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師父慕う少女、果てに至る物語  作者: 犬山
デュアル・コミュニティ
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EX彼を想う

 

 多くの人が訪れ、多くの人が出て行く。

 多くの物資が集まり、消費される。

 古めかしい伝統的な屋敷があるかと思えば、今もまだ増え続ける違法建築(スラム)がある。道路にはいつも生ごみや泥が落ちていて、お世辞にも美しいとは言えない。だが活気がある。隠しきれない華がある。

 帝国の都。帝国の要の帝都の日常風景を見ながら、ミックはぼんやりと飴を舐めていた。

 ミックは帝国出身ではない。田舎の、それも人里離れた隠れ里で生まれ育った人間だ。成人してからは見聞を広めるために世界各地を巡ったものの、根っこの所が田舎臭いのだ。人が集まり、物が集まり、金の集まる場所には欲望が渦巻く。ミックにはこの猥雑な雑踏が居心地の悪いものに感じられていた。

 こういう場所が社会にとって必要だというのは理解できる。王国も、南洋国家も、大小の違いこそあれ、各国の首都はこうした側面を持っていた。

 だが、ここは言ってみれば戦場だ。死ぬか生きるか。己の生命をチップにして、ハイリスクハイリターンの賭けに臨む博徒たち。断じて安らぎや休息の場ではない。


 ――そんな戦場に人工的に造られた休息地帯。鉄塔広場。青々とした草木が茂り、魔術で操作された噴水が美麗なる水の曲芸を披露している。そんな場所。

 ミックの側には同行者の姿もない。上司(ナタリア)には小一時間ほど暇を貰いたいと申し出てある。徹頭徹尾、彼は一人きりだった。

 一人きりの男の独り言。道行く人々の中で、誰も聞き咎めるものは居なかった。

 

「その後、調子はどうッスか?」


「……顛末は、聞いているわよ。心強ーい護衛さんたちからね」


 ミックだけが見つめる木陰。そこの空気が一瞬揺らいだかと思うと、一人の女性が現れていた。ミックとよく似た彼女の目鼻立ちは、彼らの間に血縁が存在することを証明するものだった。


「マリアっ……」


 ミックの視線が自然と下がった。

 居た堪れない。自分で望んだはずの面会だったが、こんなにも心が苦しくなるとは思ってもみなかった。

 申し訳なさ、情けなさ。心が引き裂かれそうだ。


「どうやら……本当みたいね。敵の嘘だったらどんなにいいか、と何度も思ったわ。一族がもう無い、なんて」


「拙者は……」


「謝らないで。兄貴の望みなんか、叶えてやらないわよ。里のことは、勘当された兄貴には、もう関係のない話でしょ」


 ミックの妹――とマリアは辛辣だった。公衆の場だから声こそ荒らげていないものの、冬の朝のような冷えきった声色だった。


「だが……」


「兄貴はさ……なんで、里を抜けたんだっけ?」


 予期せぬ質問にミックは目を瞬かせた。言い訳とかを考えつく前に、自然と心の内を話していた。


「外の世界の、広さを知ったから……ッス。新しいもの、見たことのないもの、それは光り輝いていて――」


「だったら、さ。笑ってよ。輝くものを見つけ出したんでしょう?暗くて狭い、里から飛び出して。……なら笑ってよ」


 ミックの口から飴玉が零れ落ちた。ぽかんと開いた口。ミックの間抜けな顔を見て、マリアが先に笑う。


「じゃあ、ね。終わらせてくれて、ありがとう」


 彼女と面会に来たミックの覚悟を知ってか知らずか。

 打ちのめされたかのようにミックはがっくりと膝立ちになった。

 

 兄妹の時間は長くは続かなかった。マリアの後ろで気配を消していたフード姿の”護衛”が現れたからだ。


「そろそろ時間だ」


 護衛、いや監視の人間はマリアの腕を引っ張った。彼女は事件の重要参考人。内密とはいえ、こうして家族との面会などは許されるはずのない人間だ。第二魔術師団が裏から手を回してくれなければ、異邦人であるミックに面会が許されることなど無かっただろう。


「マリア……また」


 やっと絞り出せたのは、たったその一言。

 万感の思いが篭もる言葉に返事はなかった。

 見放されたとは感じなかった。

 ただ、会わなかった時間が長すぎた。失われた時間を埋めるには、きっと小手先の言葉ではなく同じだけの時間をかける必要があるのだろう。


「元気な姿を見られただけ、喜ぶべきなんスよね、多分」


 父が死に、隣人が亡くなり、里は滅びた。呪われた術を継承する必要がなくなった代わりに、帰るべき場所も失った。

 自分の意志で過去と決別したミックはともかく、マリアの心労は如何ばかりか。

 彼女には生きていて欲しいと、痛切に願う。

 たった一人の肉親なのだから。

 

 過去の選択に後悔はしていない。してはいないが、せめて――

 そう思うのだ。

 

 

 

 

 

 大賢者の死はまだ公表されていなかった。

 帝国における要人だから、それは仕方がないと思う。だからミックは真実を希求するジャーナリストという立場でありながら、隠されたものを暴き立てるような真似はしなかった。

 だが、それにも限度がある。

 ナタリアとレヴィの伝手を辿って知ったのだが、かの大賢者は葬儀すらまだ行われていないという。遺体は今も霊安室に安置されたままらしい。

 皇帝の不在はわかる。だが、それにしてもこれはあんまりだろう。


 かと言ってミックが大賢者の死を声高に喧伝するのは違う。この国の人間ではないし、何より死んだ大賢者がそのようなことは望まないだろう。

 だからミックはナタリアを主人に仰いだのだ。この国で誰よりも、大賢者を継ぐに相応しい少女に。彼がナタリアに仕えることになった理由で二番目に大きなものである。

 

 妹との面会を終えて、主人の下に戻る。ナタリアはパン屋の二階に部屋を借りている。そこの主人は炎剣の親族であり、信頼できる。深い事情については知らされていないようだが、元来寡黙な性質らしく色々と五月蝿くすることもなかった。

 潜伏先として申し分のない物件だった。

 気配を消して、部屋まで戻る。足音も呼吸音も消して、身体が消え入りそうなほど自分自身を小さくする。羽虫のように、なんでもないものと同じくらいの存在感しか残さない。それが吸魔の里のやり方だった。

 気配を全て消そうとは思わない。困難なこともそうだが、あまりにも不自然になってしまうのだ。だから敢えて一部を残す。そうすることで、不自然さが紛れ、自然に隠れることが出来るのだ。相手に違和感さえ与えなければ、その存在を探ろうとも思わない。


 ナタリアは部屋にいた。

 机の前に座って、物思いにふけっている。

 その何処か遠くを見つめる横顔にどきりとする。それこそが、彼がナタリアに従った最大の理由。

 ――恐怖である。

 得体が知れない、訳がわからない。なのに、放ってはおけない。

 ナタリアという存在を知れば知るほど、不可解さが募る。普通ではない、かと言ってただ特別という訳でもない。

 年相応の少女に思える時があれば、大人ですら舌を巻くような鋭い指摘をしてみたりもする。才気が走り過ぎているという訳ではない気がするのだ。

 もっと邪悪で、醜悪な……。

 とにかく恐ろしい。彼女が遠くを見つめている時は特にそう感じる。

 何が原因だろうか。


 そもそも、彼女の成長ぶりはどう考えてもおかしい。進化のスピードが速すぎて、インチキを疑う程だ。

 一番不自然なことはこれだ。彼女が師父様と慕う大賢者。彼が存命の間はナタリアは、彼に師事していたはずだ。他でもない、大賢者に。

 大賢者に感化され、大きく成長したミックだからこそ分かる。大賢者ファーレーンは凡人ではない。それは魔術師としても教師としても同じこと。

 ならば何故。

 何故”師のいない今の方が、彼女の成長が著しいのか?”

 師と弟子の相性の問題もあるだろう。だが少女があれほど慕う大賢者との相性が特別悪かったとは、とても思えない。


 まるで、師父の次に新しい師を得たとしか考えられない成長スピードだ。

 独学が肌に合っている?それにしたって限度がある。新しい術式の開発は、努力も大切だが閃きとセンスが問われる。大賢者が居なくなった途端に、こうも次々と才能が開花するというのは、あまりにも不自然だった。


 まるで神に愛されているかのような。

 悪魔が助言しているかのような。


 そんな不気味さが、彼女の周りに漂っていた。

 

 それとも、考えすぎなのだろうか。

 四重属性というものは、凡百の魔術師を凌駕する奇跡の才能だ。その才能をもってすれば、これほどの躍進も不自然でないということなのだろうか。


 その仮説は、自分自身でも全く信じられない。

 ミックはナタリアの視線を追った。窓の外。晴れ上がった空の陽気が街を照らしている。


 分からないことだらけだ。

 ナタリア陣営でミックの先輩にあたるレヴィはこういった小難しいことを意に介さないタイプだ。というより考えることを面倒だと感じているのだろう。他でもないミックが同じ性格だからよく分かる。

 暗殺者は道具である。自己を消して、目的のために道具に徹しなければならない。余計な思索は不必要で害悪だ。考えるのは自分の仕事ではない。

 そう思っている。

 だがナタリアの陣営には頭脳労働担当がいない。悪辣な騙し合い。嘘と真実を見抜く交渉術。人の悪意を糧にして活力を得るような怪物。組織として不可欠な、汚れ、の人材が不足しているのだ。

 仕方なく、ミックは己の立ち位置を変えることにした。

 柄ではない。しかし他に誰もいない。やるしかない。


 ミックの発する気を察知して、窓の外を見つめていたナタリアが振り返った。


「おお、ミック!いいところに来た。お主に鍵を渡しておこうと思ってな」


 鍵?


「まあ形のあるものではないから、戸惑うかもしれんがな。記憶だけしておけば良い」


 話を聞いてみる。どうやら盗聴対策に、術者の関わる一切の事象を数字に分解する新術式を開発したらしい。鍵を所持する者でなければ、ナタリアの言葉を理解することは出来なくなり、盗み聞きの心配はなくなるという。仕組みも、発想も、ミックには到底及びつかないものだ。もう、呆れて言葉が出ない。

 おそらく第二魔術師団のフワワを意識して開発されたのだろう。確かにあのデュアルの少女の能力にはミックも驚いた。

 だが、それにしたって対策を立てるのがあまりに早すぎやしないだろうか。

 異常過ぎる開発速度は、以前からの構想をちょうど形にした、と説明された方がしっくりくる。だが、ナタリアの護衛として断言するが、そのような動きは一切なかった。今のナタリアの研究は魔法陣に関するものと、音や光による通信魔術だったはずだ。

 並行して、密かに研究していたという線もなくはない、が。


 彼女が神に愛されているという馬鹿げた話を信じたくなってくる。

 ああ、恐ろしい。だが、その恐ろしさを抱いたまま進まねばならぬのが、ミックの選んだ道なのだ。自死の道を諦めた以上、仕方のないこと。

 軍師とか策士とか、柄でもないことをやっていると自覚はしている。

 だが、誰かがやらなければならないことであり、適任なのは自分だけなのだ。

 ミックの憂鬱はまだ終わらないようだった。

 



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