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オカ研編

 右に真理、左には河原。

 その真ん中に陣取って、わらしは捕まった宇宙人状態で二人の手を握っている。

 つないだ手と手をぶんぶんと大きく振ってみたり、ぶら下がって宙で足をぶらぶらさせてみたりと、いつにも増して上機嫌なのは、大好きな二人と一緒に散歩ができて、嬉しくてたまらないからだろう。

 散歩と言っても、三人で出かけたわけではない。

 河原とは、帰り道で偶然バッタリ会ったのだ。

 午前中、スイミングスクールでひと働きして、帰りしなにスーパーで買い物をして、河原はちょうど店を出たところだった。

 カツラを取り戻したことで、河原にもいつもの日常が戻っていた。

 エコバッグにぎゅうぎゅうに詰め込まれたキュウリを見るに、食欲だって、元通りだ。

 すっかり元気を取り戻した様子を見て、真理もひと安心だ。

 しかし、それにしても、キュウリばかり、随分な量を買い込んだものだ。


「河原さん、もしかして、それ全部キュウリ?」

 真理は呆れ半分、感心半分で聞いたのだが、河原は褒め言葉と受け取ったようだった。

「ええ、そうですよ~。キュウリが大安売りだったんですよ~。今朝、チラシをチェックしてから出かけたんですよ~」

 河原は得意げに、ふふんと鼻を鳴らした後、内緒話でもするかのように声を潜めた。

「いや、でも、ここだけの話、チラシをチェックしておいて本当に良かったですよ~。だって、チラシに『カッパもびっくり!』なんて書いてあったんですよ~。知らずに行って、店頭でびっくりしてしまったら、私がカッパだとバレてしまうところでしたよ」

 いやはや危なかった、と胸を撫で下ろす河原は、どうやら本気で安堵しているらしい。

 ――いやいや、店側もまさか本物のカッパが買いに来るなんて思ってないから!

 真理は思わず心の中でツッコんでしまったが、毎度毎度、キュウリばかりを大量に買っていく客に、店員が『カッパ』とあだ名をつけている可能性は無くも無い。

 そもそも、大量のキュウリをどうやって消費しているのか、店員でなくとも気になるところだ。

「いくら好物と言っても、毎日食べてたら飽きませんか?」

 興味本位で訊ねた真理に、「飽きませんよ!」と、河原は鼻息を荒くした。

「生で食べて良し、炒めて良し。キュウリは万能食材ですよ~。味噌汁の具にしても美味しいし、天ぷらにしても美味しいんですから」

 力説する河原には悪いが、いくらなんでも天ぷらはない。

 思わず「うへっ」と顔をしかめた真理だったが、わらしの反応は全然違った。

「キューリの天ぷら? それ、おいしいの?」

 ――まずいな……。目がキラキラしてるぞ……。

 真理の心配をよそに、河原が「もちろん、美味しいですよ~」と煽るようなことを言うものだから、わらしのつぶらな瞳は益々キラキラしてしまう。

「真理、真理、おいしいって!」

 わざわざ報告してくる、わらしに、真理はげんなりとため息を吐いた。

次に何を言うか、だいたい予想がつくからだ。

「いいなあ、いいなあ、わたちも食べてみたいなあ」

 そら、きた。

 勘弁してくれ、と天を仰いだ真理だったが、そんなことをしている間に、『じゃあ、ご馳走しますよ』と、河原が今にも言い出しそうだ。

 その前に、なんとかして話をキュウリの天ぷらから遠ざけねばならない。

「あー、あー、あー……、あっ!」

 視線をあちこち彷徨わせていると、丁度良いタイミングで、見知った顔を見つけた。

 向かいからやって来る、三つのメガネ。

 まだ残暑も厳しい、この季節に、揃いも揃って黒ずくめ。

 こんな暑苦しい三人組は、オカルト研究会の面々の他にない。

 同時に、向こうでも真理に気づいたようだった。

「あっ、柳田くーん!」

 こんなとき、一番に声に出すのは決まって丸岡だ。

 三人の中で、一番社交的なのが彼だからだ。

 一人だけほんのり日焼けしているのも、彼がアクティブな人だからだろう。

 その日焼けのおかげで、ぽっちゃり体型が心なしか、引き締まって見える。

「柳田くん、久し振りだね」

 えびす顔の丸岡に続いて、気難しげな顔で会長の岡山田が、続いて、紅一点と言うには少々地味な向ヶ丘が小走りでかけ寄って来て、真理にぺこりと会釈をした。

 そんな中、河原は一人、じりじりと後ずさりしていた。

 今でこそ、真理と親しくなってはいるが、河原は人となるべく接触せずに暮らしたいのだ。

 人と深く関われば関わる程、カッパだとバレる危険性も増すと考えているからだ。

 真理の大学の友人と言えども、オカ研の三人は河原にとっては知らない他人だ。

 彼らが挨拶を交わしている隙に、そっとフェードアウトするつもりだった……のだが……。

 その動きが却って、岡山田の目を引いてしまう結果となってしまった。

「おや、こちらは?」

 岡山田は河原をしげしげと見つめ、首を傾げた。

「どこかでお会いしたことがあるような……」

「ああ、こちらは隣の部屋に住んでる、河原さんです」

 真理が紹介をすると、岡山田はすぐに「ああ、あのときの!」と頷いた。

 真理の部屋の前ですれ違ったことを、薄っすら覚えていたらしい。

「わたくしは、こういう者です」

 初対面の人には必ず渡すことにしているのか、岡山田はすぐさま名刺を取り出した。

 確か、真理ももらったことがある。

 UFOのイラスト付きの、ふざけた名刺だ。

 しかし、真面目な河原はマナー教室のお手本のような所作で、それを受け取った。

「オカ……ルト……研究?」

「はい。UFO、幽霊、妖怪。なんでもござれ、で研究しております」

 河原を年長者と見て取ったのか、岡山田はいつになく丁寧な言葉遣いになっている。

 しかし、それが却って河原を怯えさせてしまった。

「よ、妖怪? け、研究……?」

 名刺を持つ、骨ばった河原の指が微かに震えだしていた。

 妖怪を研究していると聞いて、河原の頭に真っ先に浮かんだのは、『実験』や『解剖』といった単語の数々だ。

 そこから河原の妄想が始まると、もう止まらなかった。

 河原の頭の中で岡山田は、妖怪を捕まえては実験と称して解剖する、マッドサイエンティストになっていた。

 とんでもない、買いかぶりだ。

 岡山田なんて、ただのオカルトおたくだ。

 しかし、哀れな河原の汗はだらだらと止まらない。

 しきりに頭を触っているのは、カツラがずれていないか心配でたまらないのだろう。

 頭の皿を見られたら、正体がバレる。

 バレたら、とんでもない目に遭わされる。

 そう思い込んでしまっているのだ。

 ――河原さん、大丈夫だから。落ち着いて。

 本当は声に出して言いたいが、オカ研の三人の前でそれを言うのは不自然だ。

 真理には、目で訴えるより他にない。

 でも、本当にそんなにビクビクする必要はないのだ。

 何故なら、オカ研の三人は、そこらの人間と比べても、とびきり鈍感な連中なのだから。

「ねえねえ、またユーレイに会えた?」

 わらしにシャツを引っ張られようが、

「ねえ、ねえ、ねえ、うらめしやーって、ちゃんと言えた?」

 背中によじ登られて、髪の毛を引っ張られようが、全く何も感じてないのだから。

 岡山田にまとわりつく、わらしを引きはがしつつ、真理はさり気なく河原を背中に隠した。

「丸岡くん、ちょっと見ない間に焼けたね。夏はレジャーで忙しかったんだ?」

 そうして、さり気なく話題を変えたつもりだった。

 しかし、この何気ない一言が、どうやら丸岡の何かのスイッチを押してしまったようだった。

「これはバイト焼けと言うやつだよ、柳田くん。オカ研で夏合宿をやろうって話になってね、その旅費を稼ぐために、日雇いで引っ越しのアルバイトをしてたんだ。まあね、どこかの誰かさんはたった一日でバックレちゃったんだけどねー。そのおかげで、夏合宿の話はパーになっちゃったんだけどねー」

 昨日、今日の話ではないので、この件ではもう散々揉めて、一旦は収まっていた筈だ。

 真理の余計な一言が、丸岡の怒りを呼び覚ましてしまったのだろう。

「今年はオカ研メンバーも増えたことだし、夏は遠出しよう、って言い出したのは、その誰かさんだったのにさ」

 言い出しっぺの岡山田がバイトもせず、旅費も工面できなかったせいで、合宿自体がお流れになってしまったというのなら、丸岡の怒りも頷ける。

 しかし、そもそも岡山田は働くことが大嫌いな男なのだ。

 お金に困ったら真っ先に、何か売れる物がないか考える、といったタイプの人間なのだ。

 引っ越しのバイトなんて、土台無理な話だったのだ。

「あ~あ、カッパ伝説の土地巡り、行きたかったなあ。今頃、僕たちはカッパを発見できてたかもしれないのになあ」

 カッパを目の前にしているとも知らず、丸岡は『カッパ、カッパ』と連呼する。

「スーちゃんだって、バイトして、ちゃんと旅費を用意したっていうのに。ねえ、スーちゃん?」

 すっかりあだ名が定着したらしい、スーちゃんこと向ヶ丘は「いえいえ、私の場合、家の手伝いをしてもらったお小遣いを貯めただけですから、あまり苦労してないんです……」と、相変わらず控えめだ。

 家の手伝いといっても、向ヶ丘家は普通のサラリーマン家庭で、自営業というわけではない。

 向ヶ丘の言う手伝いとは、家業を手伝うといったものではなく、夕飯の片付けだとか、父親の肩を叩くといった、小学生レベルのことを指していた。

 元から、一人娘に甘い両親だ。

 娘が頼めば、お小遣いなんていくらでもくれる。

 だけど、向ヶ丘は丸岡たちのように自分もお金を稼ぎたかったのだ。

 おとなしくて友達の一人もいた試しのない娘が仲間と夏合宿に行くと聞けば、両親の財布のひもも緩むというものだ。

 簡単なお手伝いをしただけで、じゃぶじゃぶとお小遣いをもらった向ヶ丘は、悠々と合宿費用が貯めることができたのだった。

 しかし、楽しようがどうしようが、貯めたという事実が重要なのだと丸岡は言う。

「いいや、スーちゃんは偉いよ。それに比べて会長は――」

 しつこく丸岡に責め立てられても、岡山田は屁のカッパだ。

 一方、カッパ当人はというと、とても『屁のカッパ』というわけにはいかない。

「カ、カ、カ、カッパを……探しに……?」

 日本に数多いる妖怪の中で、彼らはカッパを狙い撃ちで捕まえる気でいたのだ。

 それを聞いたら、とても平静ではいられなかった。

 汗は益々止まらないし、 目もぐるぐる回りそうだ。

 それに気づかない岡山田は、やはり相当に鈍いのだ。

「……おや? お隣さん、カッパに興味がおありですか? カッパのミイラは? 見たことはおありか?」

「ひっ! ミ、ミ、ミイラ……!」

 干からびた自分の姿を想像したのだろう。

 河原は震える痩身を抱きしめた。

 そんな様子にも、やはり岡山田は気がつかない。

 鈍い上に、好きなことを話し出すと夢中になってしまう性格のせいだろう。

「そうです、ミイラです。偽物だと言う人もいますが、私は本物と信じております。……まあ、実物を見たわけではありませんが」

 ――見てもいないのに、なんでこうも自信満々なのかなあ……。

 今日何度目かのため息を吐いた真理だったが、ふと、わらしを見て、もう一回、ため息を吐かなければならなくなった。

 つぶらな黒い瞳の中で、好奇心の星がまたもやキラキラと輝き始めていたからだ。

 ――あちゃー、この話にも関心持っちゃったか……。

 真理が心配した通り、わらしは河原をゆさゆさ揺さぶって、「ねえ、ねえ、ミイラになれるの? なってみせてよー」と、おねだりをし始めている。

 ――やめなさい。こら、わらし。やめなさい!

 岡山田たちの手前、声を出すわけにもいかず、真理は声を殺して、わらしを諫めなければならなかった。

 目の前でそんなやり取りが繰り広げられているとは知らない丸岡は、まだ文句を言い足りないらしく、

しつこく岡山田に絡んでいた。 

「そうですよ! 僕たち全員、実物を見たことがないんですよ。だから、夏休み中にカッパ伝説の土地巡りをしようって決めたんじゃないですか! ずっと楽しみにしてたのに! スーちゃんだって、そうだよね?」

「はい。合宿に行けなくなったのは残念でした。でも、東京に残ったおかげで、カラス男の都市伝説の研究ができましたから、良かったのではないでしょうか」

 先輩二人の間に立たされた格好の向ヶ丘だが、こんなときは妙に落ち着き払っている。

 その冷静さは、ぷりぷり怒っていた丸岡をクールダウンさせる効果があった。

「それもそうだね。人面犬以来の超ビッグな都市伝説だからね。東京でじっくり調査ができたのはよかったかもね」

 案外、この三人はとても良くバランスが取れているのかもしれない。

 真理は感心しつつも、向ヶ丘の言った言葉に引っ掛かりを覚えていた。

 都市伝説。

 カラス男。

 どれもどこかで最近、聞いた覚えがある。

 どこで聞いたかと首をひねって、『そうだ、武田だ』と思い出した。

「そういや、武田もその都市伝説の話をしてたなあ。俺はよく知らないけど、今、その話、流行ってんの?」

 真理が訊くと、向ヶ丘は信じられないものを見るような目で真理を見た。

「流行ってますよ。知らないんですか? ネットでこんなに話題になってるのに……?」

「いや……、俺、そういうの疎いから……」

「カラス男というのはですね――」

 得意分野の話となると雄弁になるのは、オカ研の三人の共通の特徴なのか、向ヶ丘はとくとくと語り始めた。

「カラス男には背中に大きなカラスの羽があるんです。その羽で雨雲を呼んで、ゲリラ豪雨を起こすとか、逆に、雨雲を打ち払って晴れ間を呼ぶとか、色々な説があるんです」

「へー」

 向ヶ丘の話を真理よりもずっと熱心に聞いていたのは、わらしだった。

 本当に理解しているのかどうか定かではないが、『ゲリラごーう』という単語を覚えたことは確かだろう。

「目撃情報は東京近辺に集中しているんです。ネットに動画も上がってるんですよ」

 見ますか? と聞かれて、間髪あけずに「見たーい!」と返事をしたのも、やはりわらしだった。

 真理はというと、実はもうさほど興味がなかった。

 とはいえ、そうとは言いづらい。

 仕方なしに、スマホの小さな画面をのぞき込んでみたのだが……。

「う~ん……」

 何か黒っぽいものが宙に浮かんでいる。

 ただそれだけの動画を前にして、真理はただただ困惑するしかない。

「これじゃ、なんにもわかんないよ」

 しかも、その黒っぽいものは一瞬で画面から消えてしまうのだ。

 そして、なにより画質がひどく悪い。

 しかし、オカ研の三人は、それこそがミステリーなのだと小鼻を膨らませるのだった。

 丸岡が動画主にコンタクトを取って聞いたところによると、同じスマホで撮った他の動画は、ちゃんとクリアな画像で撮れてるいるらしい。

「ねえ、不思議でしょ。不思議だよね、ね、ね?」

 丸岡が圧をかけてくるが、真理にはやはりよくわからなかった。

 でも、オカ研の三人がこんなにも盛り上がっているところに、水を差すわけにもいかない。

 ――余計なことは言わないで、黙っていた方がいいのかな。

 そう思っていた。

 わらしが「わっ、これ、真理だー!」と叫ぶまでは。

 ――えっ、俺?

「ほら、真理が大きなカラスの足にぶら下がってるよ!」

 真理の背中によじ登って動画を見ていた、わらしが、一時停止した画面を指さして大声で叫んだ。

 好奇心に負けた河原も、どれどれ、と覗き込んできて、目を丸くしている。

 どうやらこの二人には、はっきりと見えているらしい。

 そう言われれば、黒いもやは大ガラス様の翼のようであり、その下に何か小さなものがぶら下がっているように見えなくもない。

 日付を確認すると、偶然なのか、わらしと川原が川で溺れた、あの日のものだった。

「動画はこの一本だけですが、目撃者は複数いるようです」

 向ヶ丘の言葉に、丸岡が「そうそう」と同意する。

「証言をまとめて、学祭で発表するんだ。ね、会長?」

「うむ」

 楽しげなオカ研の三人とは裏腹に、真理の顔は青ざめていた。

 ――まさか誰かに見られていたなんて……。

 先程までは冷や汗を掻く河原を心配していた真理だったが、自分がだらだらと汗を垂らすハメになってしまった。

 画質の粗さに安堵しつつ、これからは気をつけようと、真理は心に誓ったのだった。


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