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まにまにのほころび/あおあおさくら  作者: 藤泉都理
本編 いち 一風船之彩
5/45

風光る

「絃さんは休みの日も紙芝居をするんですか?」

「はい」



 疑わしきはまず近づくべし。


 常套手段として、寿はまず絃と親密になる事から始めた。幸い、世話係な為、行動はしやすかった。


 尚斗が絃を連れて来たのが木曜日。そして今現在は金曜日の二十時。明日明後日は店が休み。だからこそ今日はもう紙芝居の仕事を終えてそのまま家に帰るかと思われたのに、絃は店に戻って来たのだ。寿は胸を撫で下ろした。今日に限って、千客万来で慌ただしく、教える以外の話をする機会がなかったのだ。



(掃除の時もお喋りは厳禁だから)



 商売繁盛に加えてご先祖様方々への祈りへと繋がる掃除は神聖なものであり、不要無用な言葉は慎むべし。手元がおろそかになるのを防ぐ為でもある。店の教訓の一つだ。


 夕餉も終わり、またしても広間に残った寿と絃。寿が開口一番に尋ねたのが、何故戻って来たのかだった。対して、絃の答えは店の食事が美味しいから、であった。



(…素直で可愛い人なのにな)



 好印象なのに、犯罪者なのかもしれないのか。

 そうじゃないといいと強く念じながらも、尚斗の勘を無視する事もできない。



 幻灰。店のお金を一度盗んでは、一日も経たずに戻す。全額ピタ一文も欠かさない。愉快犯、なのだろう。厳重な警備の中をいとも簡単に入り込み、自分は凄いのだと誇示するだけが目的。その盗まれた店主が悪徳で盗まれた後に改心していなければ、そう推測するのに。何が目的なのか、どのような作用で店主を変えたのか、さっぱり分からない奇々怪々な犯罪者。であるのに、世間の評判は上々。正義漢だと支持する者も多い。


 自分はそう思えない。例え、幻灰の犯罪が善に働いていても、返していても、盗人は盗人。罪は罪。償うべき。



(まあ。半分は外れているんだし。違うと証明する為にも)



「休みですし、僕も行っていいですか?」

「…構いませんが、紙芝居に興味があるのですか?」

「はい。僕、あまり観た事がないので、すごく。絃さんがするから特に」

「そんなに期待をされると、重圧ですね」



 はにかむ表情に、心が温まる。




(青春だね~)


 廊下から居間の中に入り二人へと近づく尚斗。女慣れしてもらう為に寿を絃に近づけたのは正解だったと、再認識した。


(修行だ修行だばかりで娯楽の類に一切合切見向かなかったからな。まあ、今回もあいつはそのつもりだろうが)


「んじゃ俺も一緒に行こう」

「若旦那様はやる事が山ほどおありでしょう?」

「んー?あったか?」


 笑顔と笑顔。の間に火花が散っているのは気のせいではないだろう。



銀哉ぎんやさんから文を預かっているんですけど。全然課題を送って来ないって)

(あーんなの戻ってからすればいいんだよ。今はここでしかできない事をすべきだろうが)



「絃も観客が多い方が助かるよな。何なら呼び込みも手伝ってやるぞ」


 目と目での会話を強制終了させた尚斗は絃の前で胡坐をかいた。絃はちらと寿を一瞥してから、いつでもやっているので忙しくない時にお願いしますと告げた。


「寿が余計な事を言うから絃が恐縮してしまったぞ」

「それは、でも」


 悪い事をしでかしたといわんばかりの刺々しさのある発言に、寿は閉口した。



(確かに観客は一人でも多い方が商売は助かる。しかも尚斗様は人を寄せ付ける力がおありだから絃さんの助っ人にはもってこい。でも、銀哉さんの文からは噴火しまくりの怒りが伝わってきているし)



「日曜にやる事はやる。だから気にすんな」

「若旦那」



 二人に向かって力強く言い放った尚斗の言に迷いを断ち切った寿。そうだやる時はやるんだよと感銘しながら絃に向かって、若旦那と一緒に僕も手伝いますと爛々と告げたのであった。







「寿。あいつ可愛いだろ」



 話があるから二人にしてくれと告げた尚斗は今、絃と二人で向かい合っていた。とは言っても、寿はどうせ近くで聞き耳を立てている事だろう。絃が用意してくれた緑茶を啜りながらそう告げると、絃はそうですねと同意した。



(…今頃耳を真っ赤にしてるんじゃないか、寿。愉快愉快)



「俺とは態度も違う。柔らかい感じだ」

「それは致し方ない事だと思います」

「まあ別に構わんのだが……四六時中一緒なのか?」

「はい」



 尚斗の視線の先にある青い風船が絃から離れている時はなかった。

 尚斗は腰を落ち着けている今、訊きたい事を聞いてしまおうと思った。



「形見ならそりゃあ常に手放さずに持っていたいと思うかもしれんが……何年前から持っているんだ?」

「六年前です」

「六年もよく持つもんだ。同じなんだろ」

「はい。特殊な技法で創られたらしいのです。不思議な事に一度もしぼむ事もないです」

「誰が創った?」

「村の発明家だと言っていましたが、もう亡くなっています」

「今の場所は元々親と住んでいたのか?」

「はい」

「風船は親の形見か」

「はい」

「親戚はいないのか?」

「遠方にいるとは聞いていますが、両親が亡くなってからは連絡を取り合っていないので」



 ゆったりと流れるように途切れなく続いた会話に一旦の休憩を挟もうと、尚斗は若干ぬるくなってしまった緑茶を半分飲んだ。



「寂しくはないか?」

「………」



 淀みない返事が聞こえてくるとばかり思っていたのだが。尚斗の予想に反して、絃は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を向けているだけであった。



「おい」

「すみません」



 不機嫌そうな声音に、絃は呪縛が解けたかのように言葉を出した。



「直球で訊かれるとは思っていなかったので。それも真面目な態度で。想像していた若旦那様の姿との違いに驚いてしまいました」

「理由はどうであれ俺の店で働いてもらっているんだぞ。心配するのは当然だっての」

「はい。ありがとうございます。けれど心配は無用です。寂しいと感じている暇がないんですよ、本当に。考える事もする事もいっぱいで」



 尚斗は目を細くし。次いで、口の端を上げた。



「おまえも見た目と違って元気溌剌だな。まあ、俺は初めから知っていたがな」

「仕事先でよく言われます」

「もし俺の謎が解けても働きたかったら大旦那には口添えしといてやる。給金がいいから離れ難くなるんじゃないか。大体、ここは居心地がいいだろ。自慢なんだよな」



 金貸し屋という職業柄で、ここまで居心地のいい雰囲気の場所はそうはないと尚斗は自負していた。副業で稼いでいるから、金の出し渋りがない。利子も低く、書類審査等の制限もない。期限は無論あるも、払えなかったら、その理由を一緒に究明し、解決する術を探す。強引な取り立てなど一切ない。明るく、楽しく、朗らかに。その気持ちを保てるようにする事。この店の矜持である。


 うちが勝っていると他店と張り合うわけではない。それぞれ違うだろうし、それが当たり前だと思っている。うちはうち、よそはよそだ。



「だからここには幻灰も来ないだろうな」



 尚斗は告げるというよりも、一人ごちるように口にしていた。届かなくてもいいと。だが、絃の耳はしっかりと拾っていたようだ。



「そうですね。幻灰が現れるのはあくどい商売をしている店だけですから」

「なあ。何がしたいんだろうな、幻灰は。世直しでも始めようとしてんのか?」

「何とも言えませんし不謹慎でしょうが、紙芝居の題材が増えてこちらとしては有り難いです」

「何だ。おまえ自分で話を作っているのか?紙芝居を作っている業者があるだろうが」

「業者のも取り扱っていますよ。でも、話題性がある題材がある時には偶に自分でも作っています。幻灰の話はまだ作っていませんよ。捕まって正体が分かったら、作ってみようかなと思っています」

「ふーん。想像力を羽ばたかせて作りゃあいいのに、」

「現実の題材はなるべく現実に沿って伝えたいんですよ」

「紙芝居屋のおまえの矜持ってやつか?」

「矜持というほど大それた考えではないですよ。ただそうしたいだけです」

「何で紙芝居屋なんだ?稼げないだろ。それも両親の形見なのか?」

「いえ。両親は農業を生業としていました」



 絃は目を伏せ、湯呑を両手で小さく揺らした。その度に小さな抹茶色の波が立つ。



「一人で自由気儘にしていられる事、と、雰囲気に惹かれたんでしょうね」



 尚斗は、なるほどなあと一つ、大きく頷いた。



「ちっせえ頃の感情って何気に影響が大きいもんな」

「若旦那様は小さい頃からこの店を継ぐと決めてたんですか?」

「あー、いやあ。俺、実は武者修行でここに世話になってんだよな」

「そうなんですか」

「そうそう。んで、俺としては今んとこ、絃みてえに心を動かされた事がないから、やりたい事がないっつーか。ここの仕事は好きだからよ、まあ、ここでずっと働けりゃあ、いいのかね」

「このお店みたいに、若旦那様もあまり、お金には執着がないんですね」

「あー、まあ、なあ。ない事はないと思うぞ。金がなけりゃあ、生きていけねえし」

「そうでしょうか?若旦那様なら、色々な人が手助けしてくれて、お金なしで生きて行けそうですよ」

「ふふん。俺の人徳ってやつだな。よく見てる」

「お世話になっている方なので」

「そりゃあ、賢明だな。っと、そろそろ寝るか。悪かったな。結構な時間、引き留めちまった」

「いえ。あの、本当にお手伝いをお願いしてもいいんでしょうか?やる事があるようでしたら、そちらを優先させた方がよろしいですよ」

「大丈夫、だいじょーぶ。言ったろ。日曜にやるって。だから気にすんなって。楽しみにしてるしよ」

「…分かりました。では、お願いします」

「おう。寿ともども任せとけ」



 軽く胸を叩いた尚斗から湯呑を受け取った絃はお盆に自分の湯呑も乗せて、失礼しますと頭を下げてこの部屋を後にした。






「寿。絃とは長い付き合いになりそうだぞ」

「それは、連れて行くという事ですか?」



 襖を開けて入って来た寿の、その気まずげな表情はまだ可愛い発言を引きずっている所為だろう。本当に可愛いやつだなとにやにやしながら、彼にとっての朗報を口にしたが、当の本人は気難しい表情を浮かべてしまった。

 嬉しいが、その感情を表に出して堪るかと思っているのだろうか。



「違いますよ。何を勝手な事を言っているんですか?」

「口に出てたか?」

「口に出てたじゃないですよ。もう。それはいいんです。それで、どうなんですか?」

「あー、多分な」

「お嫁さんとしてですか?」

「…まだ言うか?」

「ですが、若様ももう、結婚してもおかしくない年頃ですし。縁談も山盛り来ているんでしょう?」



 探るような視線で寿の発言を聞いた途端、尚斗は渋面になった。



「そうなんだよなー。嫌だなー、俺。まだまだ青春を謳歌したいんだけど」

「絃さんを気に入っているようですし。だから、そういう発想になってもおかしくないでしょう?」



 むずむずして致し方ない。尚斗の顔じゅうの筋肉は小さく痙攣していた。本人は意識してなのか、無意識なのかはまだ判然としないが、小さな探りと抵抗は、絃を気にしているという何よりの証だった。



(あー、ほんと。可愛いなあ)



 しみじみそう思いながらも、同時に初心すぎて、本人たちだけじゃ纏まるものも纏まらないだろうなとも思う。



「まあ、長年連れ添ってきたおまえがそんなに言うんなら?俺にもそーゆー感情があるのかもしんねえな。無自覚ってやつ?ありゃりゃ。理想と全然違うやつが初恋ってか。まいったねー」



(ぷぷー。笑っちゃいかんが。ぷぷー)



 感情を表に出さない訓練を受けているはずなのだが、もろに出ている。しかし、大丈夫かと危惧するより、よっぽど、嬉しいと感じる。


 必要な時にだけそういうのは発揮すればいい。

 こーゆー微笑ましい事柄の時くらいは、年相応の素直な態度を取ればいい。



「若様が積極的になってくれた何よりです……僕、紙芝居には隠れて行きます。お二人の邪魔になってはいけませんから」

「それはいけない」

「…何故ですか?」


 ずずいと顔を詰めて来た尚斗の常に見ない真剣な顔に、寿は眉根を寄せる。


「あのなあ。まだ俺は自覚してないわけ。それなのに二人きりにされても困るぞ」


(全然困らんけど)


「…往生際が悪いですよ」


(おまえが往生際悪くなれよ)


「いやいや。そうじゃなくて。見極める為にも、普段と同じようにしてたいんだ。けど、おまえが言うから、ちょっとどきまぎしそうだしよ。だから、ついてきてほしいわけだ」


 な、と、鼻と鼻が触れ合うくらい近づければ、渋々といった具合に寿は了承した。尚斗はありがとなと顔を離しては、肩を軽く叩き、んじゃあ、明日はよろしくなと言って、その部屋を後にした。






(……可愛いと思っただけ)


 寿は大きく頷き、明日は頑張ろうと両こぶしを胸の前で作った。








(2019.4.13)


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