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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
わらしとカッパと夏の空
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19話

「あらあら、本当に人見知りさんなのね」

 ロフトでピキーンと固まってしまった、わらしに、恵美はこれ以上ないくらいの猫なで声で話しかけた。

 怖がらせないように、怖がらせないように。

「大丈夫よ~。真理くんから話は聞いてるから」

 真理の名前を出せば、安心するだろうという目論見通り、おかっぱ頭がピクンと揺れる。

 おっ、反応したな、と恵美はほくそ笑んだが、ここで決して無理はしない。

 部屋の隅に置いてあった紙袋を取る素振りで、恵美は敢えてロフトへ背を向けた。

「ほら、これでしょ。これ、あなたの浴衣よね? 可愛い浴衣ねえ」

 白い浴衣地を広げると、一面に真っ赤な金魚がひらひらと尾を揺らし、気持ちよさげに泳いでいた。

 新品の子供用浴衣は愛らしくもあり、涼しげでもあった。

 恵美はそれを手に取ると、眉用ハサミで丁寧に値札を外していった。

「真理くんがね、『つぐみちゃんの着付けのついでに、自分にも着付けを教えてほしい』なんて言い出してね、私、びっくりしちゃったのよ」

 パチン、パチンとハサミが値札を切っていく。

 浴衣の次は、帯、その次は下駄。

 恵美は一つ、一つ、包装をときながら、誰に言うともなく、話を続けた。

「急にそんなことを言い出すなんて、なんか怪しいじゃない? だから私、『どうして、どうして?』ってしつこく問い質したの。そしたら、『今、親戚の女の子を預かってる』って言うじゃない。それで、『その子に浴衣を着せてやりたいんだ』って、すごい真剣な顔なの。そんなことなら、私がやってあげるわよって、言ったんだけど、真理くんってば、『すごい人見知りだから、俺じゃないとダメなんだ』の一点張りで……」

 だから、つぐみの着付けが終わったら、真理にレクチャーすることになっていた。

 しかし、着付けの間中、ロフトでぴょこぴょこと動く、おかっぱ頭を恵美は目の端で捉えていた。

 真理の言う通り、女の子は人見知りで、陰に隠れて出てこない。

 それでも、お洒落に関心があるのか、おかっぱ頭は出たり引っ込んだり。

 恵美はそれを微笑ましく思いつつ、驚かせないよう、知らぬ振りを通していたのだった。

「でもね、いくら人見知りって言ったって、男の子に着させてもらうより女の私の方がいいと思うのよ。ねえ、そうでしょう?」

 そう言って、恵美が振り向くと、わらしはすぐそこまで近づいて来ていた。

 まるで『だるまさんが転んだ』をやってるみたいだわ、と恵美がひっそり笑ったことも知らず、わらしは夢中で話しかけてきた。

「あのね、その浴衣、真理がくれたの!」

「そう、真理くんは優しいわね」

「うん、優しいの!」

 目を見れば、見つめ返してくれる。

 話しかければ、返事がある。

 それが、わらしには嬉しかった。



 わらしの知る限り、人間は二種類いる。

『見える』人間と『見えない』人間だ。

 わらしがいくら話しかけても、視線さえ合わないのは『見えない』人間だ。

 赤ん坊は比較的、見えていることが多いが、赤ん坊なら全員見えるというわけではない。

 それに、赤ん坊の頃、見えていたとしても、成長するにしたがって見えなくなってしまうケースも多い。

 おくるみに包まれて、初めて赤ちゃん真理が田舎の家にやって来たとき、実を言うと、わらしは左程期待していなかった。

 しかし、物珍しげに覗き込んだわらしの顔を、赤ちゃん真理ははっきりとその目で捉えていた。

 わー、わー、わー、この子は見えてる!

 母親に抱っこされながらも、赤ちゃん真理はわらしを見つけると「あーあー」と手を伸ばしてくる。

 わらしは、そのぷにぷにの指をにぎにぎしては、早く大きくなあれと何度も唱えた。

 そうすれば、一緒に遊べるから。

 しかし、スタスタと歩き回れるようになった真理を見て喜べたのは束の間のことだった。

 年に一度、来るか来ないかの真理を待ちわびていたのは、わらしだけではなかったからだ。

 小さな真理は柳田家のアイドルで、周りにはいつも誰か大人がいた。

 おかげで、わらしは真理に近づくことさえできなかった。

『つまんないの』

 家の中の賑わいから逃れるように、わらしは庭の松の木によじ登った。

 こんなことなら、大きくならなければよかったのに。

 人形遊びはできなくとも、指を握ればキャッキャと笑いかけてきた、あの頃の方がまだマシだった。

『あー、ホントのホントにつまんないの』

 日暮れを前に、さっきまで悪口を言い合っていたカラスもねぐらへと帰ってしまった。

 わらしは松の枝に腰掛けて、カラスが帰っていった山の稜線をただぼんやりと眺めていた。

 すると、そのとき――

『なんでそんなとこにいるの? お祖父ちゃんに叱られるよ?』 

 いつの間に庭に下りたのか、小さな真理がクリクリとした大きな目で樹上のわらしを見上げていた。

 わらしは目をパチクリさせたが、次の瞬間、夢中で木から飛び下りていた。


 

 あのときと今とで、どちらが嬉しいかと聞かれても、わらしは困ってしまうだろう。

 人間に見つけてもらったときの気持ちは、言い表しようがないくらいに嬉しいものなのだ。

「恵美は? 恵美は浴衣、持ってないの? 真理に頼めば、真理がくれるよ? 真理は優しいから」

 わらしは今まで大人しくしていた分を取り戻すかのように、夢中で話しかけていた。

 いきなりの呼び捨てとか、真理に浴衣をおねだりしろと言わんばかりの発言だとかに、恵美は目を白黒させた。

 けれど、折角心を開いてくれた少女に対して、あまりガミガミとは言いたくない。

 それに、何より肝心なことを恵美はまだ聞いていないのだから。

「つぐみちゃんとの会話で私の名前は知ったのかな? でもね、お姉さんはまだあなたのお名前知らないの。教えてくれるかな?」

 恵美としてはやさ~しく聞いたつもりだったのだが……。

 まさか「う~ん」と考え込んでしまわれるとは思ってもいなかったのだった。

 しかし、わらしからしてみれば、これは思ってもみなかった質問だった。

 おまえ。

 守り神様。

 座敷わらし。

 色々な人が、色々勝手に呼ぶけれど、自分の『名前』とはなんなのか、自分自身でもよくわかっていなかったのだ。

 恵美が「え? 何? 何? 私、そんな難しい質問した?」と、おろおろし始めた頃、おかっぱ頭の隅っこに真理の顔がポンと浮かんだ。

『わらし』

 そうだ。

 真理にそう呼ばれるのが、一番好きだ。

「わらし! わたち、わらしって言うの!」

「え……? えーと、……わらしちゃん?」

 どんな漢字かしらと恵美は首を捻ったが、こんな小さな子に漢字がわかるわけがない。

 本当は色々と質問攻めにしたいところだったが、恵美はそれを諦めた。

「それにしても……、最近の子の名前って、ホントに変わってるわね」

 そう呟いてから、自分が随分と年寄りじみたことを言っているのに気がついて、恵美は慌てて首を振った。

「この年でジェネレーションギャップなんて、冗談じゃないわ!」

 思わず叫んでしまった恵美に、今度はわらしが首を傾げる番だった。

「レレレーケチャップ?」

「独り言だから、気にしないで」

 恵美は取り繕うように、おかっぱ頭を優しく撫でた。

「さあ、わらしちゃん。浴衣を着ちゃいましょうか」

「うん、着る!」

 大人と比べたら、子供の着付けは簡単だ。

 真っ赤な兵児帯へこおびを蝶結びにして、金魚の尾びれのようにひらひらさせたら完成だ。

「はい、出来上がり」

 ワンピース姿も可愛いが、真っ黒なおかっぱ頭には和装の方が相性がいいのだろう。

 浴衣を着たわらしは、とてもとても愛らしかった。

「なんか……そのまま昔話に出てきそうなくらい似合ってるわね」

 普段から和服で生活しているのではないかと思う程、わらしの浴衣姿はしっくりきていた。

「わらしちゃん、本当に可愛いわあ」

 感嘆の声を上げた恵美は、ほんのちょっと馬鹿げたことを考えた。

 でも、あまりにも馬鹿げたことだったので、口には出すことはしなかった。

『わらしちゃんって、本当に座敷わらしみたい』

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