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はじめてのクリスマス 前

 街に赤や緑の飾りつけをする店が増えてきた。

 恋人がいないと忘れがちだが、もう十二月――クリスマスがすぐそこまで来ているのだ。

 これから、どこもかしこも、クリスマス一色に染まるだろう。

 およそクリスマスとは関係なさそうな商店街の和菓子屋でさえ、どら焼きにサンタの焼き印を押し、総菜屋も普段から売っている鶏のもものローストに可愛らしい銀紙の飾りを巻きつけたりし始めるのだ。

 和菓子屋や総菜屋がそうなのだから、アクセサリーショップのようなクリスマスこそ稼ぎ時の店が張り切るのは当然のこと。

 開店準備中のアクセサリーショップでは、今、正に、店員の女の子がガラス扉の内側に白い雪の結晶のシールを貼ろうとしているところだった。

 通りを歩いていた真理はガラス扉を挟んで、彼女とバッチリ目が合った。

 ――あ、瞳ちゃんだ。

 何故、真理が彼女の名前を知っているのかというと、この間、昼休憩で店から出てきた彼女とバッタリ出くわしたのがきっかけだった。

 彼女はこの店で座敷わらしのプレゼント買った真理のことを覚えていてくれて、それで「あー、この間の……」となり、並んで歩くうちに自然と自己紹介をし合ったのだ。

 それ以来、二人は会えば挨拶を交わす仲だ。

 この日は彼女が忙しそうだったので、真理は軽く会釈して通り過ぎようと思っていたのだが、真理に気づいた瞳は嬉しそうな顔で手を振ってくる。

 しかし、彼女は踏み台の上での作業中。

 真理に気を取られたせいで、バランスを崩した体がぐらりと揺れた。

「あっ、危ない!」

 真理が慌てて走り寄ったが一足遅く、彼女は盛大な尻餅をついた。

「だ、大丈夫?」

「痛……いけど、大丈夫みたいです」

 テヘヘと笑う彼女に幸いケガはないようで、真理はホッと安堵する。

 だからと言って、このまま大学に行く気にはなれなかった。

 真理は予定を急遽変更し、店の飾りつけを手伝うことにしたのだった。


「わあ、踏み台無しで届いちゃうんですね」

 高いところもひょいひょいと簡単に飾りをつける真理の姿に、瞳から感嘆の声が上がる。

 女の子から「わあ」とか「すごーい」とか言われるのは、なんともいい気分だ。

 調子に乗った真理は、気づけば店中の飾りつけを買って出ていた。

 ドアにリースを取りつけて、壁には金銀モールをぶら下げる。

 そして、最後のひとつ、トナカイとサンタのモビールを店の真ん中に吊るすと、店はクリスマスモードに早変わり。

「うん、なかなかいい出来だ」

 真理が自画自賛すると、瞳も「はい、完璧です」と頷く。

 それから改まって、頭を下げられた。

「ホントに助かりました。おかげで開店に間に合いました」

 改まってお礼を言われると、かえって恐縮してしまうが、瞳は真理のおかげだと言ってきかなかった。

「これで今日からお客さんがいっぱい来ると思います」

「やっぱりクリスマス時期って忙しくなるんですか?」

 真理が聞くと、瞳は「そりゃあ、もう」と頷いた。

「一番の稼ぎ時ですから。……あっ、柳田さんも彼女さんにプレゼント、どうですか?」

 座敷わらしに買った髪留めを、彼女へのプレゼントと、瞳はずっと誤解している。

 否定をしたつもりなのだが、彼女の中では、真理が照れ臭がっているだけということになってしまっているようなのだ。

 可愛い女の子に彼女持ちだと誤解されっぱなしというのは、非常にやるせないものだ。

「いや、彼女では……ないんだけど……、でも、もう何を買うか決めてあるんですよ」

 だから、一応もう一回否定してみたのだが、やはり瞳には伝わらなかった。

「あっ、そうなんですか……。いいですね~、ラブラブで。彼女さんが羨ましいです」

 しかし、伝わらないのは真理も同じだ。

 羨ましいという言葉に、瞳は特別な意味を込めていたのだが、鈍い真理は気づかない。

 これまでも、瞳は微弱な信号を発し続けていたのだが、真理がそれをキャッチできていたら、今年のクリスマスはいつになくロマンチックなものになったかもしれない。

 しかし、真理は座敷わらしへのクリスマスプレゼントで頭の中がいっぱいで、またしてもみすみすチャンスを逃してしまうのだった。



 ――けど、あいつ……、クリスマスを知ってるかなあ……。

 アクセサリーショップの飾りつけを終えて、その後、一応大学に行き、夕方になって部屋に帰ってきた真理は、玄関を開ける直前になって、素朴な疑問が湧いてきた。

 守り神とも妖怪とも言われる、座敷わらしは日本古来のものだ。

 それがキリストの生誕を祝うなんて、冷静に考えたらおかしな話だ。

 そんなことを考えながら、真理は「ただいま」といつものように玄関ドアを開けた。

 すると、これまたいつものように「おかえりー」と座敷わらしがトテトテトテと走って出迎えてくれる。

 しかし、いつもと全く同じ、というわけではなかった。

 座敷わらしの首に、金色のモールをかけられていたのだ。

「わっ、なんだ、それ?」

 キラキラ、フサフサしたそれに、この日は余程縁があるらしい。

 アクセサリーショップで散々それを壁を飾ってきたのだが、まさか自分の部屋でも見ることになるとは思っていなかった。

「これ? これはね、カラスが咥えてたの。『ちょーだい』って言ったのにくれないから、引っ張り合いっこになって、そしたら、真ん中でぶちんと切れちゃったの」

 どうやら商店街を飾っていたモールをカラスがくすねてきて、それを座敷わらしがくすねた、という図式のようだ。

「あのね、クリスマスだから街の中にいっっぱい、このキラキラがあるんだって」

 座敷わらしの口から「クリスマス」という単語が自然に出てきたことに、真理は驚いた。

「おまえ、クリスマスって何のことかわかってるのか?」

 真理が聞くと、座敷わらしは「それくらい知ってるもん」と口を尖らせた。

「クリスマスはね、ちらし寿司を食べる日! それからねー、トキが半纏を打ち直してくれる日! 『わらし様、クリスマスプレゼントですよ』って、トキがふかふかに綿を入れた半纏を持ってきてくれるの!」

 カラスの後に「トキ」と来ると、まるで鳥の話のようだが、トキとは真理の祖母のことだ。

「そっか、毎年ちゃんとクリスマスプレゼントをもらってたんだな。……まあ、ただ単に衣更えさせられてただけって感じもするけど」

 とにかく、プレゼントをもらう日だと座敷わらしが認識している以上、プレゼントを用意する側の真理としては気合が入るというものだ。

 しかし、クリスマスディナーがちらし寿司というのは、なんだか味気ない。

「祖母ちゃんは何かっていうと、ちらし寿司だったからなあ……」

 他の行事の日でも、ちらし寿司だったに違いない。節分でも雛祭りでも。

 しかし、クリスマスならばもっとそれらしい食事と雰囲気がある筈だ。

「よし! 今年は俺が本格的なクリスマスをおまえに体験させてやるよ」

「ホンカクテキ?」

「ああ、本格的だ」

「わーい、わーい、ホンカクテキー!」

 わかっているのかいないのか、座敷わらしは大はしゃぎだ。

「わたち、クリスマスの歌も知ってるよー。じんぐうべー、じんぐうべー」

 少々調子っぱずれなクリスマスソングを聞きながら、真理はスマホを取り出した。

 偉そうに宣言したものの、これからレシピを検索する真理なのだった。



 真理がスマホを出した、丁度その時、メールの着信音が鳴った。

 絶妙なタイミングでメールしてきたのは、友人の武田だ。

『今から行っていいか?』

 お伺いを立てる格好を取ってはいるが、こんなメールが来るときは大抵はすぐそこまで来ている。

 それが、武田という男なのだ。

 武田は大学に入って最初にできた友人で、初めの一年は本当によくこの部屋に遊びに来ていたものだった。

 それが、二年になり、武田がバイトを始めてからはお互い時間が合わなくなり、武田の足は遠のいていった。

 最近になって、この部屋を以前ほどではないにしても、再び訪れるようになったのは、バイトまでの時間が空いてしまったとき、大学近くにある真理の部屋は時間を潰すのに便利だと、武田が気づいたからだった。

 だから、この日もどうせ一時間かそこら、時間を潰しに来るのだろうと真理は思った。

 真理はとりあえず、座敷わらしをロフトに追いやった。

 どうせ武田には見えないのだから、座敷わらしを隠す必要は本来ならばない。

 しかし、座敷わらしにうろちょろされると真理がどうにも落ち着かないのだ。

 座敷わらしと同居を始めてから、武田が初めてこの部屋に来た日などは本当に大変だった。

 座敷わらしは「ねえ、ねえ、遊ぼーよー」と武田にまとわりついて、髪を引っ張ったり、背中にのしかかったり。

 真理はハラハラしっぱなしだった。

 とはいえ、恐ろしく鈍感な武田は、なーんにも感じてなかったのだが……。

 今日、案外あっさりと座敷わらしがロフトに引っこんでいったのは、武田を「つまんない人」認定したから……かもしれない。


 

 武田がチャイムを鳴らしたのは、座敷わらしがロフトに上がったのと、ほぼ同時だった。

 慌てて玄関を開けた真理に、しかし、武田は無言のまま。

 ずかずかと上り込むと、今月になって真理がロフトの奥からようやく引っ張り出した、こたつを占拠してしまう。

 ワンルーム用のミニサイズのこたつだ。

 でかい図体で天板の上に突っ伏されては、迷惑なことこの上ない。

 しかし、いつもはやかましいくらいにうるさい男が無言でいる。それだけで、何事かと心配になるのも事実だ。

「なんだ、なんだ、どうしたんだ?」

 真理が顔を覗き込むと、武田はようやく言葉を発した。

「……クリスマス……」

 まるで謎めいたダイイングメッセージのようだ。

「クリスマス? それがどうしたんだ?」

 そういえば、去年のクリスマスは楽しかった、と真理は思い出す。

 彼女のいない男ばかりが集まって、一晩中ボウリングマラソンという名の過酷な持久大会を開催したのだ。

 その音頭を取ったのが、武田だった。

 ――もしかして、今年も誘いに来たのか?

 困ったな、と真理は思った。

 今年は座敷わらしと過ごすと決めてある。

 武田の誘いはできるなら、お断りしたい。

 しかし、断ったら、彼女ができたと勘繰られるだろう。

 座敷わらしのことを説明できない真理にとって、なかなか頭の痛い問題だ。

 しかし、真理の心配は杞憂だった。

「……今年のクリスマス、水曜日だろ? 水曜日は毎週、バイトに入っちゃってるんだよ……」

「あ、そうか。そうなのかー。でも、まあいいじゃん、どうせ彼女もいないし、予定なんてないんだろ?」

「よくなーい!」

 武田は天板をバン、と叩いた。

「バイトの仲間で彼氏、彼女のいない連中が集まってクリスマスパーティーを開くんだよ。バイトが入ってる人は、終わってから駆けつけるって話だったのに、いつの間にか会場が浦安に変更になっちゃってさ。浦安じゃ、遅番の俺は間に合わねーよ」

 最初は威勢が良かったのに、「恵美ちゃんもパーティー行くって言ってるのに、なんで俺は行けないんだよぉ」と、武田はみるみる萎れ始めた。

 どうしてそんなことになったのかというと、バイトの一人が浦安のマンションに住んでいて、そこから夢の国の遊園地の花火がよく見えるという話で盛り上がり、

その流れで花火を見ながらのパーティーということになってしまったらしい。

「ああっ、くそ! 楽しいんだろうなあ、恵美ちゃんとパーティー。プレゼント交換もやるんだよ。誰なんだろうなあ、恵美ちゃんのプレゼントをもらう幸せ者はよぉ」

 武田の愚痴につき合わされていた真理は、ロフトの奥で小さな耳がひと言も聞き漏らすまいとヒクヒク動いていることに、全く気づいていなかった。


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