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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
わらしとカッパと夏の空
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14話

 柴山は武田家の母の強い勧めに従って、昼ご飯を食べて、帰って行った。

 母は化粧のせいで妙に顔がテカテカしていたが、昼食の間中、ずっと上機嫌だった。

 いつにも増して賑やかな昼ご飯が終わると、真理は午前中の遅れを取り戻すべく、みっちり二時間、バイトに勤しんだ。

 そうして、そろそろ真理も帰ろうかという時間になり、武田の母に挨拶をしようと階段を下りていく途中、耳に飛び込んできた母子ケンカに、真理の足は思わず止まってしまった。

 声がするのは、居間からだった。

「ねえ、お母さん、買ってよ~!」

「だって、あんた、浴衣なんてどうせ着やしないでしょ」

「着るもん!」

「小さい頃、お父さんが張り切ってあんたに可愛らしい浴衣を買って来たことがあったの、覚えてる? だけど、あんた、走って転んで、すぐに脱いじゃったじゃない」

「そんなの、子供の頃の話でしょ。皆、お祭りは浴衣で行くんだって!」

「浴衣なんて着たって、どうせおしとやかにしていられないんだから、いつもみたいに元気な格好の方がいいわよ」

 母親という生き物は、どうして時折、子供に対してデリカシーの欠片もないことを言ってしまうのだろう。

 真理には、おめかししたいという乙女心が痛いほどわかっているので、この親子の会話は聞いていて、ハラハラし通しだった。

「お母さんのケチ!」

「はいはい、ケチで結構」

 口ゲンカは、母が台所に行ってしまったことで、一方的に打ち切られた。

 もうこの話は、これで終わり、ということだ。

 真理はそろそろと階段を下りていき、廊下から居間をそっと覗いた。

 つぐみは丸まって、寝転がっていた。

 ふて寝しているのかもしれないし、もしかしたら、泣いているのかもしれない。

 こちらに背を向けているので、真理には判別がつかなかった。

 浴衣なんてピンキリで、安いものなら、真理にだって買える。

 ――俺が買ってあげようか?

 喉元まで出かかった言葉を、真理はぐっと飲みこんだ。

 この家の主婦が買わないと決めたものを、簡単に買い与えるのはよくないことに思えたからだ。


 そのとき、「ただいまー」と玄関のドアが開いた。

 この家の長男の御帰還だった。

 武田と顔を合わせるのは、家庭教師のバイト初日以来のことだった。

 それから、武田はバイトだの、遊びだので忙しかったのだろう。

 日に焼けた顔が、その充実ぶりを物語っていた。

 そんな武田に対して、真理の口をついて出た言葉は「よお」でも「久し振り」でもなく、「あ、おかえり」だったのは、ごく自然なことだった。

 しかし、それが武田には相当面白かったらしい。

 靴を脱ぎながら「ぷっ」と吹き出すと「なんだよ、真理。おまえ、すっかりうちに馴染んじゃってるじゃん」と言って、真理のことをからかってきた。

 言われてみれば、ここは武田家で、真理が「おかえり」なんて言うのはおかしな話だ。

「俺の方がおまえなんかよりこの家にいる時間が長いんだから、当たり前だろ!」

 恥ずかしさを紛らわすように真理は怒鳴り返したが、武田のニヤニヤ笑いを止めることはできなかった。

「そうだよなあ、俺なんか、殆ど家にいないからなあ。家のことは、おまえの方が詳しいだろうなあ。で、どうですか? 武田家は本日も平和でしたか?」

 武田が茶化して言ってきているのは、わかっていた。

 でも、真理は、今日のことを長男にどうしても報告したかった。

 というより、つぐみをどうにかしてあげてほしかった。

「いや、それがさ、つぐみちゃんがさ――」

 そうして、真理は話し始めた。

 つぐみがひたきたちとお祭りに行く約束をしたこと。

 他の女子は、浴衣を着てくること。

 なのに、つぐみは浴衣を買ってもらえそうにないこと。

 話の途中で、武田はスマホをいじり出した。

 真理が真剣に話しているというのに。

 いい加減、頭に来て、「おい、聞いてんのか」と詰め寄れば、武田はようやくスマホから顔を上げた。

「で? つぐみは二階か?」

「いや、そこにいるよ」

 真理が居間を指差すと、武田は「おーい、つぐみー」と言いながら、ズカズカと居間に入って行った。

「浴衣が欲しいんだってー?」

 つぐみは起き上がったが、顔は向こうを向いたままだった。

「欲しいけど、お母さんがダメだって」

「あのなあ、バイト仲間で恵美ちゃんって子がいるんだけど、この間さあ、毎年、夏になると浴衣を新調するって話をしててさあ。着ない浴衣が増えて困ってるんだってさ。今、聞いてみたらさ、余ってる浴衣、貸してくれるって、言ってくれてるんだけど、どうする?」

「ホント!?」

 つぐみはものすごい勢いで振り向いた。

 鼻の頭がほんのり赤いのは、やはり泣いていたからだろう。

「ほら、画像を送ってきてくれたぞ。好きなの選んでいいってさ。帯から何から一揃え、貸してくれるらしいぞ」

「わあ、どれも可愛い!」

 兄のスマホを覗き込んで、つぐみは目を輝かせた。

「そりゃ、そうだろう。恵美ちゃんはセンスがいいからな」

 何故か、得意げな武田に、つぐみは子猿のように飛びついた。

「鷹にぃ、ありがとう!」

「礼なら、恵美ちゃんに言ってくれ。でも、まあ、俺のことはもっと褒め称えてもいいけどな」

「鷹にぃ、すごい!」

「おう」

「鷹にぃ、イケメン!」

「うむ」 

「彼女ができないのが不思議なくらい!」

「それは余計」

 ゴツンとげんこつを落とされて、つぐみはケタケタケタと笑い転げた。

 その様子を、真理は廊下で黙って見守っていた。

 いつの間にか、この家の子供たちを本当の弟や妹のように思っていたのだが……。

 ――やっぱり本物には敵わないなあ。

 真理はそうっと玄関ドアを開けて、そうっとそうっと出て行った。

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