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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
32/97

5話

 食事中にスマホをいじるなんて行儀の悪いことだ、と真理は常々思っていた。

 今は亡き田舎の祖父が、特に食事中のマナーに厳しい人だったから、その影響なのだろう。

 背筋を伸ばすことから始まって、箸の上げ下ろしまで。TVを見ながらの食事などは、もってのほかだ。

 一人暮らしを始めた今となっては、誰に叱られることもないのだが、真理はその教えを今も守っている。

 体に染みついてしまったものは、そう簡単に抜けないものなのだ。

 だけど、今、真理はその禁を破りたい衝動を抑えきれずにいる。

 その衝動は、昼に会った、オカ研の連中のことを思い返しているうちに、ふつふつと涌いてきて、真理を突き動かそうとしていた。

 彼らが部屋で撮影したら、座敷わらしは映るのだろうか。

 真理が撮ったら、どうか。

 この思いつきを、今すぐ試してみたくて仕方がなかった。

 真理はとうとう我慢できずに、充電器からスマホを抜いた。ほとんど衝動的だった。

 

 座敷わらしはグリーンピースの炊き込みご飯を、今、正に食べようとしているところだった。

 あーん、と大きな口を開けて、なんとも幸せそうな顔だ。

 ところが、と言うか、やはりと言うべきか、スマホの中では、真理の向かい側には誰も座ってないことになっていた。

 四角い画面が切り取ったのは、テーブルの上のみそ汁椀と常備菜の小鉢に、食べかけの鰆の西京焼き。

 それと、桜の花びらをかたどった箸置きだけ。

 箸と茶碗が消えているのは、座敷わらしが手に持っているからだろう。

 ――これが、俺以外の人間が見てる世界、ってことか。他人の目を借りたら、こんな風に見えるのか……。

 実際に提示された映像は、思った以上に衝撃的だった。

 目の前では、座敷わらしがハムスターみたいに豆ご飯を口いっぱいに頬張っている。

 なのに、スマホときたら、そんなものは最初から存在しないかのような素振りだ。

 いるわけないよ、当たり前でしょ。 

 文明の利器にそんな態度を取られたら、真理は自信がなくなってしまう。 

 自分は本当に茶碗と箸を二膳、用意したのだろうか。

 そんなことさえ、疑わしくなってくる始末。

 試しにシャッターを切ってみたが、元から映ってないものが静止画に収まる筈もない。

 改めて、見えるのは真理だけなのだと思い知らされた格好だ。

 自分だけ、という言葉は妙に心地良く、そのことに優越感を抱いたりもしていたのだが、今はそれがかえって心許ない。

 誰にも見えない、カメラにも写らない。

 それでも本当に「いる」と言い切れるのか。

 人と違う意見を言い張るには、確固たる自信が必要だ。その自信が、真理の中で揺らいでいた。

 一人でぐるぐる考え込んでいると、突然、茶碗が突きつけられて、真理は目を丸くした。

「真理、おかわり!」

 座敷わらしがおかわりを要求しているのだ。何も知らない顔で、能天気に。

 真理は戸惑いながらも、空いている左手でそれを受け取った。

 その瞬間だった。

 茶碗がスマホの中に現れたのは。

 何もない空中から、真理の左手の中に茶碗がポンと、まるで魔法のように出現したのだ。

 桜の花びらがあしらわれた、愛らしい茶碗は、座敷わらしのために真理が買ったものだった。

 小さな手に持ちやすいよう、小ぶりなものを選んだのだ。

 その感触を、真理は手の平でしっかり確かめた。

「わかった、わかった。おかわりだな」

「うんっ、大盛りっ!」

 真理はスマホを充電器に戻し、自分に強く言い聞かせた。

 ――スマホだって、万能じゃないんだ。

 最新のテクノロジーがいくら座敷わらしの存在を否定しようとも、「いる」ものは「いる」。

 真理はリクエスト通り、お茶碗にこんもりと豆ご飯をよそった。

 漫画に出てくるような山盛りごはんだ。

「おいひいね、おいひいね」と言いながら、座敷わらしが平らげていく。

 目の前で空になっていく茶碗。これも、座敷わらしが存在する証拠に違いない。

 ――ああ、バカらしい。

 真理は信じられなくなりかけていた、数分前の自分を恥じた。

 そして、やっぱり食事中にスマホなんて、いじるものではないな、と一人ごちたのだった。



 朝と夜、座敷わらしと共に食事するようになって、真理の生活はかなり健康的になったと言える。

 誰かと楽しく、賑やかに食事するということ自体が、体にいいのかもしれない。

 しかし、最近の昼食は賑やかを通り越して、騒々しいくらいで……。


「いやあ、きみら、本当に熱心だねえ」

 昼時になると、どこからともなく現れるオカ研のメンバーに、最初は面食らっていた武田も、この頃ではすっかり慣れてしまったようだ。

 この日も、真理と武田が連れ立って学食に行くと、着席するのを見計らったかのようなタイミングで彼らはやってきた。

「ここ、空いてますかあ?」と、ひと声かけるのが、またわざとらしい。

 武田は「ある意味、尊敬する」と感心しきりだが、真理からすれば、落ち着いて昼食を食べられず、迷惑なだけだった。

「そんなにしてまで、こいつの部屋を見たいわけ?」

 武田が聞けば、「そりゃあ、見たいですよ」と丸岡が力を込めて言う。

 三人の中で一番お喋りな丸岡は、オカ研のスポークスマン的存在だ。

 会長の岡山田は、いつも腕組みをして難しそうな顔だし、紅一点の向ヶ丘は、恥ずかしそうに下を向いてしまうので、交渉事には不向きなのだ。

「ああ、すごーく見たい。心霊現象も体験したい。ついでに、心霊写真なんかが撮れたら、もう、死んでもいいくらい!」

「死なれたりしたら、寝覚めが悪い。益々部屋に呼びたくなくなったよ」

 初めの頃は真理の断り方にも遠慮があったのだが、最近はいつもこのくらいズケズケ言ってしまう。

 それは、彼らとの距離が縮まったことを意味していた。

 そして、最近では、そんなに言うのなら部屋にあげてもいいかな、と気持ちにも変化が表れていた。

 どんな機材を持ち込もうが、座敷わらしを撮影するなんて不可能なのだと、先日、真理自身が試したばかりだ。

 彼らを呼んだところで、害はないのだ。

 それに、彼らが期待するような心霊現象なんてものはないのだし、あんまりもったいぶるのも気が引ける。

 そんなことをつらつらと考えている真理を横目に、武田は何故か得意げに胸を反らしていた。

「俺はこいつの無二の親友だからね。もう何度もあの部屋に上がってるってわけ」

 丸岡が「いいなあ」という顔をするものだから、武田が更に増長する。

「どんな部屋か、教えてやってもいいけど?」

「知りたいですっ!」

 丸岡を押しのけて、ぐい、と出てきたのは向ヶ丘だった。

 一番の年下ということもあって、それまで大人しかった彼女が、何故か突然、しゃしゃり出てきたのだ。

 周囲の「なに、急にどうしたの?」という心の声を、赤いフレームが特徴的な彼女の眼鏡が、キラ~ンと光って黙らせる。

「お……おぅ」

 その迫力に、武田も一瞬、気圧された。

 が、すぐに気を取り直したようで、武田は得意げに語り始めた。

「部屋はすぐそこ。歩いて十分もかからない。立地的に申し分なし。築年数もまだそんなに経ってないし、ワンルームだけど、ロフト付きのオシャレ物件だしさ。女の子を呼ぶには最高だよね。まあ、そっち方面ではあんまり役に立ってないみたいだけど?」

 余計な情報を織り交ぜやがって、と真理は苦い顔をする。

 しかし、オカ研のメンバーは、ふむふむと熱心に聞き入っている。

「そ、そうですか、そっち方面では役に立ってないんですか」

 向ヶ丘は何故か、顔を赤らめている。

 その隣で、岡山田もやはり真剣な顔だ。

「ほぉ、意外だな。おんぼろの幽霊屋敷みたいなのを想像してたんだが」

「こいつの家、金持ちなんですよ。だから、家賃なんて度外視なんじゃないですか? 一人っ子で甘やかされてるから。でなけりゃ、家から通えるのに、わざわざ一人暮らしなんてさせてもらえませんよ」

 年長者の岡山田には敬語を使う武田だが、真理評には遠慮がない。

 隣で真理がムッとしていようが「だって、本当のことだろ?」と武田は気にする素振りも見せない。

「うちなんて、下に弟妹が四人もいるからさ、まだまだ金がかかって、大変だよ」

 武田家は最近では珍しい五人兄弟で、彼はその一番上、長男だ。

 チャラチャラしているように見えて、時折、しっかり者の長男の顔をのぞかせて、その都度、真理を驚かせたりもする。

「すぐ下の弟は高校生で、これがもう無愛想でさ、可愛くないんだ。次が中二で双子。こっちはちょうど難しい年頃で扱い辛くてしょうがない。で、一番下の小三の妹! この子がマジで天使でさあ」

 武田が末の妹を溺愛しているのは、友人の間では有名な話だ。

「俺が家に帰ると、『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って、ずっとまとわりついてくるんだよ」

 話し出すと止まらなくなるのも、また有名だった。

 まだまだ続きそうな妹話を、向ヶ丘がおずおずと遮った。

「あのう……、それで、柳田先輩のおうちの話は……?」

 向ヶ丘に指摘されて、武田は初めて自分が脱線したと気づいたようだった。

「そうそう、そうだった。真理の部屋の話だった。中も綺麗だよ。こいつは綺麗好きだからね。野郎の一人暮らしとは思えないくらい」

 向ヶ丘は、ふむふむと熱心に聞き入っていたが、他の男二人はまだ不満顔だ。

「そういうことを聞きたいんじゃないよ。もっと心霊体験談的なものはないの?」

 と、丸岡が唇を尖らせる。

 女の子じゃあるまいし、そんなことしても可愛くもないのに。

 真理もさすがに呆れて、「ないよ」と言おうとしたのだが、それより先に、武田が口を挟んでしまう。

「あるよ」

 ――はあ?

 何を言い出すのかと思ったら……。

「白い壁の一か所にだけ、薄っすら黒いシミが浮かび上がってるんだよ。よく見たら人の顔みたいでさ……。里奈ちゃんっていう子が部屋で幽霊の声を聞いたらしいんだけど、俺はあの壁のシミが喋ったんじゃないかと睨んでるんだ」

「はあ、何だそりゃ?」

 こんな話は初耳で、真理は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 どうせオカ研の連中をからかおうとして、口から出まかせを言ったに違いない。

 そう思うのだが、本当に壁にシミがあるのだとしたら、大問題だ。

 なぜなら、真理は部屋を退去するときのために、汚さないよう、壊さないよう、気を使って暮らしているつもりだったからだ。

「壁って、どこの壁だよ」

 真理が問い詰めると、「ベッドの横……だったかな、トイレの壁……だったかな」と武田は口籠ってしまう。

「嘘なんだな」

 真理が決めつけると、「嘘じゃないって!」と、武田は生意気にも反論する。

「どうしてお前はいつもいつも……! 嘘までついて、話を面白く盛りたがるんだ」

「だから、嘘じゃないって!」

 オカ研のメンバーを置いてけぼりに、二人でギャアギャア言い合いになってしまう。

 そのため、小走りで近づいて来る男にすぐに気づけなかった。

「いた、いた!」

 息を切らせて、男はいきなり「ずっと探してたんだよ、柳田くん」と言った。

「えっ、俺!?」

 見知らぬ人物に声をかけられた場合、大抵がろくな用件じゃない。

 それは、オカ研のメンバーで実証済みだ。

 ――今度は一体どんな厄介事なんだ?

 真理は用心深く、相手をうかがった。

 そして、真理のこういった予感は、大抵が当たってしまうのだ。

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