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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
きみは小さな居候
18/97

18話

「はーい、お待たせ―。本日の女子会のスペシャルゲスト、柳田真理くんでーす」

 恵美はそう言って、真理を宴の席に放り込んだ。

 大学周辺に居酒屋は数あれど、正門から最も近いのと、座敷があるので大人数で行っても安心なのとで、学生に人気の店だった。

 とはいえ、開店直後の夕方四時から一杯ひっかけよう、などという者はほとんどいない。

 店員の「いらっしゃいませー」がこだまする、ガラガラの店内を恵美に引きずられるようにして、真理は一番奥の座敷席まで連れて来られたのだった。

 そこで、真理を待ち構えていたのは八人の女の子たち。

「えっ!? これ、女子会? 聞いてないよ~」

 男は真理、ただ一人。

 飲み会とは聞いていたが、女子会なんて初耳だ。

「そりゃ、そうよ。言ったら、真理くん、絶対来ないでしょ」

 しれっとした顔で言い放つ恵美に、真理はがっくりと項垂れるしかない。

「いいじゃない。こんなハーレム、そうそう体験できないよ?」

 恵美にポンポンと肩を叩かれて、真理はぐるりと長テーブルに着席している面々を見回した。

 前の合コンに来ていた顔、初めて見る顔。里奈がいないのだけが、唯一の救いか。

「……皆、美人過ぎてキンチョーするよ~」

 真理は情けない声を上げた。

 そんな真理に女の子たちは一瞬顔を見合わせて、直後、クラッカーが破裂するように、一斉に笑い声をあげた。

「やだ、もう、美人とか、何言ってるの?」

「ホント、ホント。褒めたって何も出ないからね」

 近くにいた女の子たちから、真理はバシバシと叩かれてしまう。

 しかし、口では「やだ、やだ」言ってる女の子たちも、案外、満更でもないようだ。

 正直に思ったことを口にしただけ、という顔で真理がきょとんとしているから余計に、女の子たちの機嫌は良くなっていく。

「もうやだ。お酒が美味しくなっちゃって困る~」

 そう言って、ひとりがビールをぐびっと呷った。

「待ってよ、乾杯がまだだよ」

「えー、じゃあ、早く乾杯しようよ」

「何に、乾杯する?」

 女の子たちが口々に言い合う中、恵美がすっくと立ち上がり、ジョッキを高々と掲げた。

「私たちの女子会の、初の男子ゲストに!」

 真理も他の女の子たちも、恵美に倣って目の前のジョッキを慌てて手に取った。

「カンパ~イ!」



 気詰まりだろうと思っていた女子会も、始まってみれば、不思議なくらいにすんなりと溶け込めていた。

「ねえ、真理くん、ちょっと聞いてよ」

 女の子たちは、こぞって真理に話を聞いてもらいたがった。

「うちの彼氏がね、浮気してるみたいなの! ねえ、なんで男って浮気するわけ?」

「私なんて、彼氏自体できないんだけど!」

 そのほとんどが恋愛に関することだった。

 その手のことに関しては、全く頼りにならない真理だというのに、だ。

「う~ん、俺に聞かれても……。ってゆーか、皆こんなに可愛いのに、浮気されるとか、彼氏できないとか、俺には信じられないんだけど……」

 お世辞でも何でもない、これが掛け値なしの真理の本音だ。

 だけど、言われた女の子たちは堪らない。

 二人とも、目がすっかりハートマークになってしまった。

「えっと……、じゃあ、真理くん……、私と……」

 二人の女の子が同時にもじもじと何か言いかけたところで、真理から最も離れた位置に座っていた女の子が、酔いに任せて唐突に自分語りを始めた。

「私なんて、遠距離恋愛だからさ……。頑張れるって思ってたんだけど、最近は不安になってきちゃって……」

「そんなに不安になるんなら、いっそ会いに行っちゃえばいいんじゃない?」

 親身になってアドバイスをするのは、面倒見のいい恵美だ。

「うん、お正月休みに行こうとは思ってるんだけどね……」

「何言ってんの。夜行バスだってあるんだから、今からだって行けるじゃない」

 その言葉にハッとしたのは、言われた彼女だけではない。

 どうして、長期休暇まで待たなければいけないと思い込んでいたのか。

 心配ならば、様子を見に行けばいいではないか。

 地球の裏側にいるわけで無し。頑張れば、日帰りだってできる距離だ。

 真理にとって、正に目から鱗だった。

「そうだよ! 思い立ったが吉日って言うじゃないか!」

 真理は衝動的に叫んでいた。彼女にではなく、自分に向けて。

 しかし、その勢いのまま立ち上がろうとして、膝を思いきりテーブルにぶつけてしまう。

 真理は「くあっ」という変な声と共に、その場に崩れ落ちた。

「ちょっ……、大丈夫?」

 皆が心配してくれる中、恵美だけは笑いを堪えきれない、といった様子だった。

「あー、おかしい。真理くんって、意外とドジっ子だよね。頭をぶつけたり、足ぶつけたり」

「もうっ、恵美! 笑ったらダメだよ」

 そう言って、うずくまる真理の背中をさすってくれるのは、先程目をハートにしていた女の子たちだ。

「そうだよ、笑ったら悪いよ。真理くんは背が高くて足も長いから、ぶつかっちゃうんだよ」

「いや……。最近なんだよね、こんなにしょっちゅうぶつけるようになったのは」

 生理的に滲んだ涙を拭いながら言い訳する真理に、「でも、背が高いと、鴨居に頭をぶつけそうだし、大変だよね」と言ってくれたのは誰だったか。うずくまっていた、真理にはわからなかった。

 だが、その言葉は真理の脳の回路を直撃した。

『わたちが持ってくる不幸なんて、鴨居に頭をゴチンとぶつけることくらいだよ』

 女の子の声が座敷わらしのそれに上書きされ、頭の中で鳴り響く。

 足の指や、頭をぶつけるようになったのは、座敷わらしが田舎に帰った翌日からだっただろうか。

 真理は必死で考えた。考えたけれど、明確に、いつからという答えは出せなかった。

 ただ、ここ最近のことだということだけは、はっきりしている。

 しかも、骨が折れたり、痣が残るような大怪我には決してならない。ただその瞬間、目の奥で星がチカチカするくらい痛いだけ。

 これが全て座敷わらしがもたらした不幸だとしたら、あまりにも地味過ぎる。

 だけど、なんとも座敷わらしらしいではないか。

『わたちは座敷わらしの中でも味噌っかすで、でっかい幸せなんてあげられないんだもん。けど、その分、でっかい不幸も持って来れない』

 あのときは素直に聞けなかった言葉が、今はこんなにもすんなりと心に入ってくる。

 座敷わらしが家に来てから、真理に訪れた最大級の幸運といえば、合コンで女の子にモテまくったことだろう。

 しかし、座敷わらしがいない今だって、恵美の言っていた通り、女の子たちはこんなにも好意的だ。

 座敷わらしの力が作用したのは、くじのつまらない当たりくらいだったのではないか。

 真理が座敷わらしを思うとき、真っ先に頭に浮かぶのは、大好きなご飯をリスのように頬張る姿だ。

 ――人間の寿命まで自在に操れる、そんな恐ろしい存在なのか? アレが?

 実際、『人間の寿命なんて、わたちにはどうすることもできないよ』と、座敷わらし自身が言っていたではないか。

 冷静になって考えれば、じゃあ、何故、祖母は死んだんだ? という疑問にぶち当たった筈なのに。

 熟考することを放棄して、真理は座敷わらしを追い出したのだ。

 ――あのちんちくりんに、スゴイ力なんて、あるもんか! 幸運も不運もどうせこの程度だ。こんなに地味で小っちゃいものしか、持ってこれないんだよ。

 すると、想像の中の座敷わらしが『ちんちくりんじゃないよ! 座敷わらしだよ!』と、ぷりぷりと怒り始めたので、真理は思わず吹き出してしまった。

「ど、どうしたの、真理くん?」

 ぷるぷると震えだした真理を、背中をさすってくれていた女の子は心配そうだ。 だが、真理はそれには答えずに、「恵美ちゃん!」とおもむろに立ち上がった。

今度は、どこにも足をぶつけなかった。

「恵美ちゃん、俺、目の前の霧がパーッと晴れたみたいだよ!」

 突然、何を言い出すの? という顔をしていた恵美だったが、すぐに「うん、そんな顔してる」と言って笑ってくれたのだった。

 

 

 もう一軒行こうという熱心な誘いを断って、真理は真っ直ぐ家に帰った。

 今週末には田舎へ行こう。そのことで頭がいっぱいだったのだ。

 もう祖父にも、叔母にも気兼ねせず、「うちに来い」と座敷わらしに言えるのだ。

 そう考えるだけで、足取りは軽くなった。

「ただいまー」と言いながら、玄関を開けたのも、随分と久しぶりだった。

 もちろん、真っ暗な部屋から返事はない。

 最近、共に食事をとっている松子がテーブルの上で鎮座しているだけの部屋なのだから。

 しかし、それを侘しいとはもう思わなかった。

 真理は部屋の電気を点けると、鼻歌を歌いながら冷、蔵庫からペットボトルの水を取り出した。

 ぐびぐびぐび、と飲み干して、ビールのようにプハーッと息をつく。

 とてもいい気分だった。

 そのとき、何か小さな音を耳が拾った。

 カタカタカタという、何かが揺れているような、しかし、微かな物音だ。ちょうど震度一か二の地震くらいの。

 しかし、キッチンの鍋もやかんも、何も揺れてない。

 足元がぐらぐらしているようにも感じたが、それは多分、アルコールのせいだろう。

「……気のせいか?」

 そう思ったのだが、カタカタは次第に大きくなっていく。

 今ではもっと大きく、はっきりと、ガタガタガタと聞こえてくる。

「なんだ、なんだ、なんだ!」

 真理はぐるりと部屋を見回して、目を見張った。

 テーブルの上で松子が、壊れたロボットのように激しく揺れているではないか。

 あまりの激しい振動に、真ん中に座っていた体が徐々にずれていき、とうとうテーブルから転がり落ちてしまう。

 ゴトン、という鈍い音を立て、うつ伏せに倒れた松子を、真理は呼吸するのも忘れて凝視した。

「と、止ま……った?」

 床に倒れた人形は、そこでピタリと動きを止め、部屋は一転、静まり返った。

 しかし、真理は人形をすぐに拾い上げることができなかった。

 何か得体のしれない恐怖が、足を竦ませていたのだ。

 ギ、ギ、ギ

 そんな真理の目の前で、人形が再び動き始めた。

 ギ、ギギギギギ

 倒れたまま、首だけが少しずつ、少しずつ動いていた。

 古い、錆びついたネジが回るような音をたて、下を向いていた首が徐々に横を向き始める。

 ギギギギギ、……ギ

 やがて、首は真理の顔をピタリと見据える位置で止まった。

「ひぃっっ!」

 薄っすら笑みを浮かべた松子の顔は、夜、一人きりの部屋で見るには不気味過ぎる。最近は、それをすっかり忘れていた。

 しかし、怖ろしいのに、その顔から目を逸らすこともできない。

 松子は視線だけで、真理を縛りつけてしまったのだ。

 真理をしっかり捕縛したまま、松子は唇を微かに動かした。

「シ……ン……リ」

「……っ!?」

「シン……リ」

「しゃ、しゃ、しゃ、喋った……ぁっ!?」

 真理は腰を抜かして、その場にへなへなと座り込んでしまった。


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