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FANTAGOZMAーー完全版ーー  作者: 無道
逃走劇
5/32

ゲート

「くそぉぉおおおおおおおああああ!!」

また目の前で仲間が殺された。もう失いたくないと、先ほどあれだけ思ったのに。それをまたむざむざと…。

半ばやけになりながら、目の前の少女に向かっていこうとした直前、桐生の大声が耳朶を打つ。

「逃げるぞ、集!」

「桐生!?」

気付けば、桐生は屋内へと続くドアに手を掛けていた。

「今の見たろ!こいつらはさっきのゴブリンなんかとはレベルが違う!武器すら十分にない俺たちがどうこうできる相手じゃない!」

「…ちぃ!」

こんな時でも、桐生はいつものように冷静だった。そして今回は、幸いそれが正しい選択と理解出来る理性も残っていた。

俺は最後にもう一度だけ佐藤の亡骸を振り返り踵を返して走り出す。

「逃すと思いますか」

「…ッ!」

背中に悪寒。喧嘩の時によく感じたそれを理解した時には、俺は反射的に床を転がっていた。その上を死の暴風が通過する。

「うわ、よくかわしたね!」

「ちっ」

蹴り終えたばかりの女は油断しきっておりすぐに蹴り足を戻さない。俺は転がり終えた直後に竹刀を振るって軸足を狙う。

ぱしぃと竹刀は当たる。だが、彼女の足はピクリとも動かない。

「?何がしたいの?」

「やばっ…」

飛びずさった直後に、俺のいた所が彼女の拳で陥没する。余波で俺はフェンスまで吹き飛ばされる。

「集!」「あなたも人の心配をしている暇はありませんよ。『電撃(サンダー)』」

視界の端で雷光が閃く。そちらを見れば、アスファルトには黒く焦げた後。

「桐生!」

「大丈夫だ…」

桐生はそのすぐ側で倒れていた。その前には黒焦げになった刺股だったものが落ちている。

「なるほど、それを投げて囮にしましたか。しかし次はないですよ」

魔法使いはスッと片手を上げる。

「桐生!」

「集…、お前だけでも…」

「『電撃(サンダー)』」

ジリリリリリリリィィィ!

魔法使いから伸びる雷光は音を立てて伸びる。そしてその先にいる桐生を容赦なく貫いた。

「があああああああああああ!!」

「桐生ぅぅぅ!!」

崩れ落ちる桐生。俺にはそれがやけにスローモーションに写った。

小学校に初めて会ってからの桐生との思い出が脳内を駆け巡る。友達の中では一番付き合いも長かったが、思い出は嘘のように一瞬で消え、現実に引き戻された。目の前に大剣の切っ先があった。

「そんなに悲しまなくても、すぐまた会えるよ。元気出して!」

本心でそういっているのだろうか。驚くことに、彼女が皮肉で言っているわけではないだろうことだけは分かった。

しかしだからといって俺のこの気持ちが収まるわけもない。

このとき、俺の中に今まで味わったこともないような感覚が襲った。黒く、霧のように俺の心を覆うそれは、純粋な殺意。

「…ろす」

「え…?」

「お前ら、絶対に殺す。例えここで死んでも、化けてお前らを呪い殺してやる…」

「ひっ…」

剣士は初めて怯えた表情を見せる。怯えたその瞳に映る俺の顔は、正に鬼とでもいうような、怨嗟に満ちた顔だった。

「…決めた」

どこからか風に乗り、そんな言葉が聞こえる。その時だった。剣士が突如吹き飛んだ。フェンスを突き破り、そのまま裏山の方に吹き飛んでいく。

「ララ!?これは『念動(サイコキネシス)』?まさか魔法使い…裏切り者ですか!?」


やがて俺の隣に一人の美女が舞い降りた。


銀髪にたなびく髪に白のロングドレス。雪のように白い肌に、瞳だけは灼熱のように紅く、爛々と輝いている。

「あ、アリス・バレンシュタイン様!?世界一の魔法使いであるあなたがどういうことですか!?」

激昂する魔法使いに、その白い女は言った。

「…私たちはとんでもない過ちを犯した。それを償うためよ」

「なっ…。王に逆らうと言うのですか!」

「…貴女達にはいくら言っても理解してもらえないでしょうね。『(ドラゴン)竜巻(トルネード)』」

白い女がそう言い、持っていた杖を地面に打ち付けると、彼女を中心に風が渦巻き、ギュオオオと俺たちを突風が覆い隠した。

風が吹き荒れる激しい轟音中、彼女が再び何かを呟くと、その轟音パタリと止んだ。

事態の変化を飲み込めず、呆然とする俺に、彼女は言う。

「時間がないの。簡潔にこれからのことを説明するわ」

俺が口を挟む暇を与えず、彼女は続ける。


「これからあなたには過去の異世界――ファンタゴズマへ行ってもらいます。そこでこの未来の惨劇をどうか止めて欲しい」


「はぁ!?」

これにはさすがに素っ頓狂な声を上げる。だが彼女はそんな俺の反応は一切無視して話を進める。

「時間は細かくは分からないけど…今から十年くらいを目処に飛ばすわ。そこであなたには一人の少女を探してもらいます。――いい?その娘こそが、ファンタゴズマとこの街に『ゲート』を作った張本人。唯一異世界への門を繋ぐことが出来る人物よ。その娘を見つけて、こんな事態になる未来を防ぐの」

「ちょ、ちょっと待てよ!アンタ、今自分がどれだけ突飛なことを言ってるか分かってるのか!?そもそも、アンタも魔法使いだろ?ならなんで俺たちの味方なんかするんだよ!」

そう言うと、彼女は急に目を伏せた。

「それは…、私がこのゲートを作り、戦争のきっかけを作ってしまったからよ…」

「…!」

気付いた時には、俺は彼女にまたがり首を絞めていた。しかし雪のように冷たい彼女の首にいくら爪を食い込ませても、彼女は表情一つ変えず、呻き声もあげない。

「無駄よ。今のあなたと私では、生物的ランクが違いすぎるもの。私を殺したいならなおのこと、さっき言った通りになさい」

「お前の所為で俺は親友まで失ったんだぞ!なんでお前のことを信じることが出来るんだ!」

「信じるも信じないも、そもそもあなたにはもうこれしか道はないわ。自分の街をこんなにした奴らを許せないんでしょう?なら私を利用しなさい」

奥歯をギリリと噛みしめる。この女が憎くて仕方がない。今すぐ殺してやりたい気持ちをどうにか我慢し、俺は彼女から馬乗りの状態を解く。

立ち上がった女は、しばらく沈痛な表情を浮かべていたが、やがて状況を思い出したのか顔を引き締める。

「さあ、時間がないわ。すぐに行くわよ」

女は杖を振り、空中に何かを書き始める。俺には全く読めない何かの文字だが、浮かんだ文字は次々と彼女の周りを回り始める。

「集…」

「!き、桐生!?」

掠れ声がしたので振り向けば、桐生がこちらを見ていた。

「話は…、大体…聞いたよ…。お前…大変なことに、なりそう…だな」

「いいから喋るな!おいアンタ!桐生を、桐生を手当てしてやってくれ!」

桐生を見た女は驚いた表情を見せるが、すぐにその顔を曇らせる。

「無駄だ…。体の半分が炭化しちまってる…。こうして生きてるのが…不思議なくらいだ…」

「そんなの!やってみなくちゃわから――」

「集ッ!!」

そのときだけ、桐生は振り絞るように大きな声を出す。驚いて口を噤んだ俺を見て、桐生は小さく笑った。

「いいか。お前があっちでさっきあの人が言ったことを成し遂げれば、結果的にそれは俺を街を救うんだ。やってくれるよな?」

桐生は一息にそう言うと目を閉じた。俺は一瞬慌てたが、桐生はまたすぐに目を開く。

「伊達高の…、黒龍なら…それくらい、楽勝だろ?」

「…ああ、任せろ。すぐ終わらせて、お前を迎えに来てやる」

俺が精一杯の虚勢を張ってそう言うと、桐生は満足げに頷き、目を閉じた。今度はいくら待っても、その瞼が再び持ち上がることはなかった。

「サークルの構築が完了したわ!時間がない、急いで!」

いつからか風の壁の外から轟音が聞こえてくるようになっている。俺は静かに立ち上がる。

彼女のところまで来ると、その前には人が一人通れるくらいのサイズの、あの黒い穴ができていて、中は真っ暗で何も見えなかった。

「ごめんなさい。ちょうど今ので魔力を使い果たして、過去に行くことも考えると一人分の大きさのものしか作れなかったの」

「いや、充分だ」

既に風の防壁は既に崩壊手前まできていた。外からの怒声も時折聞こえてくる。

俺は一度、手だけその穴に入れてみる。中は相変わらず黒く塗りつぶされ、中は見えず、入れた手から返ってくる手応えもない。

俺は意を決すると、一つ深呼吸を入れた。それを見た魔法使いは俺へ向け一言、

「――また過去で。それまではごきげんよう」

と言った。

これだけの事をしておいてごきげんようはないだろう。

一瞬そんな反論も喉まで出かかったが、時間が惜しい。

俺は最後に一度、魔法使いの容姿を目に焼き付ける。過去に跳ぶため、今の容姿はあまりアテにはならないが、情報が多いに越したことはない。

この女と先ほどの二人を見つけ出し、必ず殺す。俺はそれだけを決意すると、暗い穴へ躊躇なく飛び込んだ。

空虚な俺の心は、この一寸先すら見えない暗い穴と同じように、黒い感情で塗りつぶされていた。


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