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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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16話

「真理、帰る? 今度こそ、ほんとにほんとに帰る?」

 真理を見上げる座敷わらしの黒い瞳が、不安げに揺れている。

 座敷わらしが、こうして何度も念を押してくるのには理由があった。

 オカ研のメンバーと一緒に菅原の家を一旦、出ておきながら、忘れ物をしたと嘘を言って、戻ったりしたからだ。

 真理がわざわざそんな面倒くさいことをしたのにも、もちろん理由があった。

 オカ研の三人抜きで、直接菅原と話したかったからだった。



 帰ったはずの真理が再び呼び鈴を押したものだから、玄関先に出てきた菅原はひどく驚いた顔をしていた。

「おや、どうしたんだい? 忘れ物かな?」

「はい……、言い忘れたことがありまして……」

 真理の唇はカサカサに乾いていた。

 知らず知らず、緊張していたのだ。

 どのようにして、座敷わらしの件を切り出したらよいものか。

『この家に棲みついていたのは幽霊じゃなくて、座敷わらしでしたよ』

 突然、こんな突拍子もないことをことを告げられたら、菅原はどんな顔をするだろう。

 真理は、自分だったら、どうだろう、と考えてみた。

 座敷わらしが見えるのだと、言い張る男が現れたとしたら――

 痛い奴だ、と笑って、お終い?

 それとも、胡散臭い奴だと警戒する?

 どちらにしても、少し距離を置きたくなるのではないか。

 それが怖くて、今までこの秘密を誰にも打ち明けずにきたのだ。

 親にも、親友の武田にも、この手の話が好きそうなオカ研の面々にも、だから、黙ってきたのだ。

 でも、菅原にはどうしても伝えたかった。

 いや、伝えねばならないのだ。

 人間と座敷わらしの橋渡し役になれるのは、真理だけなのだから。


「あの……、実はですね、この家に棲みついていたのは幽霊なんかじゃなくてですね……、えーと、座敷わらし……というものでして……」

 言葉を慎重に選ぼうとすると、どうしても話がまどろっこしくなってしまう。

 話の中で『信じられないかもしれませんが』というワードを、何度、口にしたかわからない。

 それでも、菅原が辛抱強く、耳を傾けてくれたので、つっかえつっかえながら、真理は言いたいことを伝えることができた。

「……えーとですね、それで結局、何が言いたいかっていうと……、この家の座敷わらしを大事にしてやってほしいんです。何か特別なことをしてくれと言ってるわけじゃない。ただ、日に一度、お供えをしてもたえたら……。白いご飯でいいんで。なんだったら、カップ麺にお湯を入れてくれるだけでもいいんです。お願いします」

 言いたいことを全部言い切れば、あとは審判を待つだけだ。

 真理は黙って、菅原の反応を待った。

 しばらく無言のままでいた菅原だったが、やがてポツリと呟いた。

「そうかあ、幽霊じゃなかったか」

「えーと……、自分で言うのもなんですけど、こんな話を聞いたら、まず驚くのが普通じゃないですか? 俺の話をすぐに信じたんですか?」

 真理なりに頭の中でシミュレーションをしていたのだが、そのどれもが信じてもらえなかった場合を想定していた。

 こんなにあっさり信じてもらえると、それはそれで不安になる。

「いや、今、充分驚いてるよ」

 菅原はそうは言うが、とても驚いているようには見えない。

 とはいえ、、普段、のほほんとしている菅原のびっくり仰天顔というのも、あまり想像がつかないのだが。

「足音がしてたのも、カップ麺がなくなるのも事実だからね。何かがいるのは確実だ。まあね、それが座敷わらしだとは、僕だって夢にも思わなかったよ。でも、座敷わらしならば、それはそれ。害がなさそうで、いいじゃないか。そう思って見渡せば、この家はいかにも座敷わらしが出そうな家だ」

 天パ頭を掻き掻きしながら、菅原はこんな突拍子もない話もどこか面白がっている節さえある。

「いきなりこんなトンデモ話をされたんですよ? 少しは疑ったらどうですか」

 真理がややキレ気味なのは、菅原のことが少々心配になってきたからだ。

 ――こんなに簡単に人の話を信用して! 俺が悪い人間だったらどうすんだ!

 しかし、真理のそんな心配も、菅原には柳に風。

「うん。そうだなあ、ひとつ疑問に思うとしたら、どうしてきみに見えて、僕には見えないんだろうってことくらいかなあ。あと、叔父には見えていたんだろうかということも、知りたいなあ」

「……どうして俺に見えるのかは……、俺自身にもわかんないです。ただ子供の頃から見えていたみたいで……。あと、叔父さんはどうやら見えてなかったようですよ」

「そうかあ……」

 菅原の顔が寂しそうに見えて、真理はひと言、付け足した。

「もしかしたら、先生も子供の頃は見えていたのかもしれませんよ」、と。


 菅原に、この日、二度目の暇を告げて、真理は玄関の引き戸を閉めた。

 帰ろうとする真理の前に男わらしが現れたのは、それとほぼ同時だった。

 突然のことに驚いてしまったが、突然と感じたのは真理の主観に過ぎない。

 彼は姿を消していただけで、ずっとそこにいて、今のやり取りを聞いていたようだった。

「お節介な奴め」

 男わらしは、フン、と鼻を鳴らした。

「でも、まあ、意志の疎通ができる人間というのも、なかなか便利で、いいものだな」

 腕組みをして、つーんと、あらぬ方向を見たまま、男わらしが言う。

 真理の目を見ないのは、照れ臭いからだろう。

「もしかして、俺にお礼が言いたいのか?」

 真理がからかい交じりに聞けば、男わらしは一瞬のうちに、顔から首から真っ赤になった。

「ば、ば、ば、ばかじゃないのか。座敷わらしというものはな、いちいち人間に礼を言ったりしないものなのだ。おもちゃやご飯をもらったとしても、それは当たり前のことだからな」

 精一杯尊大に振舞ってはいるが、頬を染めながらでは迫力に欠ける。

 真理はひっそりと、笑いを噛み殺した。

 しかし、真理の横で「えー、そーなの?」と、わらしは真剣な面持ちだ。

「わたち、真理にいっぱい『ありがと』って言っちゃったよ」

 どーしよー、と今更両手で口を塞ぐわらしに、男わらしも呆れ顔だ。

「おい、チビ助。座敷わらしが人間に礼を言わないのは、代わりとして充分なほどの幸運を授けてやっているからだ。だから、礼など言う必要がないのだ。だけど、チビ助、おまえは見たところ、何の力も持ってないじゃないか」

 わらしは「チビ助じゃないよ」と抗議をしたが、すっかり調子を取り戻した男わらしに、それは一切無視される。

「おい、人間。このチビ助と暮らしてから、何か利益りやくがあったか?」

「うーん……、宝くじで千円当たったり……とか?」

 それを聞くと、男わらしは嘆かわしいと言わんばかりに、頭を抱えた。

「おお、なんてことだ。本来ならば、俺様の姿を見たという事実だけで、あんたにも幸運が舞い込むはずなんだぞ」

「見ただけで?」

 真理が驚いて聞き返すと、男わらしが当然だと言うように大きく頷く。

「ああ、そうだ。だから、座敷わらしが住んでいると評判が立つと、ひと目見たいという人間がその家にわんさと押しかけるんじゃないか」

 そういえば、真理の田舎の家にも、昔は大勢の客人が訪ねてきたという話だった。

 誰もが、座敷わらしを一目見たいと願っているのだ。

「だがな、一人の人間に座敷わらし二人分の幸運を手に入れることはできない。それが決まりだ。あんたの家には既にチビ助が住んでいて、そっちのちっぽけな幸運を手にしてしまっている。だから、俺様が本来もたらす幸運を、あんたは受け取ることができない、というわけだ」

「なるほどね~」

 真理が感心していると、「何が『なるほどね~』だ」と、男わらしは語気を荒くする。

「このチビ助さえいなけりゃ、大金持ちにだってなれるってのに、なにのん気なことを言ってるんだ。ああ、そうだ。いっそのこと、このチビ助を追い出して、俺様があんたの家に棲みついてやろうか? そっちの家の方が何かと便利そうだしなあ」

 これに慌てふためいたのは、わらしだ。

「ダメー、そんなの絶対ダメー!」

 両手両足をいっぱいに広げ、男わらしの前に立ちはだかる。

 だが、しかし、小さな体で作る大の字は頼りないほど小さくて、ブロックの役目を果たせない。

 男わらしは、おかっぱ頭越しに悠々と交渉を続けることができた。

「どうだ、悪い話じゃあないだろう?」

 にやりと笑う男わらしは、時代劇に出てくる悪徳商人のようだった。

 確かに、悪い話ではない。

 しかし、真理は悪代官のように強欲ではないのだ。

「う~ん……、俺はこのくらいの幸せでちょうどいいかなあ。あんまりどでかい幸せは、手に余るよ」

 わらしの黒いおかっぱ頭。両手で収まるくらいの、このくらいの幸せが真理の身の丈には合っている。

 しかし、真理のそんな気持ちは、男わらしには全く理解できないことのようだった。

「大金持ちになりたくないのか?」

「なりたくないってわけじゃないよ。ただ、今のままで幸せだってだけだよ」

 真理の答えが相当ショックだったのか、男わらしは額にて当ててうずくまってしまった。

「おーい、どうしたー、立ちくらみかー、大丈夫かー?」

 真理が声をかけると、男わらしはガバッと立ち上がり、「あーあーあー、どいつもこいつも」と、今度は苛立たしげに、その場でぐるぐる歩き回り始めた。

「康男もそうだった。欲のないことばかり言う奴だった。後を継いだ、その甥っ子の惣一もそうだ。夢枕に立って望みを聞いてやっても、自分の研究さえできれば、それでいい、だと。どいつもこいつも、野心の欠片もありゃしない。あーあーあー、つまらない!」

 普段、『菅原先生』と呼んでいる人のファーストネームを真理は今、初めて知った。

 多分、惣一という名なのだ。

 そして、多分、康男というのが、菅原先生の叔父の名だ。

 そのくらい、菅原家の人々についてよく知らない真理が、男わらしの話を聞いて

まず思ったのは「ああ、らしいな」だった。

 菅原の叔父ついては面識がないのでさっぱりわからないが、菅原惣一という人はいかにもそんなタイプに見えた。

「これ以上望まないと言うんなら、それでいいじゃないか。おまえだって、そういう相手の方が楽なんじゃないのか?」

 無能な人物が、総理大臣になりたい、社長になりたいなどと言い出したら、それを叶えてやるのに随分と骨が折れそうだ、と思ったから言ったのだが、男わらしは「そういう問題じゃない!」と、再びプンスカプンスカ怒り始めた。

「俺様のやりがいの問題なんだ! 『総理大臣になりたい』くらいの大きな野望を持ってる方がいっそ清々しいくらいだ。なにが『幸い住む家には困らないから~』だ! どうしてもっと欲を出さない! 俺様をもっと利用しろ!」

 鼻息荒くまくし立てている男わらしを見ていて、真理は違和感を覚えた。

 はじめは怒っていると思っていたのだが、男わらしはどうも怒ってなどいないようなのだ。

 ――心配してる……のか?

 先程、真理も同じように、菅原を心配するあまり腹が立ったので、よくわかる。

 真理もどちらかというと欲のない、お人よしタイプだが、菅原はもっと人から心配されるタイプのお人よしなのだ。

「あのさ、もしかして、無欲な菅原先生のことを心配してるのか? それで、腹を立ててるのか?」

「なっ、なんで俺様が……あのもじゃもじゃ頭の心配なんかをしなくちゃならないんだ!」

「だって、おまえ、なんだかんだ言って、この家とこの家の人たちのこと、大好きじゃないか。そうでなけりゃ、お供え物をくれなくなった時点で、この家から出て行ってるだろう? 座敷わらしは気に入らなけりゃ、自由に家を出て行ったって構わないんじゃなかったか?」

 真理の指摘に、「ぐぬぬ」と言葉に詰まったところをみると、どうやら図星だったようだ。

 気を良くした真理は、更に男わらしの本心に迫る。

「俺の家に住みたいなんて言ってたけど、本当はそんなこと、これっぽちも思っちゃいないんだろう?」

 しかし、さすがにしつこくやり過ぎた。

「うるさい、バーカ」

 捨て台詞を残して、男わらしは姿を消してしまった。

 言葉に窮した途端に、人のことをバカ呼ばわりとは、まるで子供ではないか。

 いや、図体こそは大きいが、男わらしはやはりまだ子供なのだ。

「おーい、もうからかわないから、出てこいよ」

 真理が声をかけても、男わらしは姿を現さない。

 しかし、まだその辺にいるに決まっている。

 真理は宙に向かって声をかけた。

「俺たちはそろそろ帰るけど、またそのうちまた様子を見に来るからな。それじゃあな」

 お供えの件は、菅原に頼んでおいたので大丈夫だろう。

 これで懸案事項がなくなったと、真理は今度こそ本当に菅原の家を後にした。



 しかし、わらしの懸案事項の方はまだ解消されていなかったようで……。

「真理、早く帰ろうよ~」

 真理の腕を引っ張る、わらしは、男わらしの登場に、どうやら危機感を覚えているようだ。

 留守にしている間に、真理の家を誰かに取られるのではないかと、気が気ではないのだろう。

 わらしは、一刻も早く帰りたがった。

 もはや散歩を楽しむ余裕もない

「あいつの言ったことを気にしてるのか? 俺の家に住みたいなんて、あんなの本心で言ったんじゃないだろ」

 真理がいくら宥めすかしても、わらしには全く効かなかった。

「真理のおうちは住み心地いいもん。妖怪だって、幽霊だって、住みたいって思うに決まってるもん」

 大きな瞳をうるうるさせて、わらしが真剣に訴えてくる。

「だから、お留守にするのは心配だったんだもん」

 それで散歩に出たがらなかったのかと、真理は今更ながら合点がいった。

 最初から不安だったところに、男わらしが登場したのだ。

 わらしの不安は今、頂点に達しているのだろう。

「今日は途中でカラスに留守番を頼んだから、これで安心って思ってたけど……、けど……、けど……、あんなスゴイ座敷わらしが相手じゃ、太刀打ちできないよ~」

 うわ~ん、うわ~んと、とうとう泣き始めてしまった、わらしを前にして、真理はオロオロするばかり。

「あっ、こら、泣くなって」

 ハンカチで拭いても拭いても、大粒の涙が後から後から零れてくる。

 もう拭うことは諦めて、真理はびしょ濡れの頬を両手で挟んだ。

「今までずっと、そんなつまんないことを心配してたのか? あの家に誰か別の者が棲みついたら、俺たちは引っ越しすればいいじゃないか」

「……びっごぢ?」

 鼻をグズグズさせながら、わらしが聞き返す。

 真理は安心させるように、もう一度繰り返した。

「ああ、そうだ。二人で新しい家を探せばいい。そうしたら、そこがまた俺たちの家だ。そうだろう?」

 わらしは暫く頭の中で、それを想像したようだった。

「うん、そだね」

 とめどなく溢れていた、涙はもうすっかり引っこんでいた。

「よ~し、じゃあ、帰るか」

「うん、帰ろ」

 急いで帰る必要はもうなかったが、真理もわらしも早く家に帰りたくて、自然と早足になっていた。

「あー、今日はさすがに疲れたなあ」

 今日一日、たくさんのことがあった。

 気も使ったし、緊張もした。

 本当はこれから夕飯の買い物をして帰ろうと思っていたのだが、とてもじゃないが、そんな気力は残ってない。

「今日の夕飯はカップ麺でいいか?」

 重くてだるい肩と首をぐるりと回しながら、わらしにお伺いを立ててみれば、わらしは「わーい、カップ麺」と、大喜びだ。

 手の込んだディナーのときよりも、わらしの喜びようが大きいような気がして、少々複雑な気分になる真理なのだった。

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