5話
「ほえ~、わたち、カッパなんて初めて見た!」
カッパと聞いて目をまん丸くして驚いている、わらしは、レア度で言ったら、自分だって負けてないということをわかっていないのだろう。
「ほえ~、すごーい、びっくりだあ」
さっきからずっと口がOの字になっている。
しかし、真理はわらしのように純粋ではない。
疑うことを知っている、立派な大人だ。
「いや、でも、普通の人間にしか見えないぞ」
カア吉の言うことを、そう簡単に信じることはできないのだった。
何もカッパの存在そのものを否定しているわけではない。
座敷わらしと一緒に暮らしているうちに、不思議現象全般に免疫がついたという自覚がある。
ただ、目の前で倒れている、この男をカッパとは到底思えないというだけだ。
「だって、カッパって、普通は緑色なんじゃなかったか?」
男は多少血色が悪いという程度で、見た目はごくごく普通の人間だ。
「それに、なんと言ったって、カッパと言えば、甲羅だろ。この人、甲羅がないじゃないか」
男が甲羅を背負ってないことは、Tシャツをめくるまでもなく、薄っぺらい体が証明している。
甲羅のないカッパなんて、聞いたことがない。
それくらいのことは、わらしだって知ってる常識だ。
「ほんとだー、甲羅がない! カッパじゃない、人間だ!」
キラキラしていた、わらしの瞳が、ガッカリ色に曇っていく。
「もうっ! カラスはすぐに嘘つくんだから!」
わらしが嘘つき呼ばわりすると、カア吉は色をなした。
もちろん、真っ黒な羽毛の下のことなので、真理にもわらしにもその変化はわからなかったが。
「甲羅なら、そこにあるじゃないですカア」
ムキになったカア吉が、指ではなく、翼で指し示したのは、部屋の隅。
そこには、大きな甲羅が立てかけてあった。
「あっ、甲羅だー! やっぱり本物のカッパだったー!」
単純なわらしは、すぐに前言を撤回してしまう。
しかし、真理にはそうはいかない。
「ただの亀の甲羅の置き物だろ」
疑り深いと言われようが、こんなことでそう簡単に信じるわけにはいかない。
そんな真理の頑なさに呆れたように、カア吉は肩をすくめるような仕草をした。
「あれが亀の甲羅ですって? よく見てくださいよ。あの形、あの大きさ。あの甲羅を背負えるのは、この男しかいやしませんって!」
言われてみれば、そうだ。
亀の甲羅にしては、細長過ぎる。
真理は一瞬、納得しかけて、ぶるぶると首を振った。
「いや、そこが問題じゃないだろ。そもそも甲羅を外してしまって、それでカッパと言えるのかって話だろ」
「だーかーらー、あんな場所に立てかけてあるということは、取っ払ってしまったわけではないんでしょうよ。また水に潜るときなんかにつけるんでしょうよ」
「はあ? 取ったり外したりできるってことか?」
甲羅を自由につけたり外したりできるなんて、そんな話は聞いたことがない。
しかし、カア吉は「進化したんじゃないですカア?」と、まるで大したことではないとでも言いたげだ。
「はあ? 進化?」
「ええ、そうです。人間社会で生きていくには、甲羅は邪魔ですからね」
「なんか適当に言ってないか?」
真理は胡乱な目つきでカア吉を、そして、倒れている男を見た。
本当に、本当に、この男はカッパなのだろうか。
先程、男は意識を取り戻したかに見えたが、今はまたぐったりとしている。
それをいいことに、真理は男の指を開いて、パーにしたり、グーにしたりしてみた。
好き勝手にいじくりまわしているように見えるが、何も遊んでいるわけではない。
甲羅の他に、カッパと言ったら、あれしかない。
あれを確認したかったのだ。
「ほら、見ろ。水かきだってないぞ」
真理は、力なくぐったりしている男の手を振りかざした。
その手は真理と、さして変わらない、ごく普通の人間のものだった。
それでも、彼をカッパと言うのか、と真理は問い質す。
しかし、カア吉はまたもや簡単に切り返した。
「退化したんじゃないですカア? こうして陸に上がってるんですから、水かきなんて、そりゃあ、なくなりますよ」
「え……、そういうもんか?」
「はい、そういうもんです」
自信たっぷりに言われると、段々その通りに思えてくる。
真理はう~ん、と頭を抱えてしまった。
すると、男も「う……ん」と、何やら苦しげな様子。
「ほら、旦那、早く水に漬けないと、本当に干上がって、ミイラになってしまいますよ」
「え、ミイラ? わたち、ミイラ、見たーい!」
ミイラ、ミイラ、と小躍りし始めた、わらしに真理は頭を抱えた。
ただでさえ、上がっていく一方の室温のせいで、深くものを考えられなくなっているというのに。
――ああっ、もうっ、カッパかどうかなんて、どうでもいいや!
真理はとりあえず、男を風呂場に連れて行くことにした。
そうして、男を抱え上げようと、床と背中の間に手を差し込んだのだが、男はまるで首が据わらない赤ん坊のようだった。
だらりと頭が垂れ下がり、床に後頭部を打ちつけそうになってしまう。
すんでのところで、真理が手を差し込み、後頭部は守られたが、そのはずみで男の頭のてっぺんがズルリと滑り落ちてしまった。
「うわ、うわ、うわ!」
一瞬、何が起きたのかわからなかったが、床に落ちた黒いフサフサと、地肌がむき出しになった男の頭頂部を見比べて、真理は顔面蒼白になった。
――やば……。カツラ取っちゃったよ
真理は慌ててカツラを拾い上げ、そうっと男の頭のてっぺんにのせてみた。
が、カツラは頭頂部で踏ん張ることができず、再びズルリと床に滑り落ちてしまう。
――ど、ど、どうしよう……!
わざとじゃないよ、と言い訳したい。
そもそも男が自分できちんと留め具をはめていたならば、こんなに簡単にずり落ちたりしなかった筈だ。
そんな恨み言も喉元まで出てきていた。
いや、一番言いたいのは、倒れているというので助けに来たのであって、秘密を暴きに来たわけでは決してない、ということだった。
そんな真理の動揺も知らないで、ベランダのわらしは「わあ、真理が髪の毛、むしっちゃった!」と大騒ぎ。
その横でカア吉は「ほら、ご覧なさい。頭のてっぺんに皿があるじゃないですカア。どこからどう見てもカッパじゃないですカア」と、得意げに胸を反らしている。
人聞きの悪いことを言うなと、わらしをたしなめたかったし、カア吉には、これは皿じゃなくて、ただ頭頂部が薄いってだけじゃないのか、と反論したかった。
けれど、真理は結局無言で、カツラも床にそのままに、男を風呂場へと運び去ったのだった。




