その7
さて、と長老がソファから飛び降りた。
「あまり長話しておると、他の者がしびれをきらすのでな。儂とシバは先に行くぞ」
ちまちまと歩く長老に、シバが大股で歩み寄ってつまみ上げ、背中にのせた。
従者って言ってたけど、案外「足代わり時々護衛」くらいが正しいのかもしれない。
「ユージン、基本方針はあれでいけるじゃろう。細かいところはお主の好きにするといい。」
「わかりました。何とかうまくやりましょう。」
「それではお嬢さん、また後でな」
長老がちっちゃな手をひらひらと動かし、シバがまた勢いよく扉を開けて出て行く。
扉が閉まると同時に、命令が解除されたと判断したのか、シバの大きな声が聞こえてきた。
「なあっ、なんで魔王が人間なんだ? おかしいだろ!」
「耳のそばで大声を出すな馬鹿者。うるさくてかなわ…。そもそも…」
ぎゃんぎゃん騒ぎながら、足音が遠ざかる。
「さて。話の続きをしたいのですが、よろしいですか?」
ユージンさんの冷静な声で、部屋の空気がすっと落ち着いていく。
ふーっと息を吐いたら、気持ちが切り替わる。
この話が終わったら、多分、知らないヒト達のところに連れて行かれるんだろう。
おじいちゃんは、意外と気さくに接してくれた。ユージンさんも、言葉はアレだけど、フラットな態度で話してくれている。
勝手に私を巻き込んで何か企んでるみたいだけど、背中からいきなりブスッと、なんてことはないと思う。
ただ、これが多数派だなんて思わないように、注意しとかないとダメだろうな。ああもう面倒だなあ。
「あらかじめ言っておきましょう。即席の魔王に、何も期待していることはありません。」
うん。こっちも何か期待されてても困る。
「少なくとも、私や長老は、あなたに何か特別なことができるとは考えていません。ただし、ある程度の体面を保つために、足りない部分は追々補ってもらいます。と言っても精々、常識に毛が生えたようなレベルのことですから、心配しなくても大丈夫です。補佐も何人かつけることになるでしょうね。」
「ねえ。そこまでして、あなた方が私を魔王に祭り上げるのってなんで? もう少しマシなの、探せばヒトリやフタリいるでしょ。」
私にとっては拒否権なんてないも同然。
だけど、魔族にとっては違うはずだ。どう考えても「勇者の相棒」は「魔王」にふさわしくないし、首さえとればいい。簡単だ。
「単純にメリットがあるからです。あなたは私や長老にとって、非常に都合がいい魔王です。」
本当にこのヒトわかりやすいな。しかも言葉迷わないな。
「ああ、安心してください。後々都合が悪くなったからといって、首を取るような真似はしません。そんなことをしたら、また一から魔王候補を探さなくてはいけませんしね。」
うん。そこはもうちょっと言葉選んでほしかったかな!
だって、その「首を取る」って本当に首を取るってことだよね!
「詳細な理由が必要なら、魔界の情勢と合わせて説明しなくてはいけませんし、長くなりますから、また今度時間を取りますが。」
「いや、うん。いいや」
ユージンさんの話し方は、ところどころ失礼だけど、ごまかしを感じない。
これくらいはっきりしてる方が、今の私には楽かもしれない。
「先程長老が呼びに来ましたが、城の一室に、今の魔界の主だった者が集まっています。おそらくは、城の異変に気づいてのことでしょう。大人しく帰ってくれ、と言っても聞かない方ばかりなので、あなたにも会ってもらいます。」
わー、めんどくさそうな匂いがするな。
しかし、よく考えたら当たり前か。
「今の魔界の主だった者」って、魔力強くて魔界でもそれなりの立場で、でも人間に興味なくて魔王もなりたくない、ってヒトたちってことだ。これだけで、なんかもう、アク強そう。
「その前に、その身なりをどうにかしましょうか。」
ユージンさんが目をすがめる。
「勇者の相棒」っていったって、元は庶民なのだ。
これといった後ろ盾がないので、魔界から帰還してしばらくは故郷の城にお世話になってたけど、現物支給というか、
「ほしい物があったら、こちらで用意しますので、誰かに言ってください」
ってやつで、自由にできるお金はあんまりなかった。報奨金もまだだったし。あ、なんか今すごくムカッときた。私のお金。
城にいる時はもう少しいい服着せられてたんだけど、こっそり街を歩いてる時だったので、まあなんだ、あんまりきちんとしていない。絶対、ユージンさんの寝間着の方がいい生地使ってた。
癪だけど、魔王として紹介するのに見栄えが悪いというのは認めざるをえない。
だって「魔王」って、なんかこう、悪趣味なくらい黒々してて金ピカでギラギラしてるイメージない? 私はある。ちなみに前の魔王様はどう好意的に見ても山賊の親玉だった。
私を上から下まで順に眺めたユージンさんが、やれやれと首を振った。
「本体が貧相なのはどうにもできませんから、せめてまともな服を着てきてください。」
「うるっさい!後でその口縫いつけてやる!」
真面目な話、一旦終了。