覚悟のない暴露
感想くれ~
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ハッキリとした空気が読めなかったメイは別の手段を選んだ。
朝なら確実に親父の翔一は帰ってきて、いつも家族で食事をとる。
今の親父だったならメイにはまだ警戒心をいだいてないかもしれないから、きっと上手くいくはず。
彼女は佳織に気づかれないよう、こっそりこっそりと父のビデオカメラを夫婦の寝室の押入れから引っ張り出してきた。もちろん後でバレたら大変、部屋に入ったときの状況から押入れの中の配置まで全て頭に叩き込み、音も無く、痕跡も残さず部屋を後にした。
「お母さんおやすみ」
いつもどうりの挨拶を済ませ、あたしはベッドに入る。大丈夫、母親は何も気づいていない、明日はいつも通りの明日と思っていてくれているはずだ。
ベッドに入ってからしばらくして親父の翔一が帰ってきた気配がした。一人晩酌をし、お風呂に入ってから休むのだろう、あたしは意識の何処かで罪悪感を持ちながら、寝静まるときを待つ。
うつらうつらとしているところに、耳の痛いほどの静けさが訪れたところでメイはパッチリと目を覚まし、起き上がった。
衣擦れ、足の運び、ドアの開け閉め、呼吸、全ての気配に注意した。隠し切るのだ、きっと大丈夫、翔一が不倫なんかするものか。
キッチンの配置を確認し、設置する位置を何度も何度も確かめ、カムフラージュを極限まで装った。配線には気が付かないよう工夫を凝らした。リモコンの操作の手順のおさらいだって完璧。
全ての仕事を終えると、どっと疲れの出たメイだったが、明日の朝寝坊するわけにはいかない。覚悟を決め、そっとキッチンを後にした。
「ちとー起きろ」
そういって千富の部屋に入り、弟を起こすのはメイの役割だ。
「はよ……姉ちゃん」
少しは自立の準備が出来ているのもこの弟のおかげだ、弟の世話を母親から自然に教わるようになって、生活が自然とそうなった。
いつもより少し早く身支度を整え、あたしはキッチンへと向かう、戦闘開始よ。
「親父、はよ」
「おはよう」
父は案の定先に起きていて、新聞を広げている。いつも通りのいつもの挨拶、そんなそぶりは見せない親父だ。男って案外表情から考えてることがわかりずらいね。
「おはようメイ、千富起こしてくれたかしら」
「すぐ来ると思うわよ」
いつもの日常の光景だ。この日常が今日も明日も続きますように。
「アーもうお父さんったら、朝食時に新聞広げないでっていつも言っているでしょう。メイこれ運んで、それから……」
いつもの生活の中で、最近翔一はスマホを胸のポケットに入れていることをメイは知っている。正面に向き合って、今日もそれが間違いないことを確認すると、彼女はそっとリモコンのスイッチをテーブルの下で押した。
RECの始まりね。
いきなり初日で録画できるとはメイは思っていなかった、そう簡単に分からないと思って長期戦だって覚悟していたが……以外にもあっさりとスマホを取り出す翔一。
その日の朝ごはんはパンだったから、片手でパンを齧り、片手で新聞を読む親父だ。
だがパンを食べ終わったとき、右手でスマホを取り出し、新聞に隠すように左手で新聞と一緒に持ち、暗証番号をフリックした。
成功! 成功よ、内心メイはほくそ笑んだ。
メイの狙いは親父翔一のパスワードをショルダーハックすること。もし翔一が不倫しているなら、絶対にスマホに痕跡を残しているはず。その一点に賭けたのだ。
昨晩設置したビデオカメラの位置からハッキングの成功を確信したメイはそっとリモコンを操作し、録画を止める。
その晩、またもや誰にも気づかれないようビデオカメラを回収したメイは、そのデータをPCに移し変え、ビデオカメラのデータを消去し、またもや完璧にもとの場所に何の痕跡も残さず戻したのだった。
そうしてその日の真夜中、そっと夫婦の寝室に潜り込んだメイは親父のスマホを発見(なんて無防備にも枕元に置いてあるのだろう! これでは母の佳織にすぐ手に取られるじゃない、ま、無防備って事はやましい事何もないのかしら)、すぐに自室に戻り、そのパスをハッキングさせることに成功する。。
「ゴクリッ」つばを飲み込み、先へ先へと焦る気持ちが隠せない、この時の彼女は暴いてその先どうするかということなど考えてもいなかった。
メールにはパスがかけられていたけど、さっきのパスと全く一緒で単純、無防備なものだ。男って単純。
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ショーちゃん、この間のデート素敵だった
夜なんかあんなに燃えたの始めてかも
次ぎ逢えるのが愉しみで
奥さんには内緒だからね
大好きです はぁと
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翔一さん、この間はありがと はぁと
ショーちゃんといるとしあわせ
でも時間が全然足りなくて
もっと一緒に居たかった
もっといっぱいチューしたいよ
次はいつ遭えるの
連絡待ってます
わがままばかりで、ゴメンね
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もうショーちゃんたらHなんだから!
この間一緒にとった写真写真添付します
うふ、は・ず・か・し・い?
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どこかのホテルの一室だろうか、二人のいちゃついている写真を見たところであたしはそれ以上のメールのチェックが出来なくなってしまった。
「黒だ……真っ黒だ」
信じてきた親父は不倫をしている、地面がガラガラと崩壊していく音が聞こえるメイだ。その音のもの凄いことといったらない。今まで聴いたこと無い音量。どこに立っているのかさえあやふやになり、そのまま床にうずくまってしまう。
もし親父が不倫していたらと考えもせずに覗いてみてしまったメール。
何も後先考えずに、覚悟も無いまま好奇心というか暴いてみたい心理に突き動かされた結果はメイをとことん苦しませる。このままでは家庭が崩壊してしまうかもしれない。二人が離婚するかもしれない。千富と生き別れになってしまうかもしれない。施設に入るかもしれない。
そんなことは絶対に嫌だ。
誰にも家族にも話せない秘密を抱え、その晩あたしは左手首に小さく小さく傷をつけた。痛くは無い。
赤い一筋の血の痕は、親父の穢れた血が流れ出たように感じさせ、彼女を生ぬるく落ち着かせてくれるの。
バンソウコウ一つで隠せる程度のほんの僅かの自傷。そのおかげでよくも最悪の環境でも寝れたわ。
朝が来た、いつも通りに弟の千富を起こし、いつもの挨拶。
「ちとー起きろ」
昨日と同じに寝ているコイツが憎い。
「はよ、ねえちゃん」
身支度を整えてキッチンに下りる、大丈夫いつも通り振舞うだけ、何かちょっとでも不審に思われてみろ、佳織に心配かけてみろ、お前のせいで家庭は崩壊するんだメイ。
「親父、はよ」
「おはよう」
親父の声一つとってもメイには気に食わない、
「アーもうお父さんったら、朝食時に新聞広げないでっていつも言っているでしょう」
なんでこんな奴の心配を佳織がしなくてはいけないのだ、メイは母親にもムカついてしまう、
「メイ目玉焼き運んで、あとシラスと納豆もね」
いまここでぶちまけてやろうか、
(助けてあたしの自尊心)
勘弁してよね、こんなこと聞かれたらどうするつもり、メイ心にも思ってはダメ!
いつも通りがどういうものなのか分からなくなりながらも普段どおりに振る舞い、そして登校するメイであった。
「おはよメイ、どした昨日ラインも返してくんないじゃん」
「あ、べつに」
「なんか感じ悪いって思われるよ」
返信すらするのもメンディー事だってあるでしょ、こっちはいま家が大変なの。ということは飲み込んでおいて、
「ゴメンゴメン、次ソッコーで返すから」
適当に相づちを返しながらメイは思う。
この子があたしの立場だったらどう思うのだろう、やっぱり誰かに話したくて相談したくて、気が気じゃなくなるだろう。話して分かって欲しくて、大丈夫私はあなたの味方だよって言って欲しくて、許して欲しくてどれだけすっきりしたいか分かるだろうけど。逆にあんたの立場だったら友達の不幸を泣いた振りして裏でこっそり、いや堂々と他の友達と噂しあいしゃぶりつくすだろうな。
特にこんなゴシップネタ、おいしくて仕方ないよね、あたしだってそう思うもの。大変だね可哀想だねって口だけは言うけど絶対面白がるもの、人の不幸は蜜の味だからね。よっく分かってる、こんなときふと喋ってしまった子の末路を。いつだって女の敵は女。
目の前真っ暗闇に塗りつぶされそうになりながら、それでも適当に人付き合いをこなしていかないといけないのだ。
朝のホームルームの時間は家の記憶が蘇える、担任が千葉唯香の石鹸の匂いで満たされるから。クラスの男子はおちょくってソープ嬢なんてからかっているけど言い得て妙、それくらい石鹸のかおりがする。あたしたちにはもう慣れっこになっていた。
唯香先生の受け持つ科目は現国と古文で、その日は一限目から現国だった。
扱う内容は漱石の『こころ』、よりにもよって何でその中身?
なにしろ特別に視聴覚室でこの作品の映像化された作品を見るという、先生独自のアイディアの日なのだ。よりにもよって、何でこんな時にそんな物を見せられなくてはいけないのだろうか。
憂鬱な気にさせられるメイだ。
「神鳥谷さん? メイさん? 少し顔色わるいわよ、大丈夫かしら?」
ぼうっと考え込んでいるメイに顔を近づけてくる唯香先生、
「だ、大丈夫です……?」
むせ返るようなミルキーな石鹸の芳香にくらっとなる。これがこの先生の女子力なのだ、たまに男子に抱きつかれることもあるくらい色気がある。女子力たっか!
何かがこの匂いで忘れているのを思い出しかけたメイだったが、思い出せない、よくあることか。
気分が優れないなら保健室で休んでいてもいいのよと気遣われるメイであったが、余計な心配かけたくなかったので、視聴覚室に行き、映像を視聴する。
ドラマのラストのあたりで、先生がどうなってしまうのかの暗転のところ、ふとあたしは唯香先生の顔を見た。
なぜかメイの左手首のキズが何かをささやきかける様にうずいた、不思議。
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