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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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15話

 真理の怒鳴り声に驚いたのか、男の切れ長の目が大きく見開かれた。

 その隙に、真理は、吊り上げられそうになっていた小さな体を奪い返した。

「こんな小さな子に何をする!」

 男から少しでも遠ざけようと、小さな体を背中に隠し、真理は男と対峙した。

 しかし、いくらギリリと睨みつけても、真理が何故怒っているのか、男はまるでわかってなさそうに、ただただびっくり、といった顔で立ち尽くしている。

「おい、なんとか言ったらどうだ!」

 再度、真理が怒鳴ると、男はびっくり顔のままで呟いた。

「……見える……のか?」

「あぁ? 見えるって、何が!」

 反射的に怒鳴り返してしまったが、すぐに「ん?」となった。

 ――見える、……見える?

 頭の中で男の言葉を反芻し、真理はようやくハッとした。

 この男にも、見えている!

 この男も、座敷わらしが見える人間なのだ!



 自分にしか見えない、と思っていた。

 それで、不安になったこともあった。本当に存在しているのだろうかと、疑いを持つほどに。

 しかし、いざ、自分と同じ、見える人間が現れてみれば、がっかりしている自分がいる。

 自分だけの特権ではなかったことが、思いの外、ショックだったのだ。

「おまえこそ……、なんで見える……んだ?」

 ショックを隠せずに真理が呟けば、男は驚きに見開かれていた目を今度は三角にして、語気を荒らげた。 

「何とか言えって言うから、質問してやったんじゃないか。そっちが先に答えろよな。どうして、あんたに俺たちが見えるのかって、聞いてんだろ」

 男は理屈っぽい子供のようだった。

 普段なら、真理も腹を立てただろう。

 だが、それよりも、今は男の言葉が引っ掛かる。

 ――今、『俺たち』って、言ったよな……。

 彼は、座敷わらしと自分とを同列に語っている。

 彼は何に対して驚いていたのか。

 それは、真理が座敷わらしと男、両方の姿を見ることができるからなのだ。

 それを理解した瞬間、真理の背筋に寒いものが走った。

 何をしにここに来たのか、唐突に思い出してしまったのだ。

 ――まさか、まさか……、そうなのか?

 足の有無をチェックしたのは、条件反射だ。

 ――足は……、あるな。

 男の着物は寸法が合っていないのか、脛から下が剥き出しだった。

 着物からにょっきり伸びた足に、履物はない。

 男は、素足で庭に立っていた。

 しかし、それを確認したからと言って、男が『そうでない』とは言い切れない。

 真理は恐る恐る、それを口にした。

「も、もしかして……、幽霊……なのか?」

 すると、男は不機嫌な顔を、ずい、と近づけてよこした。

「はあ!? 幽霊ってのはアレだろ? 死んだ人間のことだろ? この俺様が人間だって言うのか? 冗談じゃない、一緒にするな!」

 どこかで聞いたような台詞を言う、この男は、それじゃあ、一体、何者だというのか。

 真理の心の声に答える前に、男はもったいつけるようにオッホンと一つ、咳払いをした。

「俺様は座敷わらしだ」

 真理はポカンと、男を見つめた。

 プッと吹き出したのは、数秒間の沈黙の後だ。

「いやいやいや、それはないだろ」

 そう言って、真理は抱き寄せていた、おかっぱ頭をぐりぐりと撫でくりまわしてみせる。

「知らないのか、『わらし』って、子供って意味なんだぞ?」

 とても子供には見えないという意味で言ったのだが、男は「なんだ、そんなの常識だろ。それに、俺様はどこからどう見ても子供だろうが」と平然としている。

 ――子供? こいつが……?

「なあ、あいつはおまえの仲間なのか?」

 否定してほしくて問うたのに、「うん、そうだよ」とおかっぱ頭に、いともあっさり頷かれてしまう。

「……いやいや、明らかにおまえとは違う種族だろ」

 もう一度、座敷わらしを見つめても、再びコクリ。

「そう……なのか?」

 よくよく見れば、確かに肌はピチピチしている。

 肌艶は、十代そのものといった感じだ。

 着物姿だから、渋く、落ち着いて見えるが、喋り口調も声も若い。

 その辺の中学生と変わらないように思えてくる。

 ――でも、男だぞ……?

 すると、心の声が聞こえたわけでもあるまいに、「ハハーン、あんた、もしかして、座敷わらしは女だけだと思ってただろう」と、ズバリ言い当てられてしまう。

「はぁ~、人間ってやつはこれだから……」

 男は、さも呆れたというように、肩をすくめた。

「人間に男女の別があるんだ。座敷わらしにだって、あるに決まってるだろ。座敷わらしと一口に言っても、いろ~んなタイプがいるんだよ。それくらい常識だろ」

 物知らずなところは、多分にある真理だ。ぐうの音も出ない。

「さて、これで、何故、俺様が怒ってたか、わかっただろう?」

 男のわらしは、偉そうに腕組みをした。

 そうすると、七分袖は益々短く、生白い腕が剥き出しになる。

「わかんないのかよ!」

 真理が首を傾げていると、その白い、細い、腕をぶんぶん振り回し、男のわらしはブンスカブンスカ怒り始めた。 

「ここは俺様の棲家なの! 座敷わらしは普通、先住者のいる家に入って来たりしないものなの! それが座敷わらしの仁義ってものなんだよ。それを、こいつは……!」

「ちょ……ちょっと待ってくれ」

 男のわらしが再び怒りの沸点に達しそうになるのを見て、真理は慌てて遮った。

「わらしを……、この子をここに連れて来たのは、俺なんだよ。この家の先生に招かれたから、散歩がてらに出かけよう、って。俺がわらしを連れ出したんだ」

「散歩……?」

「ああ。俺の家のわらしだからな。よその家に入ったりなんかしないよ。現に今日だって、俺の用事が終わるまで庭で待ってた筈だぞ。座敷わらしの世界では、庭はセーフなんじゃなかったのか?」

「……そんなの嘘だ。俺様が見たとき、このチビ助は庭から入ろうとしてた」

 男わらしが頑なに言い募るのを、今度は、わらしが遮った。

「違うもん。真理、まだかなあって、中を覗いてただけだもん。わたち、この家に住みたくなんてないよ? だって、真理の家の方がず~っとず~っと居心地いいもん!」

 真理にとっては嬉し恥ずかしな言葉も、男わらしにはカチンときたようだった。

「こ、この家だってな、す、住み心地はいいんだからなっ……!」

「ぜ~ったい真理の家の方がいいもん。だって、真理はすごく優しいもん。いろ~んなもの、買ってくれるもん。この、髪のキラキラもね、真理がくれたの。この服も。あとねえ、この靴も! 靴はねえ、一緒にお散歩するために買ってくれたんだよ」

 大人になると、ここまで臆面もなく自慢はできない。

 それができるのは、やはり座敷わらしが子供だからだ。

 大人の真理は、聞いているだけで恥ずかしくなってくる。

「おい、おい、その辺で……」

 やめておけと、忠告しようとして、真理は、男わらしの肩がわなわな震えていることに気がついた。

「なんだ、それ。なんだ、それ。なんだ、それ!」

 男わらしの口がへの字に曲がっている。

 履物のない足が、ダンッと庭を踏みつけた。

「俺様はなーんにも、もらってないぞ! いや、前の住人のときは、まだ良かった。欲しいものがあれば夢枕に立って、おねだりできたからな。まあ、それも、覚えていたり、いなかったりだったけど。それでも、今の住人よりはぜーんぜんマシだ。あいつは夢枕に立っても、朝になったら、ひとつも覚えちゃいない。俺様はあいつに仕事を与えてやったっていうのに、こっちの望みは一個も叶えてもらってない!」

 男わらしは不満を大爆発させた。

「へぇ、かわいそ。真理はねえ、一緒に遊んでくれるし、ご飯も作ってくれるよ。ご飯はすご~くおいしいんだよ」 

「……遊んで……、ご飯まで……」

 男わらしは、すっかり打ちのめされていた。

 今にも、地面に崩れ落ちそうな体を、どうやって支えているのか。

 それでも、どうってことないという顔を必死に作る彼は、相当な負けず嫌いだった。

「べっ、別に、羨ましくなんか、ないからなっ! 腹が減っても、俺様は自分でなんとかできるしな」

 ――座敷わらしなのに、自分でなんとかできるのか!

 田舎の家でお供えされなくなった途端、腹を空かしてヘロヘロになっていた、真理の家の小さなわらしとは大違いだ。

 真理は素直に感心した。

「へえ、すごいな。おまえ、料理ができるのか」

「は? 料理なんてできるわけないだろ。俺様は住人がどこに食料を隠してるか、知ってるんだ。今の住人は、台所の棚にカップ麺を隠してる。俺様は、それをいただいてるってわけ」

 菅原がカップ麺がなくなると言っていたのは、どうやらこの男わらしの仕業らしい。

 菅原の気のせいなんじゃないかと、ほんの少し疑っていた真理は、心の中で菅原に詫びなければならなかった。

「カップ麺? わたちも時々食べるよ。真理がすごーく疲れて、なーんにもしたくないときに食べるんだよ。ねえ、真理?」

 わらしと暮らすようになって、真理は料理の楽しさを知った。

 自分のためにだけ作るのは億劫だが、誰かのためなら苦にならないということも知った。

 しかし、時間的にどうしても作れないときはある。

 そんなときは二人して、カップ麺を啜る。

 田舎では、カップ麺がお供えものにあがることはなかったらしい。

 物珍しさも手伝って、お湯を入れるだけのインスタントな食事を、わらしは手抜きだと非難することなく、結構楽しんでいるようだ。

「うんうん。あれ、おいしいよね。でも、お湯を入れて、待たないといけないの。すぐに食べられたら、もっといいのにね」

 わらしの言葉に、男わらしの切れ長の瞳はまたまた大きく見開かれた。

「え……、お湯を入れて……待たないといけないのか……?」

「うん、だって、そうしないと、パリパリのまんまだもん。えー、知らないの?」

 わらしにバカにされたと思ったのか、男わらしは「し、知らないわけないだろ」と慌てて否定する。

 嘘をついているのはバレバレだったが、その嘘はわらしにだけは通用したようだった。

「そうだよねー。知らないわけないよねー。じゃあ、パリパリのまんまが好きなの?」

「あ、ああ。パリパリなのが美味いんだ」

「そっかー。じゃあ、今度、わたちもパリパリで食べてみる!」

 何もわざわざそんな食べ方をする必要なんて、ないんだぞ。

 そう言いたいところを、真理はぐっと我慢した。

 つんと横を向いた、男わらしの目元がほんのり赤くなっていて、なんだか可哀想になってきてしまったのだ。

 体は大きくとも、彼だって座敷わらしなのだ。

 お供えももらえず、かまってももらえず、この座敷わらしは毎日きっと寂しい思いをしているに違いない。

 ――今の状況を、なんとか改善してやれないものかなあ。

 この生意気で、意地っ張りな、男の座敷わらしのことを、真理は既に放っておけなくなっていた。

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