危険人物
7
翌日、昨日と同じように学園へと向かう途中でアジトに寄った。昨日は結局家へと戻れたのは午前四時過ぎ。大技を使ったせいもあって街に着いたときには流石に疲労困憊で、家に直行し少しでも睡眠を、と仮眠を取った。
あくびを噛み殺してアジトのドアを開ける。
「お兄ちゃん!」
すると中からシーナが俺の胸に飛び込んできた。
「もうっ、心配したんだから!どうして無事なら無事って一言連絡してくれないの!?」
「…昨日は帰ってきたらクタクタでそのまますぐ寝ちまってな。それに、俺を尾行している奴がここを突き留める可能性もあった」
「だからって!それでも俺たちスゲー心配で夜も眠れなかったんすよ!」
居間からアレンも姿を現す。確かにその目元にはうっすらと隈が浮かび、疲労を色濃く感じられた。
「アレン。そっちはあれから大丈夫だったか?」
「はい。あれから何度か散発的に敵と遭遇はしましたが、坂本さんが全部速攻で倒してくれました」
「楓ちゃん達はともかく、問題はお兄ちゃんだよ!なんかすっごい強い人と闘ったんでしょ?大丈夫だったの?」
「…ああ、次はこうはいかないだろうがなんとかな。それで、楓は奥にいるのか?」
「あ、はい。さっき兄貴が帰って来ましたよって教えたんすけど、私は心配などしていませんでしたからって今はお茶飲んでるっすけど、すっごい手元が震えてます…」
「…シーナ、悪い」
俺はシーナの体を離すと、居間に上がる。そこでは確かに、まるで何事も無かったように楓がお茶を飲んでいた。…手をプルプルとさせて。
俺が来ると、楓はさも今気づいたかのように俺を見る。
「…おや、集ではないですか。昨日はお疲れ様でした」
「ああ…」
「ま、まあ?私はお前が帰ってくると信じていましたし?全く心配はしていませんでしたよ?そこは誤解しないでくださいね?」
「…俺は何も言ってないぞ」
「し、しかし、格上の敵相手に単身で迎え撃つという行為は、確かに多少は部下を心配させる行動であるのは確かです。いえ本当にちょっとだけですよ。アレンとシーナは昨日はお前が心配だーとぴーぴー泣いていましたが、私は最悪の事態を想定してちょっぴり涙目になったくらいです」
「…悪かったな」
「…そう思うなら昨日は有耶無耶になってしまった約束、今日果たすというくらいはあってもいいと思いますが…」
「昨日そんな話したか?」
「なっ、忘れたというのですか!?見損ないましたよ立花集!私がお前の刀で無かったら今ここで斬り捨てたところです!あくまでも女である私との約束を反故するどころか無かったことにするとは…、恥を知りなさい!」
「…えー」
突然鬼のような剣幕で怒り始める楓に、思わず理不尽さを覚える。こっちは昨日命がけで皇女陛下と闘ったんだ。その前の日常の些細な約束を忘れただけでこんなに俺怒られるの。遠巻きに見ていたアレンがあちゃー、という顔をする。シーナは少し苦笑気味だ。
しかし、約束を忘れた点は確かに俺の落ち度だ。そこはきちんと謝罪する。
「…すまない楓。それで、よかったらその約束をもう一度言ってくれないか?」
「こ、こんな皆が聞いている状況では言えません!それくらい考えなさい馬鹿者!」
「…」
面倒くさい。自分の気持ちを表に出さないようにするには少し苦労した。楓はたまによく分からないところで怒るからなあ。俺は一つ嘆息し、提案する。
「わかった。今度お前を一回呑みに連れてってやる。それで今回の件は無しにしてくれないか?」
その提案を聞いた楓の肩がぴくりと揺れる。
「…それはお前と二人で、ということですか?」
「?ああ。でも楓が嫌って言うなら《黒龍》全員で行っても――」
「いえ、二人で大丈夫です!いいですか、聞きましたからね!今回は絶対に忘れないでくださいよ!」
「あ、ああ」
予想以上に喰いつきに少し驚く。だが、それで機嫌は直してくれたようだ。ぬるくなったお茶を淹れなおし始める。
「…こういうことをサラッと自然に出来るところが兄貴が好かれる理由なのかな」
「そうだね。まあ、私は他にもお兄ちゃんの良いところいーっぱい知ってるけどね!」
「…あれ、よく考えたらここって俺の居場所なくないか?」
シーナとアレンが何か話しているが、俺はもう時間がない。それじゃあな、と言葉を残して足早に靴を足にひっかける。
「あ、今日も頑張ってきてくださいね兄貴!」
「いってらっしゃいお兄ちゃん」
「先ほどの約束、忘れないでくださいよ、集」
部屋からそれぞれ声が掛かり、それに片手を上げて答える。今日から学園では俺も晴れてBクラスだ。昨日の感じからあまり気乗りはしないが、仕方がない。頑張ってこよう。
俺をあそこまで心配してくれる仲間の顔を見た俺の足取りは、昨日の下校の時よりだいぶ軽くなっていた。
「――以上より、学園内についての報告を終わります」
同時刻、アカデメイアの一室ではデイティクラウド内の定期報告会が行われていた。その中にいるほとんどがAランクの生徒ばかりで、数少ないBランク生徒は一様に緊張した面持ちで席に座っていた。
学園内の報告が終わったのを確認して、司会の男子生徒が会議を進める。
「ありがとうございました。では次に、昨晩学外で起きた《シャドウアイ》のグループとの交戦についての報告です。部隊長、お願いします」
「はい」
呼ばれた部隊長、セシリアはハキハキとした口調でしゃべり始める。
「昨日、人さらいグループである『シャドウアイ』捕縛のため、B地区の倉庫にて交戦。『シャドウアイ』の下位メンバー二十四人と幹部一名を捕縛。ウィンデル治安維持局に身柄を預けました」
それを聞いた何人かの生徒が顔を顰める。治安維持局はセシリア達の上位組織に当たる所だが、職務怠慢や賄賂の横行の巣窟を化して久しい。維持部隊と違い、大人が運営する組織だが、総合的な能力を見てもエリート集団である維持部隊に大きく劣ることもあり、そこに重要な情報源を預けることは仕方のないこととはいえ、歯がゆく感じることだ。
セシリアはその雰囲気の変化を敏感に感じ取ったが、気づかない素振りをして続ける。
「――しかし、その場に居合わせたとき既に『シャドウアイ』と交戦していた『黒龍』と呼ばれる組織のメンバーについては逃走を許しました」
「『黒龍』?聞かないグループですね。ララ、知っていますか?」
「んーん。知らない名前だねえ。セシリアちゃん、それってどんな感じだったの?」
そこでセシリアの話の途中で話の腰を折る女子生徒が二人いた。Aランク生徒であり、この学園でセシリアに次ぐ実力者であるララ・ブリッツとユーリ・アイギスだ。
「昨日確認できたのは三人。そのうち二人については分からないですが、残りの一人、珍しい剣を持った女については、バリアハールで指名手配されていた《剣鬼》と特徴が一致しました」
「へ?誰それ?」
疑問の声を上げたララにユーリは生真面目に答える。
「今から約一年と少し前、東部最大の貿易都市、バリアハールを騒がせた人物ですね。美しい相貌とは裏腹に、その剣技は冴えわたり、鉄すらも斬ると言われていたそうです」
その説明にララは不満げに唇を尖らせる。
「そんなのここにいる人みーんな出来るよ!そのくらいで《剣鬼》とかもてはやされるなるなんて大げさだよー。やっぱり」
「まあ確かに、情報を基にすれば、せいぜい学園ではBランクそこそこといったところでしょう。昨日は部隊長だっていたんですし、そんな相手をみすみす取り逃がすとは思えないのですが…」
「――いえ、昨日取り逃がしたのはその《剣鬼》が原因ではありません。《剣鬼》を従え、そのグループの頭目とされる男が原因です。昨日、私はその男と真っ向から対決したうえで取り逃がしました」
「…!まさか…」
「…へえ、面白いじゃん」
片方は驚愕し、もう片方は獰猛に目を細め、それぞれ違った反応を見せるユーリとララ。
部屋にいた他の生徒達にとっても、セシリアの報告は驚きだったようで、途端にざわざわと部屋が騒がしくなる。
それを司会の生徒は咳払い一つで黙らせ、セシリアに続けてください、と促す。
「はい。向こうは『虚面』の魔術を使った上に仮面を被っていたため、顔などは分かりませんでしたが、上級魔法『嵐衣無縫』を扱い、守護獣として黒い龍まで使役していました」
ざわっとまた部屋が騒がしくなりそうになるが、セシリアのまた、という言葉に全員続きの言葉に耳を傾けようと口を噤む。
「近距離格闘についても練度は高く、相手は上位魔法使い(ハイプリースト)というだけではなく、戦士としての能力も非常に高く兼ねそろえており、Aランク上位相当の敵と考えてます」
「え、Aランク相当!?」
近くに座っていた一人が思わず声を上げるが、誰も注意する様子はない。周りも彼と同様に、驚き、それを指摘するどころでは無かったからだ。
ユーリは様になる仕草で顎に手を当てる。
「Aランク上位…。となるとこれからは各班に一人はAランクの生徒を付ける編成に組み替えた方が良さそうですね」
「それにしてもセシリアにそこまで言わせる相手って初めてじゃない?う~、考えたら興奮してきたー!」
ララの言葉に、セシリアがここで初めて表情を柔らかくする。
「もう、ララったら。それは流石に不謹慎じゃない?」
「せ…部隊長の言う通りです。ララはもう少し体裁や他人の考えというものを知った方がいいですよ」
「う~?そうかな?ごめんね!」
笑顔で反省の言葉を口にするララを見て、部屋に漂っていた緊張も少し緩和した。
こうしてその日、《黒龍》は晴れて?デイティクラウドの正式な危険勢力としてマークされることとなった。
「へっくしゅっ」
校門をくぐったところで鼻がむずかゆくなり、たまらずくしゃみをする。こっちに来てからというもの体調は万全そのものだが、遂に風邪でも引いたのか。
すると後ろからこちらに近づく気配。振り返ると昨日クラス入れ替え戦で闘った男、ブラート・ノックスの姿があった。
「よお、この人の多さで自分に近づく奴の気配に気づくとはやるじゃねえか」
「…よお、アンタか」
ブラートは一八○センチは超えているであろう相変わらずの巨躯で俺の隣を歩き始める。どうやら一緒に登校するつもりらしい。
ブラートは親しげに話しかけてくる。
「で、どうよBクラスの感想は?昨日顔くらいは合わせただろ」
「…ああ、正直今日の朝はかなり気が重かったよ」
「はっはっは、だろうなあ。俺も最初Bクラスに上がったときはそりゃ嫌だった。俺も今朝、今日からCクラスに行くって考えたらいつもより気が楽だったよ」
快活に笑うブラート。見た目通り、かなり豪快な男のようだ。
「アンタも人が悪い。Bクラスがあんな所と教えてくれたら昨日の試合、もう少し考えたぞ。むしろアンタの方は昨日手を抜いたくらいじゃねえか?」
「それは買い被りってもんだ。昨日の一戦は紛れもなく本気だったよ。まあ焦って自爆した感じは否めねえが」
「戦法は間違ってなかったが少し捻りがなさ過ぎたな。まあアンタはなかなか話せる人ってのも分かったし、せいぜい次の入れ替え戦で、速攻でBクラスに戻ってきてくれよ」
「ハン、一組ならともかく、二組なんて二度と行きたくねえがしょうがねえ。それまでお前もCクラスに戻ってくんじゃねえぞ」
そこでちょうどよくBクラスとCクラスの分かれ道。俺とブラートはお互い軽く手を上げ背を向ける。ブラート・ノックマン。なかなかに話が出来る男だった。
そんなことを考えているうちにBクラスの二組の教室の前まで来てしまい、俺は何も考えずにその戸を開けてしまい、次の瞬間、心の準備をするべきだったと少し後悔した。
「遅いぞ成り上がりの平民!平民の分際で私たちより来るのが遅いとは何事か!」
入った瞬間怒鳴り散らしてくる男。整えられた金髪に、嘲りを張り付けたような顔を見て、この男の事を思い出した。Bクラス二組の現首席であるトム・アーカイブスだ。
有名貴族の有力な跡取り候補らしく、貴族であることの歪んだ誇りと平民を嘲る精神を持ったこの男は、昨日の自己紹介の際、俺が平民出身(という設定にしている)という事が分かった途端、こいつとそのグループは早々に難癖を付けてくるという漫画とかに出てくるやられ役の鑑というばかりの行動をしてきた。
「まあいい。来たんなら早く教室に入れ!貴様には今日から私たちの召使いの任を与えてやる。私たちの為に働けることを喜ぶがいい」
「…」
しかしこれ、実際にされるとうざいと言うレベルじゃない。何が一番厄介かってそれはこのリーダー格の男、トムにある。
(こいつ、こんなんで二組で首席っていうけっこう強い奴なんだよなぁ)
AからEの各クラスには、その中でもそれぞれレベルが存在する。
AやBなど上のクラスになるほど生徒数は減っていくため、最も生徒が多いDクラスには五組まであるが、ここBクラスでは二組、Aクラスでは一組しか存在しない。
一組が所謂そのクラスの最上位グループ。そこから数が増えていくごとにレベルが下がっていくわけだが、二組でトップをとるこのトムという生徒は、事実上Bクラスの下位グループで一番ということだ。
敵になれば面倒になる相手だ。ここは無用な争いは起こさず、まずはハイハイと従った方がよいだろう。
「――黙れ。てめえらの雑用なんか誰がやるかよ。とっとと失せな」
『なっ…!』
しかし俺から出た言葉は考えていたこととは全く反対の言葉だった。トムとその取り巻きだけでなく、そのやりとりを遠巻きにしてみていた生徒も唖然とする。
トムの顔はみるみる赤くなっていく。これほどの無礼、有名貴族の彼には初めての経験だったのだろう。
「貴様…。一度だけならば世間知らずの平民ということで水に流してやる。謝るならば今だぞ」
「くどいぞ。あと通路の邪魔だ。さっさと退け」
「貴様…。平民風情がアーカイブス家の次期当主となるであろう私に対してなんと無礼な…!万死に値するぞ!」
「あ、アーカイブス卿!?」
トムの行動を見た取り巻きたちが慌てた声を上げる。トムが鞘に納めていた剣を抜き放ち、俺に突きつけたからだ。白く輝く細身の刀身は光に反射してきらりと光る。一目見て業物と分かる一振りだ。
「…お前、それを俺に向けるって意味は分かってやってるんだよな?」
「昨日の今日Bクラスに入ったばかりの平民に愚弄されて黙っていられるか!」
フェンシングのような構えを取るトム。そこには一片の隙も無く、軽くあしらえるレベルの相手では無いことは明白だ。流石にまずいと俺も身構える。心中でカリラの哄笑が聞こえた。
『なんだよ、結局厄介事を起こしてるじゃねえか。主様ほんとにこの学園で目立たない気があったのかよ?』
(いずれ越えねばならない障害ではあった。それが少し早まっただけだ)
『へっ、物は言い様だなあ。――だが気を付けろ主様。あのボンボン、確かに口だけじゃなく強ぇぞ』
分かっている。学園では純魔法使いとして振舞う手前、格闘戦や昨日見せてしまった『嵐衣無縫』は使えない以上勝算は薄いだろう。だが、かといってここで退くわけにもいかない。
高まる緊張感。だからこそ、突然教室のドアが勢いよく開け放たれた時、俺とトムは揃ってそちらに素早く顔を向けた。お互い実力者であるため、それはこの教室の生徒達の中でも頭一つ抜きんでるほどに素早い反応速度だったが、二人が振り向いた時には、既に喉元には紅く輝かく双剣が突きつけられていた。
「双方退がりなさい!許可ない私闘は規則で禁止されています!これ以上戦闘続行をしようならデイティクラウド隊長である私、セシリア・ヴァン・ファンタゴズマが相手します!」
「ッ…!」
「皇女殿下…?し、失礼いたしました!」
動揺も束の間、トムは刃を収めると一瞬でその場にひざまづいた。その光景は、おとぎ話などで見る王に低頭する騎士に似ている。その辺りは流石は貴族といったところか。
しかし貴族でない俺には関係ない。喉に刃を突きつけられながらも飄々と肩をすくめ闖入者――セシリアに言う。
「おいおい、喧嘩両成敗ってのは分かるが、今回に限っていればそこの馬鹿が勝手に突っかかって、勝手に剣を抜いたから、仕方なく相手してやろうとしただけだぜ。俺も怒られるってのは少し納得できないぞ」
俺の態度、そして返した言葉に教室が騒然とする。トムがわなわなと顔を震わせながらこちらを見上げる。
「貴様あぁぁ!皇女殿下に向かっての無礼な物言いに重ね、あまつさえ我が身可愛さに罪を私一人に押し付けようとはああ!殿下、どうか私目にそこの無礼者を粛清し、汚名を注ぐ機会をお与えください!」
「よいのですアーカイブス。――シュウ、事の成り行きは見ていました。あなたに要望、受け入れましょう」
「殿下!?」
しかしセシリアの返した言葉を聞いてトムは愕然とする。セシリアはそんなトムに向かって厳しい視線を向けた。
「アーカイブス。あなたが高い身分であることは認めますが、だからと言って平民を見下していいわけではありません。いずれは領主となり人の上に立つのです。自分の実力や地位に驕らず、心身共に学園で必要なものを身につけなさい」
「な…ぁ」
尊敬するセシリアに己を咎められがくりとうなだれるトム。しかし、顔を上げて俺を睨む彼の瞳には、明らかな憎悪の念がこもっていた。
「アーカイブス。あなたには一週間の謹慎処分を言い渡します。そこでじっくり頭を冷やすといいでしょう。――連れて行きなさい」
「はっ!」
入り口で待機していたデイティクラウドの生徒と思われる少年二人がトムを連れ出す。それを見送ると、俺はふうと一息吐いた。とりあえずは無事に終わったらしい。
「助かったよ、セシリア。お前が来なかったらかなり危なかった」
「彼のBランクへ昇格したばかりの生徒に対する悪行は私たちの中でも噂されていたから…。まあ、その昇格した生徒があなただとは思わなかったけどね、シュウ」
セシリアが苦笑いする。俺も肩を竦めて答えた。
「で、今日はこのためにこの教室までわざわざ来たのか?」
「いえ、シュウには悪いんだけど実は今の件はついでで、メインは各クラスに注意を伝達することだったの」
そういえば、セシリアがいつの間にかタメ口で話してきているな。そんなことを考えながら、俺はそうなのか、と相槌を打つ。
「ええ。恥ずかしい話なんだけど、昨日の夜にちょっと敵を取り逃がしちゃってね。それがかなり強い相手だったから、しばらく夜に一人で出歩くのは危険だってことを知らせようと思って」
「…昨日の夜?」
俺は少し嫌な予感を覚えながら訊き返す。セシリアが相槌を打った。
「そう。――この際だから今ここで皆に言ってしまうわ!昨晩、B地区に強力な魔法使いが出没しました!強力な守護獣を使役し、また近接格闘もかなりのレベルに達しており、ウィンデル治安維持部隊ではその人物、仮名称《黒龍》にAAランクに該当する脅威として対応することを決定しました!」
『…!?』
途端に騒がしくなる教室。今のセシリアの発言は相当の驚きだったようで、口々に近くの者と囁き合っている。その例にもれず、俺もセシリアの発言に動揺を禁じ得なかった。
「せ、セシリア…。そのアンカ…なんとかはそんなにやばいのか?」
「《黒龍》よ。ええAAランクに認定されたんだもの。この学園で言えばAクラスでも上位層のほんの一握り、五、六人くらいしか相手できないレベルね」
「そ、そんなになのか…」
俺は冷や汗を垂らす。《黒龍》の名を売っていくことはファンタゴズマを征服するうえで確かに必要であったが、メンバーすら四人しかいない状態でここまで名前が広まってしまうのは少々まずい。なにせ、そのチームのリーダーの男がまだ学生で、魔法修行の真っ最中なのだ。
(これじゃますます学園じゃ下手な動きは出来ないぞ…)
『強力な守護獣、か。ハン、まあ当然だな』
カリラはやけに上機嫌で呟く。こいつ、今の状況云々を抜きにして、自分が褒められたことを喜んでやがるな。
ともかく一旦アジトに戻ってこの事を伝え、これからの方針を皆で考えなくては…。そう考え、登校早々に早退を考え始めた時、セシリアが純真な笑顔でこちらに問うてきた。
「ねえシュウ。昨日話したときから思ってたんだけど、あなたって肝が据わってるわよね?昨日だってグラム教官に殴りかかろうとしたし、今日だってBランク昇格早々首席相手に喧嘩しようとするし…。全部私が止めなかったら今頃あなた懲罰房行きだったわよ?」
今日に限らず、昨日も指輪を取られそうになって教官を殴ろうとしたところも見ていたらしい。俺は頭を掻く。
「…よく見てたな。できれば今日の事含めて内密にしてもらえると助かるんだが…」
彼女はにこっと笑った。綺麗だ、と思った矢先、とんでもないことを彼女は口にした。
「いいわよ。その代わり、シュウにお願い。――デイティクラウドに入りましょう!」
「…いやいや」
俺は顔の前でブンブンと手を振った。それを見たセシリアは、また綺麗に笑った。




