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まにまにのほころび/あおあおさくら  作者: 藤泉都理
本編 に 双手腕之瞬
28/45

流星




 初めの意思表示に、動揺がなかったと言えば、嘘になる。

 きつく握られた裾が自分の物であれば、と。羨望がなかったと言えば、嘘になる。



 身内か、身近な人に似ているのか。第一の推測。

 着物が気に入ったのか。第二の推測。

 単純に気に入っているのか。第三の推測。

 竹蔵と貴の間を取り持とうとしているのか。第四の推測。

 尚斗の思惑を汲んでの行動か。第五の推測。



 しかし果たして、いずれの推測が当たろうと、あまり関係ない。

 寿にとって、尚斗が貴に絃を預けようとした事実だけで十分。

 慮る必要はあるが、絃の身の内を測る必要はなかった。



 大体、



(絃さんが初めて意思表示したんだ。尚斗様も後押ししている。拒む必要はどこにもない)

(主の発言に間違いはなし、か)



 柔和な雰囲気に溜息一つ。

 駄々をこねるという一縷の望みは遥か彼方に放り投げだされるばかりか、消滅してしまった。



(あー。腕の震えは止まらねえし。ほんと、思惑通りにいかんな)



 尚斗は隣に立つ寿を一瞥してから、暴力はだめだとたしなめている竹蔵を視界の端に入れながら、悪いがここにいる間、なるべく行動を一緒にしていいかと、曇と滝に尋ねた。



「私は構わないよ。お嬢さんの為にも、貴の為にもぜひ一緒に行動させてもらおう」

「僕は嫌だけど、断れそうにないから仕方ないっす」


 曇は泣き止んでから微笑み、滝は素っ気なく告げる。


「ありがたい。今更だが、休暇中か?」

「そうだよ。君たちに依頼した上司からの褒美でね」

「そりゃあ、悪かったな」

「いやいや、構わないよ。君たちと一緒なら和やかに過ごせそうだし。三人でいると、貴がどうにも幻灰を忘れそうになかったし」

「ああ。それならよかった」

「そうそう。そういえば、お嬢さんの名前はなんて言うのかな?」



 曇は絃に顔を近づけた。漸く貴の裾を放した絃は微かに首を傾げた。答えたのは、竹蔵だった。



「いとです」

「いとちゃんか。貴お兄ちゃんの魅力に気付くなんて、とても聡いな子だなあ」

「そのとてつもなく甘ったるい話し方は止めろ、曇。鳥肌が立つ」



 襟元を掴みにかかる絃の小さな手を、己の大きな手で止めながら、貴は眉根を寄せた。事実、ぞわぞわぞわと、全身余すところなく鳥肌が立っている。



「無理無理。可愛い子と話す時にはね、自然とこの声音になるんだ。特に今回は嬉しさ倍増だし」



 どこから取り出したのか。曇は手に持っていた、外が深緑で内が紅色のクローバーをそっと絃の髪の毛に飾った。



「うん。一層可愛くなった」


 俊敏に取り外して捨てるのではないか。


 貴の予想は外れた。絃はクローバーに触れもせずに、ひたすらに襟元を狙っている。

 クローバーを認識しているのか、していないのか。判別はつかなかったが、どうでもいいと捨て置く。



「つーか、おまえ。どっかを握ってたいなら、肩のとこにしとけ」



 聞き入れはしないだろう。思いながらもそう提案すれば、またもや予想は外れ。素直に肩の着物を固く掴んだのだ。しかも両の手で。身体が横を向いているので、無理なく掴めたのだろうが。

 その小さな手からは想像できないほどの力で握られている感触に、求められている実感に、きゅんと心臓が優しく高鳴った。



(…父性愛が芽生えるだろうがっ)



「別に握ってなくても落っことさないから安心しろ」


 落ちた。この場にいる誰もが確信。別れる際にはきっと人知れず一粒の涙を流すのだ。


「……おい、寿。いとがあいつの嫁になりたいって言ったらどうする?」

「…あらゆる手を使って阻止します」



 大概冗談、あれもしかしてもしかすると少々。の割合での質問に、柔和な態度を崩さず答える寿。ですが、と付け加える。



「もしもいとさんが本気で望むのなら、僕は可能な限り助力します」

「…そうか」



(闘争心燃やさないのか)



 名に恥じないくらい、物事をすべて柔和に受け止める忍びになりつつあるが、危惧が拭い去れない。

 いや、危惧ではないのかもしれない。ただ単に、自分の想い通りになっていないから、拗ねているだけなのかもしれない。

 自分の思い通りになってほしくなどないのだから、今の状況は喜ぶべきなのだろう。



 けれど、



 尚斗はなんとはなしに竹蔵を見た。いつになく神妙な表情だった。何を考えているのか知りたくなって、竹蔵の傍に寄ったら、問う間もなく、竹蔵がこしょりと話しかけた。



「都司さんの下着が見えたから鼻血が出ると思ったけど、出なかったわ」



 絃が裾を掴んだまま持ち上げられた際に、貴の下着を目の当たりにしたそうだ。

 鼻血が出ていない現状に首を小さく傾げる竹蔵に、いや、出ねえだろと尚斗はツッコんだ。



「えー、そうなの。恋する人の下着姿を見たら鼻血は出るものじゃないの?」

「いや、人それぞれだろうし、状況にもよるんじゃないか?大体、今のおまえはいとに重きを置いているだろう。恋よりいとを優先してんだよ」



 竹蔵はゆっくりと瞬いた。



「…そうねえ。都司さんの近くにいられるドキドキももちろんあるけど、いとちゃんを見て嬉しいって気持ちの方が大きいものね。心なしか、楽しそうじゃない?」

「まあ、なあ」



 歯切れの悪い返答を察して、竹蔵は寿を直視した。

 気負いがないようでいて、やはり、そうではないのだ。尚斗はそこを危惧しているのだろうと竹蔵は推測した。



「ぶっちゃけ、感情が飽和しているんじゃないかしら?」

「…だと思うか?」



 竹蔵は一つ小さく頷いた。



「悪く言えば、感情を放置しているって感じ。よく言えば、冷静に判断して掴める感情だけを取り出している」

「……あいつらに任せたのは間違いだったかなあー」

「思ってもない事を言わないでよ、若旦那。決めたじゃない。せめて、ここにいる間は、いとちゃんの思う通りに行動させてあげようって。なに。もしかして。いとちゃんと寿を仲良くさせようとか思ってた?」

「ま。思ってた。好かれると思ったんだよな、寿。まさか誰にも懐かないとは思わなかった」

「そーよね。寂しいわよね。こんな刻くらい、精一杯駄々を捏ねてほしかったんだけど」

「まさか俺たち以外に求めるとはな」

「彼女らしいと言えば、そうなのよね」

「まあ、だなあ」



 視線を交わし合って、苦笑を溢す。



(本当は温泉だったんだけど)



 竹蔵は未だ痙攣している尚斗の腕を見た。次いで、絃を。



 小さくなった絃が持っている記憶が気にならないと言えば嘘になるが、目に見えて取り乱していない以上、こちらからどういう状況なのか訊かない事にしていた。

 問われれば何でも答えるつもりだったのだが、未だ絃から言葉を発せられてはいない。

 日常的に必要な質問には首肯や首否で答えているので、言葉は通じているはず。

 神の試練の後遺症で、姿が幼くなるばかりか音が出せないのかもしれない。

 それも確認を取っていないので、推測の域を超えない。



(そんな中で、まさか強く求めているのが、都司さんか、着物か、だものね)



 正直、拗ねている。




 命をくださいって、言ったくせに。




 どうやら強く求められていたわけじゃなかったらしいと気づかされてしまった。なんとなくは、気づいていたけれど。



「じゃあ、まずは出店を色々と冷やかしに行きましょうか」



 竹蔵は全員に話しかけた。

 本当は尚斗の腕の痙攣軽減の為に温泉冷泉巡りをする予定だったのだが、そうしたら、絃を貴から早々に放さなくてはいけなくなる。ここに混浴はないのだ。致し方なし。



「ごめんなさいね、若旦那」

「いや、構わない。俺だけ離脱するわけにはいかないしな。暫くは大丈夫だ。多分」

「我慢できなくなったら言ってね」

「ああ」



 そうして一行は、まず目についた温泉饅頭の出店へと足を向けたのであった。








(2020.5.1)




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