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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
わらしとカッパと夏の空
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7話

 たった二駅、電車に乗っただけ。

 距離にして、いくらでもない筈なのに、普段使わない路線の二駅はまるで見知らぬ土地に連れて来られたかのような気分になる。

 駅前で物珍しげにきょろきょろと辺りを見回していた真理は、しかし、見知った顔をすぐに見つけて、顔を綻ばせた。

 今日は、家庭教師のバイトの初日。

 武田が最寄りの駅まで出迎えに来てくれていたのだ。

 よお、と手を上げる武田に、真理は「はいよ、これ、手土産」と、早速大量のキュウリを押しつけた。

 キュウリの重みでスーパーの袋の取っ手部分が紐のように細くなり、ずっと真理の指を苛んでいたのだ。

「うわ、え? キュウリ!?」

 武田が驚くのも無理もない。

 どこかの主婦が詰め放題にでもチャレンジしたのかというくらい、キュウリは縦にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 この大量のキュウリ、実は隣人からのもらい物だ。

 昨日の夕方、買い物から帰ったら、ドアの前に段ボールごと置かれてあったのだ。

 まるで何かの嫌がらせのように玄関ドアを塞いでいた、それが、実は隣人からの感謝のしるしだと気づいたのは、添えられていた礼状を読んでからだ。

 と言っても、差出人欄の『河原かわはら』という名に、すぐに隣人のことだとピンと来たわけではない。

 もう何年も隣に住んでいて、真理は彼の苗字さえ知らなかったのだ。

 そのくらいに、これまで接点のない二人だった。

 たまに遊びに来ていた武田も、そのことはよく知っている。

 だから、「いやあ、ちょっと隣からのもらい物でさ」と、頭を掻き掻き、真理が説明すると、武田を更に驚かせることになってしまった。

「隣って、あの暗そうな? 俺、おまえの部屋の前であの人と何度かバッティングしたことあるんだよなあ。けど、毎回、顔を背けてさ、ササササって部屋に入っちゃうんだよ。今、ちょうど出かけるところですって感じのときでもだぜ?

ありゃあ、人間嫌いの、かなりの変人だろ。いつの間に親しくなったんだ?」

 ――変人っていうか……、そもそも、人ではないんだけどな。

 そうは思っても、それをそのまま話すわけにはいかない。

「具合悪そうにしてたところを、たまたま通りかかってさ。それでちょっと介抱したんだよ。そのお礼ってことみたいだな」

 真理の説明はだいぶ端折られてはいるが、大筋は合ってるのだから問題ないだろう。

「へえ、でも、なんで、そのお礼がキュウリ……?」

「さ、さあ……? 夏だからじゃないのか?」

 武田の疑問にすっとぼけて答えた真理だが、もちろん、キュウリがカッパの大好物だということくらいは知っている。

 それが段ボールひと箱分も届けられたということは、そのまま彼の感謝の気持ちの表れなのだということも。

 とはいえ……。

「けど、いくら夏だって言っても、こんなにたくさんキュウリばっかり食べられないからさ」

「ああ、一人暮らしで、この量は辛いよな」

 ふむふむと頷く武田に、心の中で「座敷わらしと二人暮らしだけどな」と訂正を入れてから、真理は「そうなんだよ!」と力強く訴えた。

「最近、自炊してるけどさ、キュウリなんてサラダに使うくらいしか思いつかなくてさ」

 サラダにするのも億劫で、今朝は食卓にキュウリをまるまる一本出してしまった。

 わらしはボリボリと食べていたが、これが何日も続いたら、文句を言い出すに決まっている。

「けど、おまえんちなら、このくらい、ペロッと食べられるだろ?」

 なにしろ、武田家は七人家族。

 育ちざかりの子供が、五人もいるのだ。



「まあ! こんなにたくさん! 悪いわねえ」

 武田家の母は玄関先でキュウリを受け取ると、大仰に喜んでくれた。

 持て余していた、もらい物を持って来ただけの真理としては、かえって恐縮してしまう。

 真理がそう言っても武田家の母は「早速、お昼にいただくわあ」と、屈託なく笑うだけ。

 朗らかに笑う彼女は、ふくよかな体型も相まって、いかにも肝っ玉母さんといった感じの人だった。

 駅から離れた、この辺りは、家と家とがひしめき合うように建っている。

 武田家の一軒家も狭い敷地いっぱいに建てられていて、窓を開けたらすぐお隣、といった具合。

 それでも、七人家族にとっては手狭なようで、道路には子供の自転車がはみ出し、玄関には大小さまざまな靴が散らばっている。

 全体的に、物が溢れているという印象だ。

 真理の実家は綺麗好きな母のおかげもあり、いつも整然と片付いているので、正に対照的だった。

 しかし、五人も子供がいたら、家が散らかっているのも仕方のないことだろう。

 それに、ガチャガチャとした、この家の雰囲気は、初めての訪問だというのに何故か、郷愁を感じさせるのだった。



「お母さん、いつまで玄関で立ち話してるの?」

 いつまで経っても客人が上がってこないのに焦れて、廊下の奥から騒々しい足音と共に現れたのはショートカットの女の子。

 タンクトップとハーフパンツから、すらりと伸びた手足は長く、こんがり小麦色に焼けている。

 弾けるような健康美に、真理は一瞬、眩暈がするかと思ったくらいだ。

 すぐ上の兄に大学生の家庭教師が来るというので、朝からずっとそわそわしていた彼女は、居間でじっとしていられなかったのだろう。

 客人を引き止めている母親に、文句を言いに来たのだった。

「あら、そうだったわね、さあ、上がって、上がって」

 母がキュウリを抱えていそいそと台所へと去って行ってしまうと、少女は一段高い場所から、値踏みするような視線を真理に這わせた。

「ふうん、鷹にぃの友達っていうから、もっとバカっぽい人かと思った」

 武田は兄弟たちから『鷹にぃ』と呼ばれているらしい。

 ――鷹彦たかひこだから、鷹にぃか。

 彼女にとって、兄は二人もいる。『お兄ちゃん』というだけじゃ、誰のことだか伝わらない。

 区別するための呼び名なのだろうが、その響きは一人っ子の真理には魅惑的に聞こえた。

 ――兄弟か。いいなあ……。

 羨望の眼差しを向けられているとも知らず、武田は心底イヤそうな顔だ。

「真理、一応紹介しとく。このくっそ生意気なのが妹のつぐみ」

 兄に紹介されて、「つぐみでーす。くっそ生意気な中二でーす」と、少女は二本指を立てた。

「それと」と、武田が今度はその後ろを指差した。

「コバンザメみたいに後ろに引っついてるのが、弟のひたき。こいつら双子だから、いっつもくっついて歩いてんだよ」

 つぐみの背中から、よく似た顔がもうひとつ。

 姉とは打って変わって、大人しそうな少年だった。

 二卵性だというのに、顔のパーツはほとんど同じ。

 着ているものもタンクトップにハーフパンツという、よく似たスタイルだ。

 なのに、印象がだいぶ違うのは男女の別があるから、というだけでは説明がつかない。

 彼のおどおどとした上目遣いと、陽に当たったことがないのではないかというくらいの白い肌が、この双子の印象を正反対のものにしているのだった。

「こ、こんにちは」

 少年はそれだけ言うと、またすぐに双子の姉の背中に隠れてしまった。

 彼が教え子だったら難儀するだろうな、などと真理が考えていると、廊下の奥から小さな足音がまた一つ。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 まるで温泉宿の女将のように、丁寧にお辞儀をするのは、小さな女の子。

 お辞儀の拍子に、耳の横で二つに結った髪がゆらゆら揺れている。

 幼い容姿に、大人びた振舞いという、そのギャップに真理の頬も思わず緩んでしまう。

 しかし、横にいた武田家長男の頬の緩み方は、真理とは比べ物にならないくらい、それはそれはデレッデレだった。

「ちゃんと挨拶できたなあ。エライぞ、折鶴おりづる

 ――この子が噂の折鶴ちゃんか。

 年の離れた末の妹への武田の溺愛っぷりは、友人の間でも有名だった。

「どうよ。うちの折鶴は。賢いだろ~、可愛いだろ~、天使だろ~?」

「出たよ、鷹兄ぃの兄バカ」

 つぐみの呆れ顔を見るに、普段、家でもこの調子なのだろう。、

「兄バカとはなんだ! 可愛い折鶴を可愛いって言うことの、何が悪いんだ」

「ふん、それを兄バカって言うの!」

「なにっ!」

「もうっ! 早く先生に上がってもらおうよ」

 二人の間に割って入ったのは、折鶴だった。

 年長者二人を鎮めるのが、一番下の妹だというのが面白い。

「お、おう、そうだったな」

 折鶴の一言は、武田に本来の目的を思い出させることに成功した。

「一家総出で玄関で、なに、立ち話してんだよって話だよな」

 そう言ってから、武田はこの場に一家全員が揃っているわけではないことに気づいたようだった。

 父親が不在なのは平日だから当たり前だが、もう一人、肝心な者がいない。

「……ん? 朱鷺也ときやはどうした?」

 そもそも今日、真理が呼ばれたのは、高二の次男坊の勉強を見るためだ。

 その本人の姿が見えない。

「朱鷺にぃは部屋で寝てるでしょ」

 つぐみの返事に、武田の目がつり上がる。

「真理を迎えに出る前に、俺はあいつを起こした筈だぞ」

「うん、そうなんだけど、鷹にぃが出て行ってすぐ、『二度寝する』って、部屋に戻っちゃったんだよね」

 武田は靴を豪快に脱ぎ捨てると、「あんの野郎っ!」と、ドカドカと階段を駆け上がって行った。

「うわ、面白そう」

 ニヒヒと笑って、つぐみが兄の後を追いかける。

「つぐみちゃん、ケンカを煽っちゃダメだよぉ」と、ひたきがそれに続く。

 靴がまた一足、あっちとこっちに飛び散った玄関に、真理はぽつんと取り残されてしまった。

 そんな真理に、「どうぞ」とスリッパを差し出したのは折鶴だ。

 ――しっかりしてるなあ。

「ありがとう」と礼を言いながら、真理は心の中で、ついついわらしと比べてしまう。

「折鶴ちゃんは何年生?」

 真理が訊くと、「小学三年生です」とハキハキとした答えが返ってくる。

 生きている年数で言えば、わらしの方が遥かに長いが、折鶴の方がずっとお姉さんだ。

 実際、身長も折鶴の方が少し高い。

 ――こんな子がわらしの遊び相手になってくれたらなあ。

 普段、真理や男わらしが相手をしてやってはいるが、年が離れているうえに、所詮は男だ。

 年の近い女の子が遊んでくれるのなら、そっちの方がいいに決まっている。

 だけど、少女なら誰でもいいというわけではない。

 心優しい子でなくては、わらしに近づけるわけにはいかない。

 それになにより、純粋な子でなくては。

 そうでなければ、座敷わらしを見ることができないだろうから。

 その点、折鶴はすべての条件を兼ね備えているように見えた。

「あのっ、折鶴ちゃん!」

 真理は案内しようと先を歩く折鶴を呼び止めた。

「あのさ、今、うちに田舎から親戚の子が出てきてるんだよね。折鶴ちゃんと同じくらいの子なんだけど、こっちに

友達がいなくてさ。それで……、今度、一緒に遊んでやってくれないかな」

「いいですよ」

 二つ返事でOKしてくれた折鶴に、真理の心は浮き立った。

 ――わらしのやつ、きっと喜ぶぞ! 後は、二人の出会いをどうセッティングするかだな。

 正直に言えば、家庭教師なんて面倒なだけだった。

 しかし……。

 ――今日は来て良かったあ。

 わらしのことが絡むと、簡単に掌を返してしまう真理なのだった。


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