その想いは未だ蕾にもならず
ひょろりと背の高い少年は、仏頂面で図書館の準備室の隅に居座っていた。
図書館は、王国の指定文化財になっているくらいには年月も経っている木造のアンティークな佇まいの建物で、チーク材で出来た椅子やテーブルは、年月を感じさせる深いこげ茶色。ここで静かに読書をすることが、少年はお気に入りだった。
が、現在少年がいる準備室は、未整理の本や雑誌や木箱が置かれ、窓は厚めのカーテンで深く覆われ、薄暗く埃っぽくて本は読めそうにない。
「…理不尽だ」
冷めた瞳で少年は準備室の扉の向こう側に気を配る。
ほんのり青い遮光眼鏡を鼻の上に押し上げ、たった一つの楽しみさえも奪われた気分で、ますます少年は顔をしかめ瞳を閉じる。
少年の名前は【ファルーク】、通称【虫】。本ばかり読んでいるので、友人達からはそう呼ばれている。
そもそもだ、どうしてあんなに【女】と言う生き物は泣くんだ。興味のない話に相槌をいちいち打つのも面倒くさい。少し前の出来事を思い返して深い溜息。
先ほど、話しかけてきた見知らぬ少女をファルークは無視した。重要な用事ならば返事は自分だって返す。けれど少女が次々と問いかけてくる話はうんざりするような内容ばかり。
「何がすき?」「趣味は?」「身長高いよね」「勉強できて凄い」…なんて実のない会話だろう。
そもそも自分はこの少女の名前すら知らないのに、なぜこんな事を聞かれるのか。
「・・・・」
呆れて言葉も出ない。無言のまま顔を上げて少女に視線をやると、少女は突然泣き出した。困惑したファルークの傍に、今まで少し離れた場所に居たらしい、やはり見知らぬ少女たち数人が押し寄せてくる。
「ひどいわ」「話くらい聞いて差上げても良いじゃないの」エトセトラ。
ファルークは反論する気持ちグっと堪えて席を立った。
そして現在に至る。
「理不尽だ」
ファルークは、己の兄弟たちと比べれば地味な部類だ(ファルークにはなんと5人も兄弟がいる!)。けれども、それは兄弟達の中でだけであって、それなりに顔も整っていたし、身長もある、カレッジでの成績も常に首席、眼鏡の奥の薄いブラウンの瞳はとても理知的だった。少女たちが騒ぐのも無理からぬ事だった。
けれどファルークにはその理由が分からない。ゆえに対応に困る。ただでさえ元々興味のない事に関しては無関心を貫き通す性質でもある。そして、こんな事は結構頻繁に起った。ファルークの中で『女性には関わらない』という認識が出来てしまったのも仕方がない事だろう。
ほとぼりが冷めるまでしばらくこのままかと思うと、ますます理不尽さが募って行く。
「……デイジーがいればなぁ」
思わずこぼれた自分の言葉に、ファルークはしみじみと大切ないとこの少女を思い浮かべた。
半年前、尊敬する叔父さんと共に、遠い異国へ旅立った少女。全ての事に一つ一つ真剣で、真摯に取り組む少女であり、自分を理解する数少ない友人でもある。そしていつもファルークに新鮮な世界を見せてくれる少女だった。
そのいとこがいない今は、ほんの少し何かが物足りない。だからファルークは気を紛らわすように、一番好きな勉強に取り組む。何かを学んでいる時は、そんな事を忘れてしまえるからだ。
ほんの少し少女に思いを馳せて、なぜこうも感傷的になるのか少しだけ疑問に考えながら、ファルークは見なかったようにその感情から思考をそらした。
その想いは未だ蕾にもならず、ただ心の奥に沈んでいる。
いつか花咲くその日まで。
・ファルーク
カレッジに通う学生。16歳。本の虫。
本を読んでいれば満足だったはずが、デイジーとの交流を経て少しだけ人と関わることに興味を持ち始めたばかり。
目の色素が薄いため視力が低く遮光眼鏡をかけている。
・デイジー
ファルークのいとこ。14歳。
見た目は人形のように可愛らしいが、疑問に思ったことは口に出して議論するタイプ。
父親の仕事の関係で海外へ行っている。