第一章:闇はただ、静かに目覚める
人には欲というものがある。
表に出ている欲もあるが、人間本来持つ欲が心の奥底で眠っている。
絶対的な愛、満たされ続ける温もり、束縛、殺人、自由・・・等々。
表の欲は光。
眠る欲は闇。
この境界が交わった、その先には何があるのだろうか・・・。
第一章 闇は、ただ静かに目覚める
二人の少女の手によって血渋きが二つの異なる場所で辺り一面を真っ赤に染める。
繰り返す残虐。染まる血。手に染みついていく血。
そんな少女でも普段は街で遊ぶ平凡な少女である事には変わりない。
―
都会の路地裏、ひっそり佇み、違う空間にも見える古いアパートの二階へ向かう青年がいた。青年は[狗瀬 優]。このアパートの一階に住む青年だ。そして、このアパートには偶然にも優と二階の端っこの部屋に住む少女しかいない。優は二階の少女を気にかけ、毎日のようにノックをしにいっていた。そして、今夜もまた、その時間である。優は部屋のドアにノックをした。 ギイイ・・・と言う古い音を立てながら戸は開いた。中からは、ここの住人の少女[亜紀羅]は、優の顔を見るなり嫌な顔をしてみせて「なんだお前か」と言って部屋の中に優を入れた。
「今日は何の用?」
「いつも通り様子を見に来ただけだよ」
「そうも毎日毎日・・・お前は私のお母さんかよ・・・」
「亜紀羅にしてはなかなかの発言だね」
「それはどうも。全く嬉しくないね」
亜紀羅はそう言い残してそっぽを向き、優は部屋にあるテレビをつける。何年も一緒のアパートに住み、何年も通っているので遠慮はいらない。遠慮しようものなら亜紀羅が怒るだろうから遠慮はしない優である。
『次のニュースです。一昨日から続いている怪奇な殺人事件に新たな被害者が出ました・・・』
つけたTVからニュースが流れ、優が耳を傾けた。
「なんで殺すのかな? 理由はどうであれ、犯罪は犯罪なんだけど」
「優」
優の一言に亜紀羅は突っ込んだ。
「先に言っておく。 殺すということは人間の本来持つ[欲]なんだよ。そして、それを今の人が忘れているだけ」
「亜紀羅・・・変なこと言うな」
「変ではない。現実的だ」
「はいはい」
亜紀羅は時頼、おかしなことを言う。それも焦点が定まらない虚ろな目つきで。何故かは分からない。 優はしばし、ニュースから目を背けて亜紀羅の事を考え始める。
・・・亜紀羅は目の前で着替えている。
「・・・・あのさ、亜紀羅」
「何?」
「僕の前で着替えるなよ・・・・」
「着替えているだけだけど?」
「・・・・」
おかしな事を言う他にこういう所のピントがずれている。
「普通は恥じらう物だ」
「そうか。まあ、気にするな」
「気にするわ!」
優の言い分は一切無視で亜紀羅は淡々と着替えた。
数分後・・・。
「少し、出かける」
「はあ? 今、何時だと思って・・・」
「それがどうした? 人の散歩を邪魔するな。じゃあな、勝手に帰れよ」
そう言うと亜紀羅は部屋を後にした。
「・・・帰ってくるまで留守番としてここに泊まるか」
優は帰宅を待とうとここの番犬をすることにした。
翌日。
亜紀羅は帰ってこない。優は不安な気持ちを抑えて一旦、自室に戻って服装を整え、再び亜紀羅の部屋に戻るが帰っていない。 不安な気持ちであるが今日は派遣先の職場に初出勤であるからに遅刻は出来ない。不安な気持ちを部屋に置いてアパートを後にした。
・・・・・
不安な気持ちは消えない。
仕事、仕事と意識し紙切れに書いた落書きのような地図を頼りに目的地へ向かう。
―
「ここ・・・なのか?」
辿り着いたのは先程まで気にしていた事を思わず吹っ飛ばすような外観を持つ京都の古い家のような建物。本当にここなのかと疑心を持ちながらドアを軽く叩くと中から「どうぞ」とどこか冷たい女性の声が返ってきたので確かなのだろうと入る。中に入ると部屋は意外にシンプルだった。いや、そう思えたのは外観が長屋みたいだったからかもしれない。
玄関を開けて左手にまたドアがある。そのドアの向こうから声が聞こえたのでこのドアを開いた。中は普通でドアの前の社員の机がバラバラに並べられていて、その奥にはえらいさんらしき人の机。その横には休憩できるようにされたような長テーブルと少しリッチなソファーが置かれていた。 しかし、窓際とそのソファーにその場にはあまりにも似つかわしくない人がいる。
窓側にはだけた着物姿で立っている女性。そして、ソファーには見るからに怪しい人が試験管を広げていた。周りの状況を確認していると着物の女性は挨拶をしてきた。
「坊や、よく着たね。私は柊 紀龍。ここの所長だ。よろしく。
それと、紹介する。 亜紀羅、客人だよ」
パチン
窓側で柊が指を鳴らす。優は【待てよ、[亜紀羅]なんて・・・】と思った。そう考えているうちに先ほど優が入ってきた。察した通りの[亜紀羅]が現れた。
亜紀羅と優が同時に「お前・・・」、「亜紀羅・・・」とお互いの目が合った。
「なんだい。知り合いかい。まあ、いいだろう。じゃあ、残りを紹介する」
柊は面白くねーのと言わんばかりにソファーで試験管を広げている何者かに目をやった。
「紫亞夢」
「ん。 俺は情報屋の[紫亞夢]。よろしく」
「僕は[狗瀬 優]です。こちらこそよろしくおねがいします」
シアムが首を頷かせた。
「よし。 じゃあ、さっそく朝の会議をするか」
本当に軽く挨拶をして、柊は話しを切り替えた。
「ニュースでもやっているが、つい最近、奇妙な殺人事件が続いている。その話だ。
ニュースでは犯人がバラバラだとか言っているが全員バラバラ。しかし、ばらまいた種は一つだ。まあ、とりあえず今の事件を推理していこう。
一つは調べたところ、全員同じ家族だったから身内の惨殺。もう一つは墜落殺人だ」
優は事件の内容の反応とは裏腹に聞いたことない単語に柊に問いかける。
「あの~・・・[墜落殺人]って何ですか?」
柊は優に対して素直に教えてくれた。
「[墜落殺人]とは[人を高所から落として殺す]と言う事だよ。これはここでの用語だから伝わらないのも仕方あるまい」
「ありがとうございます」
パンパン
柊は手の平を叩き全員、柊の方に振り向かせた。
「話しを戻すよ。そんな事件がこちらにやってくるとなるのは、さて何年振りか」
「つまりは[式]の犯行ってことですね、柊譲さん」
「お見事だ、紫亞夢」
「式・・・?」
「おお、失礼。坊やは、はじめての単語だったな。説明しようか・・・。
[式]とは[人間が本来持つ欲を開放し暴走した者]。 つまりは欲狂いだ。
ちなみに私は人であって人ではないんだ。亜紀羅もな」
「は?」
何を言ってるのか分からないと、優は口をぽかんと開けた。
「私は知恵の杜。つまりはエルフの血を引く魔術師だ。信じがたいだろうけどな。
それは、目の前で見てから信じればいい。
亜紀羅は式姫。式とは逆の存在で式の欲を破壊し人間に戻す存在。簡単に言えば[浄化の巫女]だ。しかし・・・大半、殺さなければいけない。バカは死んでも治らないってのと同じでね。
でもって、亜紀羅は欲など全てないが故に[完全なる人間]とどういうわけか呼ばれている。私にはそうとは思わないがね」
「え・・・・あ・・・んん・・・?」
「ここは、この世界の警察組織の公安で手に追えない事件を内密で解決するためのシークレットミッション部のようなもんさ。普段はただの探偵事務所だから通常の人間が来るのは普通だが・・・滅多に働き手がやってこないから働くとなったのは何かの運命と思ったが亜紀羅と仲良しなら分からんでもないな」
「いや、それ以前に話がついていけません」
「さっきも言っただろう。それは自分の目で見てから信じろ、受け入れろと。
今は無理せんでいいぞ。今はただの情報まとめ役でいい」
「あ、はい・・・。あと、聞いておきたいのですが、何年振りってどういうことですか?」
「ああ。亜紀羅と紫亞夢と出会う前にも一度、こういう事があったってこと。それ以上はない」
「そうですか」
「そうなのです~。
じゃあ、はい、質問コーナーおしまい。紫亞夢はこの2つの捜索。優は紫亞夢の集めた資料を纏めて」
柊が再び手を叩き言われた通りの仕事をはじめる。
柊はちょっと、と言って部屋を出た。
「アイツがまた戻ってくるとはね・・・。欲の力は恐ろしい」
―
深夜12時・・・
街外れの廃墟と化した屋敷の庭が見える部屋に2つの影と2つの声。
「お願い、許して!」
老けた女性が必死になってその立っている少女に謝るが少女は聞こうとしない。少女は吹けた女性に刃物をチラつかせていたのだ。
「私の存在はなんだったの?それで今更そんな理屈ですか? もう通じないわ・・・もう遅いのよ! お願い・・・死んで。もう、目障りよ母上様・・・。いるだけで心が痛いの」
「嫌よ。そんなこと言わないで頂戴!夢ちゃん!」
「夢・・・・?!ふざけた事を言ってくれてんじゃないわよ。私は・・・私は・・・千歳よ?」
「違うわ! 今までの寂しかった思いは全て、埋めてあげるからね。家族でしょ?分かるでしょ?」
「・・・家族? フフ、皆~皆~真っ赤になっちゃったわよ。温かったわ~。
家族って温かいのね。気持ちよかったわ」
「あなた・・・」
「私が生きてきた理由は家族全員の温もりが欲しいの」
「夢・・・真っ赤って・・・殺したのね・・・犯罪よ!?」
「今さら説教? 何よ・・・。 温かみをくれると言うなら、死ね!」
「あ・・・ぐぐぐ・・」
少女は母を名乗る老けた女性の首を絞める。
「いいわ・・・その顔。では、本当に死んで頂戴な」
少女は冷淡な笑みを浮かべて、首から離した右手を変形させた。
「ひいい!何!?」
「死ね」
「がッ・・・」
少女は子宮に向かって右手を刺した。そして、お腹は別の生き物のように蠢く。刺した右腕が変形し中で内臓を食い破っている証だ。
「温かい。温かい・・・わ」
千歳は冷たく喰われる死体を嘲笑った。
同刻にて
街の夜景が美しく見える街の展望台。
そんな高い場所に髪は黒くて長く、白いワンピースを着た女性が空を見上げて立っていた。その女性の前には何かを求めた男性や女性がいる。すると・・・一人の女性がふわりと風のように地上へ墜落をした。
・・・・・・・・・
普段、聞きなれない音と共に地上にたどり着いた。女性は人とは思えない姿だった。墜落した衝撃で顔や胴体はグシャグシャで血が溢れ返っていた。また、その周辺には死体が山積みで血まみれだった。見上げていた女性は笑った。
「これが空を飛ぶってことよ・・・。束縛から解放されるってことよ」
-
優は解けぬ緊張を持ちながら事務所に入室した。柊は所長席。紫亞夢は事務ソファー。亜紀羅はいない。
「おはようございます」
「お~・・・来たか。さっそくだけど、そこの紙の山をまとめてくれ」
「はい」
柊の席に募る山のような紙。優は席に座り、共通点など見つけて、いろんな視点に分けながら整理していった。しばらくするとシアムは立ち上がり、柊の所に数枚の紙切れを持っていった。
「惨殺は柊嬢さんが言った通りだったよ。自分の家族を殺している。しかし、最近は兄弟のいる家庭をつぶしている。 墜落殺人犯は、ただ見下ろしているだけような感じです」
「家族か・・・一人の家庭状況を調べろ。野崎のIDでハッキングだ。1人は見下しているわけではなさそうだ。祝福だ」
「祝福?」
「二人の共通点。まだ、少女だ。少女はデリケートだ。
思春期を越えた少女は、よりデリケートになり、傷つけやすくも嘘を飲み込むこともたやすい。だから欲に素直になりやすい」
「なるほど」
「柊嬢さん! 惨殺の少女の顔を分析して調べたら父親が年数単位で変わっています」
「ビンゴ。 つまりは、その少女は温もりが欲しかったんだよ」
「ああ~なるほど」
「年齢はいくつだ?」
「13歳ぐらいで名前は、白河 夢」
「やっぱりな。その年齢は特にデリケートな時期だ。母親は恐らく男遊びが酷くて、何度も何度も結婚しては離婚してを繰り返したのだろう。 父親の入れ替わりが心の負担と寂しさ。 故に温もりが欲しい。そんな欲なんだろう」
「ああ~そういうこと。確かにその年齢って反抗期とかありますからね」
「そうだよ、坊や。もう一人は?」
「墜落殺人は・・・名前は、徒坂 幸希。年齢は同じ。彼女は天才美術家らしく本人も夢を持っていたが、作品が幼いと打ち砕かれたそうだ」
「ビンゴ。空を見上げていたのは自由への求めだったんだな。ただ、その時はどうすれば空を飛んで自由になれるか分からなかった・・・」
「分からなかった? それに集まった人に何が関係するんです?」
「自殺者に見えた彼女を助けようと集まり、少女の話を聞き己の人生話をして人生こんなもんだよとアドバイスをする。その人生話が自然に本来の心を引き出していて、それを聞いて【この人は自由になりたいんだ、空を飛びたいんだ】と認識した幸希は自由になる方法があるとその最初の一人にうまいこと言って空を見上げさせて・・・落したんだ。意志でなく式の能力が。彼女はそれではっとしたが心地よかった。これで何も束縛する物はなく自由へ翼が広げられたと、救えたと。それから空へ飛ぶ翼を与え始めたのだよ」
「なるほど。死=空を飛び、自由を得る・・・ただ、死ぬだけなのに」
「そうだな。
坊や、この推測など、全て纏めて野崎に送っておけ。 ああ、野崎ってのは公安本局の私らの伝達係だ。PCの中にメールアドレス入っている」
「はい」
柊は、それから喋らず、シアムも喋らず黙々と作業をこなしていった。
-
仕事が終わった。家に帰ろうと歩んでいく。
「・・・」
「・・・」
歩む道は同じ。家も同じ。二人一緒の職場であればこういうのも不思議ではない。
ガチャ
無言の中、アパートに着いた。亜紀羅が何か合図をしたので亜紀羅の部屋に行った。
そして、いつもの部屋に入った。何の変わりもない殺風景の部屋。
ストンと柔らかに畳みの上に二人は座った。
「何故、人は空を飛びたがる?」
いきなりだった。何を思ったかは分からないが亜紀羅の質問に答える優。
「僕は[憧れ]かな」
「それも1つの理由だな。
他にも[美しい]と思うからだ。矛盾がなく澄み切っているからだ。夜も朝も昼も。時間は進むが矛盾が無いことには変わりないからだ。じゃあ何故、人は自殺をする?」
「死にたいから」
「まあそうだな。でも人間の奥深く眠る欲には[空を飛びたい]という欲がある。つまりそれだ」
「飛びたいから自殺するのか?」
「いいや。 絶望の先に求めるのは自由だ。だから何もない空に自由を求めて飛ぶんだ」
「・・・確かに、空は自由だよね」
亜紀羅の言っていることは、あまり理解できない。たぶん、初仕事の疲労のせいだろうと思い、何も考えず淡々と会話を流した。ふいに頭の中にカレンダーが思い浮かんだ。
「明日、休みだ」
「出社したてなのに休みなのかい? あいつもあいつで甘いな」
「そうだね・・・。まあ、土曜だし休みたいんじゃないのかな?」
「ばっかばかしい」
「でも、せっかくの休みなんだからさ明日さ一緒に出かけない?」
「・・・」
亜紀羅は、何言ってんだと言わんばかりにあっち向いてホイだったがちゃんと優の聞いていたのか手を大きく振り了解のサインを出した。
バサッ・・・
「な、なにしているんだ!?」
了解サインを出したか思えば目の前で亜紀羅がショーツ一枚になり、なんと、寝転んでいた。
「亜紀羅・・・」
「ん? ああ~・・・! 私、風呂は朝しか入らない。シャワーも」
「そうじゃなくて!」
「一緒に入りたいのか?」
「女の子が男は前でショーツ一枚はないだろう!」
「・・・欲情したか?」
「当たり前だ!だからやめてくれ」
「そうか」
バサッ
「うわッ!何すんだ」
「布団一枚しかないから一緒に寝る」
「え・・・この状態で・・・」
「ああ。お前なら何の問題もない」
【充分あるんですが!】
「んじゃ寝るか」
【おーーい!】
亜紀羅は優を蹴り倒し、布団をかけ直してゴソゴソ布団の中に入ってきてわずか5秒ほどでいい寝息を絶てて眠りについた。恋人ならばここで襲っている。それに普通、可愛らしいけど美しい女の子がショーツ一枚だったら誰でも欲情はする。それをグっと堪える。懸命に。けれど体を見てしまうと赤くなってしまいそうだ。だって・・・小さいが人並み程度はある胸。鮮やかなラインのくびれ。肌はとても白い。それを汚すように散らばった美しい髪。とてもじゃないけど我慢は出来ない。そこは死ぬ気で我慢をして眠りについた・・・。
「うぐぐ・・・」
―
その平穏な時のどこかで二人の少女は何の躊躇いもなく殺していた。
グシャリ・・・
聞きなれない音
「ああああああああああ」
聞きなれない悲鳴
グシュリグシャリ
聞きなれない肉の音
ブシャアアアアアアアアア・・・
見慣れない赤の噴水
それらが[殺す]と言う事になるのであろう。
二人の少女は次へ、次へ、次へと何もないように殺していく。
もう、後戻りはできない。
翌日。
シャワーの音で優は目覚めた。時間は遅くも早くもない9時だった。
亜紀羅はシャワーを終えたようでショーツ1枚で出てきた。
「おはよ」
何もないように挨拶してきて、優は亜紀羅から目のやりばに困って亜紀羅から視線をそらした。
「あ、朝から刺激が強い・・・」
「うん?まあ、いい。お前も浴びてこい」
亜紀羅は何事もないように優をシャワーに誘った。
「あ、ああ」
優は言われるがままシャワー室に移動した。
それから、しばらくして二人は準備が整った。
「行こうか?」
「ん」
亜紀羅はいつも服装だった。
・
街に出た。
街では若者がはしゃいでいた。それに混ざるかのように優達も行く。
「なあ、ゲームセンター行こうか」
「げーむせんたー?」
最初にちょっと遊ぼうと思いゲームセンターに誘ったのだが、亜紀羅は知らなかったようだったのでとにかくゲームセンターに行ってみることにした。
ゲームセンターに入ると、まるで初めて遊園地に遊びに来る子どものように目を輝かせた。ゲームセンターには様々なゲームがあるが、亜紀羅は初めにガンゲームに目がとまった。
「やる?」
「やってみる」
・・・・・・それから数分して、マニアのギャラリーが集まっていた。
「亜紀羅・・・すごい。満点って」
「やっぱゲームだな」
亜紀羅の捨て台詞にギャラリーは「このボス倒せなかったのに~」とかわめき散らしている。亜紀羅はもう遊び終えたと言わないばかりに興味ある順に遊んでいった。それから、ゲームセンターを後にし優は服屋にさそった。
「服、ある。下着はいらない」
「いいから~」
「ああ・・・」
グイっと亜紀羅の腕をひっぱりシンプルな服屋へ強引に連れていった。
「いらっしゃいませ」
店に入店すると店員達は愛想良いが全身真っ黒ワンピースには驚いていた。
「あの、本日はどのようなものをおさがしで?」
「僕は分からないからこの子に会う服を」
「かしこまいりました」
店員は亜紀羅を連れて行き、服の選別を始めた。
・・・
・・・・・・・
「女の人の服ってこんなに時間かかるのか?」
とつぶやくほど優は亜紀羅を待った。
「お待たせしました」
ようやく店員に声をかけられた。
「あ・・・」
店員の後ろから出てきた亜紀羅はとてもきれいだった。
淡い青の色が亜紀羅を引き立てて元々綺麗な顔がさらに綺麗だ。
「・・・」
「これ、買います!」
「はい~。ありがとうございます」
優は何も考えず即買いした。
そして、そのまま店を出て夕飯にレストランに入り夕飯を楽しみ、帰路に着いた。
とても充実した一日だった。
よく考えれば亜紀羅とこのような出掛けは初めてだった。だから余計に充実感にあふれた。
「優、殺気が感じる」
充実感から一変し亜紀羅の一言で凍てついた。
街には帰宅する足音しか聞こえなかったが亜紀羅は、自分と優の周辺に殺気が近づいてきていると言う。
「待て、優。来るぞ」
亜紀羅は隠し持っていた鈴のついた小さな小刀でやってくる殺気を止めようと構えた。
「待ってくれ!俺は犠牲者だ!バケモノの!」
亜紀羅は男の否定の悲鳴に勢いよく振り上げた小刀を空振りして止めた。鈴の音だけがリンと切なく響いた。男は尻もちをついてびっくりしていた。それもそうだろう、いきなり小刀を向けられたのだから。
「あ~、どっちの意味でも死ぬか思った」
「それより、ただならぬ感じがするが何かあったのか?」
「ああ、まあ」
「僕達は公安の探偵です。
詳しい話を事務所でいいですか?」
「もちろんだ」
亜紀羅は小刀をしまい優と男と三人で事務所に足を進ませた。
―
事務所では、柊が優による連絡で起きて待っていた。いつもの着物でなく浴衣で所長机で待ち構えていた。
「仮眠している時・・・」
「すみません」
「まあ、いい。さあ、話せ、来客よ」
「えー・・・と、俺は今日、家族と一緒に水族館にいた。そして人気が少なくて、駅と水族館を結ぶ近道を知っていたのでそこを通ったら女の子が俺の家族を食い破ったんだ。母親は特にひどくて・・・腹を食い破ったんだよ」
「食い破った!?」
「お、おう。信じがたいが・・・」
「ふむ・・・まあ、余計な事は考えず目の前の事件解決が優先だ」
「こんな物騒な事、さっさと終わらせてください」
「来客人の言う通りだ。
君は野崎の所に保護だ。情報に感謝する。優、連絡はメールでしてあるから、本局まで送ってやれ」
「はい」
男と優は事務所から出て、柊と亜紀羅とシアムは残った。
「しかし・・・お前、なんだその姿」
「優が勝手に・・・」
「まあ、良く似合っている」
柊は、くっくと笑っていた。
「さて、亜紀羅。優がいないうちに行ってこい」
「ああ」
「場所はあの男がいた周辺だ」
「ん」
亜紀羅も静かに事務所を後にした。
「さて、何が目的で何をしているんだザラは」
―
事務所を出て行った亜紀羅は男と出会った場所に向かった。その少女、夢はそこにいた。
「貴方、何?」
「解放された欲を封じにきた。そのまま暴れても何もないからな」
「そう・・・訳わからないわ」
夢は俯いた。
「どうだった?殺してきた感触は?」
「殺してないよ。温もりを手に入れただけだよ」
「そうか・・・ただ、残念。それは殺しだ」
「殺しじゃないわ・・・温もりよ。
温かみを求めて子宮を求めた。私の場所に子どもがいた。笑えちゃうわ!ハハハッ・・・!でも、こんな事、事情の知らない貴方になんか、この痛み、分からないよね?」
「そうだな」
「ええ。そうだもん」
刹那、沈黙となった。
「私、何もわからない絶望をしていたわ・・・気付いたらこうなっていた」
「そうか」
ヒュン
亜紀羅は小刀を振り上げた。
「満たされたのはただの欲だ。実際は出来やしない。出来ないのが普通だ。
その出来やしないお前へ戻してやる」
その瞬間。亜紀羅は駆け出した。真っ直ぐ、夢に向かう。
ザッ・・・
夢の髪が少々切れた。
「そうはさせない!これからはいろんな温もりに出会うの!」
ギュルッシュッシュッシュッ
少女の腕は変形し触手へ変わる。
「死ね!死ね!死ね!私は何のために生きているの!?意味なんかないのよ!」
「意味はある。少なくとも生きていればな!」
少女は悲痛を叫びながら攻撃してくる。だが、無鉄砲で亜紀羅には通用しない攻撃。それがまた症状を苛立たせる。少女は次々に触手を亜紀羅に飛ばすが、その攻撃は跳ね返されてく。
そして、夢の方へ触手は跳ね返る。
「あ・・・ぐ・・・あぁ」
腹から血をボタボタ垂らし膝に着いた。亜紀羅は涼やかに笑った。
「へたくそだな。 ・・・ッ」
「まだ・・まだよおおおおおおおおおおおおお!」
もうくたばるだろうと思っていたら、夢は血まみれの体を起こした。そして声も顔も変わっていく。
「なんだ・・・・?」
「完全なる人間の子宮・・・子宮がほしいいいいい! その子宮があれば私は温かい場所に帰れる!」
少女は別の姿に変わった。
「柊の専門分野じゃないか・・・。
あいつを呼んいでる暇はない。とりあえず動けなくしなければならん」
「シキュウ・・・クライ・・・クライツクス・・・」
暴走した夢はむやみやたらに触手を振り回しはじめる。迎え来る触手に亜紀羅は切り落としたり避けたりとし隙を待つ。
「そこか!」
ヒュン!バシュッ・・・
亜紀羅は隙を見つけ、胸倉に狙いを定め、駆け出し、暴走した夢を刺した。
「あ・・・ああ・・・・」
ドタッ
その場に夢は血を勢いよく流し、虚ろな瞳のまま倒れた。
「なんだったんだ・・・今のは」
夢に息はない。残るは暴走したままの姿で倒れる肉塊だ。
「まあいい。さて、ついでにもう一人も狩るか」
亜紀羅は小刀をしまい、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
事務所。
「はあ!?」
「なんでしょうか!?っていない・・・」
柊は何か異変に気付いたのか外へ飛び出た。
「どうした?」
騒ぎに二階で眠っていたシアムがやってきた。
「いや、亜紀羅が式を抑えているんだが何かしらあったようでな。
すまないが、留守を頼む」
「分かった」
シアムに一言かけ、柊はマイバイクで亜紀羅の場所を行く。
「知恵よ、我に道しるべを」
ハーレ(バイク)に乗りながら何かを唱えた。
「亜紀羅!そこか!」
そして何か見えたかのように走っていく。
―
展望台
「おい。ここを死人の墓にする気か?」
「!?」
白い姿をした少女、幸季は亜紀羅の声に驚き、振り返った。
「誰です・・?」
「ただの通りすがり。人を落すな」
「落す・・・?これは助けてあげているのです」
「手助け?」
「ええ。自由という空を飛びたいという願いを・・・」
ドウン
「!?」
女性は立っているだけだが何かに押された。
「なるほど、こうやって落していたのか」
「いいえ。空を飛ぶんです」
「狂っているな」
亜紀羅は再び小刀を取り出した。
「いいわ・・・。自分の願いに抗うなら素直にさせてあげましょう」
ヒュウウウウウウウウン
「ぐッ・・・」
ただ立っているだけの幸季から圧力が降りかかる。どうにか小刀で受け止める。
「重い・・・しかし・・・」
ズン!
そのまま何も見えないものを切る。
「切れることはできるみたいだな」
「空を飛びなさい」
幸季は亜紀羅に命令する。欲は亜紀羅を押すのだが・・・飛ばせなかった。
「何・・・なんで?」
「なんでもないんだよ!」
亜紀羅は戸惑う女性にめがけて走る。
「私は願いを叶えてあげていたのにどうして!」
幸季の感情と共に重力は襲い掛かってくるが亜紀羅は1つ1つ砕いていく。
「なんでよ・・・」
「お前のやってることは殺人だ。墜落させているだけなんだ。人が人だけの力で空は飛べない」
「飛べるのよおおおおおおおおおお!」
「またか!」
幸季は先程の少女と同じく暴走をはじめ、変形していく。
「めんどくさい」
より強くなり先程と同じようにむやみやたらに攻撃していく。もう避けていてもだめだと亜紀羅は砕きながら幸季へと向かう。そして、幸季が重力を生みだした瞬間、それを踏み台にし首に小刀を刺した。
「ああああああああああああああああああ!」
幸季は叫び、そして止まらぬ重力に押しつぶされ肉の塊となった。
「・・・終わったか」
再び小刀を終い、また何事もなかったように展望台を降りた。
「ッ!」
出入口が見えたところで狂人な殺気を感じて亜紀羅は小刀を取り出した。
「物騒だな・・・初対面なのに。私は、アルストラ・ザラだ。式姫でありルーン魔術師であり錬金術師だ」
「!?」
出入り口に駆け寄ってみると、マントを羽織った女性がいた。
「そんなものを持って、何か用?」
ザラはニヤっと笑い、こちらに何かの石を向けて言い張った。
「お前はいずれこの私に殺される。私の欲望の為に」
「殺されると言うならお前を先に殺す」
「はは、やってみるがいい」
亜紀羅は小刀を構えて戦闘に切りだそうとした。その時。
「やあ、お二人さん」
バイクに乗った柊がいた。
「紀龍・・・」
「なんだ?驚いているのかい?」
「フン」
現れた柊にザラは不機嫌である。
「まあ、いい。いずれは・・・」
「あ、おい!」
ザラは何か言おうとしたようだが言わず、消えた。
「逃げ足の速い事・・・。ああ、亜紀羅、お疲れ」
「あ、ああ」
「さあ、帰ろう。事務所で待っている」
亜紀羅は柊のバイクの後ろに乗り事務所に帰った。
―
事務所では帰ってきた優とシアムの二人でババ抜き大会が解されていた。
「男2人でババ抜き・・・」
「亜紀羅はどこへ・・・」
ガチャ
「ただいま、留守番ごくろうさん」
柊は帰ってきたが亜紀羅はいなかった。
「お帰りなさい。 亜紀羅は?」
「シャワー」
「あ、はい」
しばらくして亜紀羅が出てきて、柊が「帰って休め」と言ったので二人は一緒に亜紀羅の部屋に帰った。
そして、すぐに亜紀羅は布団に寝転がった。
「亜紀羅。何か良く分からないがお疲れ様・・・って眠っている・・・」
亜紀羅は何も言わず眠りについた。興味範囲で亜紀羅の顔を覗いた。
「よく眠っている。何があったか分からないけどお疲れ様。おやすみ」
優は寝顔を見て優しくそう言い、優も横になった。隣ですやすや眠る亜紀羅の顔を見て手にこぶしを握り、自分の胸に当てた。
「・・・ますます、強くなっている・・・」
優はそんなことを呟いて眠った。
-
「男よ、どうしたそんな目をして」
路地裏に座り込み、酒に酔いしれている男にザラは声をかけた。男は虚ろな顔をあげてぼそっと答えた。
「愛している人がいるんだ・・・応えてくれないんだ・・・」
「そう、それは残念だ」
「今、俺の中に抱えている欲望をぶつければどれだけ楽か・・・けど、犯罪になるんだぜ」
「いいじゃないか。 それより、犯罪も気に留めぬほど気持ちよくさせてやろう」
ザラは男に手を差し出し、何かを垂らした。そして、聞こえぬ声で呪文を唱えた。
すると、男は蘇ったかのように元気になる。それどころかよだれを垂らし、目を輝かせてて愛する女の名を呼んで去っていった。ザラはその姿に微笑んだ。何かを愉しむかのように・・・。
―続―
おまけ会話
―伝達係 野崎―
この街、城之咲には警察というものはなく公安だけが存在する。その中の情報を交換したり、調べものをしたり、表に出る情報を抑え込むのが伝達局である。その中で野崎 哉は柊事務所との交渉や交換や依頼などを担当して、いつも自由なあの事務所に苦労をしていた。そして、今回もまた苦労していた。
野崎 「また俺のIDで覗き見してやがるううう!」
局長 「まあまあ、事件解決するからいいじゃないですか」
野崎 「言えば調べるのになんですか!」
局長 「時間が間に合わないってことでしょう」
野崎 「その処理がいつもいつも大変なんですが、局長」
局長 「君の苦労のおかげで事件は大騒ぎせず済んでいるんだ。名誉だよ」
野崎 「ありがたいお言葉ですよ。 はあ・・・」
局長のスマイルに何も言えず、肩を落とすしかなかった。
-終-
*考察*
思春期を超えると少女はよりデリケートになる。
故に幼き頃より愛に飢えればその見返りが寂しさとなりて、やってくる。
それが、白河 幸季。
温もりの根源。母親の腹の中。
そこへ戻りたく少女は、子宮をえぐってみせた。また、亜紀羅に対しても温もりの根源を求め、子宮を求めた。そして、触手は母と子が紡ぐ緒を意味し、繋がっていたかったと悲願している。
繋がりたかった。
温もりが欲しかった。
それが、白河 夢。
デリケートな少女は、夢へと手を伸ばすこともある。
その夢を打ち砕かれたのが、徒坂 幸季。
夢を見る自由が欲しくて空を見上げていた。
その空へ飛びたくて、自由が欲しくて。
そして、自分に同情して人生話をして説得する大人。やがて、大人達は自分の辛さも振り返りだす。
デリケートな幸季にとって何かせねばと思った。
そして、自分は飛べなかった空にはばたかせてみればと思っていたら、話をしていた大人は死んでいた。
死んだ現実を受け入れ、自由は死。死ねば自由になれる。そういう解釈をし、苦しみから解放しようと人生話をする大人を殺していった。
現実を受け入れ、いつでも飛べるのに飛べない片翼の幸季は、代わりに生きている事が辛いと言い出す大人に翼を与え、祝福を与えた。
それが徒坂 幸季。
初めましての方は初めまして。こんにちはの方はこんにちは。
翡翠 白亞です。
この小説を開いてくれた方々に感謝申し上げます。
ありがとうございます。お疲れ様です。
この作品は、全4作となっていまして、今ではないですが続編も更新していきます。
そして、ディザイアは欲がテーマとなってまして考え出した当初に自分が思っていた欲についてを書きだしたのがきっかけです。気が付けば4作にもなってました・・・・。
続編もまた更新していくので続きの方、また手に取っていただけたら幸いです。
あとがきの最後までありがとうございました。
-翡翠 白亞―