カラス編 2
「ここがカア太郎たちがねぐらにしている公園です」
駅から逆方向になるこの辺りに、真理はほとんど来たことがなかった。
「へえ、こんなところにこんな場所があるのか」
子供のための遊具がいくつか、あるにはあるが、自然公園という名の通り、周りをぐるりと取り囲むように大きな木が植えられていて、人間の子供用と言うよりはカラスのためにあるような公園だった。
ここがカラスのねぐらというのも頷ける。
話を聞く限りでは、カア太郎が河原のカツラを拾ったことに間違いはなく、それを返してもらうため、カア吉にここまで案内させたのだった。
「おーい、カア太郎はいるカア。人間の旦那がおまえに話があるそうだぞー!」
カア吉のひと鳴きに、木々がざわざわと揺れたように見えた。
しかし、それは目の錯覚で、枝にとまっていたカラスたちが『なんだなんだ』と一斉に身じろぎしたせいだった。
こんなにたくさんのカラスがこの場にいたのかと、真理が秘かに面食らっていると、茂った葉の間から一羽のカラスがおりてきた。、
どうやらこのカラスが、噂のカア太郎らしい。
「こちらの旦那のことは、ご存じカア?」
カア吉が真理を紹介すると、カア太郎は目を真ん丸に見開いた。
彼の方も、真理の噂は聞き及んでいたようだ。
「――それで、こちらの旦那がな、おまえの宝を見たいのだそうだ」
ケチだと聞いていたので、見せるのを渋るのではと心配していたのだが、どうやらそれは杞憂だった。
何しろ、オオガラス様のお気に入りと噂の人間がわざわざ会いに来たのだ。
自慢屋のカア太郎にとって、これ以上の自慢の種はない。
彼は得意げに公園の隅の一本の大きな木に、真理たちを案内した。
その木の根元には、枝が不自然に積み上げられていて、カア太郎は羽の先でそれを器用に取り払った。
すると、表れたのは黒い、フサフサの物体で、正に真理のお目当てのもののように見えた。
しかし、真理は慌てない。
「あの……、これはどこで拾ったんですか?」
どこからどう見てもカツラだし、黒い直毛のそれは明らかに河原のものだろう。
でも、万が一、誰か他の人のカツラということもあり得る。
だから、どこで拾ったのか、直接本人から聞きたかった。
エッヘンと胸を張ったカア太郎の言葉を、カア吉に通訳してもらったところ、どうやら『橋の脚のところに引っかかってた』と答えたらしい。
――ああ、やっぱり河原さんのカツラで間違いない。
それを確認すれば、あとは交渉あるのみだ。
「あの~、これの持ち主が探してるんです。大雨の日に川で落としてしまって、それからずっと困ってて……。持ち主に返してやってもらえませんか?」
出来るだけ丁寧に話を持ちかけたつもりだったのだが、カア太郎の反応は当然のように……。
「カカカカカカカカカカカア、カア、カカア!」
激しい口調が全てを物語っている。
カア吉の通訳が無くたって、『これは自分が拾ったものだ! もう自分のものなのだ!』と言っていることくらいわかるというものだ。
ケチだとは聞いていたし、この反応はある程度予想できたものだった。
折角カツラを見つけたのに、真理は手ぶらで帰るしかないのだ。
――ああ、どうすりゃいいんだ……。
本当は頭を抱えたいところだが、わらしを肩車しているので叶わない。
天を仰ぎたいところだが、やはりそれも、わらしが邪魔でできそうにない。
真理はごくごく控えめに「参ったなあ」と呟くことしかできなかった。
なのに、わらしはそんな真理の頭を無遠慮にゆっさゆっさと揺さぶってくる。
「ねえねえ、真理。ねえってば」
今は、わらしに構っている場合ではないのだが、わらしはそんなことお構いなしだ。
「もう肩車も飽きちゃったのか? 頼むから、もうちょっとの間、じっとしててくれよ」
しかし、わらしは何も交渉の邪魔をしたいわけではなかった。
「ねえ、真理。このカラスは知らないんだねー。落し物を拾って真理に届けたら、すごーいご褒美、もらえるのにねー」
わらしとしては、返せば良いことがあるのになあと、ただ純粋に思っただし、それを言いたいだけだった。
だが、この一言は思いのほかカア太郎の心を揺さぶったようだ。
それまで警戒心も露わに河原のカツラを抱え込んでいたカア太郎が『ちょっと詳しく聞かせてもらおうか』というような顔で、ずずずいと身を乗り出してきたではないか。
このような反応は、大抵の場合、わらしを調子に乗せてしまう。
案の定、すっかり気を良くした、わらしはもはや完全に自慢モードだ。
「ほらあ、これだよ。これ、落し物を拾ったご褒美にもらったの。いいことしたからなんだよー」
わらしが得意げに指を差すのは、黒いおかっぱ頭を飾る赤い髪留めだ。
里奈が部屋に忘れていった髪留めを返したご褒美に、と真理があげたものだった。
「いーでしょー」と首を振るたびに、それがキラッキラッと瞬いて、カア太郎の目を釘づけにする。
キラキラ光るものが好きという点では、カラスだって負けていないのだ。
カア太郎がうっとりするような目つきで見入ってしまうのも、当然のこと。
やがてその視線が、真理の方をチラッチラッと窺うようになってきて……。
――なんだ、なんだ、交渉する余地、アリなのか?
その視線に、真理はわずか光明を見出した。
よくよく見れば、カア太郎の顔にはしっかり、かわりに何をくれるの? と書いてある。
しかし、こんな展開が待っているとは知らない真理は、ここまで手ぶらで来てしまった。
何か無いか、とポケットを探っても、小銭が数枚あるくらいだ。
普段から、釣銭を財布にしまうのが面倒で、もらった小銭を直接ポケットにしまいこむ癖があるのだ。
この日のジーパンにも、数枚の硬貨が入っていた。
しかし、その瞬間、そうだ、これだ! と真理はひらめいた。
オオガラス様がピカピカのお賽銭に大喜びしていたことを思い出したのだ。
カラスにとっては、ピカピカの硬貨も宝物に違いないのだ。
今日も一枚くらい、ピカピカの一枚がポケットに紛れているのではないか。
一枚、一枚、取り出してみるが、残念ながらどれもこれも使い込まれたものばかり。
諦めかけていたところ、最後の一枚にして、ようやくピカピカの硬貨が出てきた。
しかも、一際大きな一枚だ。
だけど、少し悩んでしまう。
なぜなら、それは……。
――うーん……、五百円かあ……。
少々悩んでしまったが、ケチ臭いことを言ってどうする、と真理は自分を奮い立たせた。
「これと引き換え、ってことでどう?」
思い切って差し出した一枚は、真理の指先でキラリと光った。
それに呼応するかのように、カア太郎の瞳もキラリと光った。
それが、交渉成立の合図だった。
こうして、カア太郎は五百円硬貨を羽中に入れ、真理も無事、河原のカツラを取り戻した。
お互い満足の行く取引だった。
カア太郎はキラキラ輝く宝物をしばらくの間、うっとりと見つめていたが、やがて何やら真理に問うてきた。
カア吉の通訳によれば、「何と書いてあるのか」と聞いているらしい。
真理が「五百だよ。五百と書いてあるんだよ」と教えてやると、カア太郎は満足そうに「カア」と鳴いた。
それから、カア太郎は一目散に仲間のもとに飛んでいった。
早く自慢したいのだろう。
「い、いいんですか、旦那。あんなステキなものをあげてしまって」
羨ましそうな顔を隠しもしないカア吉に、真理は「いいんだよ」と笑って答えた。
真理だって探し物が手に入り、同じくらいにハッピーだった。
人差し指にカツラを乗せて、くるりと一回転させると、真理は「さーて、帰るか、わらし」と、意気揚々に歩き出した。
まだまだ陽は高い。
が、そろそろ夕飯の支度の時間だ。
「夕飯は何にするかなあ。昼は麺だったから、ご飯にするか」
「わーい、ごはん―! 早く帰ろー。カラスが鳴くからかーえろ」
歌うわらしを肩に乗せ、真理は来た道を戻っていく。
その足取りは、ウキウキと軽い。
河原がカツラを見たら、どんなに喜ぶだろうかと想像すると、自然にそうなってしまうのだ。
しかし、そんな真理でも、のちにカア太郎が五百太郎と名を改めることになるとは、これっぽっちも想像できていないのだった。




