その6
長老の名前、全て実在の人物からお借りしました。ありがとう、えらいひとたち。ありがとう、うぃきぺでぃあ。
「話が前後したが、一度ちゃんと名乗っておいた方がいいじゃろうな。」
おじいちゃんが、まっすぐ私を見た。
「儂の名は、えー、ムラウジ・アバ・ノルキヤ・ラビン・マクエナ・ムピロ・トゥロン…」
「待って、無理、ストップ」
呪文か!
「皆はムラウか、長老と呼ぶ。大丈夫じゃ、最後まで言える者はほとんどおらん。」
でしょうね。
いや、「ほとんど」ってことは本人以外に誰かいるのか。すごいな。
「見ての通り、儂は大して魔力もない老いぼれでな。ただ、魔界は年寄りが少ないので、皆、長老、長老と呼んでくれる。」
「お年寄り、少ないの?」
疑問に答えてくれたのは、ユージンさんだった。
「救いようのないことに、魔界には本能を頼みに生きる者が多いのですよ。その上好戦的とくると、どうしても天寿を全うする方が珍しくなります。」
なるほど、わかりやすい。
「ちなみに、儂は約三、いや、四百歳じゃったか?」
「四百三十一歳です、長老。」
「それなら、あと百年は頑張らんといかんな。」
いや、充分なんじゃないかな。
二十歳そこそこっぽく見えるユージンさんが実は二百歳とか言われても、もう驚かない気がするぞ。
犬、という言葉で思い出して、犬耳さん、あらため、シバさんの様子をうかがうと、命令通り口を真一文字に結んで、腕を後ろに回し、「いい子」アピールに勤しんでいらっしゃった。
「あれはシバ。儂の従者じゃ。おおむね見たままと思ってよいぞ。阿呆じゃが、使える奴じゃ。」
こっちはイヌが入ってるから、見た目の年齢もちょっとわかりにくい。ユージンさんより上? 下? 違う種族で比べても、意味ないかもしれないけど。
こっちの視線が気になったのか、目が合った途端、ぎっとにらまれた。
うーん。なんか、この犬耳、憎めないんだよなあ。特に、「使える」と言われて目を輝かせたあたりが、なんとなく。
「こっちのユージンは、もう本人から聞いたかもしれんが、貴族じゃ。お嬢さん、魔界においての貴族がどういうものか、ご存知かな」
「強い魔力を血筋で伝える、人型もしくはそれに近い姿をとる者が多い、魔王が出ることが多い、ええと…」
指折り数えてみたけど、この辺が劣等生の限界である。ユージンさんの冷ややかな目は、無視。
「まあ、ただの人間ならそれでも十分なんじゃがの。魔界の貴族に明確な定義はない。人間の世界のように、貴族年鑑なんてものもないしの。」
貴族年鑑って何ですか、って聞いたら、さすがにダメだろうなあ。黙っとこう。
「魔界にとって大きな功績を残し、強い魔力を子々孫々に伝え、一定の勢力を保つ一族。名前を出せば子供でも知っている、そういう一族を、魔界では貴族と呼んでおる。」
要は、ユージンさんは魔界でも「すごくいいお家」のヒトだと。
確かに、こういう説明を他人の口から聞いても顔色ひとつ変わらないとこなんか、すごくそれっぽい。私ならこっぱずかしくて震える。
「それで、お嬢さんは?」
「名前はリー、十七歳、人間。弓はちょっと使えますけど、あとはさっぱりです。」
他に何か言うことあるかな。ないな。
あと一つくらい特技とか言えたら、もう少し恰好がつくんだけどなあ。シバさんはともかく、向かいの二人と比べると、小物感が半端ない。
と、その二人が顔を見合わせた。見間違いじゃなければ、にやりと笑った気がする。なんだろう。
「お嬢さん。いや、この呼び方は、正さなければいかんな。リー陛下」
うわ、違和感すごい。二の腕にぞぞぞっときた。
「いくつか質問させていただいてもよろしいかの」
「どうぞ」
若干引き気味に答えると、おじいちゃんは身を乗り出した。
「ご両親は」
「もういない」
「では、生前は何の仕事を?」
「父さんは猟師だったよ」
「学校に通ったことは」
「あるけど。十歳で城に連れてかれて、それっきり」
「ふむ。では、城ではどのようなことを?」
「主に武術訓練。特に、弓と体力強化。一応、文字とか、マナーとか、あとは歴史とかも習ったけど、そっちの出来は駄目だったみたい。」
「ふむふむ」
なにこれ。素性調査?
ああそっか、確かに、王様にするならきちんとした人の方がいいよね。きちんとしてないって理由で、「やっぱり魔王やらなくていいです」と言われても困るけど。
…「勇者の相棒」っていうのぼかしてみたけど、多分わかった上で話してんだろうなあ、これ。「城」って単語に驚かなかったし。ユージンさんも、私が何か言う前から、見抜いてたし。シバさんは何もわかってなさそうだけど。
てことは、この先会うヒトは、だいたい私のこと知ってると考えた方がいいのかもしれない。