18話
女三人寄ればかしましいとはよく言うが、二人でもそれは充分だ。
さっき初対面の挨拶を済ませたばかりの恵美とつぐみだったが、真理の部屋は既に女子校の教室状態だ。
家主が「ちょっとその辺で時間を潰してくる」と言って外に出ていってしまってからは、うるさいのなんの。
女子にとって、男の一人暮らしの部屋ほど探検し甲斐のあるものはない。
引き出しを開けるような不作法こそしないが、台所をチェックして、「わあ、これは普段から料理やってるわ」と感心したり、「鷹にぃの部屋と全然違う! すごいキレイ!」と目を丸くしたりと、大騒ぎだ。
しかし、さあ、着付けを始めようという段になって、つぐみは急に押し黙ってしまった。
姿見の前で、恵美に浴衣をあてがわれたところだった。
「んー? どうしたの?」
覗き込んでくる恵美の視線から逃げるように、つぐみは俯いてしまう。
「なんかさ……、これって……」
「この浴衣、気に入らなかった?」
画像を見て、これがいいと、つぐみ自身が選んだ筈なのだが、何か手違いがあったかと恵美の顔が曇る。
「違います! そうじゃなくて……」
浴衣に文句なんて、あるわけない。
白地の浴衣にはピンクの花が咲き乱れ、その花から花へと淡い紫色の蝶がひらひらと舞っている。
女の子の好きなものを紡いで織ったような浴衣だった。
でも、鏡を見て、つぐみは気づいてしまった。
「私、可愛いってだけで選んじゃった。自分が着るんだってこと、すっかり忘れてた……」
鏡の中で、その愛らしい浴衣を肩から掛けているのは、Tシャツにハーフパンツの自分だ。
肌と同じく日に焼けた髪は、短くてパサパサで、艶やかな布を巻きつけた分、余計にみすぼらしく見えた。
「私、こんな可愛いの着るキャラじゃないのに」
笑っちゃいますよね、と言いながら、恵美より先に自分を笑った。
アハハハ。
しかし、乾いた笑いは、突然、恵美に両頬をパチンとされて、びっくりした拍子に引っ込んでしまった。
ぶたれたのかと思ったが、そうではなかった。
恵美に両手で頬を包み込まれていた。
「自分がしたい格好をすればいいの! 他人から見てどうとか関係ないの! わかった?」
恵美の顔が険しくて、つぐみはその迫力に押され、慌ててコクコクと頷いた。
「それにね、可愛い格好が似合わない女の子なんていないの。OK?」
コクコクコク。
「わかったんなら、よろしい」
恵美はにんまりと笑った。
「大体さ、好きな男子のためにおめかしするのって、別に普通のことだと思うよ?」
恥ずかしがるようなことじゃないと言う恵美に、つぐみはうっかり頷きかけて、慌てて首を振った。
「違う、違う! 違いますよ! 別に私、柴山のことなんて……!」
「へえ~、柴山くんって言うんだ。なになに、イケメン?」
「えーと、人気はあると思いますよ。けど、変わってるっていいうか……。私なんかに『浴衣姿が見たい』とか言っちゃうくらいだし……」
つぐみがもじもじしながら答えると、恵美の目がキラ~ンと光った。
「キャー、何それ! スゴイじゃん! それって、もう絶対、つぐみちゃんに気があるよ!」
「そ、そんなことないですって! あいつ、誰にでもそういうことをサラッと言えちゃうんですよ。分け隔てないっていうか。男にも女にも優しいし」
「天然ヒトタラシってわけね」
ふむ、と少しばかり考え込んでから、恵美はおもむろに握り拳を作った。
「なんか私、燃えてきた!」
「え?」
「つぐみちゃん! 今日はもうめちゃめちゃに可愛くなっちゃおう!」
「ええ?」
「それで、柴山を振り向かせちゃおう!」
「え、えええ?」
「大丈夫、私に任せて!」
俄然張り切り出した恵美は、テキパキと着付けを始めた。
つぐみは為すがまま、「手を上げて」と言われれば手を上げ、「後ろを向いて」と言われれば後ろを向いた。
帯をきゅっと締めつけられながら、姉がいたらこんな感じかな、なんてことを考えた。
「私、恵美さんみたいなお姉ちゃんが欲しかったな」
兄が二人いるが、やはり女同士のようなわけにはいかない。
「うちも小憎らしい弟じゃなくて、つぐみちゃんみたいな妹だったらなって思うわあ」
「ホント? じゃあ、うちにお嫁に来ちゃいますか?」
アハハと笑って誤魔化す恵美に「鷹にぃは優しくて、いい男だと思うけどなあ」と、さり気なく兄を売り込んでみる。
兄思いの妹に、恵美は笑って「うん、知ってる」とだけ答えた。
「え、知ってる? そっか……そっか、知っててくれてるんだ……」
長兄はすごくカッコいいわけではない。
それに、普段はダラダラしていて、家の中ではパンツ一枚でうろうろしていたりするから、つぐみに『鷹にぃサイテー』なんて言われたりもする。
けれど、困ったときはさり気なく手を貸してくれ、泣いているときはいつの間にか傍にいてくれる。
家族に対してだけでなく、友達に対してもそうだ。
だから、友達が多いのだろう。
派手なカッコ良さはないから、それでモテモテというわけにはいかないのが、妹として悔しかった。
だけど、恵美はそんな兄の内面もちゃんと知っていると言う。
だったら、それ以上の売り込みは不要だろう。
それきり、恵美とつぐみは黙々と帯締めに取りかかったのだった。
「はい、できた」
帯を締め、色々と微調整をして、着付けは完成した。
「それじゃあ、次はここに座って」
浴衣を着たら、それで終わりだと思っていた、つぐみの前にメイク道具が広げられる。
「えっ、私、お化粧なんてしたことないです!」
「大丈夫、大丈夫。そんなにケバくしないから。ちょっと目と唇をいじるだけよ」
恵美だって、中学生相手に本格的な化粧を施すつもりはない。
ただちょっとビューラーでまつげをカールさせ、
「ひゃ~、なんか怖いよ~」
マスカラは透明なものを選び、
「ひ~、目が~、目が~」
唇に淡いピンクのリップを塗った。
「んーー。な、ん、か、ベタベタする~」
それから、眉をちょっと整えて、次は髪の毛。
恵美はつぐみの短い毛を一束すくっては、それをくるくると捻じり、器用にピンで留めていった。
「はい、完成!」
言われて、恐る恐る姿見の前に立ち、つぐみは目を見張った。
「わあ!」
びっくりした。
これが自分?
鏡越しに、恵美と目が合った
「これなら、柴山と言わず、お祭りに来た男全員を落とせるわね」
恵美もその出来に満足そうだ。
「恵美さん、すごい! 私じゃないみたい!」
「このつぐみちゃんも、つぐみちゃんなんだよ」
普段なら、恵美に飛びついているところだ。
しかし、浴衣を着て気分までおしとやかになったのかもしれない。
つぐみは「恵美さん、ありがとう」とお礼を言うに留まった。
「はい、じゃあ、後はこれを持って」
恵美は小物一式、全部用意してくれていた。
巾着も下駄の鼻緒も、全部浴衣に合わせてピンク色。
全身コーディネートの完成だ。
「着てきた服は置きっぱなしでいいんだっけ?」
「はい。先生が今度うちに来るときに持って来てくれるから」
恵美はつぐみが真理のことを『先生』と呼ぶたびに、吹き出してしまう。
「先生ね」
恵美は、ふふふと笑って、隣を指差した。
「じゃあ、まずはその先生に見せてあげなきゃね。きっとびっくりするよ」
先程、隣の部屋にいると真理から連絡があった。
どんな顔をして待っているのか知らないが、つぐみの化けっぷりを見たらさぞ驚くだろうと恵美はほくそ笑む。
「はい、じゃあ、行ってきます」
「頑張って!」
恵美がガッツポーズを作ると、つぐみはそれに敬礼で応えた。
「はい、頑張ります!」
そんなことをしたら、袖から肘がズルッと出てしまうのに。
元気よく玄関を飛び出していったつぐみに、「真理くんに、まだ部屋を使いたいから、もうちょっと待って、って言っといて―!」と伝言を頼み、恵美はドアを閉めた。
「さあて、と」
部屋に戻り、恵美はパンパンと手をはたいた。
そして――
「それじゃあ、次はおチビさん、あなたの番よ」
そう言って、ロフトに向かって手招きをした。




