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FANTAGOZMAーー完全版ーー  作者: 無道
逃走劇
3/32

異形、来襲

「逃げるぞ!」

獣人が遠吠えを上げるのと桐生がそう言って俺と佐藤の手を取ったのはほぼ同時だった。俺たちは桐生に引っ張られて我に返り、全力で屋内へと続く扉に飛び込む。一番最後に入った俺の背中を、獣人の爪が掠った。

「すぐ扉を閉めて鍵を掛けろ!」

「桐生!?お前なに言ってんだ!」

桐生の叫んだ言葉に俺は流石に怒声を上げる。確かに、今扉を閉めてしまえばただでさえでかい獣人が俺たちを追って校舎に入ってくることはできなくなるだろう。しかしそれは屋上に残っている人達を見捨てるのと同義。他に逃げ場のない彼らはただ獣人に殺されるのを待つしかない。

「あの化け物は屋上に残ってる人達と扉の間に立っている。どちらにせよもう無理だ!早く閉めろ!」

「馬鹿野郎!そんなことできるわけねえだろ!おいみんな!そいつをかわしてどうにかこっちに来い!」

「おい!それじゃ化け物がこっちに来るだろう!」

しかし俺たちの考えは外れ、獣人はこっちに襲ってくる気配は無い。おかしい。さっさと俺たちを襲えば、もしかしたら一人くらいなら捕まえることはできるのかもしれないのに…。

「扉を閉めるだって!?ふざけんな!そんなことしたら俺たちは全員こいつに食い殺されるしかねえじゃねえか!」

「俺もそっちへ行く!それまで扉は開けたままにしろ!」

「でも、扉の所まで行くにはあの化け物の前を通り過ぎなきゃいけないんだぞ!あいつがすんなりと通してくれるわけないだろ!?」

「男子!こういうのはアンタたちの役目でしょ!こういう時こそ率先してあの化け物と闘いなさいよ!」

「はあ!?相手は俺たちの二倍以上のでかさなんだぞ!それにさっきてめえも見たろあの鋭い爪を!あんなの相手に戦えとか死ねっていうもんだぞ!」

屋上に残った人達は、遂に言い争いを始めてしまう。しかしその間も獣人は手を出さない。不気味にじっと静観している。そして静かに口を開いた。

『人間どもよ。喚くな騒がしい。今から喋ったやつは殺す』

その獣人はなんと喋った。そして、その獣人の言葉の意味を理解した屋上の人間は、ぴたりと口論をやめる。

獣人はこくりと首を動かす。

『それでいい。人間ども、お前らに慈悲をくれてやろう。今から俺の出す要求を呑んだら、見逃してやってもいい』

その言葉に、屋上の人間たちの顔が一気に明るくなる。声こそ出しはしないものの、一縷の希望を宿していた。もし、地獄の中で目の前に一本の蜘蛛の糸が垂れてくれば、皆、このような表情をするのだろう。

「あの化け物、一体何を考えている…」

佐藤は不気味そうに言う。桐生も気になるのか、今のうちに逃げようなどと口にしない。それは、獣人の真意を知ることで、行動原理を探ろうしているのかもしれない。

そして、獣人の真意はこの後すぐに分かることとなる。

『俺からの要求は簡単だ。――男を全員か、女を全員、俺に差し出せ。男ならば喰うし、女ならば犯す。これを満たせば、残った方は見逃してやる。今から三分間、喋る時間をやるから、そのうちにお前らでどちらにするか決めろ。時間内に決まらなければお前ら全員を喰うことにする』

『!?』

「なっ…」

「なんだと…?」

俺たちは言葉を失う。そんなことを要求すればあの人達は…。

俺が慌ててそちらを向くと既に収拾がつかない状態になっていた。

「女子たちすまない!頼むからあいつの相手をしてやってくれ!」

「はあ?ふざけんなよ!男なんだからこういう時こそ役にたてよ!」

「俺たちは殺されるんだぞ!その分お前らならその心配もない!全員助かるにはそれしかないんだ!」

「あんな大きいの無理に決まってるでしょ!?それに…ま、まだ初めての人だっているのよ、ただで済むわけないじゃない!」

「じゃあ俺たちに女子の為に死ねって言うのかよ!?」

もう話し合いにすらなっていない。しかしそれが当然だ。こんなもの、話し合いで決まるわけがない。むしろ自分たちで決めろなど争いになるのが当然で…。

「!…まさか」

俺はそろりと獣人の顔を見た。顔は屋上に残る人達へ向けられていたが、ここからでもかろうじて横顔は見て取れた。その顔を見て俺は身震いした。

獣人は、口論する人達を見て、先ほどよりはっきりと顔を歪め、笑っていた。不意にその口からぼそりと、俺だけにしか聞こえないくらいの声量でつぶやいた。


『醜い…』


「―――ッ!野郎ッ!!」

その言葉で理解した。あの化け物は、あえて人間同士で争わせるようなことを言って、混乱するのを楽しんでいるのだ。そんな争いの原因を作ったやつがそれを見て、よりにもよって醜いなどと…。俺は頭が真っ白になる。扉から出ていこうとすると、佐藤と桐生は慌てて止めに入って来た。

「ど、どうしたんだよ立花!落ち着けよ!」

「今行っても殺されるだけだぞ!」

「ッ!でも!このままじゃ屋上の人達が!」

桐生の言葉で我に返る。確かに、ここであの獣人に向かっていっても殺されるだけだろう。

『…約束の三分だ。決まらなかったようだな。それじゃあ――食事の時間だ』

「ッ!!行くぞ集!」

「桐生!?くそ…やめろ…離せ!」

「あ、おい待てよ!」

獰猛に言う獣人の声が聞こえた瞬間、桐生は俺を羽交い絞めにし、強引にそこから駆け出した。後から慌てて佐藤がついてくる。

顔だけ屋上の方に向けると、目も当てられないような惨劇が既に展開されていた。聞こえてくる悲鳴は、なぜ自分たちを見捨てたのだと非難しているように聞こえ、頭がおかしくなりそうになる。一体なんだ、俺たちが何をしたというのだ。いくら考えても答えは出ない。

そして三階まで降りてきて、桐生がやっと体を離したかと思うと、窓から見えたグラウンドの光景に、改めて絶望を強くした。


グラウンドは血の海、まさに地獄絵図だった。


「いやあああああ!!痛いいい!やめてぇぇ!」

小柄な女子が、ゴブリンのような亜人数人に囲まれ、棍棒で袋叩きにされている。既に指や足先は叩かれすぎてペシャンコになっているにも関わらず、顔は綺麗で殴られたような跡はない。今は女子の膝と肘がある箇所に念入りに何度も棍棒を打ち下ろしている。

まさかとは思ったが、どうやら身動きがとれなくなった女子を、体の末端から徐々にすり潰していくらしい。ゴブリンが何事かを叫んでいるが、そこには愉悦の色が含まれていることだけは理解できた。

その奥では、バットを持った男子生徒数人が、ゴブリンを三メートルくらいにしたような生物――オーガへと挑みかかるところだった。

数で優れば勝てるとでも思ったのだろうか。その男子たちは次の瞬間、オーガの一薙ぎで、紙切れのように吹き飛んだ。オーガは満足気に勝鬨をあげる。

他にも死体を食べあさるハイエナのような獣、女子生徒をレイプする獣人など、この世の終わりを連想するかのような光景がそこにあった。

「な、なんなんだよ…これ」

俺は遂に立ち止まった。理解できなかった。ほんのつい数時間前まで当たり前のように享受していた平和が、なぜこんなにも容易く壊れてしまったのだろうか。

「集!向こうの廊下からゴブリンみたいなやつらが来るぞ!今は何も考えずに生きることだけに意識を向けろ!」

「――ッ」

桐生の言葉に我に帰る。そしておもむろに何か細長いものを桐生から渡される。見るとそれは竹刀だった。

「廊下に落ちてたやつだ!丸腰よりはマシだろ、使え!」

よく見れば桐生は刺又、佐藤も先端に包丁を括り付けたモップの柄を持っていた。いつの間にそんなものを見つけてきたのか。

そしてやってくるゴブリン。背丈は八十センチ前後だろうか。数はちょうど3、手にはそれぞれ短剣。逃げてる暇はない。背を向けた瞬間にやられる――。

「くそっ!!」

走りこんでくるゴブリンに、俺は竹刀を構える。だが所詮は竹刀。さっき桐生が言ったように丸腰よりはマシ、というレベルで剣と渡り合えるような武器ではない。それなら。

(打ち合わせずに仕留めてやる!)

ゴブリンはそこそこ俊敏だった。距離を詰めてから跳躍し、俺にとびかかってくその跳躍力には驚いたが、跳躍に意識を使いすぎたのか、助走のスピードは大きく減速している。俺は体をゴブリンの直線軌道上から半歩ほどずらす。

「――シッ!」

そしてすれ違う寸前、がら空きになったゴブリンの横っ面に、俺はあらん限りの力で竹刀を叩き込む。バシィ!と小気味よい音が鳴り、ゴブリンは奇怪な声を上げると窓ガラスを割って下へ落ちていく。奴らがどれほどの生命力かは分からないが、少なからずダメージは与えただろう。

桐生達の方はどうか。俺は急いで桐生達の方を見ると、即席の槍を構える佐藤。見ればゴブリンと相対していた。

ゴブリンが佐藤へと飛びかかる。その動きはやはり俊敏だが、武術の欠片もない。

その隙だらけのゴブリンの鼻先に、佐藤は勢いよく切っ先を振り下ろす。槍はゴブリンの頭に半ばまで食いこみ、ゴブリンは痙攣しやがて動かなくなる。見事なカウンターだった。

佐藤は動かなくなったゴブリンを見て顔をしかめると、ひょいとそれも窓から放る。俺は佐藤に近づいていく。

「助太刀はいらなかったみたいだな。佐藤、お前中々強かったんだな」

「昔槍術齧ってたんだよね。もっと褒めていいんだぜ〜?」

二人で笑いあうが佐藤の笑顔には翳りが見える。きっと俺の笑顔にも同じような翳りがあるのだろう。それほど先ほどの光景はショッキングな物だった。

またあの光景を思い出しそうになり頭を振る。今は桐生の言う通り生きることに専念する。

「おいおいお前ら…、俺の心配はなしか?」

すると奥から桐生がやってくる。佐藤はため息と共に言う。

「僕が勝ったくらいなんだからお前らが負けるわけないじゃん。なんて言っても天下の伊達の黒龍様と白狼様なんだからね」

そのあまりに場違いな台詞に俺と桐生は苦笑する。伊達の黒龍と白狼は、中学の時、二人で迷惑を働かせる街の不良を見境なく黙らせて回っていた時についた通り名だ。

(…けど、こんな通り名がついたところで誰も守ることなんて…)

目の前で喰われた神崎さんを思い出し、奥歯を砕けんばかりに噛みしめる。俺がもっと、早く獣人の気配に気づいていれば、俺が屋上に行こうなんて言い出さなければ…。後悔は次から次へと押し寄せてくる。

ふと、そこで屋上の人達はどうなったのかと考えた。おそらくほとんどの人が死んでしまっただろうが、もしかしたらまだ生きている人もいるかもしれない。

桐生たちはこれからのことについて話し合っていた。しかし外には大型の怪物。校舎の中にもゴブリンが何匹も入ってきているだろう状況で、なかなか良い考えは浮かばない。そこで俺は意を決して言ってみる。

「…なあ、一度屋上を見てこないか?」

「なっ…、お前いい加減にしろ!また意味のない正義感で自分を殺すつもりか!」

「いや、意味はある。…正直、さっきから屋上が最後にどうなったか気になって仕方がないんだ。これから気持ちを切り替えるためにも、あの結末だけはしっかりと知っておきたい」

「だからって…」

「桐生。立花が行くなら俺も行くぜ。もしかしたら生き残ってる人がいるかもしれないし、俺もけじめとして、あの結末は知っておきたい」

意外な所からの佐藤の援護に、桐生はたじろぐ。「それでも、」と反論しようとするが、続く言葉も出ず、諦めたようにわかったと頷いた。

「ただし、あの怪物がまだいたら諦めて引き返せよ」

俺と佐藤は笑う。

「もちろん。ありがとな、桐生」

「ふん、黒龍(あいぼう)がいなくなると困るからな」

「あの~、俺のこと忘れてません?」

そうして、空元気だけども少し元気を取り戻し、俺たちは来た道を引き返した。


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