークにターゲットを絞っているため止められているが、ガインが突貫するだけでルミナス王国の魔法師団はなすすべなく壊滅するだろう。現にシークの後ろに控える若き兵は青くなっている。

 周囲を見渡していると、ふいにガインから嫌な気配を感じた。

「なっ?」

 シークは空中で横に跳ぶと、元いた場所を見えない何かが通り抜けた。

 さらに連続で見えない何かが飛んでくる。

 ガインを見ると、虚空に向かってすさまじい勢いで大剣を振り回していた。

「魔力の刃か」

 魔法を使っている様子はない。大剣がガインの膨大な魔力を刃に変えて飛ばしているのだろう。

 おそらくアーティファクト級の武器だ。

「いつまでも逃げ回っていられると思うなよ!」

 ガインの大剣を振る勢いがさらに増していく。これまでも人の所業とは思えない速さだったが、これはもはや物理法則を無視した速さではないだろうか。

 怒涛の勢いで押し寄せてくる魔力の刃。それらがシークの後ろから飛んできた火炎によって撃ち落とされた。

「おまたせ」

 フーシュラが大きな杖を二つ持って飛んできた。そこは刃の津波が押し寄せてくる場所である。

「姉さんよけろ!」

 シークの声に、フーシュラは微笑みと魔法陣で答えた。

 周囲にはシークとフーシュラの前に高密度の炎の壁が作られる。魔力の刃は炎壁によって全て阻まれた。

「炎の壁よ、渦巻き立ち昇りなさい!」

 フーシュラの魔法が続けて発動し、ガインの周囲に炎の渦が作られた。足止めをしつつ熱により体力を削る、フーシュラの得意魔法の一つである。

「とんだ化け物が出てきたものね」

「まさか魔力だけで魔法を無効化できる相手が出てくるとは思わなかった」

「おそらく突然変異で、保有する魔力の量が膨大なんでしょうね」

「あいつを倒さない限り、俺たちに未来はない」

「そうね。でもここであいつとゆっくり戦う時間もない」

「そうだな」

 シークとフーシュラが周囲を見ると、敵兵が港町に散会していくのが見える。ルミナス王国の魔法師団も防戦しているが、数に負けて街中に入り込まれてしまった。

「覚悟はできてるわね?」

 フーシュラが杖の一方、氷の杖をシークに差し出した。

 二つの木製の杖は身の丈ほどの長さがあり、上部に人の頭より大きな宝石が付いている。シークに差し出された法の宝石の色は吸い込まれそうな青であり、もう一方は鮮やかな赤色をしている。

 魔法の島、魔法の国などと呼ばれるルミナス王国が持つ三つのアーティファクト、三色の杖の内二つである。三色の杖は、炎の杖、氷の杖、雷の杖の三つのことを言い、製造方法どころかいつどこで作られたかもわからない、現代における最高の魔法発動補助具である。

「当然だ、姐さん。だが、俺が炎の杖を使うわけにはいかないのか?」

「お互いが得意魔法を使わない、ってのは無駄でしょ」

 確かにシークの得意魔法は氷と風であり、フーシュラは炎の魔法を天才的に使いこなす。だからといってお互いが他の魔法を使えないことはなく、むしろ一般の魔法師よりはるかに強い魔法を使うことができる。

 ただ氷の杖を渡してきたのは別の理由があるとシークは確信している。

 リスクの問題だ。三色の杖はどれも命を懸けて使う必要があるが、炎の杖のほうが明らかに危険性が高い。それでも炎の杖をフーシュラ取ったのは、姉としての義務感からではないだろうか。

 ここでどちらを使うか口論しては手遅れになるだろうし、何よりフーシュラの覚悟に泥を掛けることになる。

 シークは氷の杖をぎゅっと握り締めた。

「まずは私が敵を滅ぼすから、シークは足止めをお願い。その後、島の外に集まってる敵はあなたに任せるわ」

「わかった」

 ここでようやく、シークは本当の意味での覚悟を決めた。

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