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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
きみは小さな居候
11/97

11話

 久し振りの合コンで心身共に疲れたのか、真理は翌日の昼でもまだベッドの中だった。このまま夕方くらいまでは、余裕で爆睡できる。そのくらい眠かったのだが……。

「……ん~、う~ん……、う~、うっるさ~い!」

 どこかで誰かが、わあわあ、ぎゃあぎゃあと騒ぎたてていて、とてもじゃないが寝れいられない。

「……ああ、くそっ、誰だ、俺の安眠を妨害する奴は」

 もともと寝起きは悪くない方なのだが、無理矢理起こされたとなれば話は別だ。

 安眠妨害犯を捕まえて、取っちめてやる。そんな気分で起き上がった真理は、てっきり外で誰かがケンカしているのだと思っていた。まさか騒音源が、自分の部屋のベランダだとは思ってもいなかったのだ。 

「カア、カア」

「わたち、バカじゃないもん!」

「カア、カア、カア」

「あ、またバカって言った! バカって言う方がバカなんだからね!」

 ぴょこん、ぴょこんと跳ねながら、座敷わらしがベランダで腕を振り回している。その程度のことで、頭上でバッサバッサと羽ばたくカラスを、どうにかできると本気で思っているらしい。

 しかも、喚いている内容は、小学生の口喧嘩レベルだ。

 ――なんなんだ、この低次元な争いは……。こんなくだらないことのせいで、俺の貴重な睡眠時間は奪われたのか。

 真理はがっくりと肩を落とした。

 しかし、カラスは鋭い爪とくちばしを持つ動物だ。万が一、座敷わらしが怪我をしないとも限らない。

「仕方ないなあ」

 真理はのっそり起き上がった。もちろん、座敷わらしに加勢するためだ。

「コラー、あっち行け! しっしっ」

 真理はベランダに出て、追い払うように大きく手を振った。

「あ、真理」

 友軍の到着に、座敷わらしの意気も揚がる。

「そうだ、そうだ! あっち行け-!」

 賢いカラスは数的不利になったとみるや、空高く舞い上がり、「カア」と捨て台詞を残して逃げて行った。

 これで一段落、と思いきや、そうではなかった。空が片付いたら、次は地上だ。

「ちょっと、お兄さん」 

 下の道路から声がかかる。

 手すりから身を乗り出して見てみれば、下に近所の住民らしき人達が集まっていた。

「この騒ぎは一体何なの?」

「ベランダにゴミを溜めてるんじゃないでしょうね?」

「まさかとは思うけど、カラスに餌をやったりしてないわよね?」

 座敷わらしが見えない彼らには、何故カラスがベランダで騒いでいたのか、わからないのだろう。

 しかし、ごみはちゃんと分別し、決められた曜日にきちんと出している。まるでゴミ屋敷のような言われようは、心外だ。

「ゴミなんて、置いてません。なんだったら、上がって来て確かめてもらってもいいですよ」

 住民達はまだ何か言いたげだったが、それ以上何も言い返せずに、すごすごと帰って行った。

「はあ~……」

 寝起きの数分間で、色々なことが起こり過ぎだ。脱力し、しゃがみ込んだ真理は、ベランダの有様を見て、ぎょっとした。

 カラスの羽が散乱して、まるで何か怪しい儀式でもした後のようだ。

 この薄気味悪い羽を片付けなくてはならないのかと思うと、沸々と怒りが湧いてくる。当事者がケロリとした顔で部屋の中に戻っていたりするから、尚更に。

「わらし、おまえってやつは! 朝っぱらから騒動起こしやがって!」

 説教の一つでもしてやろうと思ったのだ。なのに、「もう朝じゃないよ」と切り返されて、思わず「ぐぬぬ」と言葉に詰まってしまう。

「う~……、あ、朝かどうかなんてのはな、問題じゃないんだ。近所迷惑だろうが! それに、カラスとケンカなんかして、大怪我したらどうするんだ」

 そうなのだ。腹が立つのは心配しているからでもある。

 しかし、座敷わらしは、それを聞くと、ぷぅっと頬を膨らませた。

「わたち、負けないもん」

「はあ? いやいや、どう見たってお前の方が負けるだろ。見ただろ? あのカラス、翼を広げたらあんなに大きいんだぞ。お前なんかくちばしで咥えて、ポイでお終いだよ」

「むうっ、まーけーなーいもーん!」

 あくまでも勝てると言い張る座敷わらしは、シュッシュッとパンチを繰り出してみせる。

 本人はボクサーか何かのような気でいるのかもしれないが、どこからどう見ても猫パンチだ。猫のような爪を持たない分、猫パンチ程度の威力も無いと断言できる。

 真理は、やれやれと呆れて首を振った。

「そもそもどうしたら、カラスとケンカになるんだよ。『バカ』って言われるって、前も言ってたけど、あれはただの鳴き声で――」

 カラスは「カア」と鳴いているのであって、決して「バカー」と言って、からかってるわけではないのだと教えようとしたのだが、座敷わらしはこれっぽちも聞いてない。

「あのね、ひなたぼっこしてたらね、カラスが飛んで来たの。わたちの宝物を狙って来たの。いっつもそうなの。カラスはキラキラしたものが好きだから」

 ほら、と言って、座敷わらしが見せてくれたのは、ビーズのバレッタだった。

「キレイでしょー」

 陽にかざすと、ビーズがキラキラ輝いて確かにとても綺麗だったが、真理はその形の方が気になってしまう。

 ――無限大? それとも、数字の八かな?

 女の子の髪の毛を飾るのに、何故、そんな形を象っているのか、真理にはさっぱり理解できなかった。

 しかし、そんなことはどうでもいいことだ。

「こんなもの、どこで、どうしたんだ?」

「朝、起きたらね、ここに落ちてたの。だから、拾って、わたちの宝物にしたの」

 真理には全く見覚えのない代物だ。

 しかし、床に落ちていたとなると……。

「……それ、昨夜、里奈ちゃんが落としていったものじゃないのか?」

 正直に言えば、彼女の髪型どころか、どんな服装だったかさえ定かでない。

 しかし、何かの弾みで、彼女が落としていったとしか考えられない状況だ。

「だったら、里奈ちゃんに返さなきゃいけないな」

 昨夜、無事に帰れたかも心配だった。午後から大学に行って、様子を見るついでにこの髪留めを返そう、そう思ったのだが……。

「やだっ!」

 それは、座敷わらしにしては珍しい、激しい拒絶だった。

「嫌だって言っても、それはおまえのものじゃないだろう?」

「わたちが拾ったんだもん。わたちのだもん」

 こんな所は、まるっきり子供だ。

 子を持つ親は、こんなとき、どう対処するのだろう。二十歳の大学生には、見当もつかない。

 ――困ったな……。

 座敷わらしにしてみれば、カラスから死守した大事なお宝だ。みすみす手離したくないのだろう。

 気持ちはわかるが、他人のものは他人のもの。それをちゃんと教えなくては。

「あのな、わらし……」

 プイ、と横を向いてしまった座敷わらしの、正面に回り込む。

「落ちてたものは拾った人のものじゃないんだ。落とした人のものなんだ。わかるな?」

 真理はそう言って、座敷わらしの前に掌を差し出した。奪い取るのは簡単だが、座敷わらしには自発的に返してほしかった。

 真理が根気強く待っていると、しばらくして、座敷わらしの腕が少しずつ少しずつ動き始めた。まるで錆びついたブリキのおもちゃのように。今にもギギギと音が聞こえてきそうなほど、ゆっくりと、ゆっくりと。

 真理に言われたから返さなくちゃ、でも、返したくない、本当は嫌で嫌でしょうがない、そんな内心の葛藤が伝わってくる。

 ――頑張れ、頑張れ。

 真理にも思わず力が入る。

 だから、掌にポトリとそれが落とされたときには、感極まって泣きそうになってしまった。

「エライ、エライぞ、わらし!」

 髪留めを握る反対の手で、おかっぱ頭をわしゃわしゃとかき回す。

 座敷わらしはボサボサ頭のまま、ツンと澄ました。

「だって、落ちてたものは落とした人のものだもん」

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