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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
わらしとカッパと夏の空
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21話

『どうしよう、先生っ、つぐみちゃんが電話に出ないっ! 鷹にぃはバイトだし、朱鷺にぃもいないし! 先生、先生っ、どうしよう!』

 ひたきの、こんなに切羽詰まった声は初めてだった。

 おとなしくて控えめで、普段は大声を出さない彼の叫ぶような声に、真理はただならぬ気配を察知した。

「お、落ち着いて、ひたきくん。つぐみちゃんが何だって?」

 つぐみが照れくさそうに、浴衣姿を見せに来たのはどのくらい前だったか。

 女の子らしいことに対して抵抗があるのか、さかんに『変じゃない?』と聞いてくるので、真理は何度も『可愛いよ』と言ってきかせなければならなかった。

 最後には自信がついたようで、ウキウキとした足取りで出かけていったのだが……。

 そのつぐみに、一体何があったというのか。

『さっき、一緒に行く予定の女の子から連絡がまわってきたんです。柴山くんがはるりんと付き合うことになった、って』

「は? はるるん?」

 聞き返せば、『はるりんです! サッカー部のマネージャーです!』と、珍しくひたきにキレられてしまう。

 思わず、「あ、ごめん」と謝ってしまってから、真理は「ん? 付き合う!?」と目を剥いた。

「付き合うって、それ、いつの話だよ」

『昨日、はるりんが告ったみたいなんです。それで、柴山くんがOKしたみたいで』

 その女子マネージャーは、一年のときから柴山のことが好きだったのだそうだ。

 お祭り前日、思い切って告白してみたら、意外にもあっさりとOKの返事がもらえたのだと言う。

 それを聞いた女子たちが、出来たてほやほやカップルを二人っきりにさせよう大作戦を計画し、ひたきやつぐみにも協力するよう連絡を寄越してきたのだそうだ。

「なんだよ、それ!」

『僕もびっくりしちゃって……。だって、だって、つぐみちゃんは……』

 柴山くんのことが好きだったでしょう?

 ひたきはその先を言わなかったが、真理にはしっかり伝わった。

 はにかんだような笑顔で、浴衣姿を見せに来た、つぐみ。

 彼女がそれを一番に見せたかった相手が誰なのか、真理はよく知っている。

 だって、柴山が言ったのだ。

 つぐみの浴衣姿が見たいのだ、と。

 だからこそ、つぐみはあんなにはりきったのではないか。

 女の子たちから、待ち合わせ場所の変更と、待ち合わせ時間を遅らせることを知らされて、つぐみは『うん、わかった』と返信したという。

 どんなきもちで『わかった』と返事したのだろう。

 そう思ったら、真理は声を荒らげずにはいられなかった。

「くそっ、あんな思わせぶりな態度を取っておいて、なんだよ、それ!」

 柴山があんなことを言わなければ、つぐみが恋心を自覚することもなかったのだ。

 なかなかの好青年だと思っていただけに、裏切られたような気分だ。

 真理はその辺にあるものを蹴飛ばしたい衝動に駆られ、ふと我に返った。

 ――しまった、わらしがいたんだった。

 じっと見上げる黒い瞳にギクリとし、真理は寸でのところで乱暴な振る舞いを思いとどまった。

 不安げに揺れる黒い瞳は、何の話をしているかはわからなくとも、真理の中の負の感情を敏感に察知しているようだった。

 その横で河原も、おどおどした目で見つめている。

 真理はわしゃわしゃと、おかっぱ頭を掻きまぜた。

 なんでもないよ、と安心させるつもりが、そうすることで本当は自分を落ち着かせたかっただけなのかもしれない。

 実際、されるがままのわらしが赤べこのように首をガクガクさせているのを見ているうちに、真理は不思議と心が凪いでいくのを感じていた。

 ――そうだよなあ……。誰が悪いとか、そういう話じゃないよなあ。

 真理は、ボサボサになってしまったおかっぱ頭を、今度は優しく手で梳いた。

 平静さを取り戻した頭で、別に柴山がたぶらかしたわけではないんだよなあ、と考える。

 柴山は、ただひたきを友達の輪に入れたかったのだ。

 そのためにつぐみを巻き込んだだけなのだ。

 そもそも柴山は、つぐみを恋愛対象として見ていなかったのではないか。

 なにしろ普段のつぐみは、良く言えばボーイッシュ、悪く言えば少々がさつで、恋愛なんて程遠いような存在だったのだから。

 だけど、と真理は思う。

 ――せっかくとびきり可愛い乙女に変身したのになあ……。

 恋愛にはタイミングも重要だというけれど、つぐみの初恋は始まった途端に強制終了されたようなものだ。

 こんな消化不良なことって、あるだろうか。

 しかし、世の中、ままならないなあと嘆いてばかりもいられない。

 つぐみにとって、これが初めての恋だとしたら、失恋だって初めてとなる。

 何回経験したってキツイのに、つぐみは、今、たった一人でそれを抱えているのだ。

 つぐみのことが心配だった。

 それは、ひたきも同様で、『僕、つぐみちゃんが泣いてるのって見たことがなくって……。でも、今、泣いてるような気がするんです』と、自分の方こそ泣いているような声で訴えてくる。

『だって、すぐにメッセージを送ったのに、全然既読にならないし、直接電話をかけても、つながらないし。電波が届かないなんてことはないだろうから、きっと電源を切っちゃってるんだ! 先生、先生、どうしよう』

 電話に出ないのは、ひたきに弱い自分を見せたくないからだろう。

 ひたきたちと合流さえ、しないつもりかもしれない。

 かと言って、意地っ張りなところのある、つぐみのこと、このまま家に引き返すとも思えない。

 真理のもとに帰ってくればいいのに、それもしない。

 となると、つぐみはお祭りを一人ぼっちで過ごす気だ。

「いいよ、俺が探してくる!」

 気づいたときには、そう宣言していた。

 通話を終えると、真理はまず河原に頭を下げた。

「すみません、河原さん。うちでわらしの面倒を見ててもらえますか?」

「それは構いませんけど……」

「じゃあ、お願いします」

 痩せて骨ばった手に合いカギを握らせて、次に真理はわらしに向き直る。

「わらし、部屋に戻って、河原さんと留守番しててくれ。できるよな?」

「真理ぃ……」

 不安げな顔のわらしを置いていくのは心苦しいが、そんなことも言っていられない。

「すぐ戻るから」

 守れるかどうかわからない約束をして、真理は外へと駆け出して行った。



 エントランスを勢いよく飛び出してはみたものの、どこを探せばいいのか見当もついていない自分に気づき、真理は途方に暮れた。

 何も考えていない自分に呆れて天を仰ぎ見れば、そこにあった筈の抜けるような青空は、いつの間にか、黒い雲に覆われていた。

 まるで誰かが薄墨を流して、空を汚してしまったかのようだった。

 不穏な空模様は、そのままつぐみの心情を表しているように思え、真理は焦燥感を掻きたてられた。

 ――とにかく駅まで行ってみよう。

 中学生たちは、元々駅前で待ち合わせの予定だったらしい。

 恵美の都合で、待ち合わせ時間には大分早いが、つぐみはもうそこにいるかもしれない。

 真理が走り始めると、遠くの空で、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。

「やばいな。ひと雨来そうだ」

 言ったそばから、ポツリ、ポツリと雨粒が落ちてきて、次の瞬間にはバケツをひっくり返したような雨となった。

「くっそ、天気予報で雨って言ってたか?」

 バシャバシャと水しぶきを立てながら、真理は駅への道を急いだ。


 駅の改札前は雨宿りの人でいっぱいだったが、まだ祭りの時間に早いのか、浴衣姿の人は一人もいなかった。

 駅前のファストフードも一軒ずつのぞいたが、つぐみはどこにもいなかった。

 そもそもこの辺りにいたら、待ち合わせ時間に柴山たちとバッティングしてしまう。

 つぐみは駅前から離れたのではないか。

 この辺の土地をほとんど知らない、つぐみが向かう先は……。

 ――やっぱり神社しかないか。

 真理は今来た道を、引き返した。

 雨は益々ひどくなり、雷は今や真理の真上で鳴っているような状態だ。

 歩いている人は、もういない。

 皆、どこか建物に避難したのだろう。

 途中、何軒かコンビニを覗いてみたが、やはり、つぐみはいなかった。

 ビニール傘も売り切れだ。

 つぐみは傘を買えたのだろうか。

 この先、中学生が立ち寄れそうな店はほとんどない中、傘も持たず、トボトボと歩くつぐみを想像して、真理はぶるりと身を震わせた。

 そんな真理に、車がバシャリと大きな水しぶきをひっかけて通り過ぎて行く。

 気がつけば、道路は大きな水たまりと化していた。

 近くを流れる川を見て、真理は更にぎょっとした。

 普段はコンクリートの護岸のはるか下の方で、ちょろちょろと流れているだけの貧弱な川が、茶色い濁流を轟々とうねらせている。

 川の水は右の岸、左の岸にぶつかりながら、今にも溢れせそうな勢いだ。

 いつも何気なく渡っている橋の下、すれすれを掠めていく、その姿は、コンクリート製などものともせずに、手を伸ばし、引きちぎろうとしているかのように見える。

 真理は本能的に恐れを感じた。

 恐怖心を更に煽ったのは、スマホの不穏な唸り声だ。

 何事かと思って液晶を見れば、そこには大雨、雷、突風に警戒せよと書いてある。

 更には、河川も氾濫するかもしれない、などという不吉な文言まで踊っている。

 真理の足は自然と速まった。

 つぐみのことが心配だった。

 この異常な気象に真理でさえも不安を覚えるのだから、つぐみなら尚更、心細い思いをしているに違いない。

 ――つぐみちゃん!

 叩きつけるような雨が、Tシャツを体にピタリと体に張りつけていく。

 雨を吸ったジーンズとスニーカーがやけに重くて、不快だった。

 それでも、真理は無我夢中で走り続けた。

 


 参道に辿り着いた頃には、雨足はますます激しくなっていた。

 参道の両側に屋台がズラリと並んでいるが、どれもビニールをかぶったまま。

 まだ店開きをしていない状態だ。

 店の人も誰もいない。

 目を開けているのも辛いような雨の中、真理はつぐみの名を叫んだ。

「つぐみちゃーん、いないのかー」

 すると、雨のカーテンの向こう側で、さい銭箱の前の淡いピンクの塊がピクリと動いたように見えた。

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