第17話:母
「南、着いたぞ」
「………」
そこは昔よく通った病院だった。
「…懐かしいな」
見渡せば何も変わっていなかった。病院の向かいにある小学校…俺はあそこに通ってたんだな…
「学校は来週の月曜日から来い」
「…はい」
「それじゃあ、親孝行してやれよ」
先生はそれだけ言って、帰っていった。
「……」
そうだったな…今から母さんに会うんだったな…
病院の中に入った俺は受付で南陽子の病室を聞いた。
「南さんの息子さんですか? お母様なら四階の403号室にいらしゃいますよ」
俺は403号室に向かった。
(403号室 南陽子≪みなみようこ≫)
この部屋か…そう思いながら控え目にノックした。
コンコン
「…はい」
ガラッ
「……」
そこには少しやつれた母さんがいた。
「…太陽」
母さんは目を見開いた。俺が来るとは思ってもみなかったんだろうな…
「…大丈夫なのかよ」
「えぇ、大丈夫よ」
「………」
「………」
やっぱ、帰ってきた意味ないな…。特に会話もすることもないし…
「まさか、来てくれるとは思わなかったわ」
そう思っていた矢先、母さんが話かけてきた。
「………」
「あれからたぶん一生会わないんだろうと思ってたのに…」
「…俺も一生会わないと思ってたよ」
「……ありがとう。来てくれて」
「……母さんもそんなこと言うんだな」
「どういうことよ?」
「来ても適当にあしらわれると思ってたからな」
「そんな親なんていないでしょ?」
なんなんだ? この感じは…
「ほんとに母さんか? いつもはもっと俺に無関心だろ?」
「無関心? そんなわけないじゃない」
「学校の行事とかも、全然来てくれなかっただろ?」
「それは仕事が忙しかったから」
「じゃあ、なんで一人暮らしがしたいって俺が言った時、簡単にいいって言ったんだよ?」
「それはあんたがしたいことを優先的にさせてあげたかったから」
「……っ…」
嘘だろ? こんな人だったか?
「関心がなかったわけじゃないわよ…だけど仕事ばっかりしてあんたを見てなかったのは事実…」
「………」
「私が16歳で妊娠して男は逃げていった。…母親と父親にも反対された。…でも、それでも、あんたを産みたかった。…かけがえのない命だから…産んでからはあんたを幸せにするために働いた。…それだからあんたを見る時間がなかったの…あんたが私を子育てに関心がない親だと思ってたなら、ごめんね」
母さんがそんなこと考えてたなんて思わなかった。確かに母さんは毎日、朝も夜も働いて……俺を少しでも幸せにするために…
「…母さん」
「なに?」
「ありがとう。倒れるまで働いてくれて…」
「いいのよ…」
俺は母さんを誤解してたんだな…。俺は母さんのことを見てるようでちゃんと見てなかったかもしれない。母からの愛情表現がないだけで、俺は愛されていないと思っていたんだ。母さんは寝る間も惜しんで働いていたんだから、愛情表現をする時間がなかった…ただそれだけだった。
「それより、二年ぶりに帰ってきたんだから友達にでも会えば?」
「…そう…だな」
一番気になるのは光だ。中学の卒業式以来、顔も見れていない。
―――…光、会えるならもう一度会いたい―――
「じゃあ、行ってきなさい」
「もう少しここにいるよ。一応、母さんの見舞いに来たわけだし」
「だから、別にいいのよ! 私はこういうしみったれた感じが苦手なのよ!」
そう言われて、俺は母さんの病室から出ていった。
やっぱ、無関心なんじゃないか? 聞くこともっとあるだろ? 学校どうだ? とか、一人暮らしは大丈夫か? とか、まあいいか…
「一旦、家に帰るか…」
………
「うわっ、汚ね!!」
俺の実家のアパートはゴミが散乱していた…
「俺が出ていってから、全く掃除してないんだな…」
俺の部屋は2年前とまったく変わっていなかった。
まぁ、変わってるわけないか…。母さんのことだし、全くいじってないんだろう…
「眠いな…」
そういえば昨日から一睡もしてないな…
「寝るか…」
俺はベッドに倒れこんだ…