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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
わらしとカッパと夏の空
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1話

 友人の武田に夏休みの予定を聞かれて、それで初めて真理は自分が何の予定も立てていないことに気づいた。

 武田はといえば、バイト仲間と海だ、花火だ、バーベキューだと、何やら楽しげな計画が目白押しな様子。

「……一緒に来るか?」

 学食のテーブル越しに、武田が気遣わしげな目線を寄越してくる。

 武田という男は、大学の長い長い夏休みを無為に過ごそうと言う友人を、放っておけるような性質ではないのだ。

 しかし、心遣いだけは有難く受け取って、真理は「いや、やめとくよ」と、その申し出を丁重に断った。

「なんでだよ。女の子も来るぞ。夏に出会わないで、いつ出会う? おまえ、彼女欲しくないのか?」

「そりゃあ、欲しいけどさ……」

 確かに、欲しいと思っていた時期もあった。

 合コンに、いそいそ出かけたこともあった。

 でも、今はそれほど切迫していない、というのが真理の本音だ。

「って言っても、恵美ちゃんはダメだぞ」と付け加えるのを忘れない、武田のような真剣な気持ちは、今のところ持てそうになかった。

 だから、こんなとき、好きな女の子のために必死になれる武田のことが少々羨ましく思えてしまう。

 ドーナツ屋のバイトも、武田は彼女に合わせてシフトに入るのだろうし、バイト仲間を集めて数々のイベントを企画しているのも彼女を楽しませたいがためなのだ。

 なかなか恋愛モードになれないでいる、真理とは正反対だ。

 自分でも、枯れてるなあ、と思ったりもする。

 それもこれも全部、真理の部屋に棲みついている、座敷わらしのせいなのだ。


 座敷わらしと言ったって、真理に富や名誉をもたらすわけでもない。

 真理の暮らすワンルームのロフト部分を占拠して、ただただご飯をねだり、一緒に遊んでと駄々をこねるだけの存在だ。

 同じ座敷わらしでも、大学講師の菅原のところの座敷わらしとは大違い。

 あちらの座敷わらしは男だし、そこそこ成長しているしで、見た目は少々異端だが、その中身はいかにも座敷わらしらしい座敷わらしだ。

 菅原に大学講師という職を与え、伴侶探しの世話まで焼こうとしているのだから、座敷わらしとして優秀だと言えるだろう。

 しかも、腹が空けば、自分で台所を漁り、カップ麺を食べると言う。

 さすがにお湯を入れたりといったことはできないので、硬いままの麺をポリポリと齧るだけらしいのだが、それでも真理には驚きだ。

 真理の部屋に住む、おかっぱ頭の、あの小さなわらしなんて、腹が空いても目を回して倒れているだけだ。

 ぐうぐうきゅるきゅる腹を鳴らして、「おにゃか、空いたぁ」と泣くだけだ。

 なんて世話の焼ける……。

 この手のかかるわらしとの同居生活で、真理の暮らしは一変した。

 それまで食事にはあまり気を遣ってこなかったのだが、自炊をするようになったのだ。

 夕飯は何にしようかと、あれこれ考えるようになったし、なるべく旬のものを選ぶようにもなった。

 わらしとの暮らしで季節の移り変わりを感じるようになったからだ。

 それまで真理は、東京の街なかに自然なんかないと思っていた。

 街路樹の根元に咲く、タンポポの花に目を留めることなど、今までなかったのだ。

 わらしが「春が来たね」と笑って、真理は初めて春を実感したのだ。

 確かに、座敷わらしとしてはみそっかすで、真理に富も名誉ももたらさない。

 飲みに出かけるときは、事前に食事の用意をしておかなければならない。

 それでも気になって、結局早めに帰宅する羽目になる。

 旅行に行くなんて、もってのほかだ。

 でも、わらしは、真理の狭いワンルームにささやかな幸せをもたらしてくれている。

 ――ペットを飼い始めた人も、こんな感じだったりするのかな。

 わらしが聞いたら怒り心頭で、おかっぱ頭から湯気が出そうなことを、真理はつらつらと考えていた。


「……なあ、本当に夏休みのスケジュールが真っ白のままでいいのか?」

 武田は、真理が乗り気でないと見てとったようだった。

 しばらく思案気にあごに手を当てていた武田だったが、突然、何かひらめいようにパチンと指を鳴らした。

「そうだ! 暇ならさ、うちの弟の家庭教師をやってくれよ」

「へ?」

「うちの弟、成績がヤバくて困ってんだよね。あ、俺のすぐの下の弟ね、高二の」

 武田家は今どき珍しく子だくさんで、武田は五人兄弟の長男坊だ。

 家庭での武田を知らないが、弟妹思いの良いお兄ちゃんだということは普段の会話の端々から窺える。

 だから、弟の勉強なんて武田が見てやればいいのに、と思うのだが、それではダメなのだと、武田は首を振る。

「あいつ、俺だとナメるから。しかも、あの野郎、ゴールデンウィークの講習も申し込まずに、金だけちゃっかり着服してやがったんだ。塾だと、あいつはきっとまたサボる。その点、家庭教師なら、家の勉強机に縛りつけておけるだろ」

「でも、だったら、プロに頼んだ方が……。学生のバイトを頼むにしても、慣れてる奴が他にいくらでもいるだろう」

 何故、俺なんだ、と渋る真理に、武田はわかってないなあとでも言うように首を振った。

「我が家にも予算ってもんがある。おまえならオトモダチ価格で頼めるだろ」

 うちは子だくさんの貧乏家庭だからさ、と言って、武田は片目をつぶってみせた。

 こんなところは、ちゃっかりしている。

「バイト代はあんまり出せないけど、夕めしは出すからさ。なあ、頼むよ」

「うーん……」

 正直に言えば、あまり気が進まない。

 だが、夏中暇なことは、武田にバレてしまっている。

 忙しいという口実が使えない以上、真理には断りようがなかった。

「……できれば、早い時間帯がいいなあ」

 それならば、授業のある日と変わらない。

 できれば夕飯は、わらしと一緒に食べたかった。

「おっ、いいね、午前中から勉強か。規則正しい生活が送れて、一石二鳥だ。それなら、昼めしを出すよ」

「……う、うん」

「じゃあ、決まりな」

 あれよあれよという間に、武田の弟に勉強を教えることになってしまった。

 高校生と大学生の夏休みがかぶる八月の一ヶ月間、週に三回。

 あまり気ノリしないが、相手はまだ高二。

 受験生を受け持つとなると責任は重大だが、高二ならまだ気が楽だ。

 それが、真理の唯一の救いだった。

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