異世界からの死徒
3
結果的に言えば、屋上には何も残っていなかった。
もしや皆逃げおおせたのかと一瞬希望的考えが頭をよぎるが、それも大量の血痕がアスファルトにこびりついていたのを見て霧散する。
屋上から見える街の景色も、この数十分で変化していた。
俺たちの街は、既に街としての体裁を保っていられなくなっていた。
あちこちで建物が燃え、自動車があちこちで横転し、偶に漏れた燃料が引火して爆発し、ここまで空気を震わせる。
ここに上がってきたばかりのときは、パトカーのサイレンもたまに聞こえてきていたが、今はそれも聞こえない。今や街は完全に蹂躙されていた。
「くそ…。一体何だってんだよこれは!!あいつら一体なんなんだよ!!」.
俺の叫びはむなしく消える。さっきまでなら不用意に声を立てるなと桐生も激怒っただろうが、今はそれもない。周りの絶叫や悲鳴で、佐藤の声など遠くまで聞こえないからだ
しかし、意外にもこの声に答える者がいた。
「――私たちはここより遠い世界、『ファンタゴズマ』よりいでし王の軍勢である」
「まあ、今から死ぬあなた達にはあんまり関係ないけどねー」
「「ッ!?」」
声の先には二人の女が立っていた。
屋上に立つ二人の女は一目見ただけで、この世界の人間ではないことがわかった。
魔法使いと剣士。二人の出で立ちはそれらのイメージをほぼそのままにしたような格好だ。
加えて髪の色も異質だ。魔法使いはエメラルドグリーン、剣士は炎のような赤の髪で、それらは染めるだけでは出せないような艶を放っている。
二人ともこんな状況でも無ければ見惚れるような美女だったが、そんなことも言ってられない。おそらく彼女達も姿形は違えど、先ほどの亜人達のように敵なのだろう。俺たちは油断なく武器を構える。
「異世界からねぇ。確かそうでも考えないと納得できないような現実続きだけど、それならアンタ達はさしずめ異世界人ってとこか?」
「いかにも。私はファンタゴズマ軍の尖兵隊統括を任されているユーリ・アイギス。そして隣にいるのが同じく統括の…」
「ララ・ブリッツだよ。短い間だけどよろしくね☆」
「…」
今の彼女達の言葉を頭で反芻させる。
魔法使い風の出で立ちのユーリという女。こいつの言葉をそのまま受け取るならば、彼女達は異世界侵略軍の分隊長クラスくらいの人物だということである。
色々と疑問もあるが、先ほどの亜人達とは違って話は通じている。
そこで俺の今までの理不尽に対する怒りが爆発した。言葉が通じる相手が出てきたことで、溜まっていた憤怒がまき散らされたのだ。
「――一体なんなんだよお前ら!異世界とかファンタゴズマとかわけわかんねえけどよぉ!あいつらはお前らの仲間なんだろ?何でこんなことするんだよ!!」
「おい集!むやみに刺激するな!人の姿はしてるけど、あいつらだって中身はどんな奴らか分からないんだぞ!」
「でも桐生。立花の言う事も俺は分かるぜ。あいつらの仲間にみんな殺されたんだぜ!学校があんな有様だったんだ!ここ以外だってメチャクチャになってるはずだ!そんなことする奴らをお前許せるのかよ!」
「それは…」
佐藤の思わぬ援護射撃に、桐生も口ごもる。しかし、佐藤が熱くなるのを見ると不思議なもので、今まで怒りでまともに物も考えられなかった俺は、逆に冷静になっていく。確かに佐藤の言い分は最もで、俺もさっきまでその気持ちで一杯だった。
だが、かといってここで無謀に彼女達に闘いを挑み、あえなく殺されることが本当に正しいことなのか…?
そして桐生が言葉に詰まっていると、大剣を担いでいる女が焦れたように口を開く。
「どうでもいいけどさー、さっきの君の答えだけど、そんなの仕事だからだよー。何でそんな当たり前のこと聞くのさー?」
女は首を傾げた。
「なっ…」
頭が一瞬真っ白になった。仕事だから。そんな理由で俺たちは今、殺されかけているのか?
「てめえ…、ぶっ殺す!!」
だが、俺のその一瞬の空白が、隙を生んだ。それまで彼女らへの恐怖と怒りとがバランスよく釣り合っていた天秤は、今の一言で完全に怒りへ傾いた。ここまで爆発寸前だった佐藤の心に完全に火がついた。もう佐藤は止められない。
(だけど、ここでまたむざむざと仲間を失うのはごめんだ!)
こうなればもう一蓮托生だ。俺は桐生と顔を見合わせ、頷く。俺たちは佐藤のバックアップに回る。
「ええ。なんであの人怒ってんの?あたしなんかマズイこと言った?」
「もう。いつも言っていますが、ララはもっと人の気持ちを考えなさい…」
「よそ見すんじゃねえ!!」
佐藤を全く眼中に入れない二人に、佐藤の切っ先が迫る。柄の端にくくりつけた刃物ははララと呼ばれた女の顔面に直撃した、かのように見えた。
「もう。何するのよぉ」
「なにっ!?」
槍はララの顔の前、差し出された人差し指の腹で止められていた。彼女の指は、まるで繊細な物に触れるかのように全く力が込められているように見えないが、ギリリと震える柄の部分を見れば、佐藤が全力だったことがわかる。
「まあちょうどいいでしょう。ララ――処分しなさい」
「はぁい。――それじゃあね。殺虫、と」
佐藤の頭部が爆ぜた。それがララの蹴りによるものだと分かったのは、彼女が蹴り足を床に戻した時だった。その足には返り血一つ付いていない。
佐藤だったものはしばらく立ったままだったが、やがて糸切れた人形のように地面に伏した。




