4話
遊具のない公園は、まるで空っぽのおもちゃ箱だ。
澄んだ空気が気持ちの良い秋の午後だというのに、子供の歓声ひとつ聞こえない。
いや、子供どころか、神社裏のこの公園には、人っこ一人いなかった。
閑散とした光景を前にして、真理はがっくりとうなだれた。
落雷の跡があることからも、ベイビーちゃんがここに落ちたのは確実だ。
犯人が犯行現場に戻るように、街を散策するのに飽きたベイビーちゃんが出発地点に戻っているのでは、と淡い期待を抱いて来てみたのだが……。
「そうだよな……。そんなに簡単に見つかったら苦労はないよな……」
雷夫妻に子供を探してくれと、頼まれたのは二日前のこと。
それから、昨日と今日とで真理は街なかをひたすら歩き続けた。
引き受けたときには、すぐに見つかるだろうと高をくくっていたところがあった。
雷様が『では、明日の同じ頃、この同じ場所で』と指定して天に帰ろうとするのを、それはさすがに早過ぎると慌てて引き留めたのは念には念をと思ったからであって、決して探し出せなかったときのことを想定したわけではない。
それで『では、四度寝た後の、同じ頃、とするか』と、譲歩してもらったのだが、ここにきて真理は焦り始めていた。
ベイビーちゃんが一向に見つからないのだ。
もう他に、どこを探したらいいのかすらわからない。
枯れた芝生に腰を下ろし、真理は途方に暮れてしまった。
そんな真理とは対照的に、わらしは元気なもので、パタパタと走り回っては「おーい、いないのー?」と茂みに頭を突っ込んだりしている。
そんなところにベイビーちゃんがいるわけもなく、おかっぱ頭にカサカサの葉っぱをいっぱいくっつけて、わらしは真理の横に戻ってきた。
「どこにもいなかったよ」
「ほい。報告、ご苦労さん」
ねぎらいの言葉も形ばかりに、真理は「うーん」と伸びをして、そのままゴロンと仰向けに倒れ込んだ。
この公園をベイビーちゃんどころか、近所の子供も使わないというのなら、真理だけでも満喫してやろうと、少々やけっぱちな気分だった。
なのに、わらしにはそうは見えなかったようで、「真理、なんでバンザイしてるの?」と聞いてくる。
「これはバンザイじゃなくてだな、お手上げのポーズって言うんだ」
「ふ~ん。じゃあ、わたちも、おてあげする!」
それで、芝生の上で、二人仲良くお手上げすることとなった。
これからどうするかで頭がいっぱいの真理の横で、わらしはコロコロとローリングしながら、芝生の感触を楽しんでいる。
両手を上げたまま、ある程度のところまで転がると戻ってきて、真理の横っ腹にトンとぶつかり、またコロコロと転がっていくといった調子だ。
おまえの『お手上げ』は随分と楽しそうだな、と軽口を叩く気力もなく、真理は空を見上げて思案していた。
八方手詰まりなのは事実だった。
自分一人では無理なことはわかっているので、もう既に主だった面々には相談済みだ。
真理がまず真っ先に頼ったのは、カラスのカア吉だった。
カア吉の方も雷が鳴った途端に逃げ出してしまったことを引け目に感じていたらしく、事情を聞くと、すぐさま協力を申し出てくれた。
カラス社会の情報網というのは、なかなか侮れない。
心強い援軍だったが、『で、そのベイビーちゃんとやらは、どんなお子さんなのですカア?』と聞かれて、真理は言葉に詰まってしまった。
真理だって、その質問は当然、雷様にぶつけていた。
しかし……、
『あんたにそっくりの可愛い子よね』
と、夫人が言えば、
『いやいや、ベイビーちゃんの可愛さは奥さんそっくりだ』
と、雷様も譲らない。
きっと凛々しく成長するわ、とか、いや、とびきり美人になるだとか、またもや夫婦のイチャイチャが始まってしまい、大事なことは何一つ、わからずじまいだったのだ。
父親似なのか、母親似なのか。
ミックスされているのなら、その比率は、いかほどか。
何より大事な、男の子なのか、女の子なのかさえわかってないと真理が気づいたときには、夫妻は天に駆け上がってしまっていた。
見えない階段を三段飛ばしで上がっていくような豪快さに、つい引き止めそびれてしまったのだ。
わかっているのは、わらしと同じくらいの背格好ということだけ。
『カーッ、そんなことで、どうやって探せと言うんですカア!』
カア吉が呆れるのも無理もない。
一応、他のカラスにも声をかけておくと言ってくれたので、それを期待しているのだが、カア吉からはその後、何の連絡もない。
次に、真理が頼ったのは河原だった。
しかし、よく物を知っていそうなカッパの彼でも、雷様の子供の顔は知らなかった。
それでも真理がどこか余裕でいられたのは、街で出くわしさえすれば解決することと思っていたからだ。
だが、その考えは甘かった。
座敷わらしのように雷様の姿は誰でも見られるわけではないと、真理は勝手に思い込んでいたのだが、どの人間も普通に雷様の姿を見ることができるというのだ。
『そりゃあ、そうですよ。空で雷がピカッと光るのを、地上でみんなが見てるじゃないですか』
河原は、何を当たり前のことを、という顔だ。
父親似にしろ、母親似にしろ、真理の想像の中でのベイビーちゃんは、両親のように角が生えていて、
両親のように虎の皮一枚を巻きつけただけの格好で裸足で街を歩いていた。
そんな子供と通りですれ違ったなら、すぐにそれとわかると思っていたのだ。
しかし、本当にそのような格好で歩いていたなら、人目につかないわけがない。
とっくに、街で評判になっている筈ではないか。
真理はその足で、オカルト研究会の面々を探しに行った。
彼らはちょうどキャンパスの中庭で、また何やら怪しい儀式をしようとしているところだった。
他の学生たちが、何かバカなことをやってるという顔で通り過ぎるが、彼らは至って真剣だ。
真理だって普段なら、その他大勢の学生と同じような顔で足早に横を通り過ぎただろう。
しかし、都市伝説やらUFO目撃情報やらの収集力にかけては、この辺りで一番だと真理は彼らに一目置いている。
もちろん、彼らに『最近、この辺で何か面白いオカルト情報ない?』と話しかけるのは、入会希望と間違われるリスクがある。
が、背に腹は代えられない。
思い切って、声をかけてみたのだが……。
最近は特に何もない、という答えしか返ってこなかった。
『鬼の子供が出るとか、そういう、都市伝説みたいな話はないのか?』と水を向けても、『えっ、なになに、その話。面白そう! もっと詳しく!』と、逆に丸岡に食いつかれる始末。
『いや、知らないならいいんだ』
背中に『オカルト好きはみ~んな仲間だよ! いつでも入会歓迎だよ!』という有難くもない言葉を浴びながら、真理はそそくさとその場を立ち去った。
本格的に焦り始めていた。
人間の子供と、さして変わらない見た目である可能性を、どうしてこれまで考えなかったのか。
もしかしたら、横を通り過ぎていたのに、気づかなかったのかもしれない。
通りを歩きながら、すれ違う子供に目を走らせた。
親と一緒の子供は違う。
一人で歩いている子供はいないか。
そこへ、頭上から男わらしが降ってきた。
ビルの屋上から民家の屋根へと三段跳びの要領で、びよ~ん、びよ~んと渡っていた男わらしは、真理を見つけて急降下してきたのだ。
『ちょうど、あんたの所に行くところだった』
男わらしは息を切らせていた。
『随分と厄介なことに巻き込まれたようじゃないか』
どうやらどこかのカラスから話を聞いて、それで心配してくれているようだった。
仕方がないからな、と前置きしてから、『俺様も探すのを手伝ってやるよ』と言う彼は、相変わらず素直じゃない。
それでも、その気持ちが有難い。
そんな彼に、探す相手の容姿がさっぱりわからないのだと告げるのは、益々心配をかけることになるので少々心苦しかった。
『はあ!? あんた、そんなんでどうやって探すつもりだよ!』
案の定、男わらしは眉間に深いしわを刻んだ。
『どうするんだよ。期日もあるって聞いたぞ。約束の日までに見つけられなかったら、怒った雷様に、何されるかわかったものじゃないぞ!』
確かに、天に帰っていく雷夫妻はもうこれで一件落着というような顔をしていた。
真理が見つけ出せないなんて、これっぽっちも思ってないような……。
『雷様はおっかない方だと聞くしなあ』
脅かすようなことを言う男わらしに、真理はそうだろうかと首をかしげた。
奥さんにデレデレで尻に敷かれっぱなしの、情けない顔が真っ先に浮かぶ。
しかし、勝手に焼きもちを焼いて、すごんできたときの目つきは確かに恐ろしいものがあった。
『それに、すっごい短気だそうだ。もし、期日までに見つけらなかったら、あんた、へそを取られるかもしれないぞ!』
『へ、へそ!?』
――へそかあ……。
芝生に寝っ転がりながら、真理は知らず腹を抑えていた。
へそを取られるのは、やっぱり嫌だ。
コロコロと転がってきた、わらしをキャッチすると、半ば強引に起き上がらせた。
「よし、町内をもうひとまわりしてこよう!」
「えーっ!」
不満顔のわらしを引きずるようにして、真理は公園をあとにした。




