その4
前の魔王様は、とても強い魔族だった。
直接戦った私が言うんだから、これはもう間違いない。
二、三日は夢でうなされるくらい強かったし、えげつなかった。
ただ、本人(というと文法上どうなのかとも思うけど、人型だったし、私はこれで通す。)は、「最強」の証には執着しても、魔界の統治には一切興味がなかったようだった。
なので、挑戦者は嬉々としてぶっつぶすけど、それ以外は何もしなかった。戦うのが好きで、敵が強いともっと素敵で、さらに自分が「最強」であればご機嫌な方だった。
これ聞いちゃうと、そこはかとなく憎めない気持ちが湧いてきたりしちゃうんだけど、冷静に考えて、とてもハタ迷惑なのには間違いない。
いくら魔界が弱肉強食の地といっても、種族として個体の強さの上限が著しく低かったり、生活環境に大きな変化が起きたり、特定の種族間で喧嘩して他の種族が迷惑したりという問題は、どうしても発生するのだ。そのあたりのややこしさは、人間の世界とあんまり変わらないらしい。
先々代までの魔王様方は個体としても強かったけど、幸運なことに、魔界全体の事情にも目を配れる方だったそうだ。なので、一部やんちゃな魔族が人間にちょっかいをかけることはあっても、魔界全体が大きく荒れることはなかった。
ただ、代替わりして一気に事情が代わり、勇者の登場に至る、と。
「素朴な疑問なんだけど。私たちが倒しちゃったあのヒト、一応あなたたちの王様だったのよね。なんかこう、ないの? 勇者に対する恨みとか」
答えてくれたのは、ようやく寝間着から着替えたあの魔族である。お名前はユージンさん。なお、魔王ではない模様。
さらさらの銀色の髪と、青白い肌の人型。あごが細くて、きれいな顔をしているけど、さっきから冷たい視線とあきれた表情ばかり見ているので、いまいちありがたみを感じない。
私の見立て通り、貴族を名乗って恥じないだけの実力はあるけど、人間にも魔王位にもとんと興味がない穏健派(自称)。
城に来ていたのは、次の魔王の選定で少々もめていて、それを上手くおさめるために呼び出されたんだそうだ。てことは、多分、一目おかれるような立場なんだろう。
「ないですね。先代が弱かった。それから、わざわざ人間界から勇者を送り込まれるような愚か者だった。それだけです。」
魔族はシビアだな。まあ、わかりやすいといえばわかりやすい。
それにしても。
いやもう、美形が身だしなみを整えると、すごいよね。
長い髪をかったるそうにかきあげて、足を組む。白いティーカップに口をつける。それだけで、なんで色っぽいのか。こっちの喉が、ぐっとなるのか。女子として抗議したい。
私もどうにか正座から解放されて、私的な応接室みたいな所でお茶をご相伴にあずかっていた。
どうも、私が落ちたあの部屋、この城の客室にあたる場所らしい。道理で見覚えないはずだ。この前来たのって、前の魔王様倒すためで、客室には用はなかったし。
で、今いるのは、その続きの間。全体の色味が一段上がったやわらかい雰囲気で、ソファもじゅうたんもやっぱりふかふかしている。クッションのビーズ刺繍が美麗。お茶あったかい。メイドさんのリアルうさぎ耳かわいい。向かいに座ってるヒトも、黙ってれば、美人。
…違う、和んでる場合じゃない。
「あの、疑問だらけでどこから聞いていいかわからないんですが」
「でしょうね。今のままではこちらも何かと不都合なので、思いついた順にどうぞ。面倒ですが、時間の許す限り答えましょう。」
いちいち一言挟まなきゃ気が済まない人種なんだろうか、この方。
「ええと、なんで私が魔王?」
まず、そこである。
私は人間で、「勇者の相棒」イコール「魔界の敵」で。自分で言うのもなんだけど、たかだか十七歳の女なので、多少すばしっこいくらいで、腕力もなければ、今は神弓も持ってない。正直へなちょこもいいとこである。
いくらなんでも、他にふさわしい魔族はもっといるだろう。
「めったにないことですが、通常の代替わりがなされず、なおかつ次の魔王の選定に時間がかかった場合、新たな魔王を城が選ぶという例があるようです。」
「城が」
「ええ、城が。正確には、長い年月をかけて城に溜まった魔力の澱のようなものが、近くにいる相性の良い者を引きずり込むそうです。」
怖いな、この城。
「その際、個体としての強さはあまり考慮されないので、そこからあらためて、通常通りの魔王位争奪戦が始まる、と歴史書に。」
怖いな、魔族!
今回に関しては、それもないでしょうがね。というユージンさんのつぶやきを、残念ながら私は聞き逃したけど。
次の魔王の選定に時間がかかったって、ユージンさんは言わないけど、原因は私たちなんだろうなあ。
だって、魔王城にたどり着くまでに、血の気が多い魔族を片っ端からタコ殴りにしていったわけですし。おかげで本命までものすごく時間がかかった。
人間にも人間の事情があったから、責任感じたりはしないけど、因果関係は否定しない。それがめぐりめぐって私の現状。と考えると、むしろ理不尽なものを感じる。
なんだかなあ。もう色々面倒になってきてしまった。
「私の人生なんなのさー」
ずるずると背もたれを崩れ落ちると、向かいから「行儀が悪い!」と声が飛んできた。あんたは作法の先生か。
「仮にも「勇者の相棒」が、次は「魔王」って、どう考えても悪い冗談でしょ。この城も馬鹿なんじゃないの。」
これくらいは、言っても許されるはずだ。向かいのヒトも何も言わないし。
「魔王って何すればいいの。私、庶民だよ。政治とかわかんないよ。魔界のことなんかほとんど知らないよ。そもそも、こんな小娘の言うこと聞く魔族ばっかりじゃないでしょ。「勇者の相棒」としてならともかく、「魔王様」になると無視できないでしょ絶対。王様とか、ほんと無理なんだけど。」
野たれ死ぬ気はさらさらない。
私が新しい魔王様で、次の魔王様をたてるには、私が倒されなければいけないというのなら、とりあえず魔王を名乗るくらいはしてもいい。前の魔王様がちょっとアレだっただけで、本来は「魔王イコール悪」ではないのだし。
けど、知識・能力的な問題で、私は魔界を治めることができない。となると、魔界は当分荒れたままで、また勇者が派遣されてくるわけで。
それは、私にとっても、他の魔族にとっても、都合が悪いはずだ。
ひとまず私に全部吐きださせようとしてるみたいで、ユージンさんは口を挟まない。しれっとした顔でメイドさんにお茶請けを頼んでたりして、それがまた腹立たしい。さっさと次の魔王様決めとかないあなた方にも、責任はあると思う。
「いや、その前に、次の魔王を決めかねてたんだよね。ってことは、魔王様の候補とか、いたんじゃないの。私、まず戦わなきゃいけないの?」
「ああ。その件なら…」
ユージンさんが言いかけた時、バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。
私のなかでは緑川ボイスで再生されております。