24話
――なんとか力になってやりたい。
真理の部屋で、男わらしの思い出話を聞いて、真理は強くそう思った。
生意気で、憎たらしいところもある男わらしだが、罰が当たっただなんて、そんな考え方は悲し過ぎる。
約束を違えた自分が悪いのだと、責め続けている男わらしがあまりにも不憫だった。
約束通り、次に会うときのために、けん玉を練習したに違いない。
玉を落とさず『ウサギとカメ』を歌い終えるようになるには、どのくらい練習しただろう。
ても、その『次に会うとき』は、一向にやって来なかったのだ。
落胆した男わらしは、やってられるかと、けん玉を放りだした。
それから、菅原が大人になってようやく現れたときには、そのけん玉はどこに行ったか分からなくなってしまっていた。
その日から、男わらしはずっと探し続けている。
あれさえあれば、また一緒に遊べるようになるかもしれない、という一心で。
その姿は、田舎の家で真理が来るのを待ち続けていた、わらしの姿と、いやでもダブるのだ。
真理も菅原と同じだ。
学年が上がるにつれ、真理の足は田舎の家から遠のいた。
親戚の集まりなんて、煩わしくて仕方なかったのだ。
じゃあ、またね、と言って別れた、小さな女の子のことなど、その頃はすっかり忘れていた。
その子が、またの日が来るのをずっと待っているなんて、知りもしなかったのだ。
でも、真理は思い出した。
木登りしたこと、それで、祖父に叱られたこと。
他にもたくさん一緒に遊んだこと。
記憶そのものは消えたりしない。
原色に彩られた、毎日の暮らしの中で、淡いパステル画のような優しい想い出は心の奥の方に簡単に埋もれてしまっていた。ただそれだけなのだ。
真理と違って、菅原の場合、男わらしを見ることさえもできなくなってしまっている。
でも、男わらしと遊んだ、あの日の記憶が甦れば、もしかしたら……。
真理も、そう思い始めていた。
けん玉を失くしてしまったことと、因果関係があるのかはわからない。
しかし、他に鍵となりそうなものが見つからない今、それに賭けるしかないのだ。
そうして、今日、家の片づけをするという名目で、オカルト研究会の面々を巻き込みつつ、けん玉探しをしている。
今日の真の目的を、真理は誰にも言っていない。
菅原には全てを話した方が早いだろうが、それでは意味がないような気がするからだ。
それに、この散らかった家を掃除すれば、簡単に見つかるもの、と真理は単純に考えていた。
真理の家に遊びに来るようになるまで、男わらしがこの家の外に出ることはなかった。
ということは、けん玉は必ずこの家のどこかにある筈だ。
しかし、けん玉の捜索は思いのほか、難航している。
予想以上に物が多いのと、予想以上に早く菅原と岡山田達が戦線離脱してしまったたせいで……。
真理は腰に手を当てて、大きく伸びをした。
――ああ……、今日一日じゃ、終わらないかな……。
ついつい弱気にもなってしまう。
庭の方からは、まだケンカをしているのか、ギャアギャア、カアカア、騒ぎ声が聞こえる。
――あいつら……! ま~だケンカしてんのか……。まったく……! 誰のためにこんな大変な思いをしてると思ってんだ。
座敷わらしとカラスが揃うと、騒々しいのはいつものこと。
しかし、あんまり長い時間、うるさくするのは近所迷惑だ。
真理はトイレに行くふりをして座を立つと、玄関からぐるりと回って庭に出た。
「こぉら~、おまえら~、いい加減に……うわっ!」
靴をつっかけながら、注意しようとした真理は、思わずつまづきそうになった。
玄関を出てすぐのところで、わらしがしゃがみ込んでいたのだ。
「わ、わ、わっ! おまえ……、こんなところで何してるんだ。踏んづけるところだったぞ!」
文句を言うと、足元のおかっぱ頭が上を向いた。
「だって……、つまんないんだもん……」
雑草をプチプチ引っこ抜きながら、わらしは唇を尖らせる。
ケンカするのも、もう飽きた。
わらしとしては、いい加減、そろそろ遊びたいのだ。
なのに、男わらしとカラスの口論ときたら、まるでエンドレスで……。
「草で相撲しようよーって、言ってるのにさ」
わらしはまた草をブチリと引っこ抜いた。
――草相撲か……。そう言や 昔、田舎の家の庭でも、わらしとよくやったなあ。
真理は子供時代を懐かしく思い出した。
草と草を絡ませて、引っ張り合う、草相撲。
草の端を持って、うんしょ、うんしょと引っ張り合う、この遊びは、草が千切れてしまった方が負けだ。
この遊びが大好きなくせに、わらしは弱くて、いつも草が千切れた反動で、後ろにトスンと尻餅をついてしまう。
それを悔しがって、「もう一回、もう一回」とせがむのだ。
なるほど、雑草だらけのこの庭なら、草相撲がし放題だ。
わらしは早く遊びたくて、むずむずしていた。
「ねえ、ねえ、もう遊ぼうよう」
しかし、わらしがいくら言っても、男わらしとカラスは口喧嘩をやめようとしない。
庭木の上と下に分かれて、まだギャアギャア言い合っている。
見かねて、真理が間に入った。
「おまえたち、いい加減にしろ。近所迷惑になるだろうが」
小生意気な男わらしが「俺様の声は、どうせ人間には聞こえないだろう」などと反論してきても、ここで言葉を詰まらせてはいけない。
「そういう問題じゃない。口喧嘩なんて、相手がいないとできないんだ。おまえが黙れば静かになるだろうが」
真理がきっぱり言うと、男わらしは不満を顕わにした。
「だって! この木の枝は俺様の場所なのに! それをこいつが勝手に……!」
「枝なんて、仲良く使えばいいじゃないか」
その枝は、男わらしとカラス、そこにわらしが加わっても悠々座れる長さがあった。
「ケチケチするなよ」
真理が言うと、その尻馬に乗って、後ろで「カア」とカラスが鳴く。
真理は、今度はカラスの方に向き直った。
「カラス、おまえもおまえだぞ」
人差し指を突き立てると、カラスはピキーンと固まった。
「そうやって誰彼構わずからかって、相手が怒ったら、空を飛んで逃げればいいと思ってるだろ。こんなことばっかりしてると、本当に嫌われ者になっちゃうぞ」
不服そうにくちばしをパクパクさせるカラスに、「なんだ、反論あるのか?」と詰め寄れば、カラスはぷるぷると首を振った。
黒いまん丸の目をじっと見つめれば、わずかに怯えの色が見えた。
「ん?」
何か引っかかるものを感じ、真理はぐいと顔を近づけた。
「んんん?」
カラスは、図々しい生き物だ。
大声で「こらっ!」と叱っても、飛び立ちはするが、その顔は「フン」とふてぶてしかったりする。
それなのに、このカラスときたら、おどおど、そわそわ、およそカラスらしくない。
「おまえの、その顔……」
既視感があった。
カラスなんて、みんな同じ顔に見える。
けれど、どこかで見た顔だと、何故だか思った。
その瞬間、真理は「あーっ!」と大声をあげた。
「おまえ、クリスマスの日、ベランダに来たカラスじゃないか? 俺がカラスを食べるって、勝手に勘違いした、あのカラスだろ!」
言われて、カラスはあんぐりとくちばしを開けた。
その顔が「どうしてわかったんですか」と言っているように見える。
どうしてなのかは、真理にもわからない。
でも、絶対にそうだと確信した。
「へえ~、あんた、カラスを食べるのか。さすがにそれは引くわ……」
口を挟んできた男わらしに「だから、違うって!」と、真理は慌てて怒鳴り返し、「おいしかったよ」と、のん気な顔で、また誤解を生むようなことを言う、わらしに「ちがーう! あれはチキンだ!」と、つっこまなければならなかった。
「まったくどいつもこいつも、違うって言ってるのに……!」
それもこれも、全部おまえが悪いのだと、真理はカラスに再度向き直った。
「おまえのせいでなあ、大変だったんだぞ。街中のカラスが俺の顔を見るたび、狂ったように鳴きながら、逃げていって……。それが一カ月だ。おまえが俺にカラス殺しの汚名を着せたせいで、一カ月も、そんな状態が続いたんだぞ」
真理の恨み言に、カラスは、とほほ、と情けない顔になった。
「はい、ですから、あれは私の勘違いだったと、一羽ずつ言って回ったんじゃないですカア。でもね、噂が広がるのなんて一瞬ですけどね、消すのは大変なんですよ。なにせこの街にカラスは、ごまんといるんですから」
言い訳がましいカラスに、真理はフンと鼻を鳴らした。
「大変も何も、全部おまえの責任なんだから、当然だろ」
そう言ってから、「ん?」と真理は首を捻った。
何かおかしい。
それから、カラスと顔を見合わせて……。
「!?」
声にならない声をあげた二人だったが、先に声を発したのは、カラスだった。
「なんで、私の言葉がわかるんですカア!」
そんなことを聞かれても、困る。
「そ、そんなの俺が知るわけないだろ!」
何しろ一番驚いているのは、真理自身なのだから。




