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スウと魔神  作者: うらみまる
第一章 エルフの森の狂騒にて
2/5

2...魔神ミィユの檻

「……チッ」

 『神の聖地』にある宮殿の一室にて舌打ちが木霊する。

 『神の聖地』とは通称であり、正式名称は『神仰国家ハルジオン』と言う。

 ハルジオンの宮殿にある一室にて舌打ちをした人物──聖騎士団団長ナルミス・ユウエンはとある魔力の波動知した。それと同時に慌ただしい足音がナルミスの部屋へと向かって響いてくる。足音はナルミスの前で止まり、ノックする。

「入れ」

「失礼します!」

 中に入ってきたのは聖騎士団の若い団員の一人であった。彼は肩で息をしながらも、ピンと背を真っ直ぐにし、ナルミスに報告する。

「《魔神ミィユ》がスキルを使用しました!」

「あぁ、そうみたいだな。……まったくもって面倒な事態だ。だが、動かないわけには行くまい。檻への転送門を繋いでおけ。副団長だけ連れて行く」

「了解しました!」

 一礼して若い団員はドアを閉めるのも忘れ、駆け出した。

「暫く動かねえと思っていたが……なにかあったのか?」

 気紛れな魔神のことを思い出しながらナルミスは考える。今まで「暇だから」や「退屈だった」という理由で魔神ミィユはスキルや魔法を行使したことはあった。弱体化の結界を張ってあり、尚且つ力も全盛期の五分の一にまで減少いるにも関わらず、その強さやマナの保有量は未だ衰えているとは思えない。

 だが、今回は今までの遊びとは段違いの大きな魔力の波長が感じられる。ただ事ではないとナルミスは思う。

 結界が破られている場合であっても、勇者なら戦って勝つことはできるかもしれない。しかし苦戦するだろう。もちろんナルミスと副団長が相手をしても同じことだ。戦闘が行われるのならば、一個師団を率いていっても無駄な命が失われるだけである。あわよくば自分と副団長だけで事態の収拾がつけばいいだろうと、先ほどの若い団員や、最近入ったばかりの団員を思い浮かべる。

「なにも若い命が失われることもあるまい」

 今年四十にもなる団長は無精ひげを撫でる。

 今まで戦という戦はなく、あっても隣国間での小競り合いが少々あった程度だ。世界的に見れば内乱の方が多い国だってある。平和と思われるこの世界でも、各地で戦の火種が燻っている状態なのが現状だ。

 最近は腕が鈍ってきたゆえ、自分も部下達の訓練に参加しようかと思案中だった時に『魔神』が何らかの動きを示したのである。少々不安には思う。

「さぁて、行くとするか」

 物思いに(ふけ)っても時間だけが過ぎる。そう思い席を立ち、壁に立て掛けてあった剣を腰に装着し、部屋を後にする。

 廊下を歩いていれば、いつの間にか副団長のルナン・L・タイルが斜め横を追従していた。

「今回も悪戯だと思うか? 副団長」

「判断しかねます。しかし、反応を見るに非常に多くの魔力を消費した模様――恐らくなにか仕掛けたのかもしれません」

 真面目な顔で淡々と自分の意見を並べるルナン。できる若手というような雰囲気が漂う青年である。

「可能性はあるな――もし戦闘になりそうだった場合、牽制だけに留めろよ」

「殺せ――とは命じないのですか」

「できると思うか?」

「冗談です」

(嘘吐けよ、冗談言う性格じゃあねえだろ、お前)

 心の中でそう呟く。実際「殺せ」と命令を出した場合本当に殺しにかかるであろう副団長を見やる。戦闘能力で言えば、ナルミスよりもルナンの方が上である。

 補助魔法、防御魔法、攻撃魔法、白兵戦技術――どれを取っても一流である。最上位の魔法を無詠唱で連発できるほどの魔力量、魔力操作、魔法の知識を有しているので当然といえば当然だが、才能にかまけず努力あっての力だ。

 ルナンは『勇者種』へと進化するであろう『人間種』の一人だ。

 『人間種』の進化先は『勇者種』と『超越者』に分かれる。

 この世界ではゴブリンに並ぶ程の弱小種族である『人間種』ではあるが、進化すれば魔神にも迫る力を得る――烏合の衆でありながら可能性の種族である。

 『超越者』は個体数が少ないのもあるが、歴史上表に出てくることが殆どないため、記録や文献が合わせて数枚程度の紙束しか残っていない。それに比べ『勇者種』の記録は大量に残っている。しかし、数が少ないのは変わらない。現在観測されている『勇者種』の数は十名。『極北地方(きょくほくちほう)』に三人、『極西地方(きょくさいちほう)』二人、『極南地方(きょくなんちほう)』に二人、『極東地方(きょくとうちほう)』には一人もいない。『中央地方』に二人。そして現在一人の『勇者』が四年ほど前に行方不明になった。内何人かは『覚醒勇者種』へとさらに進化していると推測されている。

 それぞれ冒険者だったり、国に仕えていたりと様々ではある。人間種の上位種にルナンが至れば、神仰国家ハルジオン及び『極南地方』全体の安寧にも一歩近づく。

 ナルミスはルナンを高く評価している。違う所属から引き抜きを行って正解だったと今でも思っている。ナルミス自身『勇者種』へと進化しかけたが、とある事件にてそれが不可能となった。ある意味、自分をルナンに重ねている――自身の意思を託している。

「さて、もう少しだ」

 転移門の間の前にて二人は立ち止まる。

 神仰国家ハルジオンには戦闘部隊が五つあるが、その内の『魔導院』という部隊の管轄にあるのが転移門である。

 転移門はハルジオン国内にてあらゆるところに設置してある。その全てを管理しているのが『魔導院』のである。普通国同士を繋ぐことはしないのだが、例外として魔神ミィユを監禁している森林国家アザレアの森にも繋げられている。

 普段は当番制で誰かしらそこにいるのだが、今回は違った。

「はろー。聖騎士団団長サマ。と副団長サマ」

 部外者がいたというわけでも、当番の者がいないというわけでもなく――当番ではない者がいた。

 赤一色に彩られた服を纏う少女であり『魔導院』の最高責任者――ネネ=オーズがそこにいた。

「魔神のところへ行くんですよね。私も同行してよろしいですか?」

 未成年の彼女はにっこりと少女らしい、愛い笑みを目の前の男二人に見せる。

「急いでいる。勝手にしろ」

 ナルミスはそう手短に許可を出すと、門へと歩を進める。ルナンが後に続き、そして「ヤッター」と音符を浮かべながら(実際に質量を持って浮いている)続く。

 転移門の行き先は『魔神ミィユの檻』――森林国家アザレアになっている。躊躇なく、三人はその門へと足を踏み込む。


 そして三人が見たのは、森林国家アザレアの大臣ビオラと魔神ミィユ、そして名の知らぬ少女が切り株に座って会話しているところだった。

 ナルミスは少女の服装が、過去見てきた異世界人の服装と酷似していたのを思い出し、目の前の少女が異世界人なのではないか、と推測した。顔には幼さが残っているが、身長は少女と定義するには少し高く、なにより胸の発育が良かった。

 しかしナルミスはそれ以上に違和感を感じていた。魔神ミィユの隣に異世界人がいることは異常以外のなんにでもないが、それよりも異常な――なにか名状しがたいモノを感じていた。

 少女の目は死んだ魚のような目――は言い過ぎだが、少なくとも生気というものが欠けているように見えた。まるで生きること自体が退屈で、死にたいと思っている不死者のような、どこか疲れきった荒んだ目。だが、生気とは違う少し鈍い輝きのようなものも感じ取れる。その輝きに呼応するかのようにして少女から発せられる雰囲気――なにかここに喚んではいけなような、なにか取り返しのつかないような、そんなモノの雰囲気。

「おい」

 そんな雰囲気を感じ取って、話しかけてしまったことに少し後悔する。話しかけて、少女がこちらに目線をしっかりと向けてきたとき、その雰囲気は消えていた。

 あの禍々しくも名状しがたいモノが綺麗さっぱりと消えていた。

 ここで始末をつけるかという思案半分、無害であってほしいという願望半分でナルミスは目の前の少女に言う。

「あーっと。あれだ、結界壊した上に大臣様とお喋りしてるってのは……どういう状況だ? これ」

「ナルミスよわらわは幼い頃のお主を知っておるぞ。確かお主のおねしょが治ったのはご」

「おいおい、もう俺は四十超えたおっさんだぜ? しょっぼい脅しなんてのは口にしないでくれるか? 一応こっちも命懸けで来てるんだからよ」

「簡単に言うとの、このスウと出会い、結界を壊してわらわはこれから旅に出るといった具合だな。」

 むふんと胸を張るミィユ。

「なに、心配せずともよい。国を破壊したりなどはせぬし、もしわらわが暴走しそうな時は親友であり相棒のスウが止めてくれる」

 ぽんぽんとスウの頭を軽く叩き、ナルミスの目を見る。

 いつもの冗談や冷やかしなどではなく、真剣そのものな眼差し。しかし相手は『魔神』と恐れられた存在――そう易々と了承はできない。そんな思考を巡らせていたナルミスに一つの案が飛び出た。

「ならば、あなた方の誰かが監視として『魔神』と、こちらの少女スウさんと言いましたか。この二人を監視するというのはいかがでしょう」

 発言したのは大臣のビオラだった。無表情の仮面からは何を考えているのかを読み取るのは難しい。しかし案自体は真っ当なものだった。

「しかしですな。我々三人はこれでも一部隊を預かる身。おいそれと気軽に監視の任に就くことはできません。だからといって適当な者に任すのも荷が重い」

「でしたらこちらで信用できる者を付けるといたしましょう。それまでの間だけお三方の誰かが見ていただければ。こちらとて厳選する必要もある上、そちらが信用できる者を選定せねばいけませんからね」

 それなら、と少し考えるナルミス。問題は三人の内の誰を付かせるかだった。しかしその悩みはすぐさま解決する。

「はいはい! 私がやるよ。丁度休暇を頂いちゃってるし、我が部隊『魔導院』のお仕事は研究、検証、研鑽だからね!」

 元気に手を挙げながら立候補する者――ネネがいた。実力としては申し分ないし、魔法を得意とするミィユ相手ならば同じく魔法を扱うネネの方が適任という。色々ともみ消しも効く。

 しかしまだ成人したての十八歳の少女である。精神面に不安は残るが、そこは若さでなんとか補ってくれるだろう。そう思い、ナルミスに異論はなかった。

「……まあ、お前も一端の(おさ)だからくどく言わねえが。気ぃ抜きすぎるなよ」

「はいはい。わかってますってー」

 


「ふむん。なにやら勝手に話が進んでおるようだぞ。スウよ」

「難しいことはわからないのでおまかせでいいんじゃないですか?」

「それもそうよなぁ。ここで口出しすると面倒そうだからの」

 スウとミィユは当事者であるにも関わらず、自分達の扱いを周りの見知らぬ人達に任せている。

「早く冒険に出たいですね」

「そうよな。しかし……しばらくはこの森で過ごすことになろうな。アザレアとしてはなにもせぬであろうが、ハルジオンの方はかなりの動揺が響き渡るであろう。わらわの知ったことではないがの」

 まるで他人事のように、雑談に興じる二人であった。

「それでは、アザレア内で監視役を見繕うまでの間、そちらのネネ=オーズ殿が監視を暫くする、ということでいいですか。お二人は」

「かまわぬよ」

「あ、どうもです」

(やった! 女の子が護衛についてくれる。ラッキー)

 スウは露出度の多いネネを見て鼻の下を伸ばしたのだった。

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