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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
わらしとカッパと夏の空
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8話

 武田家の二階には、子供部屋が二つ。

 長男と次男で一部屋を使い、もう一つは双子の部屋だ。

 末っ子の折鶴はどこに居るのかというと、一階で未だ両親と共に寝起きしている。

 双子だって、折鶴だって、いつまでもこの部屋割りのままというわけにはいかないだろう。

 だが、そこら辺は上手くできている。

 長男坊は、そろそろ社会人。

 彼が独立してくれれば、空いた部屋に、双子の弟、ひたきが入ることができる。

 そうして、ひたきが使っていた部屋に折鶴が入れば、男女別に部屋割りできるようになるのだ。

 ただ、今はまだこのままで。

 子供たちにはまだ子供のままでいてほしいと、と両親は密かに思っているのだった。


 

「どう? 勉強進んでる?」

 麦茶を運んできた武田家の母は、ノックもせずにドアを開けた。

 まるで階段を上る、ドスドスドスという足音がノック代わりとでも言うかのように、平然と。

 母親がこのようにズカズカと部屋に入って来るなんて、真理には考えられないことだった。

 面食らう真理の横で、しかし、部屋の主は左程気にもしていないのか、数学の問題に頭を抱えながら、「うるせー、ババア」と悪態をついている。

 そんな息子に蹴りを一発見舞わせながらも、「ごめんなさいね~、狭苦しくて」と真理に対してはよそ行きの声を崩さない武田家の母に、真理は「あ、いえ、お構いなく」と、苦笑いするしかなかった。

 狭苦しいと言った彼女の言葉は、決して謙遜ではない。

 事実、部屋は狭かった。

 その狭いところに、無理やりベッドと机を二つずつ置いて、空いたスペースに今は無理やりちゃぶ台を出している。

 それというのも、朱鷺也ときやの物置と化した机では、ノートを広げることさえできないからだ。

 そこへきて、折鶴が「私も一緒に勉強する―!」と言って、宿題を抱えて乱入し、それを見た、つぐみが「私も!」と押しかけてきたのだ。

 つぐみが来れば、必然的にひたきもくっついて来るわけで、この部屋は、あっという間に定員オーバーになってしまった。

 救いは、この部屋のもう一人の主が、真理を二階に通すや否やバイトに出かけてしまって、この場に居ないことか。

 家庭教師初日とあって、友人でもある長男坊がすぐにいなくなってしまったときは、少々不安を覚えた真理だったが、案外うまく家庭教師の任務をこなしていた。

 まず、どこがわからないかもわからないと言う朱鷺也には、実力をはかるために問題集を宛がった。

 大きな背中を丸めて、う~ん、う~んと唸る姿は、どことなく長男に似ている。

 ただ朱鷺也の方が、がっちりしている。

 一目で、何かスポーツをしているというのがわかる体格だ。

 ベッドの横の壁にバスケットボールが吊るされているところから察するに、彼はバスケ部なのだろう。

 机の前にじっと座っているよりも、体を動かしている方が好きなタイプの典型のように見える。

 そんな彼をじっと座らせているというだけで、真理は武田家の母から全幅の信頼を勝ち得たようだった。

 彼女は息子の勉強する姿を確認し、満足げに目を細め、部屋を出て行った。

 その瞬間、真理が肩から力を抜いたのは全くの無意識だった。

 武田家の母は気さくな人だが、それでも、やはり気を遣っていたのだろう。

 再び子供たちだけになった部屋で、人知れず、ホッと息を吐いていたところ、「せんせー」と、教室で先生に質問するときのように折鶴が真っ直ぐに手をあげた。

 畳の上に寝そべって、一心不乱にクレヨンで絵日記を描いていたのだが、どうやら問題が発生したらしい。

「せんせー、紫がないです。どうしたらいいですか?」

「え? 紫?」

「はい。せんせーのTシャツ、紫色なのに、紫のクレヨンがないから塗れないです」

 絵日記帳を覗きこめば、宙に浮かんだノートとペンの横に、ズラリと五人の人間が描かれている。

 今のこの状況を、折鶴なりに描いたのだろう。

 絵の中のひょろりと背の高い男が、きっと真理だ。

 彼のTシャツだけが、まだ白いままだった。

「そうか、困ったね。どうすりゃいいかな……」

 真剣に悩む真理の横から、つぐみが「これで塗んな」と押しつけたのは、鮮やかなブルーのクレヨンだった。

「えー、つぐみちゃん、これ、青だよ」

「青も紫も同じだって」

 この家の子供たちの物の考え方は、至ってシンプルだ。

『無いものはないんだから、しょうがない』

 折鶴は唇を尖らせたが、結局、真理のTシャツは鮮やかなブルーに変更された。

 ジーンズのブルーと合わさって、真っ青のつなぎを着ている人のようになってしまったが、つぐみは「どれどれ、うん、よく描けてるじゃん」と、妹の頭を優しく撫でている。

 ――へえ、ちゃんと『お姉ちゃん』してるんだな。

 一人っ子の真理には、姉妹愛が眩しく見えた。

 しかし……。

「えっ、もしかして、これが私?」

 兄妹っていいなという、真理の幻想を打ち砕くように、つぐみが突然、声を荒らげた。

「ちょっと! 何、自分ばっかりお目目キラキラ少女マンガ風に描いてんのよ。だったら、私のことももっと可愛く描きなさいよ!」

 黒いクレヨンで目を大きく描き足そうとする、つぐみにはお姉さんらしさの欠片もない。

 ならば、「絵日記には嘘は描けない。そういうもんだ。諦めろ」と言って、問題集から顔も上げずに姉妹ゲンカの仲裁をする朱鷺也には、お兄さんらしさがあるのかと言えば、そうでもない。

「ふうん。じゃあ、ここに書いてあることも嘘じゃないからいいってことだよね」

 つぐみはそう言って、兄への仕返しとばかりに、折鶴の日記本文を読み上げ始めた。

『今日はうちに家庭教師の先生が来ました。二番目のお兄ちゃんの一学期の成績がとてもとても悪かったからです』

 ――折鶴ちゃん……。それはストレート過ぎるだろ……。

 呆れる真理の横で、「おーりーづーるー!」という朱鷺也の唸り声を皮切りに、始まってしまった、兄妹たちのドタバタ大騒ぎ。

 消しゴム片手に書き直しを迫る朱鷺也と、黒いクレヨンを持ったつぐみに挟まれて、折鶴はきゃーきゃー言いながら、絵日記帳を死守している。

 それまでおとなしく静観していた、ひたきは「朱鷺にぃも、つぐみちゃんも、やめなよー」と、折鶴を庇う姿勢を見せたのだが、絵日記を見て、「えぇぇ……、この死んだネズミみたいのが僕? 折鶴には僕がこう見えてるの……?」と、静かにショックを受けてしまい、役に立たない。

「ああっ、もうっ!」

 真理は思いっきり息を吸い込んだ。

「こらー、勉強しろー!」

 ちゃぶ台を揺るがすほどの怒鳴り声を上げたが、結局、午前中はほとんど勉強にならなかった。


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