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FANTAGOZMAーー完全版ーー  作者: 無道
始動する黒龍
31/32

決着と迷い

寝不足のせいでいつの間にか夢でも見ているのだろうか。最初セシリアはそんなことを考えてしまった。しかしすぐ隣から聞こえてくる友人の話し声ですぐに現実だと気づかされる。

「うわー、すごい飛んだねー。ユーリ兄大丈夫かなあ?」

「咄嗟に槍で剣の腹の直撃は防いでましたからあまりダメージにはなってないと思いますけど…。それよりも兄さん、というか人間が同じ生身の人間にあんな吹き飛ばされる事なんて初めてなんですが…。セシリア、あの男は何物なんですか?」

プライベートな時間以外でユーリがセシリアを部隊長ではなく名前で呼ぶところ、彼女は相当驚いているようだ。

しかし驚いているのは私も同じだ、セシリアはいつものハキハキとした口調が影を潜むようなたどたどしい口調でしゃべる。

「…最近初めてBクラスに上がったシュウ・タチバナ君。十八歳。平民出身で、物怖じしない性格と伸びしろのあるという私の判断からデイティクラウドにスカウト。現在は――」

「そういうことを聞いているのではありません。彼はAクラス生徒を強化魔法も無しに吹き飛ばせるほどの優秀な剣士なのかと聞いているのです」

「剣士どころの話じゃないわよ。彼はこの学園には魔法使いとして通っているんだから」

「――ッ!?それは本当ですか!」

「えー、それじゃああの人剣技の授業で一緒になれないの~?折角面白そうだったのに」

一人的外れなことを残念がるララだったが、発言した当の本人であるセシリアと同じ魔法使いであるユーリには、この事実は驚きであった。

ではシュウという男はこれまで自分の大きな武器になるであろう凄まじい膂力を使わずに、Bクラスまで上がって来たという事か。その意味には一体何があるのか、そんなことを考えていると、周りの観客が遅れるようにして沸き始める。

今見た光景の反動からやっと抜け出したようだ。

その中の一人であるブラート・ノックスもまさかシュウがこんな力を隠しているとは思いもしなかった者の一人だ。

「おいおい、あいつまさか本職は剣士だったって言うのかよ…」

だとしたらとんでもないことだ。いくら相手がAランク生徒だとしても、ハンデがあるこの戦いならばシュウの勝利はほぼ確実だろう。しかしブラートが独り言のように呟いた一言は、不意に横合いから否定される。

「いいえ。確かに集は遠距離戦(アウトレンジ)より近距離戦(クロスレンジ)の方が得意ですが、本職が剣士というわけではありません。剣技など、ここ一年で私が少し教えた程度ですし、精々素人に毛が生えた程度のレベルでしょう」

「?アンタはシュウの知り合いか?」

ブラートは声の方を見やると、それは隣に立つ女子生徒から発せられたようだった。ネクタイの色は黄色なのでクラスはブラートと同じCクラスだが、一組には見ない顔だったので、二組か三組の生徒かと適当に当たりを付ける。

彼女はこちらを一瞥することもなくグラウンドに目線を向けたまま「まあそんなところですね」と答えた。

「どうやら近距離戦闘だけは使うことにしたらしいですが、カリラと『嵐衣無縫(テンペストヴェール)』は封印している様子。集としては今の不意打ちで少しはダメージを通したかったらしいですがそれもあまり期待は出来ないでしょう。…さて、ここからどうしますか、集」

隣で少女が何かぶつぶつ呟いたが、周りの観客がまた一斉に騒ぎ出したのでグラウンドに目を戻す。

シュウを見れば、何かを呟き、その度に彼の体を淡い光が覆う。それは橙や青と色は様々だ。どうやら自己強化の魔術を掛けているらしい。

「スクルドって奴はもう吹っ飛ばしただろう?なんで今更自己強化の魔術なんか?」

「お前の目は節穴ですか。さっきの集の一撃、相手のスクルドという男はしっかり槍で直撃を防いでいました。衝撃により吹っ飛びはしましたが、おそらくダメージはあまり無いでしょう」

「!マジかよ…!」

ブラートが驚いていると、確かにシュウの反対方向から歩いてくる細身の人影が見える。観客はこれを見て沸いたのか。

隣の少女が言った。

「さあ、闘いはこれからですよ」




「…流石、よくさっきの攻撃を防いだな」

スクルドが元の位置まで帰ってくると、それを待っていたかのようにシュウは声を掛けてきた。

彼の体には、先ほどまでは無かった魔力の気配。

(自己強化も完了済みというわけか)

グラウンドの端に吹き飛ばされてからここまで戻ってくる間、スクルドの心中には少なくない動揺が走っていた。自己強化も施していない生身の力であの膂力。しかも相手が戦士ではなく魔法使いだというのは観客以上に直にその力を受けたスクルドが一番衝撃を受けていた。

スクルドは自らの頭に浮かぶ疑問をそのまま集にぶつけてみる。

「シュウ・タチバナ。お前のその異常なまでのパワーは何だ?お前は魔法使いではないのか?」

「――これはトレーニングの結果だよ。生まれてきたときから俺はおもりを付けて生活していたようなモンだ。それを十六年間も続けていたんだからこうなっても仕方がないだろう――ッ!」

「――ッ!」

言葉を最後に、シュウは剣を構え物凄い速さで突進してくる。『疾風(ゲイル)』などの恩恵もあるだろうが、その速さはAクラスの生徒にも勝るとも劣らないスピードだ。

「ッ!」

先ほどの一合で彼の驚異的な膂力は分かった。

打ち合わせればまた吹き飛ばされると、スクルドはシュウの大振りな一撃を横に跳んで躱す。

シュウの振り下ろされた大剣はグラウンドの土塊(つちくれ)をを易々と砕き、ボコォンと盛大に土煙を吐き出す。

「チッ!」

シュウの小さな舌打ち。土煙の中、スクルドはシュウの側面に周りこみ、鋭い刺突。

風切り音に反応したのか、シュウが顔をこちらに向けるが、攻撃した直後で、防御できる体勢ではない。

いける、とスクルドが思った直後、スクルドの突きは空を切っていた。

「『流動(フロウ)』」

何かに引き寄せられるように不自然に動いたシュウの体は、スクルドの右に周り停止。横合いから再び斬撃を放ってくる。先ほどとは綺麗に立場が入れ替わった。

「くっ!」

しかしスクルドの得物は機動性のある槍。

スクルドは即座に槍を引いてシュウの一撃を受け止め、あまつさえそれを上の方へ受け流す。

「なにッ!?」

「剣技はそれほどでもないようだな!」

スクルドはそのまま槍の柄の部分で薙ぎ払い。それはシュウの空いた脇腹に直撃、その肋骨を叩き折る、はずだった。

がこぉんと鈍い音。柄はシュウの体の手前で何かに阻まれた。

そこでスクルドは相手が何だったかを思い出す。

「『魔力障壁(マナ・ウォール)』かッ!?」

「遅えよッ」

再び放たれたシュウの真一文字に振るわれた大剣は、今度は受け流すこと敵わず正面から槍の柄に激突する。

槍の芯から嫌なひび割れ音。スクルドは槍が保たないと判断し、力に逆らわずにあえて後ろに跳び、吹き飛ばされる。

「~~ッ!」

凄まじい風圧の中で、スクルドはなんとか体勢を立て直し、足を地面に付ける。

靴底をすり減らしながらも、十数メートルというところでどうにか体は止まる。

しかし、直後には前方で魔力が集まるのを感じる。慌てて顔を上げれば、こちらを指さすシュウの姿。その人差し指に纏っているは、這うような昼白色の電流。

「『電撃破(サンダーブレイク)』」

直後、音速さえ超える稲妻の如き速さで、雷撃がスクルドを襲った。




「やったのかッ!?」

シュウの放った『電撃破(サンダーブレイク)』がスクルドの体を貫いた瞬間、周りの観客に混じってブラートは声を上げた。

「…どうやらまだのようです。あの男、見かけによらず相当タフですね」

視線はその場で膝を着くスクルドに向けられている。大きく肩で息をし、かなりダメージにもなったようだがシュウを睨む双眸は依然として力強い。まだまだ戦闘続行の意思はあるようだ。

スクルドの意外なタフネスさに観客の大半は驚いていたが、スクルドを知る一部の生徒からしてみれば、それよりも今の状況自体が驚きであった。

「まさか兄さんがBランク、それも二組の生徒にここまで一方的に押されるなんて…」

「確かに、ハンデがあるとはいえ、この事態は予想しなかったわね…。シュウ、あなたは一体何者なの?」

ユーリとセシリアはシュウという生徒に対して、改めて驚嘆の意を示す。

その間にもスクルドは槍を杖にしてよろっと立ち上がる。それを見たララがセシリアに顔を向けて問う。

「セシリア~。流石にこれはスクっちでもきついんじゃない?シュウって子の実力が申し分ないってことも十分に分かったし、ここらでもう終わりにすれば?」

「そうしたいのは山々なんだけど…。二人を見てみなさい」

「へ?」

セシリアの言葉にララはグラウンドの中央で相対する二人を見やる。そしてセシリアの言いたいことを理解した。

「うわぁ、ホントだ。二人ともまだ全然やる気じゃん」

「そうなのよ。シュウが血の気の多いのは分かってたけど、実はスクルドも冷静に見えて実は闘志をがんがん燃やすタイプなのよね…」

「兄さんは負けず嫌いですから」

「それは兄妹変わらないってわけか」

どういうことですか、と不服そうに視線を向けるユーリをスルーし、セシリアはグラウンドを見つめる。

いくら対魔力が高いといっても、中級魔法の中で最高クラスの威力を誇る『電撃破(サンダーブレイク)』をまともに喰らってしまったのだ。持久戦になれば勝ち目はないだろう。

そうなれば彼が取る作戦は一つ。己の全力を以て速攻で相手を倒すこと。

それは彼と現在相対している当事者、集にも分かっていることであった。

(あの眼は勝負を諦めて無い奴の眼だ。確実に仕掛けてくる)

今までより更に集中力を研ぎ澄まし、剣を正対に構える。

これまで闘って分かった通り、スクルドの俊敏性はかなり高い。直線的な速さなら俺も追随出来るだろうが、ターンや方向転換などを加味すれば、彼はあの夜闘ったセシリアと同等か、それ以上の速さだろう。最も、あの夜の彼女は少し様子見して加減しているような印象も受けたが。

すると、唐突に目の前の男はこちらに話しかけてきた。その声に騒がしかった外野の声も止む。

「――認めよう。君は強い。セシリア様が推薦するのも頷ける、下手をすればAランクでも通用するかもしれない強さだ」

その飾りのない賞賛の言葉に、集はやや驚く。

「…お前はてっきり俺のことが嫌いだと思っていたんだが?」

「嫌いさ。だが、だからといって相手の実力をやたらに過小評価もしない。私はアイギス家の長男だ。いずれ家督を継ぐ私がそんなではアイギス家の名折れだからな」

「…なるほどな」

どうやら目の前の男を俺は見誤っていたらしい、集はそう結論づけた。

てっきりこいつも平民というだけで邪険にするトム・アーカイブスのような貴族至上主義の持ち主かと思ったが、その実、認めるべき者は認めるという人の上に立つ者に欠かせない点を持った男のようだ。集は素直に感心する。

「アンタみたいなのは嫌いじゃない。…生憎アンタは手加減できるほど温い相手じゃねえしな。これ以上続ければほんとに殺しかねない。ここらでやめにしないか?俺の力は十分示しただろう」

その提案は、聞いていたセシリアにかなりの意外感を与えた。血の気の多いシュウのこと、どちらかが倒れるまで絶対に闘いを終わらせないと思ったのだが…。

このセシリアの感情は、スクルドにとっても同じものだったが、彼は自嘲気味にふっと笑い、静かに首を振る。

「君にだってわかっているだろう?私はこれでも負けず嫌いでね。――ここでおめおめギブアップするなら死んだ方がマシだ」

「――ハッ、まあ言うと思ったよ」

静かに槍を構えたスクルドに、集も獰猛な笑みを浮かべて答える。

また二人の間を覆い始めた高密度の緊張感に、見ている観客までも手にジトッとした汗をかく。

お互いかなり疲弊している。スクルドは魔法のダメージで、集は戦闘を行いながらの魔法の連続行使で。

ならばお互い考えることは一つ。じりじりと間合いを測る両者が血地を蹴ったのはほぼ同時だった。

「――シッ!」

「せあぁぁ!」

二人の槍と剣が中央で錯綜。スクルドは肩当てが破壊され、集は頬にかすり傷を負った。

そのまま両者全力を賭した攻防が繰り広げられる。

剣風が起こるごとにグラウンドの土は踊るように舞い上がり、宙を走る槍の残影は舞い上がった土のことごとくを塵へと化す。

パワーで勝るシュウの剛剣を、力量で勝るスクルドがいなし、お返しとばかりに槍を薙ぎ、突く。それを集は魔法を使って防御、または回避、また反撃をする。

さながら剣舞(ダンス)のようなその攻防は、見ている者が呼吸を忘れるほどの迫力で、また同時にどこか刹那的でもあった。

「つぇい!」

「――ッ!」

そしてその均衡は集の綻びという形で破れる。

スクルドの突きを集が『流動(フロウ)』で回避した時、まるでそれを見計らっていたかのようなタイミングでスクルドは突いた槍を反転、柄頭に在る石突きで集の右肩を殴った。

「ぐッ…!」

集はここで初めて一歩後退。右肩へのダメージから反射的に距離を取ろうとしての行動だったが、スクルドの槍の穂先に溜まった膨大な魔力を見て自分の失策を悟る。

(ここで勝負を着ける!)

スクルドはここが勝敗を分かつと確信し、最後の勝負に出る。

「死ぬなよタチバナ!」

穂先に溜めた魔力を、全力を込めた刺突と共に一気に前方へ向けて収束、解放する。

「『裂槍・山嵐』ッ!!」

「――ッ!?」

瞬間爆風が轟く。

スクルドの槍から放たれたのはさながらサイクロン。それはまさに『嵐衣無縫(テンペストヴェール)』を纏った際の集が放つ山嵐そのものであった。

一直線に吐き出された竜巻は一瞬で集の体を呑み込み、後ろで見物していた生徒達も、セシリアが防がなければあわやという威力を持った技であった。

荒れ狂った暴風が消え去った後には、醜くひしゃげた元は何だったかもわからない鉄くずが散乱するばかり。それが自分が貸し与えたクレイモアだとブラートは観客の中で最も早く気づき、それを持っていた人物を探し、視線を空中へ彷徨わせた。

「シュウがいない…。まさか今ので消し飛ばされたの…!?」

生徒を守るため、慌てて山嵐を止めに入ったセシリアも集の所在が掴めず、きょろきょろあたりを見回す。

最悪の想像に慌てたセシリアだったが、やがて彼女の並外れた聴覚がある音を感じ取り、その音の方向に眼を向ける。

その音の正体は――風切り音。

「はぁ…はぁ…、ッ!?」

大技を放ち、今にも倒れそうなほど疲弊しきったスクルドも、その音を聞いて、出所を見る。それはちょうど自分の位置から真上――上空だった。

「『鉄の籠手(アイアンガンドレッド)』――ッ!!」

そこには、風圧にたなびく片腕を血で染め、それでも残った片手に拳を握り、こちらを射抜かんと不屈の闘志を瞳に滾らせた好敵手の姿。迷いなく一直線にこちらへと落下してくる。

「ぅうおおおおおおおおおーーーー!!」

どのみち回避は間に合わない。スクルドも、その相手の闘志に残った力を全て注ぎこんだ一撃で応対する。

足のばねを最大に使い、全力で頭上へと放ったスクルドの刺突は空中で集の拳と激突。凄まじい衝撃波が周りを襲い、見ていた生徒の肌をびりびりと震わせる。

槍と拳は触れ合わせた一瞬、確かに拮抗し、せめぎ合う。

しかしそれはあくまで一瞬だった。

これまでの圧倒的な膂力差。加えて上空から勢いを付け、あまつさえ全体重を乗せたその拳が、これまで受け流すことでさえ一杯だったスクルドに止められるはずも無い。

金属が砕ける破砕音。槍は拳に接した部分から粉々に砕けちり、振り下ろされる拳は、やがて鉄槌打ちとなって、スクルドの鎖骨部分に食い込んだ。

「――がッ!?」

体ごと勢いよく地面に叩きつけられるスクルド。彼が立ち上がることは今度こそ無かった。

その光景を前に、誰も言葉を発することは出来なかった。しかし、おもむろに手を叩く音が聞こえる。それは徐々に周りに伝播していき、やがてそれは満場一致の拍手となった。

そして集――俺はそんな周りの反応を見た後、足元に横たわる男に目を落とす。

「…生きてるか?」

「…最後、あれだけの剛力を持つ君なら、やろうと思えば鎖骨を叩き折るどころか私の体を木っ端微塵にすることだって出来ただろう。君のご厚意のお陰でなんとか無事だよ」

「…そうか」

俺たちを取り巻く観客からやがて一人の女が走ってくる。最近見慣れ始めたその桜色の髪を揺らす彼女は勿論セシリアだ。

慌てたようにこちらに駆け付けた彼女は血相を変えてまくし立ててくる。

「二人とも無事なの!?いや、勿論無事ではないことは私も分かっているんだけどそういう意味ではなくて…。ああスクルド、あなた鎖骨がべこっと陥没してますよ!ああシュウ。あなたも左手があらぬ方向にねじ曲がってます…!も、もう!二人とも際限なくやりすぎです!早く回復魔法で治療を…!」

当事者の俺たちよりよっぽど深刻そうに慌てふためくセシリアを見てふっと笑いが起きる。

それはスクルドも同じだったのか、同じように小さく笑ったあと、顔は動かさず(というか動かせず)瞳だけをこちらを向けて言った。

「シュウ・タチバナ。――ようこそデイティクラウドへ。今日からお前は俺たちと同志だ。これから、よろしくな」

「…ああ、よろしく頼む」

ちくりと鈍い痛みが胸を刺す。スクルドの真摯な眼光とその物言いに、俺は少し歯切れ悪く頷く。その光景を見ていたセシリアは、「もう、そんなの後でいいから、二人ともその場に楽になってください!」とぷりぷり怒る。

(…)

俺はセシリアに促されるまま、そのままグラウンドに尻を付けると、そのまま空を仰ぎ見た。

(あ、紅い月だ)

そして上を見てすぐに、目立たないながらもちゃんとそこに存在するファンタゴズマの月を見つめる。欠けて三日月型になったそれは、明るいこの時間だとよく目を凝らさないと分からない。

(これからよろしくな、か)

先ほどのスクルドの言葉が頭を反芻する。

あのとき一瞬、確かに俺の脳裏をよぎったデジャブのような光景。それは今から一年と少し前、あの山奥の家でシーナとアセムさんと暮らし始めたとき、俺がなぜ魔法使いになるのかをアセムさんに答えたときのものだ。

あの時も、俺を信じてくれた(少なくとも俺はそう思っていた)アセムさんに、結果的には騙すようなことをした。すると計ったようにアセムさんは俺たちから離れていき、シーナに大きな傷を残してしまった。

そして今も、俺はまた同じことを繰り返し、失おうとしている。救い難いのは、それを俺自身が内心忌避しているということだ。

(この先デイティクラウドで仲間を作ったところで、俺はいつかそいつらを裏切らなければならない)

俺は人垣の中に楓の姿を探した。唯一信じることができ、裏切る必要もない彼女を、本能的に欲したのか。

楓は図体のデカいブラートのすぐ隣にいたのですぐに見つかった。

楓は険しい顔をしていた。まるで俺を非難するかのように、その両目はまっすぐ楓を見つめていた俺の視線を交錯した。

「あ…」

楓はぷいと踵を返し、人垣の中に消えていく。俺はその消えた背中に手を伸ばし、すぐ力なくその手を下ろした。

「どうしたのシュウ?回復魔法ですぐ治るとは思うけど、魔法をかけるまでは少し安静にしていてもらえる?」

「…ああ、悪い」

セシリアが俺を気遣うように優しく注意する。俺はそれにどこか上の空な感じで返事する。

脳裏には最後に目が合った時の楓のあの表情。

『…厳しい女だな、楓は。まあこの世界に来てからは主様より血なまぐさい世界にいたせいで、なおも非情に徹しきれない主様が、甘えているように見えるのかもな』

(…)

俺の思考を読んだカリラがつぶやく。俺はその言葉には答えずまた空を見上げ、空に浮かぶ三日月を見た。

目的成就の為ならば、そんな物は捨てなさい。全てを拾おうとすれば、いずれそれら全てが手のひらから零れ落ちていきますよ。

楓の険しい表情とあの双眸は、俺の内心を見透かしたうえでそう言っていたような気がした。

こちらを見下ろす三日月は、そんな俺の苦悩をちっぽけだと、口を歪めてこちらを嘲笑っているように見えて、思わず拳を月に向けて振り抜いた。


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