その3
一度、話を戻そう。
私は「勇者の相棒」。
問題のあった魔王は「勇者」が倒し、私を含め仲間は一人も欠けることなく、少し前に無事人間界に帰還…したはずだった。
で、今である。
ここは魔王城。
目の前にいるのは高位人型魔族。あんまり優しそうに見えない上に、先制攻撃かましたのは私。
(あ、死んだな)
これ、報復とか復讐とか敵討ちとかされるやつだ。
せめて足がしびれてなければ、追いかけっこなりなんなりして抵抗…は難しいな。私、神弓が使えるってだけで、別に身体能力がめちゃくちゃ高いってわけじゃないしな。
いや、旅に出る前に、城で武術訓練は受けたけど、なにしろ足の感覚がない。あと多分、短刀も忘れた。
「せめて一思いに殺してください」
だって、この魔族、さっきから言い方がきっついんだもん! 敵を殺す時、無駄にいたぶったりしそうなんだもん!
「なに馬鹿なこと言ってるんですか。頭弱いんですか」
「え、だって」
魔王のいなくなった魔王城に高位魔族がいるっていったら、次の魔王かなにかと考えるのが自然な流れというものじゃないだろうか。
で、魔王(仮)の前に、つい最近まで魔界で暴れてた勇者一行の一人が落ちてきたとなると、自分で言うのもなんだけど、後はもう、ねえ。
「だから、あなたはわかってないと言うんです。どうして自分が魔王城にいるか、少しは考えたらどうですか。」
あっ、またため息ついた。
「さっきから、その言い方がすごく気になるんだけど。私、何かまずいことした?」
「ええ、落ちてきました。よりによって、主のいない魔王城に。プロテクトをすり抜けて。」
あれ、なんか嫌な感じの話の流れ。みぞおちのあたりがぞわぞわする。
へらっと笑ってみせると、ぐぐぐっと魔族の眉間にしわが寄った。
寝間着と正座、お互い間抜けな恰好でしばらく見つめあって、先に折れたのは魔族の方だった。
「お嬢さん、仮にも勇者の相棒のあなたが、ご存知ないはずはないとは思いますが、念のために聞きましょう。」
「…はい」
「プロテクトが、魔法干渉を許す条件が一つだけあります。それが何か、お答えください」
「………」
魔法は専門外だ。
でも、戦闘では魔法が飛び交う。専門外なりに、一般教養レベルの知識は備えていないと、いざ始まってから「知りませんでした」は通用しないから、と言われて、一応勉強はさせられた。
ただ、どうも頭を使うのは苦手で。
仲間の魔法使いやら聖女さまやらが大変優秀だったこともあって、その辺の知識はあっという間に退化してしまったのだ。
それでもどうにか引っ張り出した知識を現状と照らし合わせて、私は青ざめた。
「…プ、プロテクトが有効に働いてはいけない状況のために、建物によっては、一部条件づけをしている場合があります。例えば、王族が遠方で何者かの襲撃を受け、空間移動魔法で城へ緊急帰還する場合など。」
「なんですか、その教科書を読み上げてるみたいな、まだるっこしい答は。もっと簡潔に」
大正解である。同じ問答を、大昔、教師にさせられて丸覚えした。おかげでまったく身にはついていない。
「そういった場合を想定し、所有者のはっきりしている一部の建物は、その所有者の使用する魔法、および、所有者に付帯する魔法を受け入れるように、あらかじめプロテクトを調節してあります……。」
「はい、よくできました。さて、その意味するところがわからないとは言わせませんよ?」
仏頂面で腕組みする魔族を前に、私はだらだらと冷や汗を流していた。
「あの、なにかの間違いじゃ」
「まさか」
「いやだって、魔界って実力主義なんですよね? 新しい魔王決めるのだって、確か前の魔王倒した魔族がそのまま名乗るんでしょ?」
「通常はそうですね。前の魔王は勇者に倒されましたから、今回はその限りではありませんが。」
しまった、墓穴掘った。
「いや、あの、それはさすがにマズイんじゃないかなーって、いうか、ありえないんじゃないかなー、って、いうか…」
「いいえ、あなたです。」
はっきり断言されて、涙が出そうになった。
だって、私、不本意ながら「勇者の相棒」なんだよ。それが、ようやく終わったんだよ。
だめでしょ。常識的に考えて、おかしいでしょ。
ただ、魔族はそのあたり、とことん魔族だった。
神々しいくらい綺麗なお顔と、吹雪みたいな冷たい視線で、にっこり笑って。
「ようこそ、魔界へ。新しい魔王陛下」
もうやだ。泣きたい。