おにの むすめ と うえた くるみ
本文は平仮名表記で読み難いかもしれませんが…さてさて、どんなかんじでしょう?
隣町との間を遮るように聳える小高い山と裾野に広がる深い樹海。
昼なお暗い山中には魑魅魍魎に魔物の類が彼処に潜むというのが町での専らの噂。
それら怪異のうちには仲睦まじく暮らす鬼の母娘の姿もあるという…
「ただいまぁ。またせたね。ようやっと たべものが てにはいったで」
りょうてに しょくりょうをかかえて、ははおにが すうじつぶりに すみかにもどってきた。
「わーい、おかえりなさい。ごぉはんだ ごはんだよぉ~おなかがぁぺっこぺこだぁよぉ~」
みょうなふしまわしで うたいながら まだあどけない むすめおにが いえのおくからドタドタとはしってでむかえると、ははおにの こしにまとわりついて あまえてみせた。
「ほらほら、おちついて。たいしたものは てにはいらなかったけど、これでも こばらのたしには なるだろさ。そのうちもっとたくさん うまいものを とってきてやるから、きょうはこれで がまんしとくれな」
そういって ははおには ふたつあるえもののうち、ちいさなほうを むすめおにに てわたした。
「ちいさいけどそっちのほうが たべやすいからね。こっちのは おまえには ちょっとかたいだろうからさ」
むすめは うけとったえものを めのまえにかかげながら ははおにに きいた。
「なあなあ、これ、なんてなまえだ?」
「それは『くるみ』っていったっけな」
「かあちゃんのもってるのは なんてなまえだ?」
「こっちのは『かつお』ってんだとさ」
「ふーん。『かつお』は なんだか くいつかれそうで こえぇな。『くるみ』のほうが かわいいから おれは こっちでいいよ」
「ならよかった。ほんなら くうべ」
「いっただっきまーす。うへぇ、からだぁ。かたいからだめぇ。これはいらねぇ」
むすめおにが りょうてにちからをいれて「ふんっ」と ひといきにひねると『くるみ』はきれいに ふたつにわれた。
「こら!からだってえいようがあるんだから、すてるんじゃないよ、もったいない」
「だって すじがおおくはいってて かたいんだもん。おっかあ、たべていいよ」
「しょうがないねぇ。こらこら、せめて かわはむかずに たべれ。まだやわらかくて たべいいはずだよ」
むすめおには ははおにに にらまれてしぶしぶ かわごと『くるみ』をかじった。
「あ!ほんとだ。『くるみ』のかわって とてもやわらかくて みるくのあじがするよ」
こうして ふたりはひさしぶりの しょくじをたんのうした。
むすめおにが『くるみ』を はんぶんぐらいたべると、なかから ひょうめんが しわしわした うすももいろの まるい かたまりがでてきた。
「ねえ、おっかあ。これは なにかな?これもたべれる?」
「あぁ、それはのう、『くるみ』のもとだよ。たべてもいいけど こどもには ちょっと にがいかな。それよりも それを うらにわに うえてごらん。まいにちみずやって せわしてやれば また『くるみ』が はえてくるからよ」
「ほんとか!おれ、やってみるよ」
こうして むすめおには うらにわに あなをほると『くるみ』のもとをうえて、まいにちまいにち みずをやってせわをした。
せわをはじめて いっしゅうかんもすると へんかがあらわれた。
「あっ!おっかあ、めだ!めがでてきたよ」
つちのなかから かおはんぶんを のぞかせ、めは わずかな かぜにも はんのうしているのか、チラチラと むすめおにのほうへ なびいていた。
めがでたあとの『くるみ』の せいちょうは はやかった。
めが かんぜんに つちからでると すぐにつぎのへんかが あらわれた。
「おっかあ。もう はながついてるぞ。ちっこくてかわいいなぁ」
むすめおにが かおをちかづけたさきには、いろじろな ちいさなはなが いきぐるしそうにぷっくりと ふくらんでいた。
「おめぇは、そだてるのが じょうずだな。このあと、したのほうの はが しろくみえたら しゅうかくできっぞ」
「もうすこしだね。たぁのしみぃだよぉ」
むすめおにの きたいに こたえるように『くるみ』は ぐんぐんせいちょうした。
そして…
「おっかあ。はだ!しろいはが みえたよ」
かたちよく きれいにととのった ちいさなちいさな は。
ひょうめんに まっしろなかがやきをうかべたそれらは なにかをささやくように、したにむかって ゆっくりとリズムを きざんでいた。
「おや、りっぱにそだったねぇ。さっそく しゅうかく するかい」
「わーい。しゅうかく しゅうかくぅ」
「いいかい、なるべく ねっこのほうを しっかりもって、いっきにひっぱるよ」
むすめおには しんけんなかおで コクリとうなずいた。
ふたりは つちにうまる『くるみ』のわきにしゃがむと ねっこを りょうてで しっかりとつかみ、
「いち、に、さんっ」
ははおにの かけごえにあわせて いっきにひきぬいた。
「ぎゃっ!ぐわっ!ぐほっ!」
おしつぶされた こえにならない くぐもったひめいを あげながら『くるみ』が つちのなかから ひっぱりだされた。
「わーい、『くるみ』。またあえたね。あれ?おっかあ、『くるみ』ちっとも うごかないぞ」
「ひっこぬくとき くびねっこにちからをいれすぎたかね。ま、どうせ すぐたべるんだろ?」
「うん。もっちろーん」
「こんどは ちゃんと からだも たべるだぞ」
「えー。だって からだって すじがおおいんだもん」
「じぶんで そだてたんじゃないかい。とれたてだから きっとやわらかいよ」
「う~ん…じゃあ たべてみる」
ひきぬいた『くるみ』を だいじにかかえ むすめおには いえのなかへと かけこんでいった。
………え?急いでるから樹海を抜けて真っ直ぐ山を越えて隣町へ行くって?
そいつは止めた方がいい。山には魔物がたくさんいるでよ。人食い鬼もいるって噂だ。日にちはかかるがぐるっと迂回して言った方がええ。
何?銃があるから平気?どうしても行く!?
だったらもし、山で誰かに会っても決して名前を名乗っちゃなんねぇぞ。魔物は言霊を操るっていわれててよ、名を支配されたら身動きできなくなっちまうから。
フン、まあせいぜい気を付けてお行きなせいよ。
-了-