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まにまにのほころび/あおあおさくら  作者: 藤泉都理
本編 に 双手腕之瞬
44/45

菊枕




 絃は笑ったまま寿の言葉を聞いた。

 本心だと思った。

 望めば必ず岩石を斬ってくれる。

 自分では未だできない事を今、実現できる力がある。

 そう思わせる力があるのだ。

 だからきっと、


(若旦那様も寿さんを手放せない)


 手放したくないだろう。

 ただひたすらに心地いいと思う人は余計に。


(でも私には、この人の傍は居心地が悪い)


 いい子だ。とても素直で真っすぐで努力家で可愛い。

 なのに何故居心地が悪いのだろう。

 目を背けたくなるのではなく、真っ直ぐに目を見て否定をしたくなる。

 彼を?

 いいや、自分を、だ。


 絃は小さく意識をして息を吸った。

 ただそれだけなのに、とてつもない疲労感を覚える。が。




「いいえ。寿さん。私が斬ります。絶対」




 やわらかい口調だった。穏やかな笑みだった。けれど、撥ね返す意志があった。強く。

 本当はあなたの手は借りたくない、と。

 刹那、寿の脳裏で絃の言葉が木霊する。

 嫌い、と。


(やっぱり、僕自身が嫌われているんだ)


 とてつもなく落ち込む。

 そびえたつ壁がここにあり、どうしたって立ち入れないのだ。

 けれどそれがどうした。

 好かたいが為に手助けたいわけではない。

 この人に心の底から笑っていられる日を迎えてほしいから手助けをしたいのだ。

 例えば、嫌われたままでも。

 例えば、

 例えば、その刻がこの人の最期だったとしても。


(………嫌だけど)


 嫌だけど。優先する。自分の気持なんかより。絶対多分きっと必ず。


(嫌だけど)


 寿が葛藤する心をおくびにも出さず、はいと返事をしようとした時だった。

 絃の手を握る寿の手に強い圧がかかった。

 最初、寿は波が強くなったのかと疑った。

 けれど、海は穏やかなままだ。

 次に、寿は海の生物に掴まれているのかと思った。

 けれど、おもむろに持ち上げて海の外から出した自分の手を握っているのは、絃の手だけ。

 そう、握っているのは、絃の手、だけ。


(あれ?)


 寿は遥か彼方からこちらに頑張って駆け走ってくる動揺心が見えた。


(あれ?)


 勝手に絃の手を握っていたのは、自分だけだったはず。

 自分の手を絃の手は握っていなかったはず。

 でも今は、握られている。握り返されている。

 寿は一瞬、本物かどうかを確かめる為に、大きく手を揺さぶろうとして、寸でのところで止めて、ゆっくり絃を見た。

 途端。心臓を中心として、すべての細胞が強く、波を打った。波は寄せては心臓に返って来て、また広がった。一度、二度、三度と。


「寿さん」


 踏み込まれた。不意に寿は思った。


「はい」

「私はあなたが嫌いです」


 澱みない口調に激しく落ち込むがやはりおくびも出さない。


「はい」

「嫌いですけど、あなたが必要です」

「はい」


 間を置いて噛みしめたかったと、寿は惜しんだ。同時に、こちらに駆け走っていたはずの動揺心はいつの間にか消えている事に気づいた。

 絃は視線を手に落としては、また寿の目へと戻した。

 必要だとの言葉に嘘はない。

 必要だ。居心地が悪くとも、ごちゃごちゃと、ともすれば雁字搦めになってしまいそうな心をただ一つへと導いてくれる。願いを、やるべき事を鮮明にしてくれる。


(ような気がする)


 うん。絃は心中で頷いた。うん。

 うんやっぱり、今の故郷を見たい。


(焦燥は消えないし、ごちゃごちゃまた考えるだろうけど)


 立ち止まってもまた走り出せる。この足が止まったままになる事はないと、どうしてか、断言できる。




 大丈夫だ。




「これからよろしくお願いします」


 絃は二度目の挨拶を寿へと差し出した。今度こそ。本音の。

 よろしくお願いします。

 喜び勇んで返事をするはずだったが、それは叶わなかった。

 絃が五歳児にまた戻ったからだ。

 海に落っこちる前に絃を抱きしめた寿であったが、絃は自分を抱きしめている相手が寿と認識するや嫌い嫌いと泣き喚きながら寿の腕の中で暴れまくった。

 寿は落ち込んだが、どうしてか顔は緩んでいたのであった。











(2023.2.25)



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