13話
――なんなんだ、ここはっ!
店に一歩足を踏み入れた瞬間、ピンクとキラキラとフリフリが洪水のように押し寄せてきて、真理はその波に飲み込まれそうな錯覚に陥った。「可愛い」の集合体は、それだけで充分凶器になるのだ。
しかし、ときにはケーキに頭ごと突っ込む勇気も必要だ。真理は意を決して、二歩、三歩と足を踏み入れたのだった。
とはいえ、その勇気も、店員を含めて男は真理ただ一人という状況では、すぐにしおしおと萎んでいく。
――うわぁ、やっぱり今すぐ回れ右して帰りたーい!
しかし、それもまた不審者だと、自意識過剰の頭が考える。
こうなったら、パッと買ってサッと出るしかない。
真理は背中に、横顔に浴びせられる不躾な視線を掻い潜り、目当てのものを探すことに集中した。
溢れんばかりに商品が陳列されている。どれもキラキラと自己主張して、真理の目をチカチカさせる。
しかし、そのキラキラの中で、真理はそれに目をとめた。すぐに、これだと思った。
真理の目を引いたのは、赤とピンクのキャンディみたいな小さなハートが一列に並んだ、とても愛らしいヘアピンだった。
赤くて、キラキラしていて、まるで座敷わらしの好きなものを一つに丸めて作ったようではないか。
真理はそれを手に取ると、一直線にレジへと進んだ。
「いらっしゃいませ~」
店員が真理の顔を見て、にっこりとほほ笑む。
「贈り物ですか~?」
贈り物なんて大層なものではない。だけど、ここで違うと言ったら、まるで自分用に買ったかのように思われやしないか。真理はぎこちなく肯いた。
「じゃあ、ラッピングしましょうか~?」
「え?」
他の客に聞こえないように、店員が一段階、声を小さくする。
「男の人がこの店に一人で入るのは勇気がいるでしょう? だから、サービスです」
これがマニュアルを越えた接客というものかと感心するが、真理の「パッと買ってサッと出る」作戦がこれでは台無しだ。
しかし、結局真理は「お願いします……」と頭を下げた。
こんな小さなものを……と思う。大した金額でもないし、大袈裟なラッピングは気が引ける。
それに、どうせ剥き出しのまま渡したって、あげる相手は座敷わらしなのだ。全く問題ないだろう。
ただ真理には、店員のせっかくの好意を無下にはできなかったのだ。
程なくして、真理の買ったヘアピンはピンクの緩衝材を詰めた、透明のボックスに収められた。
すると、どうだ。小さなヘアピンが、ぐっと宝物めいてくるではないか。
真理は今更ながら店員の心遣いに痛み入った。そして、彼女の美しいラッピング技術に感服した。
まるで手品か、魔法か。
四角い箱が、くるくると包装紙を纏っていく。鮮やかな手つきは、思わず見惚れてしまうほどだ。
しかも、にこやかに会話をしながらなのだ。不器用な真理には、考えられない神業に見えた。
「彼女さんへのプレゼントですか~?」
しかし、とんでもない質問をされ、真理の声は裏返ってしまう。
「か、か、彼女!? 違いますっ! あいつはそんなんじゃないですよ」
「照れ隠しですね」
店員に、ふふふと笑われて、真理は慌てた。
「いやいや、だって、本当にまだほんの子供なんですよ」
「え? 子供…?」
店員の頭の上に吹き出しがポフンと浮かび、「やだ、この人、ロリコン?」と心の声を映し出す。
「あー、違います。えーと……、そうだ、ペット! 俺にとってはペットみたいなやつなんですよ」
その一言で、それまでキャッキャと華やいでいた店内も、一瞬にして静まり返る。
店員も困惑顔だ。
真理はまたもや言葉の選択を間違えたのだ。
「あっ、違くて……。ペットと言っても首輪をつけるとかじゃなくて……、あっ、もちろん調教とかそういった類のものでもなく……」
「…………」
「いや、あの、躾は大事だとは思ってますけど……」
言えば言うほど、泥沼にはまっていく。
見かねて、店員が「あのぅ」と口を挟んだ。
「……あのぅ、リボンは何色にします?」
真理は小さな声で答えた。
「……じゃあ、赤で」
嫌な汗を掻いてしまった。十年分の恥をかいたような気分だった。
それでも、美しくラッピングされた四角い小箱を手にしたら、恥ずかしさも何も吹き飛んだ。
ちょこんと結ばれた、赤いリボンも愛らしい。
ポケットに小箱をねじ込むと、真理は飛ぶように家路を急いだ。座敷わらしに早く、これを渡したかった。
思い出すのはクマゴロウをあげたときの、座敷わらしの顔だった。
あのときとは違い、これはれっきとしたプレゼントだ。きっとあのとき以上に喜んでくれることだろう。
「ただいまー」
本当はまず座敷わらしを座らせて、それから厳かにプレゼントを取り出そうなどと考えていたくせに、気が付いたら玄関先で小箱を取り出していた。
「わらし、今日はプレゼントがあるぞ~」
座敷わらしは目を真ん丸にして驚いている。
「プレゼント? なんで? 今日はなんのお祝いの日?」
「え……」
まさか理由を聞かれるとは思っていなかった。何でもないのに、プレゼントをあげるのは変だろうかと、しばし悩む。
しかし、こうして改めて聞かれると、座敷わらしの喜ぶ顔が見たかった、だなんて、こっぱずかしくって、とても言えない。
「あー、これは、そのぉ、ほら、今朝、良いことしただろう? 落し物を拾って、落とし主にちゃんと返した。そういう良いことをした人は、ご褒美をもらえるんだぞ」
しばらく、うんうん唸ってから、真理はプレゼントをあげる理由をこうして無理やり捻り出した。
「ご褒美?」
ご褒美と聞いて納得したのか、座敷わらしは至極真面目な顔で小箱を受け取り、トテトテトテと部屋の中に戻っていく。
もっと「わーいわーい」と小躍りすると思っていた真理にとって、拍子抜けな反応だ。
ミニテーブルの上で包装紙としばらく格闘していた座敷わらしは、ようやく本体に辿り着いても、やはり歓声ひとつ、あげなかった。
――もしかして、気に入らないのか?
下を向いていて表情が読めない。
気に入らないのなら、取り換えてこようか……そう声をかけようとしたとき、ようやく座敷わらしが顔を上げた。
黒い瞳は更に真ん丸に、口も同じように真ん丸になって、「わーい」という前に固まってしまったかのようだ。
「ん? 気に入ったか?」
真理が聞くと、首がもげそうな勢いでコクコクコクと頷き返される。
そうだ、この顔が見たくて「可愛い」の巣窟に足を踏み入れ、女の子たちの好奇の視線にも耐えたのだ。
「じゃあ、髪につけてみな?」
真理が促すと、座敷わらしは大きく頷いた。
しかし、手に取ったのは赤いリボンの方で……。
「おーい、待て待て待て。そっちは違うだろ。……っていうか、リボンの方が良かったのか……?」
やはり女の子へのプレゼントって難しいなと思いかけたとき、座敷わらしは「だって……」と、小さな声で呟いた。
「だって、これは宝物だから。しまっておかないといけないから」
そう言って、座敷わらしは髪留めを、小さな掌で包んでしまう。
「バカだなあ。こういうものは使わないと意味がないんだ。ほら、貸してみな」
真理は座敷わらしの前髪を掬い……、すぐに思い返した。おでこを出した座敷わらしも可愛らしいが、このパッツンと切り揃えられた前髪を失くしてしまうのは、いかにも惜しい。
結局、耳の横の髪をひと房取って、そこをヘアピンで留めることにした。
「うん、可愛くできた」
「ほんとに?」
「ああ、可愛い、可愛い」
実際、座敷わらしの黒髪に赤とピンクの髪留めは良く映えた。
「じゃあ、松子ちゃんに見せてくる!」
座敷わらしはワンピースの裾を翻して、ロフトの梯子を駆け上がっていく。
「真理、ありがと」という小さな声が聞こえてきたのは、その小さな体がロフトの奥の暗闇に紛れてからだった。
なんだか真理も照れくさくなって、それには答えず「さーて、夕飯の支度でもするか」と立ち上がったのだった。




