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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
きみは小さな居候
9/97

9話

「大丈夫? 遅いから心配になっちゃった」

 トイレの前の狭い廊下で、里奈は気遣わしげな顔で真理を待っていた。

 ――酔って、トイレでダウンしてるとでも思ったのかな。

 可愛い女の子に心配されるのは悪い気がしない。

「大丈夫だよ、全然全然」

 真理は、ぶんぶんと手を振って何でもないとアピールをする。

「そ? 良かった。『二次会はカラオケだー』って、皆、盛り上がってるよ」

「ああ、あいつら、カラオケ好きだからなあ」

「真理くんは、カラオケ嫌いなんだ?」

 流行りの音楽に関心の無い真理は、友人が歌う曲の殆どを知らない。だから、カラオケに行っても、ついていけないことの方が多いのだ。

 だから、つき合いで行く程度で、自ら好んで、ということはない。

 それを今日会ったばかりの里奈に、いとも簡単に見抜かれるとは思わなかった。

「え、なんで、わかった?」

「だって、眉がこんな風になってるもん」

 里奈はクスクス笑いながら、人差し指で八の字を作る。

 彼女の仕草は、いちいち可愛い。真理が、ついつい、でれっとなるのも仕方がないだろう。

「えー、俺、今、そんなんなってる?」

「うん、なってる、なってる」

 見つめ合って、クスクス笑い合う。すっかり二人の世界が出来上がっていた。

 しかし、トイレの前だということを忘れてはいけない。

「あの~、すみません、トイレに行きたいんですけど~」

 二人は完全に、他の客の迷惑になっていた。

「あ、すみません」

 慌てて真理はどこうとするが、里奈は悪びれた様子もない。

「あら、ごめんなさい」

 にっこり笑って、真理に身を寄せるだけだ。ほら、これで通れるでしょ、と言わんばかりに。

 しかし、まるで抱きつかれたような格好に、真理の方はドギマギとしてしまう。腕をどこに持って行ったらいいのかも、わからないくらいに。

 そんな真理の戸惑いをよそに、里奈は他の客がトイレに消えても尚、しなだれかかったままだ。

「里奈もね、カラオケ、キライなんだぁ」

「え、そ、そうなの?」

 真理の耳に唇が寄せられる。

「そうなの。だからぁ」

 内緒話をするように囁かれた。

「二人でこのまま抜けちゃわない?」

 



 二人がカラオケに行かないと言った時の、武田の顔といったらなかった。池の鯉のように口をパクパクさせるばかりで、言葉が一つも出てこないといった様子だった。その表情から、「何故だ!」と言いたいのだけは伝わっってきたが。

 しかし、真理ですら、何故自分なのかが、わかっていないのだから答えようがない。

 しかも、彼女は別の店で飲み直すのではなく、真理の部屋に行きたいと言うのだ。

「里奈の家、千葉で、すっごく遠いの。真理くん、この近くで一人暮らししてるって言ってたでしょ?」

 真理の家に泊まれば、明日、大学に行くのに便利だというのが彼女の言い分だった。

 ――そんな簡単な理由で「泊まる」なんて言っていいのか?

 真理は頭の中でグルグル考える。

 ――けど、も、も、もしかして、これって、お持ち帰りってやつじゃないのか? 武田の言ってた、運が向いてきたっていうのはこのことなのか!?

 とにかく落ち着かなくては、と、真理は大きく一つ、息を吐いた。

「そ、そ、そっか。じゃあ、うちにくる?」

 精一杯平静を装ったが、真理の動揺は絡みつく腕を伝って、多分、きっとバレバレだ。

 しかし、そんなことよりもっと大事なことがあるのだが、すっかり舞い上がっている真理は気付いていない。

 真理がそれを思い出すのは、いざ玄関の鍵を開ける段になってからだった。



  

「あーっ!!」

「なに、突然どうしたの?」

 開けかけたドアを再びバタンと閉じてしまった真理に、里奈が不審な顔を向ける。

 ――やばい! 座敷わらしがいるんだった!

 どうして、こんな大事なことを忘れていたのか。

 真理は頭を抱えたくなった。

 どうせ里奈には見えないのだから、いいじゃないかという考え方もできるだろう。

 しかし、真理は、小さな子供――年数でいえば、真理よりもずっと長く生きているのだが――のいる部屋に、女を連れて帰るなんて、とんでもないと思うのだ。 

 なのに、里奈をここまで連れて来てしまった。

 ――どうする、どうする、俺……。

 座敷わらしが来てから、部屋に誰かを呼んだことは一度もない。どんなことが起きるのか、全く想像がつかなかった。

「あー、いやー、その……、散らかってるんだ。家の中がもうぐっちゃぐちゃでさ。だから、やっぱり今日は別のところで飲み直さない?」

 とりあえず、里奈を連れて、この部屋から離れようと真理は考えたのだが……。

「そんなの気にしないから大丈夫だよ?」

 里奈はそう言って、ドアノブに手をかけてくる。

 こうなったら、酔い覚ましに水でも出して、適当なところで帰ってもらうよりほかにない。

「じゃあ、ちょっとだけ待ってて」

 里奈の「えー、掃除なんてしなくていいよー」という声は無視して、真理は自分がぎりぎり通れる分だけを開け、するりと体を滑り込ませると、後ろ手にすぐドアを閉めた。

「真理、おかえりー」

 いつもは癒される座敷わらしの出迎えも、この日は真理を焦らせ、慌てさせるだけだった。

 トテトテと走ってきた小さな体をくるりと反転させ、背中を押すようにして部屋へと戻していく。

「なに、なにー? どしたのー、真理?」

 座敷わらしは、新手の電車ごっこか何かと勘違いしているらしい。キャッキャと無邪気に、はしゃいでいる。

 真理はその小さな体をおもむろに抱き上げると、そのままロフトに押し込んだ。

「今、友達が来てるんだ。だから、ここでいい子にしててくれ。わかったな?」

「……友達? 真理の? じゃあ、わたちも一緒に遊ぶ!」

「いや、それは無理だろ。だって、おまえは俺にしか見えないじゃないか」

 座敷わらしから、笑顔がたちまち消えていく。

 しまった、言い過ぎた、と気づいても、もう遅い。

「あ、いや、ちょっと話をするだけだから。すぐに帰ってもらうから」

 必死に言い繕うが、座敷わらしはロフトの隅っこに引っ込んでしまった。しかも、その体が徐々に透明になっていくではないか。

 座敷わらしが姿を消すことができるとは、知っていた。真理に見つからずに、東京行きの電車に乗ってついてきたのだから。

 しかし、実際に消えていくさまを目の当たりにして、真理は肝の冷える思いだった。

 なんだか、このまま真理の前から消えてしまいそうで……。急に怖ろしくなった。

「待て、待て。ほら、松子もクマゴロウもいるじゃないか。ちょっとの間、三人で遊んでてくれよ。な? 本当にちょっとの間だから」

「…………」

「あ、ほら、こいつらも、わらしと遊びたいってさ」

『遊びましょ』

『あそぼーよー』

 真理は必死に取り成した。松子とクマゴロウを両手に、声色まで使って。

 その気持ちが通じたのか、座敷わらしの体が徐々に色彩を取り戻してくる。

「……うん、わかった。松子ちゃんたちと遊んでる……」

「じゃあ、ここで遊んでるんだぞ。下に降りて来ちゃダメだぞ」

「……うん」

 何とか宥めすかして、真理がホッと一息ついたのと、里奈が痺れを切らしたのは、ほぼ同時だった。

「なーんだ、全然散らかってないじゃない」

 驚いて玄関先を振り返った真理の視線の先、里奈がちょうど靴を脱ごうとしているところだった。


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