14話
真理からのプレゼントを、座敷わらしは大層気に入ったようだった。
それはいいのだが、真理には心配なことがひとつあった。
キラキラしたものが好きだというカラスが、ヘアピンを狙ってやって来るのではないか、という心配だ。
奪われるだけならいいが、爪で頬を傷つけられでもしたら大変だ。
ベランダに出る際は、ヘアピンを外させた方がいいかもしれない。
そんなことまで考えていた真理だったが、当の座敷わらしはというと……。
翌朝、起きてすぐ、真理が目にした光景は、ベランダでカラスと何やら話をする座敷わらしの姿だった。
「真理からもらったの、良いでしょ。欲しい? でも、あげないよー」
手すりにとまった、カラスが怒ったように「カア」と鳴く。
真理の心配をよそに、座敷わらしは自分から見せびらかしていたのだ。
――おいおい、何、挑発なんかしてんだよ~。
どうして、おとなしくしていられないのか。
何かあったら、どうするのか。
そうしたら、すぐ飛び出せるようにと、真理は部屋の中からハラハラと見守った。
「良いことしたご褒美なんだもーん。カラスは良いことしないから、もらえないんだよ」
挑発と言っても、まるっきり子供の口喧嘩レベルなのは、相も変わらずだ。
それに対して、カラスも「カア、カア」とやり返している。
しかし、カラスは座敷わらしよりも多少大人だったようで、最後に一声「カア」と鳴いて、そのまま飛び去って行ってしまった。
「はぁ~、やれやれ」
真理は寝起きのボサボサ頭のまま、のっそりと起き上がった。
「カラスの奴、なんだって?」
部屋に戻ってきた座敷わらしに尋ねると、大きな瞳がきょろっと動いた。
「うーんとね……、えーっとね……、『お似合いですね』だって」
唇を尖らせて、座敷わらしはどこかすっとぼけた顔だ。
真理は片眉をはね上げた。
「……それは嘘だな」
カラスの言葉がわからない真理でも、さすがにわかる。デパートの店員と客のような、そんな会話をしていたようには、とてもじゃないが見えなかった。
すると、座敷わらしは自分の嘘に耐えきれなくなったのか「う~……」と唸ってから、とうとう白状した。
「本当はね、『別に欲しくねーし』って言われたあ。そんで、また『バカー』だって」
地団駄を踏む座敷わらしは、心底悔しそうだ。
「そんなことだろうと思ったよ」
――でも、まあ、良かった。これで、カラスの心配はなくなった。
呆れた風を装いながらも、真理はホッと安堵の息を漏らした。
そして、カラスは座敷わらしを傷つけるようなことはしないという確信を持った。
座敷わらしが言うほど、カラスとの仲は悪くないのだ。
顔を合わせば口喧嘩。だけど、きっと友達なのだ。
座敷わらしに言えば、嫌な顔をするかもしれないが。
こうして心配事はなくなったのだが、その代わりに困り事がひとつ……。
真理が夕飯の後片付けをしていたときのことだ。
トテトテトテと座敷わらしが駆け寄ってきて、「真理、ペンが落ちてたよ」と言う。
「ああ、テーブルの上にでも乗っけといてくれ」
真理が頼むと、「はーい」と座敷わらしは良い子の返事だ。
そうして、再び食器洗いに取り掛かり始めた真理の横に、座敷わらしが再び立った。
「ペンをテーブルに置いたよ」
ニコニコ笑って、そう言うから、真理も「ああ、ありがとうな」と返したのだが……。
「……ん? なんだ? どうした?」
座敷わらしはいつまで経ってもニコニコ顔で、真理の横を離れない。
「ペンを拾ってね、そんで、真理に返したの」
「お、おう……」
それがどうした、と言おうとして、真理はハッとした。
――まさかのご褒美狙いかっ!? そうなのかっ!?
床に落ちていた里奈のバレッタを拾って返したら、ヘアピンをもらえた。同じように落ちていたペンを拾ったのだから、また何かもらえると考えているのだ。
要は、味をしめたのだ。
座敷わらしの顔をまじまじと見れば、右頬に「わく」、左頬に「わく」と書いてある。今度は何をもらえるんだろう、という顔だ。
真理は頭を抱えたくなった。
物で釣って躾をしたのは失敗だったか、と思っても今更だ。
「あのなあ……」
ご褒美なんてあるわけないだろ、と言おうとして、真理は言葉に詰まってしまった。
だって、あまりにもキラキラしているのだ。ヘアピンも、座敷わらしの瞳も。
それは、真理には眩し過ぎるほどのキラキラで……。
これは真理が蒔いた種なのだ。きちんと向き合わなければいけない。
真理は泡だらけの手を洗った。
「あのな、わらし、ご褒美ってもんはな、毎回毎回、すぐにもらえるってわけじゃないんだ」
「え、そーなの?」
「ああ。この間はたまたま次の日にご褒美がきたけどな、大抵の場合、忘れた頃にもらえるものなんだよ」
「じゃあ、忘れる! すぐ忘れる!」
「おう、すぐ忘れたら、その分早くもらえるぞ」
至極真面目な顔で頷いて、座敷わらしは早速ロフトに引っこんだ。そこで、松子と遊び始めた。
そうやって、ご褒美のことを考えないようにしているのだろう。
その素直さには罪悪感が湧くが、これで少しは時間稼ぎができるというものだ。
それに騙しているつもりはない。ご褒美はあげるつもりでいるのだから。
再び洗い物に取り掛かりながら、真理は、さて、何を買おうかと考えていた。
――やっぱり、冬物の服かなあ。
今は半袖のワンピースを着ている座敷わらし。冬になったらどうするのか、実は、ご褒美の話が出る、ずっと前から気になっていたのだ。
聞けば、座敷わらしは暑さも寒さも感じないのだという。
だから、一年中、半袖でも構わないと言うのだが、真冬に半袖は、見ているこちらの方が寒くなって困る。
田舎にいた頃は、祖母が冬になると綿入れを仕立てて、お供えしてくれていたようなので、真理も座敷わらしに冬支度をさせようと考えていた。
真理には、どうせ縫い物などできないので、買ってあげた冬物をご褒美とすれば一石二鳥だ。
――そうそう、それと、靴下も。
座敷わらしはいつも素足でペタペタ歩いているのだが、これも冬には見たくない光景だ。
――暖かそうな、モコモコの靴下なんかいいだろうな。あー、全身モコモコにするってのもアリだなあ。
モコモコわらしを想像して、真理はプッと吹き出した。
とはいえ、残暑が厳しく、衣更えにはまだまだ早い。
冬物を買いに行くのは、もう少し秋めいてきてからだ。
――それまで、物を落とさないように気を付けないとなあ。
これ以上、ご褒美が増えたら大変だ。
もともと綺麗好きで、部屋の中は片付いているのだが、これまで以上に掃除をしようと真理は心に誓うのだった。
しかし、何事も考えている通りには運ばないもので……。
思いもしない形で、真理は座敷わらしの冬支度をすることとなるのだった。




